第 4 章 家族とコミュニティの役割
第 1 節 コミュニティの予防
初めに予防の概念とモデルについて述べ,次にカルト問題に対する予防モデルについて 高杉(2009)の分類を検討し,その分類に基づき日本の現在の状況と課題について検討す る。
1 予防の概念とモデル
コミュニティ心理学の予防概念は,元来Caplanが提唱した予防概念から発展している。
Caplan(1964)は,公衆衛生の予防概念を精神医療に取り入れて発展させ,1次予防から
3次予防までの3タイプに分類した。1次予防とは,「いかなる疾病の兆候も示していない 人々を,健康な状態のままに保つことに狙いを定める介入」(植村, 2007)である。特定疾 患に発症しやすい集団に対して,疾患が発生する前に働きかけをして未然に防ぐことを目 的とする(久田, 2006)。2 次予防とは,「疾病や障害を初期段階のうちに見つけ,効果的 な治療を施す」(植村, 2007)ことを目的とした介入である。潜在的あるいはわずかな兆候 を示す人びとに対して,早期発見と早期対応により「疾患の羅病期間を短縮して重篤化や 慢性化を防ぐ」(久田, 2006)ことを目的とする。3次予防とは,既に問題をもち機能障害 を負っている人々が「できる限り早くコミュニティでの正常な生活に戻る」(植村, 2007)
ことを目的とする。社会復帰のためのリハビリテーション活動やコミュニティの受け入れ 態勢のための活動などが含まれることとなる。
一方,米国では,2000年より前に新しい予防概念が打ち出されている。1994年に米国 の国立科学アカデミー医学研究所(Institute of Medicine: 以下IOM)が,また,2015年 に米国の薬物乱用・精神衛生管理庁(Substance Abuse and Mental Health Services
50
Administration; 以下SAMHSA)が,それぞれ新たな予防モデルを提唱した。
IOM に よ る 予 防 モ デ ル は , 精 神 保 健 介 入 ス ペ ク ト ラ ム (The Mental Health Intervention Spectrum)に基づくモデルである(Patricia & Robert, 1994)。このモデル は,久田(2006)や箕口(2007)および植村(2007)によれば,Caplanの予防を基本と しつつ,プログラム全体を普遍的・選択的・指示的から成る「予防」,そして「治療」と「維 持」に分類し直した。この IOM モデルについて植村(2007)と高畠(2011)は,「普遍 的予防」と「選択的予防」がCaplanの1次予防に,「指示的予防」がCaplanの2次予防 に該当すると指摘している。普遍的予防とは,一般母集団のすべての人々を対象とした予 防であり,たとえば職場の全従業員を対象としたストレス・マネージメント研修である(植 村, 2007)。次の選択的予防とは,疾患にかかりやすい集団や「ハイリスク・グループを対 象」(久田, 2006)としたプログラムである。発達的に高いリスク状態にあるものの,「い かなる障害の兆候も示していない」(植村, 2007)人々を対象としており,普遍的予防より も対象を絞りこむこととなる(久田, 2006)。指示的予防とは,明らかにリスク要因を持っ ている人々であり,診断基準を満たしていないものの「疾患の発生を予期させる兆候を示 している人々」(久田, 2006)を対象とする。
また,この報告では,予防の次の段階として治療プログラムと維持プログラムを提示し ている。治療プログラムとは,「診断可能な兆候や基準をすでにしめしている個人」に適用 され,ケースの同定と障害に対する治療を目的とする。維持プログラムとは,症状が沈静 化した後に行われ,「退行や再発を防ぎ,リハビリテーション・サービスを提供する」(植 村, 2007)ことを目的とする。IOM報告では,予防プログラムは母集団の障害発症率を下 げることを目的とし,治療と維持プログラムによって対象個人への具体的対処がなされる こととなる。久田(2006)は,これらカテゴリーのうち,1つにおさまらず2つ以上また がる場合が少なくないこと,重要な点は,明確な分類基準よりも発症を未然に防ぐことで あると述べている。
SAMHSA による予防モデルとは,行動健康の継続的ケアモデル(The Behavioral
Health Continuum of Care Model)である(SAMHSA, 2015)。このモデルは,IOMモ デルを基本としつつ,IOMの「維持」を「回復」と改訂した。また「予防」プログラムの 前段階として「促進」を追加し,さらに予防的介入の全体も「促進」であるとした。「促進」
とは,個人の健康的能力や行動をサポートする環境を作り出すことであり,この環境は「予 防」プログラムの前段階とともに,モデル全体を補強するとされている(Figure 1)。IOM
51
とSAMHSAによるモデルは,どちらもCaplanが提唱した予防を基本としつつ,「対象と
なる母集団に合わせた戦略」(高畠,2011)として提案されていると理解できる。
Figure 1 行動健康の継続的ケアモデル(SAMHSA, 2015 を翻訳,一部改変)
2 カルト問題の予防
櫻井(2007b)は,カルト問題の対策として第1に予防(prevention),第2に介入と対 処(intervention),第3に回復(recovery)の3段階を取り上げた。櫻井は,第1の予防 として,高校や大学におけるカルトに対する啓蒙や宗教文化や社会倫理の教育をあげてい る。第2の介入・対処とは,警察捜査や民事訴訟であり,このほかに信者を心配する家族 への支援も示唆している。また,第3の回復として,カルト脱会のためのカウンセリング や,カルト脱会者への長期的サポートをあげている。櫻井のこの視点のうち,第2の警察 や裁判などの法的取り締りや制裁という社会機能を除いた第1と第3,第2の一部はコミ ュニティ心理学の予防概念に合致するものであり,コミュニティとして,カルト問題にど のように対応すべきかという具体的提示である。
一方,Singer & Lalich(1995)は,カルト問題と社会への影響を分析する最も適切な 方法は,「個人,家族,社会に“公衆衛生”問題として及ぼす効果を検討することから出発 する」と述べている。カルトに関連する問題の予防や解決には,ミクロレベルにとどまら ず,メゾ・エクソ・マクロレベルで問題をとらえていくことが重要であり,カルト脱会後 に自己を回復し,家族や社会というコミュニティとの回復を促すための相談や支援という
52
具体的サポートを考えなければならない。コミュニティの健全性を維持し発展させるため に,カルト問題に対して向き合い対応していく姿勢や具体的方法が問われることとなる。
3 日本におけるカルト予防の現状と課題
筆者は,日本における当時のカルト予防の現状と課題について検討しており(高杉,
2009),改めて最新の現状と課題を検討する。
まず,2009年では,カルト問題の分類として1次予防にIOM分類の「普遍的予防」と
「選択的予防」を,2次予防にIOM分類の「指示的予防」を,3次予防に「治療」と「維 持」を用いて検討していた。今回, SAMHSAが提案したモデルを検討し,1次から3次 の分類のうち3次予防については,SAMHSA に準じて「回復」を用いることとした。こ れにより,医学的意味合いが強い「治療」と「維持」と比べ,心理的意味合いも含めるこ とができ,また櫻井が取り上げた第3段階「回復」に該当すると考えられる。Table 1は,
Caplanの分類,IOMの分類,植村・高畠の理解によるIOM分類,SAMHSAモデルの分
類にカルト問題の分類をあわせたものである。なお,植村と高畠の理解による IOM 分類 では,植村と高畠がIOMモデルの「治療」と「維持」に言及していないため,「治療」を
Caplanの2次予防と3次予防に,「維持」を3次予防に,暫定的に分類することとした。
Table 1 Caplan,IOM,植村・高畠,SAMHSA とカルト問題の予防分類
*植村・高畠の理解による IOM 分類は暫定的なものである
Caplan (1964) IOM (1994) 植村 (2007) と高畠 (2011) の理解 によるIOM分類
SAMHSA (2015) 高杉 (2009年の改訂)
<予防的介入の対象
> <精神疾患> <精神疾患> <アルコールや麻薬などの
物質乱用> <カルト入信・脱会問題>
事前準備と
プログラム全体
促進
(サポートできる状況や 環境の創出)
普遍的予防 普遍的予防
指示的予防 指示的予防
治療
(ケース同定) 指示的予防 治療
(ケース同定)
治療
(既知の障害への標準的治 療)
治療
治療
(既知の障害への標準的治 療)
維持 (長期治療への応諾,
目標:ぶり返しや再発の減少)
治療
回復 (長期治療への応諾,
目標:ぶり返しや再発の減少)
回復
(カルトカウンセリング)
維持 (リハビリテーションを含む
アフターケア)
維持 回復
(リハビリテーションを含む アフターケア)
回復
(リハビリテーション)
選択的予防
選択的予防 普遍的予防
早期発見 早期治療
再発防止 社会復帰
選択的予防
選択的予防 普遍的予防 第1次予防
未然防止
第2次予防
第3次予防
指示的予防
53
3. 1 カルト問題問題に対する1次予防―「普遍的予防」と「選択的予防」
カルト問題に対する1次予防とは,「普遍的予防」と「選択的予防」である。1次予防の 目的は,カルトに関わることを未然防止するための啓発である。
1次予防で実施されるプログラムの対象は,「普遍的予防」ではコミュニティ全体であり,
「選択的予防」では,カルトがターゲットとしやすい大学生とその家族といった特定コミ ュニティである。また,プログラムの内容は,大学などでのカルト問題に関する講演や授 業のほか,カルト問題啓発用のリーフレットやチラシ,DVD の配布などであり,近年で は,大学のカルト問題関係者による情報交換(川島,2009)も進められている。これらプ ログラムを,カルト問題専門家や日本脱カルト協会,伝統的宗教団体,弁護士団体が実施 している。
一方,1 次予防プログラムの啓発活動は十分といえず,課題を抱えている。まず,プロ グラムを実施する側の課題は,既存団体の強化と団体間の連携や協働の促進であり,新規 に担う団体の増加も必要である。また,プログラムの内容の課題は,カルト問題への注意 を促すだけではなく,ストレス対処法やライフサイクルの課題などメンタルヘルスに関す る知識の提供,消費者問題や人権問題の一環として理解を促す心理教育プログラムの実施 である。特に,自分はカルトに入るつもりはないから大丈夫だ,カルト入会者は特殊な人 だといった誤解が持たれやすいため,こうした誤解を取り除く情報提供も普遍的予防プロ グラムで実施すべき課題である。また,未成年者が親の知らないうちに信者となっている 相談もあり,高校生を対象とした選択的予防プログラムの実施も今後の課題である。
3. 2 カルト問題に対する2次予防―「指示的予防」
カルト問題に対する2次予防とは,「指示的予防」である。「指示的予防」の目的は,カ ルトに関わる期間を短縮してカルト入信を防ぐ早期発見と早期対応である。
2 次予防プログラムの対象は,勧誘を受けてカルトでの勉強や活動に関わっているもの の入信に至っていない,あるいは入信直後と思われる特定の個人やその家族である。また,
プログラムの内容は,心理操作に関する知識や教団の実態に関する情報の提供,カルトに 関わり始めた初期状態についての情報提供,カルトに関わったことに対する誤解を取り除 く情報の提供などである。カルトに関わり始めた初期状態とは,たとえば,帰宅時間が極 端に遅い日が長く続く,好きだった趣味に無関心となる,家族や友人,恋人と関わらなく なる,今までにない考えを急に言いだすなどがあげられる。また,カルトに関わったこと