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勧誘前の心理的課題

ドキュメント内 №該当箇所誤正 (ページ 37-43)

第 3 章 カルトによるマイナスの影響と本人の心理的課題

第 2 節 勧誘前の心理的課題

勧誘前の個人について,はじめにストレスと心理的危機状態について検討し,次に,青 年期,成人期,老年期という時期ごとに,発達課題の視点(Erikson, 1980)や生態学的視 点(Bronfenbrenner, 1979),「個と関係性」の視点(岡本, 1999; 2001; 2002; 2007; 2010), さらに多文脈的枠組みの視点(McGoldrick et al., 2014)にもとづいて心理的課題の検討 を行った。

なお,青年期以降の発達段階の分類では,研究者によってその基準が異なっている。

Erikson(1980)は,前成人期,成人期,老年期の3段階であり,さらにErikson & Erikson

(1997)では老年期の次の段階を検討している。岡本(1999, 2001,2002, 2010)は成人 初期,中年期,老年期の3段階であったり,中年期と現役引退期の2段階であったりする

(岡本, 2007)。松岡(2009)は,大学卒業後35歳くらいまでの成人期前期(成人初期), それ以降60歳か65歳くらいまでの成人期中期(中年期),60歳か65歳以上を老年期と 分類している(松岡, 2009)。一方,下山・丹野(2001)は成人期と老年期の2段階に,

二宮・大野木・宮沢(2012)は,成人期前期を25歳~45歳,成人期中期を45歳~65歳,

成人期後期を65歳以上と分類した。守屋(2005)は大学卒業後から65歳までの成人期と 65歳以降の老年期の2段階であり,大藪・林・小塩・福川(2014)では思春期を3段階 に分け,それ以降を成人期,前期高齢期,後期高齢期,超高齢期と細かく分類を行ってい る。本研究では暫定的ながら成人期,老年期という2段階とし,青年期とあわせた3段階 とした。

1 青年期の課題

Eriksonの発達論にもとづくと,青年期は「アイデンティティ 対 アイデンティティの

混乱や拡散」の危機という発達課題に直面することとなる。また岡本の理論にもとづくと,

青年期は「個としてのアイデンティティ」確立と「関係性」のあり方の安定が発達課題で あり,個としてのアイデンティティでは,「同一化したさまざまな自己の吟味・取捨選択」

による「主体的取り入れ・統合」に直面し,関係性にもとづくアイデンティティでは,「具 体的な他者との関係性の吟味・主体的取り入れ」や「内在化された他者像の修正」による

「関係性のあり方の安定」に直面することとなる。さらにBronfenbrennerによる生態学 的システム論の視点にもとづくと,青年期の本人が関わる対象システムは,マイクロに限 定されずメゾシステムに広がることとなり,自らが他者やコミュニティにアプローチして

31 いく姿勢と対象の拡大化が必要される。

たとえば,地方出身の高校生が大学入学によって上京した場合,入学によって新たな組 織への所属と同時に,新たな人間関係の構築,新たな生活環境への適応を余儀なくされる。

高校までコミュニティから守られ保護されていた本人は,主体的かつ能動的に友人関係を 形成していくことや,コミュニティへの関わりを築いていく必要を迫られ,新たなコミュ ニティへの適応が求められる。一方,今まで育った郷土から引っ越すことによって,それ までのコミュニティとの断絶,生活を自身が築かなければならない自立,家族やそれまで の人間関係との物理的かつ心理的隔たりを唐突に体験することとなる。同時に,親などか らの分離による精神的自立,職業選択などの経済的自立も迫られていく。本人は,年齢的 にアイデンティティ確立の課題に直面しつつ,親との関係や新たな友人などとの関係性に もとづくアイデンティティの確立にも直面し,またMcGoldrick et al.の多文脈的枠組みの うち生物学的心理学的要因では生活上のスキルやコミュニケーション能力が問われ,社会 文化的要因では所属感の獲得や友人,コミュニティとのつながりの新たな構築が必要とさ れることとなる。

一方,勧誘前における本人の心理的状況について,楠山・貫名(2000)は,真面目な良 い子といった印象をあげ,平山(1980)も,幼少時より「庇護的環境の中で大事に育てら れた,すれていない子」と述べ,素直でおとなしいこと,非社交的で内気,無口で消極的 で神経質な点をあげている。これは,Eriksonが提唱した発達課題である幼児期の自律性 は,家族や周囲にあわせた姿であって,内心から獲得されたものと異なるものと思われる。

カルトから勧誘を受ける前の本人たちは,反抗期が見られない,早期自律の傾向であり,

アイデンティティ確立に至らない,発達課題を獲得していない情況であり,むしろ,幼児 期からの関係性のまま青年期を迎えていた可能性も考えられる。平木(2006)は,現代日 本の子育ての問題による幼児期の親密さや自律性の発達課題が積み残されている子どもた ちの問題をあげたうえで,このような状態で青年期に達した子どもたちが家族外の人間や 社会との交流に回避的になり,課題達成型の青年が成果主義職場の要員に成りえなかった 場合は内閉的,あるいは自棄的になって社会化を拒んでいくとし,「第二の分離個体化」と される青年の自立は程遠い点を指摘した。

このような心理的状態は,カルトが要求する信者の理想に合致しやすいと考えられる。

素直で信じやすく,自己主張や対立をせず,早期自律によって他者が求める役割に合わせ ようとする特徴は,カルトにとって信者養成を容易にできる対象である。また,アイデン

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ティティ確立に伴う危機状態では,親との分離や親しい他者の獲得にあわせて孤立感を覚 えたり,主体的かつ能動的に生きることを迫られたりすることとなり,重なり合ったスト レスフルな状態の中,カルトからの勧誘に引き込まれやすいことがうかがえる。特にトラ ウマや喪失を本人が既に抱えている場合,これら心理的課題への対処能力は低下しやすく,

また,トラウマや喪失に対する解答をカルト教団から提供されたと認知しやすくなると考 えられる。

2 成人期の課題

個人のライフサイクルのうち,比較的最近取り上げられるようになったのが成人期であ る。30年におよぶ成人期は,乳幼児期や青年期と異なり,個人の発達課題だけではなく「家 族をめぐった多様な課題が提起される時期」である。平木(2006)は,McGoldrick et al.

による多文脈的枠組みの視点から,成人期の課題を,子どもの自立までの子育てと子ども の巣立ち,家族の変化に伴う夫婦関係の変化,そして老年期に入る親世代のケアという成 人期の「三大課題」に直面する点を指摘している。Erikson の発達論にもとづくと,成人 初期では「親密性 対 孤立」の危機,成人期では「世代性 対 停滞性」の危機という発達 課題に直面することとなる。また岡本の理論にもとづくと,成人期の課題はアイデンティ ティの「再確定」および個と関係性の「バランスの見直しと統合」が問われることとなる。

さらにBronfenbrennerによる生態学的システム論の視点にもとづくと,多くのシステム

と広がるシステムのため個人の関係性が広がり,その役割の中で個としてのあり方と関係 性で問題や悩みが起こりやすくなる。Table 1は,岡本(1999)が,成人期のアイデンテ ィティ理解について,個としてのアイデンティティと関係性にもとづくアイデンティティ からまとめた表である。

成人期では,結婚によって,生まれ育った実家のマイクロシステムと同時に,新たなマ イクロシステムを構築してそのシステム形成や維持を担うこととなり,生態学的システム ではより広がりを見せることとなる。また社会とのかかわりが増加し,それにあわせてい くつもの役割を担うこととなっていく。これは,1 つは「関係性にもとづくアイデンティ ティ」が拡大あるいは分化していくことである(岡本, 2002)。岡本によれば,これら複数 の「関係性にもとづくアイデンティティ」のバランスをうまくとれることも成人期の重要 な課題とされている。また,成人期では「個としてのアイデンティティ」と「関係性との

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アイデンティティ」のバランスと統合も重要である。岡本は,他者を受け入れつつも「関 係性」に呑み込まれず自己を失わない力が成熟した関係性であると指摘している。

たとえば,日本女性の場合,義理の家族との葛藤,原家族や義理家族への介護による疲 労,子育ての苦労あるいは子離れによる「空の巣症候群」など具体的な課題に直面するこ ととなる。結婚後,義理の家族とマイクロレベルで関わる必要が生じ,夫の家族システム に「嫁としてのアイデンティティ」のもと関わることを迫られる。家族が拡大してコミュ ニティでの関わりが広がるものの,女性たちは,むしろ夫に代わって夫の家族を直近の家 族のように関わることが必要とされやすい。特に義理の家族の介護では,夫の実家のマイ クロシステム維持の役割のもと,時間的精神的な重責を担わされていく。また,「妻として のアイデンティティ」だけではなく「母としてのアイデンティティ」として,子どもの養 育というマイクロシステム,さらに近所の付き合いからPTA,学校などメゾシステムとの 具体的関わりが多くなっていく。生態システムの拡大や,いくつものマイクロシステムを 担っていく中で悩みや葛藤を抱きやすくなる情況が読み取れる。

一方,日本男性の場合は,家族との関係構築以上に会社などの職場における立場が重要 となりやすい。仕事を通じた社会との関わりによって,マイクロからメゾ,そしてエクソ システムまで関わることが必要となり,昇進や転職の問題,特に中小企業の責任者が抱え る課題など多くの問題がみられる。また,仕事一辺倒となり家族への関わりが少なくなり がちな夫と,子育てや親世代の世話などで追われている妻という両者のギャップは大きい。

これら成人期の危機は,カルト勧誘にとって大きな要因となりうる。成人期では,実家 のマイクロシステムと同時に,結婚による新たなマイクロシステムの形成や維持を担い,

また社会とのかかわりが増加して複数の役割を担うこととなり,生態学的システムがより 広がりを見せることとなる。これは,「関係性にもとづくアイデンティティ」が拡大あるい は分化していくことであり,岡本が取り上げていた複数の「関係性にもとづくアイデンテ ィティ」のバランス,McGoldrick らが取り上げていた「直近家族」さらに「拡大家族」

への関わりでのバランスが崩れやすい状態である。また,成人期では「個としてのアイデ ンティティ」と「関係性にもとづくアイデンティティ」のバランスと統合も重要である。

これら課題に直面して「アイデンティティの再体制化」や,個と関係性のあり方のバラン スや統合が形成されにくい場合,カルトに引き込まれやすくなると考えられる。

さらに,岡本(2010)は,成人期の危機として,成人期特有の喪失体験と未解決の心理 的課題を取り上げており,このうち特に成人期特有の喪失体験とは,身体的衰えや子ども

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