第 3 章 カルトによるマイナスの影響と本人の心理的課題
第 4 節 脱会後の心理的課題
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Table 2 カルト脱会者の心理的課題(内野他, 2000 より一部改変)
は,内野他がまとめたカルト脱会後の心理的課題に西田・黒田の分析結果をあわせたもの である。
さらに,野口・伊藤(2002)は,心理社会的視点をさらに広げ,カルト脱会者が地域生 活への再参加に困難をきたしているなど,広範に問題が派生している点を取り上げた。そ のうえで,カルト脱会者に起こりうる問題を支援の領域ごとに分類してメンタルヘルス,
対人関係の問題,生活・経済の問題,教育・職業の問題,人権・宗教の問題の5点にまと めた。生態学的視点もあわせてまとめ直したものであり,生活や教育・職業などコミュニ ティ適応へのサポートを行う必要性を明らかにしている(Table 3)。
Singer(1979)
Post-cult trauma syndrome
Giambalvo(1993) Post-Cult Problems
西田(1998)
カルト脱会後の心理的後遺症
西田・黒田(2003)
カルト脱会後の心理的因子
・自然に泣けてくること ・目的喪失感 ①抑うつ・不安傾向
・喪失感 ・抑うつ ②自信喪失
・抑うつ ・罪悪感 ・情緒的不安定 ③自責・後悔
・自責念慮 ・怒り ・自責 ⑥フローティング
・孤立感 ・後悔 ⑧情緒不安定
・発狂恐怖 ・現実逃避 ⑨心身症的傾向
・自信の喪失 ⑪教団に対する怒り
・孤独感
・拒否感
・状況にふさわしくないパニック
・発狂恐怖
・いわれのない罪悪感 ・浮遊感
・悪夢
・依存性の問題
・回復過程の耐えられなさ
・白か黒かの思考判断 ・意思決定の困難
・柔軟性の欠如
・言葉のトラブル
・自己決定不能 ・カルト思考の残余
・低い自己評価 ・条件反射
・困惑
・集中力,短期記憶の障害
・家族からの疎外感 ・疎外感 ・無配慮・対立 ⑤家族関係不和
・家族問題 ・「ガラス張り」の苦悩 ⑩隠匿傾向
・友人からの疎外感 ・不信感 ・人間不信・ひきこもり ④社会化・親密化困難
・性的葛藤 ・性的問題 ・関係修復の困難 ⑦異性との接触恐怖
・「浦島太郎」状態
・雇用や仕事の問題 ・今後の生活への不安
・宗教的(哲学的)問題
・カルトの外での生活で悪霊に とりつかれる恐怖
・苦楽をともにしてきた仲間を懐 かしく思う,どうしているかと 3 仲間への懸念 考える
・早く誤りであると気づかせてあ げたい
・カルトの生活を本当には理解 してもらえないことによる孤 立感や淋しさ
・カルト入信前の情緒的・心理 的問題の再燃
(西田(1998)による分類項目1から5に準じたうえで,6と7を新たに追加した。)
・カルトの意向に従わなかった ために,天罰が下ったり救済 されないだろうかという恐怖
6 生活・経済的問題 7 宗教・哲学的問題 4 家族関係の問題
・カルト脱会によって自分に悪 いことが起こるのではないか という恐怖
・重要でない規則に対する過度 の几帳面さや融通のきかな
さ ・あらゆることに霊的な意味を
与える
・他のメンバーの損失に対する 悲嘆
・正しいのか間違っているのか についての判断の混乱
・カルトの外の現実や人と接触 できなかったことによる解離 1 情緒的混乱
2 思考的混乱
5 対人関係の問題
・心的な空虚感,無気力感,消 耗感
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Table 3 カルト脱会者に起こり得る問題(野口・伊藤, 2002 より一部改変)
メンタルヘルスの問題
離脱後のストレス障害(抑うつやフラッシュバックなど)に対し,一般的な薬物療法のほか,カルトに関する 専門的なカウンセリングを受けることが望まれる
ピアカウンセリングによる脱会者間のサポートや,カルトから受けた影響について家族の理解を得ること も必要である
対人関係の問題
家族や友人から隔離された経験やカルトのなかで指示されたコミュニケーション,あるいは家族でカルト に入信していた経験などによって,対人恐怖・ひきこもりなどの適応障害を引きおこす場合がある
カルトのメンバーであったことや入信中の生活(職歴や友人関係など)の間隙について,他者に説明した り理解を求めることが難しいことも問題となる
生活・経済の問題
カルトによって多額の寄付を強制されたり,社会での経済的活動を停止された者にとっては,経済的な支 援が不可欠である
自助グループ等で個人レベルでの支援を行っているところもあるが,脱会後の経済的な保障がないため 脱会することができない事例もみられる
教育・職業の問題
知力や適応力などの低下により,脱会後すぐに復学・復職することは難しい
社会復帰のためのリハビリテーション施設などを利用するとともに,奨学制度や職業訓練などの各種の 支援制度を利用できるようなシステムが必要である
人権・宗教の問題
地域生活のなかで一般住民との軋轢が生じ,居住や就学を拒否される場合などは,人権と安全保障の 両側面から公的機関の積極的な介入が必要である
一方で,マインド・コントロールの後遺障害として,社会に監視されている意識が起こることもあり,脱会者 側の同意を得て支援を行っていく配慮が必要である
生活に対する価値観を喪失して,再びカルトに入信してしまうこともあり,宗教教育や聖職者によるカウン セリングなどのニーズは相当程度ある
42 2 脱会者の心理的課題の種類
このような脱会後における心理的課題を7種類に分類したうえで,検討した。
2. 1 勧誘前の心理的課題の直面化
第 1 にあげられる点は勧誘前に本人が抱えていた課題の直面化である。カルト信仰中,
特に青年期に入信して数年以上長くカルトに入信していた場合,発達課題の獲得や健全な 心理社会的発達が形成されにくく,そのためカルト脱会後では,本人の発達段階は勧誘前 の発達段階に戻りやすくなる。多くの脱会者は,入信したことでカルト勧誘前の課題が解 決されたと認知していたものの,脱会後にはそれら課題は解決されてなく,自分は何も変 わっていなかったという現実に気づかされることとなり,勧誘前の自分に戻りたくないと いう想いを強く抱いたりする。
岡本(2010)は,通常の臨床現場における成人期の危機について,成人期特有の喪失体 験のほかに未解決の心理的課題を取り上げ,成人期の発達課題そのものが問題となる場合 以外に,青年期の課題が未解決の場合であり,さらに抱えている葛藤の根が乳幼児期に由 来する場合があると指摘している。カルトからの脱会に伴い,たとえば,改めて勧誘前の 発達課題である個としてのアイデンティティの確立や再体制化を迫られ,また関係性にも とづくアイデンティティとして身近な家族や大切な他者との関係性の安定化,さらに両ア イデンティティのバランスと統合を迫られる。これらの勧誘前の発達課題は,自我が弱ま っている本人にとっては,勧誘前と比べより大きな壁として立ち現われてくる。
2. 2 入信によって引き起こされる心理的課題
第2は,入信そして脱会というプロセスによって引き起こされる心理的課題である。西 田・黒田(2003)は,集団に対して全面的に依存・服従的な状態にあるものが離脱すると いうことは,極めて重大な心理的危機を意味すると指摘している。前述のような心理的操 作を信仰中に受けた影響のもと,脱会後は,無意識レベルでは,カルト体験による自他未 分化や「一人でいられる能力」の欠損という心理的状態を引きずったままとなりやすい。
また意識レベルでは,カルト脱会によってカルトから与えられていた価値観を失い,生き る意味や自分が何をしたいのか何を基準に生きるのか見えなくなっている。さらに,カル ト仲間の喪失感も覚えており,解決つかないでいた大切な他者との死別の意味なども同時 に喪失していくこととなる。西田(1995)や西田・黒田(2003)が取り上げた,入信によ って獲得された新たなアイデンティティ,人生の目標や理想,世界観,準拠枠となる集団,
43 心理的安定などを喪失することとなる。
そのため,脱会後では,意識レベルでは自我強度が弱まっており,無意識レベルでは自 他未分化や「一人でいられる能力」の欠損状態であり,本来の自己を見失った情況である。
脱会者の多くは,自分はカルト勧誘前の自分のままだと脱会後に述べているものの,これ は意識レベルの状態についての自己認識であって,無意識レベルの状態は脱会者が感じた 以上に退行している可能性が考えられる。こうした情況によって,脱会後は勧誘前の持ち こされた発達課題が出現しやすく,特に勧誘前の発達課題が重い場合は,脱会後では勧誘 前以上に重篤となりやすいと考えられる。
2. 3 脱会後の発達課題
第3は,脱会時の発達課題への対応である。カルト脱会者の家族やその周囲は,脱会者 の精神年齢は脱会時の年齢相当であると思いやすく,特に家族は,脱会者に就職や結婚を 急がせたりしやすい。しかしながら,脱会者は信仰中に発達課題は獲得されにくく,精神 年齢は勧誘時のままという現状がみられる。カルト脱会者がコミュニティでの適応を試み るときに,このギャップを埋める必要が生じることとなり,年齢相応の個としてのアイデ ンティティ形成や関係性のあり方の安定,あるいはアイデンティティの再体制化を迫られ ることとなる。
たとえば,青年脱会者では,職場などでミスを指摘されると自分は価値がないと感じや すかったり,特に女性脱会者では,異性に関心を持つ自分に悩んだりしやすい傾向がみら れる。また,ある女性脱会者は,脱会してから数ヶ月後に予定されている子どもの卒業式 への出席を拒んでいた。卒業式に出席したい気持ちがあるものの,十年以上にわたる信仰 のため学校関係のつきあいを断ってきており,多くの父兄,特に近隣の母親仲間と顔を合 わせることに抵抗を感じていたのであった。
カルト脱会者は,入信そして脱会を体験したことにより,自我が弱まっていたりカルト の教え込みが未解決であったりするために,自分らしさや生きがいなどを模索する時間を 必要とする。また,個としてのアイデンティティと関係性にもとづくアイデンティティど ちらも不安定であり,特に,最も身近な家族よりも拡大したコミュニティの場では,人間 関係の構築や修復に対して臆したり回避的となりやすい。そのため,青年の場合は職場の 人間関係,恋愛や結婚に違和感や不自由さを覚えたり,既婚女性の場合は学校関係や近隣 のつきあいといった対人関係に抵抗を覚えやすいという現状がみられる。