第 3 章 カルトによるマイナスの影響と本人の心理的課題
第 1 節 ストレス状態と心理的な危機状態 1 ストレスとストレス反応
ストレスとは,心身の適応能力に課せられる要求によって引き起こされる心身の緊張状 態である(岡安, 1999)。個人に与えられる刺激をストレッサーあるいはストレス刺激,刺 激に対する反応をストレスあるいはストレス反応とされている(小田原, 2015; 山田,
1997)。ストレス反応にある状態とは,問題解決のために変化の要請に対処している状態
であり(高梨・清水, 2013),身体的な変化以外に,情動的,認知的,行動的変化を表出す ると考えられている(岡安・片柳・嶋田・久保・坂野, 1993)。一方,心理的危機とは,問 題解決にあたり失敗が重なり消耗した状態とされている(高梨・清水, 2013)。
ストレス反応については,時間経過のもと変化することが明らかにされており(Seyle,
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1976),第1段階が警告反応期,第2段階が抵抗期,第3段階が疲憊期である。警告反応
期では,ストレッサーに対して生体の抵抗力が落ちて免疫機能が一時的に低下するショッ ク相の「衝撃期」と,抵抗力など免疫機能が高まる反ショック相の「拮抗衝撃期」が生じ る。抵抗期では,ストレッサーに対して抵抗力を正常時よりも高め維持している状態であ るが,もともとのストレッサーとは別のストレッサーが加わると,柔軟な対応がとれにく く免疫機能が低下しやすい。疲憊期では,抵抗力が低下して警告反応期の症状が再発し,
生理的なストレス反応が生じることとなる。また,ストレッサー自体に対する一次的評価 とストレッサーへの対応可能性に対する二次的評価という,認知的評価によるストレス反 応についても明らかにされている(Lazarus, 1999; Lazarus & Folkman, 1984)。この認 知的評価に影響を与える人的要因はコミットメントと信念であり,それ以外にストレスの 新奇性,ストレスの予測性と不確実性,切迫度や持続期間による時間的状況,曖昧さ,そ してライフサイクルでの出来事のタイミングとされている(Lazarus & Folkman, 1984)。
また,ストレッサーには,突発的に生じて日常生活を大きく変化させるライフイベント のほかに,慢性的で持続性を有するクロニック・ストレイン(chronic strains)が取り上 げられている(Pearlin, 1989)。クロニック・ストレインは,大きな変化ではないものの,
個人が特定状態に置かれ続けることでストレス状態を生起させるストレッサーである(南 山, 2010)。Pearlinによれば,ストレスは,社会的また経済的環境の中で生きている個々 人の日々の生活に根ざしているものであり,単独のストレス体験というよりも,重大なス トレッサー(significant stressors)に晒されているときはそれ以外のストレスにも晒され る可能性が高く,重大なストレッサーが単独で起こることはまれであると指摘した。
Pearlin は,また,ストレインを個人の行動や関係,体験,健康を含んだ文脈をつなげ
て強化する「役割ストレイン(role strains)」について検討を行い,①役割荷重(role overload),②役割葛藤(role conflict),③役割拘束(role captivity),④役割再編成(role
restructuring)の4種類に分類した。①役割荷重とは,個人に期待され課せられている役
割内容が能力を超えているストレス(同居している両親の世話をしている成人の子どもな ど),②役割葛藤とは,複数の役割間の調整や両立が困難となるストレス(育児と仕事に追 われている主婦など),③役割拘束とは,役割を放棄したいと思っても放棄しにくい状況に あるストレス(親の介護で疲れている成人の子どもなど),④役割再編成とは,年齢に関連 するプロセスや長期にわたって維持されていた予測や相互作用のパターンが,外部からの 緊急事態によって変更を余儀なくされる状態によって引き起こされるストレス(子どもと
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して扱われることに不平を言う青年など)である。特に④役割再編成は,見過ごされやす いものの,避けられないものであると指摘している。さらに,ストレス対処としてコーピ ングやソーシャルサポート,自己評価や自己統率といった自己概念(self-concepts of self-esteem and mastery)を取り上げた。
中釜(2006)は,McGoldrick, Carter & Garcia-Preto による多文脈的枠組みを「個人 と家族にふりかかるストレスの流れ図」として理解できると述べている。Figure 1は,野 末(2013)によるMcGoldrick et al.の2011年版モデルの翻訳を改変したものであり,2011 年版モデルと 2014 年の最新第 4 版モデルとの間に,項目の齟齬はみられなかった。
McGoldrick et al.によれば,個人と家族にふりかかるストレスには,水平的ストレッサー
(Horizontal Stressors)と垂直的ストレッサー(Vertical Stressors)があるとされてい る。水平的ストレッサーとは,個人や家族がライフサイクルに沿って発達していく中で経 験するストレッサーであり(野末, 2013),発達的なもの(Developmental),予測不可能 なもの(Unpredictable)および歴史的,経済的,政治的な出来事(Historical, Economic,
Political Events)の3つに分類されている。発達的なものとは,個人や家族のライフサイ
クルに伴って生じる発達課題やストレスであり,個人や家族が共通して体験し(野末,
2013),また予測可能なものである(中釜, 2006)。一方,予測不可能なものとは,早すぎ
る死,トラウマ,事故,慢性疾患などであり,個人や家族によってはその差が大きいスト レスである。また歴史的,経済的,政治的な出来事とは,戦争,経済的不況,災害などで あり,個人や家族のみならず,ある時期,その地域や文化に暮らす家族が「こぞって経験 する」(中釜, 2006)ストレスである。
一方,垂直的ストレッサーとは,家族の歴史的プロセスを通して世代を超えて伝達され,
個人や家族に影響を及ぼすものであり(野末, 2013),貧困と政治,性差別,家族の情緒的 パターン,遺伝的能力や負因などである。野末は,垂直的ストレッサーがときに水平的ス トレッサーをより複雑で負荷の強いものにすると述べている。ズィヴィーと高杉が取り上 げた危機は,水平的ストレッサーの発達的なものと予測できないものの2点と,家族に関 連した垂直的ストレッサーの一部を取り上げていたと理解できる。
2 カルト問題におけるストレスと心理的な危機状態
ズィヴィー(1997)は,カルトに入信しやすい時期として,本人の精神発達の時期と環
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Figure 1 多文脈的枠組みによる個人に対する包括的な理解(野末, p58, 図 1 より一部改変)
境変化の時期の2つを取り上げている。具体的には,前者の時期として,自分や家族が大 病になったとき,恋人と別れたり離婚したとき,両親から自立したいときなどであり,一 方後者の時期として,入学,引っ越しなどをあげた。また高杉(2010)は,カルト勧誘時 の発達的危機と偶発的危機を取り上げた。発達的危機としては親からの自立,恋愛での葛 藤などであり,偶発的危機としては,引っ越しに伴う新しい人間関係の構築のストレス,
大切な家族や他者との別れなどである。
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この2分類は,Aguilera(1994)が取り上げた危機状態と合致する。Aguilera(1994)
は,「状況にともなう危機」と「成熟にともなう危機」という2つの危機状態に分類した。
Aguilera(1994)があげた「状況にともなう危機」とは,「社会経済的あるいは社会文化 的地位にかかわりなく,人々の危機を促進する可能性のあるストレスの強い出来事」であ る。具体的には未熟児や児童虐待,地位と役割の変化,身体疾患,アルツハイマー病,離 婚,死と悲嘆過程などである。「成熟にともなう危機」とは,出産から思春期,成人期初期,
老齢という「生理的な変調期や社会的な役割の移行期に起こる変化」である。「状況にとも なう危機」と異なって,成長と発達の正常な過程の中で生じるものとしている。
Hassan(1988)は,普段と違うストレスを感じている時期に誘われるとし,仕事や学 校での強いプレッシャー,家庭問題,人間関係,健康上の心配などのストレスが1つだけ ではなく,複数を同時に経験することもあり,本来は対処可能な防衛機構が弱っていると きに勧誘されやすいとしている。ストレスが単独ではなく複数で直面した場合に,本人た ちの抱えるストレスがより強化されることは容易に推測できる。特に発達危機期において,
ストレスは単体というよりもむしろ複数を同時に体験されやすく,本人たちの対処能力は 十分ではなく心理的な危機状態に陥りやすいと考えられる。
カルト信者の場合,勧誘を受ける前において本人たちは,ストレスフルな状態へ対処し つつも消耗していた状態であり,それらストレス要因への対処を迫られていたと考えられ る。特に,勧誘前では,本人たちは抵抗期あるいは疲憊期であった可能性,抵抗期であっ てもストレッサーが水平と垂直の両ストレッサーといった複数の場合が考えられる。また,
一次的評価がネガティブであり二次的評価後にコーピング対応が不十分であった可能性,
家族の中での役割に対して荷重や葛藤,拘束を感じていたり,役割再編成を望んでいた可 能性,特に,青年期の本人にとって,役割再編成が適切に達成されていない可能性が考え られる。さらに,本人に対しては,勧誘前のストレッサーとともに,脱会後に抱えるスト レッサーや心理的危機状態の要因,信者を身内に持つ家族に対しては,家族の世代を超え て伝達されている垂直的ストレッサーの視点や日常的なストレインを理解する視点が重要 と思われる。