№ 該当箇所 誤 正 1 P33 24行目 McGoldrick ら McGoldrick et al.
2 P44 2行目 McGoldrick ら McGoldrick et al.
3 P44 26行目 McGoldrick ら McGoldrick et al.
4 P71 16行目 家族がどのおように家族関係の認知 を変化させているのか
家族がどのように家族関係の認知を 変化させているのか
5 P87 14行目 .Buxanto & Saroglou(2008) Buxanto & Saroglou(2008)
6 P89 6行目 AFFやCAN(現在のICSA) AFF(現在のICSA)
7 P247 5行目 と思っていることが判明された。 と思っていることが判明した。
8 P378 30行目 N群は強親への不満の肥大化を N群は両親への不満の肥大化を
9 P417 15行目 家族関係への影響度 家族関係への影響
10 P417 17行目 外的影響度 外的影響
11 P420 20行目 考慮される。第6点とあわせ、 考慮される。第5点とあわせ、
正誤表
2016
年度 博士論文
カルト脱会者と脱会者の家族における 家族関係の認知変化に関する検討
―カルト勧誘前と脱会後の比較を中心として―
主 査 林 もも子 教 授 副 査 塚本 伸一 教 授 副 査 箕口 雅博 名誉教授 副 査 渡辺 浪二 特任教授
立教大学大学院 現代心理学研究科 臨床心理学専攻 博士課程後期課程
5学年
12WX001C 高杉葉子
目 次
序章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第
1節 はじめに
第
2節 本論文の構成
第
1部 問題と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 第
1章 カルトと心理操作・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 第
1節 カルトとは
第
2節 カルトによる心理操作 第
3節 カルト入信の要因
第
2章 カルトからの脱会の営み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21 第
1節 脱会方法
第
2節 脱会者の心理情況
第
3章 カルトによるマイナスの影響と本人の心理的課題・・・・・・・・・25 第
1節 ストレス状態と心理的な危機状態
第
2節 勧誘前の心理的課題 第
3節 入信中の心理的課題 第
4節 脱会後の心理的課題
第
4章 家族とコミュニティの役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49 第
1節 コミュニティの予防
第
2節 身近な家族や大切な他者の役割 第
3節 家族が抱えるストレス
第
5章 カルトについての先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72 第
1節 先行研究の実績
第
2節 カルト研究の問題点についての検討
第
6章 本研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・96
第
2部 研究方法についての検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・98
第
1章 量的研究法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・98
第
1節
FACES-Ⅲ第
2節
FACES-ⅢとFSSを用いる意義
第
2章 質的研究法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・104 第
1節 質的研究法とは
第
2節
KJ法について 第
3節
KJ法を用いる意義
第
3章 ミックス法(混合研究法) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・119 第
1節 ミックス法とは
第
2節 ミックス法を用いる意義
第
3部 カルト脱会者における勧誘前と脱会後の
家族関係の認知変化についての検討(研究
1と研究
2)・・・・
131第
1章 量的研究(研究
1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・131
第
1節 目的と方法 第
2節 単純集計の結果
第
3節
FACES-ⅢとFSSの勧誘前と脱会後の比較
第
4節 脱会者の全体による
FACES-Ⅲの変化とFSSの得点比較 第
5節 脱会者の個別による
FACES-Ⅲの変化とFSSの得点比較 第
6節 因子分析による尺度得点と
FSSとの関係
第
7節 基本属性別による
FSSと
3尺度得点の関係 第
8節 クラスタ別による
FSSと
3尺度得点の関係 第
9節 考察
第
2章 質的研究(研究
2)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・187 第
1節 目的と方法
第
2節 勧誘前についての結果 第
3節 入信中についての結果 第
4節 脱会後についての結果 第
5節 考察
第
4部 カルト脱会者の家族における勧誘前と脱会後の
家族関係の認知変化についての検討(研究
3と研究
4)・・・・
242第
1章 量的研究(研究
3)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・242
第
1節 目的と方法 第
2節 単純集計の結果
第
3節
FACES-ⅢとFSSの勧誘前と脱会後の比較
第
4節 家族の全体による
FACES-Ⅲの変化とFSSの得点比較 第
5節 家族の個別による
FACES-Ⅲの変化とFSSの得点比較 第
6節 因子分析による尺度得点と
FSSとの関係
第
7節 基本属性別による
FSSと
2尺度得点の関係 第
8節 クラスタ別による
FSSと
3尺度得点の関係 第
9節 考察
第
2章 質的研究(研究
4)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・288 第
1節 目的と方法
第
2節 勧誘前についての結果 第
3節 入信中についての結果 第
4節 脱会後についての結果 第
5節 考察
第
5部 カルト脱会者とカルト脱会者の家族における
量的研究の比較(研究
5)・・・・・・・・・・・・・・・・・320 第
1節 目的と方法
第
2節 単純集計の比較
第
3節
FACES-ⅢとFSSの勧誘前と脱会後の比較
第
4節 調査対象者の全体による
FACES-Ⅲの変化とFSSの得点比較 第
5節 調査対象者の個別による
FACES-Ⅲの変化とFSSの得点比較 第
6節 考察
第
6部 カルト脱会者の
2群別における質的データの検討(研究
6)・・・・
350第
1節 問題と目的
第
2節 勧誘前についての結果
第
3節 入信中についての結果 第
4節 脱会後についての結果 第
5節 考察
第
7部 総合考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・384 第
1章 脱会者と脱会者の家族別の結果と考察の比較検討・・・・・・・・・384
第
1節 脱会者における量的研究と質的研究の結果と考察の比較検討 第
2節 脱会者の家族における量的研究と質的研究の結果と考察の比較検討 第
2章 量的研究と質的研究別の結果と考察の比較検討・・・・・・・・・・393
第
1節 量的研究における結果と考察の比較検討 第
2節 質的研究における結果と考察の比較検討
第
3章 脱会者と脱会者の家族における家族関係の検討・・・・・・・・・・401 第
1節 脱会者と家族における勧誘前と脱会後の家族関係の認知変化
第
2節 脱会者が認知していた勧誘前の家族関係の課題 第
3節 総括
第
4節 本研究の限界と今後の展望
引用・参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・425
資料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・454
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・506
1
序章
第
1節 はじめに
1978
年に教祖とその信者
912名が中南米の密林で集団自殺をした事件,
1994年にカナ ダとスイス両国での爆発と火災による
53名の集団無理心中事件,また
1997年
39名によ る米国内最大規模の集団自殺,2000 年ウガンダでの
700名以上の集団自殺事件が,それ ぞれ発生した(紀藤・山口, 2007) 。これらの凄惨な事件について
Singer & Lalich(1995)
は,自殺に見えるものの,現実は教祖による殺人であると述べている。日本においても,
1995
年に
5千名以上が被害を受けた地下鉄サリン事件が発生し,世界に大きな衝撃を与 えた。そして
2011年
12月,地下鉄サリン事件を含む一連の事件に対し,教団幹部や信徒 計
189名の判決がすべて確定し,教祖ら計
13名が死刑,また
5名が無期懲役という結末 であった(朝日新聞, 2011) 。これらの団体は,反社会的活動を伴うことから,社会的にカ ルトと呼ばれている。
カルトは,個人や家族に対して多くの問題を引き起こしている。一般市民は,詐欺的手 法のもと金銭の搾取といった経済的被害を受けたり,心理操作によって信者となり反社会 的活動に従事し,脱会に至っても身体的かつ精神的な後遺症が生じやすい。また,家族や 周囲の関係者は,家族の一員が信者となったことにより,身体的かつ精神的被害が生じた りする。そして,本人がカルトからの被害者だけではなく,加害者側であるという事態が 判明すると,家族はあきらめや絶望感を強く抱く。地下鉄サリン事件などで刑が確定した 者のうち数名は,自らの罪を悔やみ改心しており,被害者宛に謝罪文書を送っている(朝 日新聞, 2009) 。しかし,信者であった彼らの背負うものはあまりにも大きく(林, 2001) , またその家族の悲しみや苦悩は計り知れない。
一方,本人がカルトを脱会して戻るべき場所としては,元のコミュニティであり,身近 な家族や大切な他者がありえる。しかしながら,本人と直接関わる身近な家族や大切な他 者にとって,カルト問題とカルトに巻き込まれた本人を理解することは容易ではない。特 に,本人はカルトを第一優先とし,家族や社会との接点を極力避け,カルトの活動に専念 したりする。そのため,信者を身内に持つ家族は,本人が今までの趣味に興味を示さなく なり,会話が堅苦しくなるなど,人格の変化が見え始め(Goldberg & Goldberg, 1989;
Schwartz, 1983),驚きつつも何が起きたのか解らないままとなりやすい。また,本人と
の連絡は取れず,会うことができても本人に以前の面影は消え失せ,うそや秘密が増え,
カルトに関係した会話では口を開かずかたくなであり(宮村, 1999) ,時には怒り出して豹
2
変してしまうため,家族は,本人にどう接してよいか分からず混乱することとなる
(Beckford, 1982)。カルト特有の専門用語やカルト教団の活動,教義内容は分かりにくく,
その背後に隠された本人の思想や心情を汲み取ることも難しい。さらに,本人から家族な どへの不満や怒り,ときには憎しみも表出され,本人との対話において家族は否が応でも テーマとなりやすい。カルト問題はいつのまにか家族問題へと変わり,家族の立場は第三 者的ではすまされず,当事者としての姿勢が問われる事態へとなっていく。
多くの家族は,こうした事態はカルトによるマイナスの教え込みが原因であり,カルト の問題を本人が理解して脱会すれば,家族への不満などの家族問題が解決できると考やす い。一方,本人にとって,事態はそれほど単純ではない。脱会者にとっては,カルトによ って家族関係の問題を教え込まれたのかどうか,あるいは家族がカルト入信の原因かどう か以上に,今の家族は自分の何をどれほど解ろうとしているのか,今進行していると思わ れる家族問題に対してどう考えているのか,家族は今どのような関係にあるのかといった 点について,家族の実相を見定めようとする姿勢がみうけられる。また,脱会後には,勧 誘前の積み上げられた問題と直面せざるをえず,教団脱会に伴う喪失感も覚えており,脱 会後後遺症を抱えることとなる(Singer, 1979) 。そのため,脱会後における家族と本人と の意識のギャップは大きくなりやすい(志村, 1999b) 。
しかしながら,このような脱会者に対して,家族は何もできないということではない。
むしろ本人を如何に迎え入れるのか,どのようにしたらこの問題を本人と共に検討できる のか,本人の物理的,精神的居場所となりうるのかなど,家族や社会は向き合わなければ ならない。特に,身近な家族や大切な他者は,本人に深い愛情と心からの理解を示すこと が重要とされている(Ross & Langone, 1988) 。言いかえれば,家族は脱会者にとって重 要なサポート資源となりうるのであり,そのためには,特にカルトによる家族に対するマ イナスの教え込みや勧誘前の家族関係の問題を考慮すると,脱会者が家族関係は勧誘前よ りも脱会後により良く変化したと感じることが,脱会プロセスにおいて重要と思われる。
本研究では,カルト教団の脱会者と脱会者を身内に持つ家族それぞれが,カルト教団に
勧誘される前と脱会した後を比較して,家族関係に対する認知変化について検討すること
を目的とする。具体的には,家族関係がより機能的に変化したかどうかという脱会者およ
び家族の認知を勧誘前と脱会後の比較のもと可視化させ,これによって家族が現実に変化
したのか,また家族は脱会者にとってサポートとなりうるのか客観的にとらえることを目
的とする。 脱会者と家族が, 家族関係や家族機能に対してどのような認知をしているのか,
3
特に,勧誘前と比べ脱会後に家族関係や家族機能に好ましい変化が起きていると認知して
いるかどうか明らかにすることは,今後のカルト問題に関連した臨床現場にとって意義あ
ることと考えられる。
4
第
2節 本論文の構成
本論文は,序章および第
1部から第
7部で構成されている。はじめに,第
1部で「問題 と目的」を述べる。まずカルトの定義や特徴について,次に,カルトに対するコミュニテ ィの役割について検討する。そのうえで,カルトによるマイナスの影響と脱会者の心理的 課題を述べ,次に,家族とコミュニティの役割について,特に家族が抱えるストレスにつ いて検討する。そのうえで,先行研究について検討して,本研究の目的を述べる。
次に,第
2部で「研究方法」を述べる。量的研究法,質的研究法およびミックス法それ ぞれの特徴と本研究で使用する研究方法について検討を行い,本研究で用いる意義につい て述べる。
第
3部では脱会者を調査対象として,第
4部では脱会者を身内に持つ家族を調査対象と して,勧誘前と脱会後の家族関係の認知変化について,量的研究と質的研究をそれぞれ実 施する(Figure 1-1) 。
第
5部の量的研究(研究
5)では,脱会者を対象とした量的研究と脱会者を身内に持つ家族を対象とした量的研究のデータを用いて,脱会者と家族の両者のデータを合わせた分 析および脱会者と家族のデータの比較を実施する(Figure 1-1) 。また,第
6部の質的研究
(研究
6)では,脱会者の質的データを量的分析の結果に準じて2分類し,それぞれの特
徴を明らかにする。
最後に,第
7部で「総合考察」を行う。脱会者と脱会者の家族それぞれ,量的研究と質 的研究を比較検討し,また脱会者と家族両者の量的研究および質的研究を比較検討する。
そのうえで,脱会者と家族の両者の間に,勧誘前と脱会後の家族関係の認知変化にどのよ
うな共通点あるいは相違点がみられるのか総合的な検討を実施する(Figure 1-2) 。
なお,表や図の通し番号については,章ごとにナンバリングを行った。
5
第
3部 カルト脱会者を対象とした研究
第1章 量的研究(研究1)
第2章 質的研究(研究2)
第
5部(研究
5)第
4部 カルト脱会者の家族を対象とした研究
第1章 量的研究(研究3)第2章 質的研究(研究4)
Figure 1-1 第 3 部から第 6 部までの構成
QUANデータ 収集
QUAL データ 収集
QUAN データ 分析
QUAN 結果
比較と 対照
解釈 QUAN +QUAL
QUAL データ 分析
QUAL 結果
QUAN データ 収集
QUAL データ 収集
QUAN データ 分析
QUAN 結果
比較と 対照
解釈 QUAN +QUAL QUAL
データ 分析
QUAL 結果
QUAN 比較と
対照
QUAN 解釈
QUAL 比較と 対照
QUAL 解釈
6
第
7部 総合考察
第
1章
第1節 カルト脱会者 第1章 第2節 カルト脱会者の家族比較と対照
第
2章
第1節 量的研究(研究5) 第2章 第2節 質的研究第3章 脱会者と家族の比較
Figure 1-2 第 3 部から第 6 部までのの構成(続き)
解釈 QUAN +QUAL
解釈 QUAN +QUAL
全体的解釈
比較と対照
比較と 対照
QUAN 比較と 対照
QUAN 解釈
QUAL 比較と
対照 QUAL
解釈
7
第
1部 問題と目的
第
1部のうち第
1章では,カルトと心理操作について検討する。次に第
2章では,カル トからの脱会について検討し,第
3章では,カルトによるマイナスの影響と本人が抱える 心理的課題について検討する。また,第
4章では,家族やコミュニティの役割について検 討する。さらに,第
5章で先行研究について言及し,第
6章で本研究の目的を述べる。
第
1章 カルトと心理操作
本章では,カルトによる心理操作について概要を述べる。次に,信者からみたカルトの 魅力について,コミュニティに対してマイナスイメージを与えるカルトの操作について,
それぞれ検討する。
第
1節 カルトとは
1 カルトの定義カルト
cultとは,ラテン語
cultusを由来とし,当時のローマ人による宗教の具体的営 みという意味で使用された(浅見 1997) 。2002 年の辞典によると,宗教的崇拝や儀式,
分派やセクト,特定の人や事物に対する憧れや流行,熱狂,さらに邪教という定義がされ ている(竹林, 2002) 。
一方,近代の第
2次大戦後の
1960年代後半から
1970年代前半では,西欧社会,特に 米国を中心に新宗教運動(New Religious Movement;以下
NRM)が起こり,それまでの伝統的宗教と異なった新たな宗教団体が数多く設立されることとなり,これら
NRMの 団体が一般的にカルトと呼ばれるようになった(Schwartz & Kaslow, 1982; Coates,
2010)
。
NRMあるいはカルトは,長引くベトナム戦争など反体制文化の一形態として欧米
を席捲した。
これにあわせ,1970 年代から
1980年代では,NRM あるいはカルトに関する研究が多 く行われ,これらは家族や社会の機能不全を補償する役割を担っているという見方がみら れた(Marciano, 1982; Robbins & Anthony, 1982)一方,カルトが実施している既存宗教 からカルトへ改宗させる方法については,社会や多くの研究者より問題提起された
(Giambalvo, 1993; Hassan, 1988; Singer & Lalich, 1995) 。そして,ベトナム戦争後,
特に,1978 年に人民寺院の信者
914名が集団自殺を実行した事件を契機に,カルトは,
8
本来の意味合いとは異なり,より悪い意味合いを持つようになり(浅見, 1997) ,1990 年 代前半には,カルト関連の事件がおこるたびに「破壊的」カルトという意味合いが明確化 され(Singer & Lalich, 1995),1995 年の地下鉄サリン事件を契機に, 「破壊的」という 意味合いが明確化されていくこととなった(浅見, 2002)。アメリカの英英辞典“Random
House Webster’s Unabridged Dictionary”1997年版では,カルト(cult)の定義
8項目 の内,第
6番目に「虚偽,不合法あるいは過激と見られる宗教または宗派であり,カリス マ的リーダーの指示のもとで,慣習に則った社会と離れながら生活するメンバーを伴う」
という,破壊的カルトの意味を取り上げるに至っている。
日本でも,西田公昭や渡辺浪二など社会心理学者によるマインド・コントロール問題研 究会(1995)では,カルトとは「何らかの強固な信念・思想を共有し,その信念に基づい た行動を熱狂的に実践するように組織化された集団」を指し,また,破壊的カルトとは,
「真の活動目的を隠し,自らの利益追求のためにあからさまな欺瞞をおこなう反社会的な 集団」と定義した。また,櫻井(2007a)は,宗教社会学の観点より, 「人権を侵害し,社 会秩序を破壊する組織への標識」というカルト概念,および①公序良俗や法律に反する行 為や社会の存続を危機的にする要因と,②特定集団を批判する際に,批判の論拠が個別の 利害関係を超えて社会全体の問題であるとアピールする方法,という社会問題の概念
2点 を結合した場合のみ適用されると述べている。特に,カルトの反社会性については,西田
(1995b)は,① 虚偽と欺瞞の組織,②入会・脱会の自由剥奪,③支配・隷属的関係,④ 公共の利益と福祉に反する活動の
4点に,また,紀藤・山口(2007)は,①対社会妨害攻 撃型,②資金獲得型,③家族破壊型,④ 信者・構成員収奪型の
4点に,それぞれまとめ ている。
このような動向のもと,
1979年に設立され長年カルト問題を扱い続けている国際カルト
研究協会(International Cultic Studies Association;以下
ICSA)は,そのHPにおいて
カルトを「カリスマ的関係と高水準のコミットメント要求によって維持されているイデオ
ロギー的組織」と述べている(ICSA, 2014) 。なお,この
ICSAでは,カルト概念が曖昧
であるとし,カルト団体リストをあえて作らず,また,カルトという言葉をレッテル貼り
で用いることがないよう,その団体の実践活動に問題がありうるかどうか注視しているこ
とを明らかにしている。浅見(2002)も,カルトと呼ぶ基準が集団の教義や儀礼が奇異か
どうかではなく,あくまでその集団が個人の自由と尊厳を侵害し,社会に重大な被害をも
たらしているかどうかであるべきであると,明確に述べている。
9
本研究では,カルトとは,人権の侵害や社会秩序の破壊を実践する団体であり,心理学
者の
Langone(1993b)が提示した実相がみられる団体であると定義する。Langoneがカ
ルトの定義として提示した実相とは,次の
5点である。第
1は,特定の個人や考え,事物 に対して大量あるいは過度な献納,献身がみられること,第
2は,思考改造プログラムを 用いて信者に対して説得や操作を行い活動を実践させること(信者を,団体における関係 や信念,価値,活動といった独特の型に統合させること),第
3は,体系的に信者の心理 的依存状態を引きおこすこと,第
4は,指導者たちの目的を推し進めるために信者を利用 すること,第
5は,信者やその家族,コミュニティに対して心理的被害を引きおこすこと である。
2 カルトの特徴と種類
カルトの特徴としては,Singer & Lalich(1995)は,1. グループの起源と指導者の役 割,2. 権力構造,すなわち指導者(たち)と信者との関係,3. 巧みに組み合わされた説 得法(マインド・コントロールとか,もっと一般的に洗脳とも呼ばれる方法)を利用する ことという
3要素を取り上げている。また,貫名(2009)は,さまざまなカルトに見られ る共通点として,①極端な正統主義(排他主義)と善悪二元論,②唯一の正しい指導者で あるとされる教祖への個人崇拝・組織への絶対忠誠,③精力的な組織拡大活動への自発的 従事,④終末論とユートピア,⑤堕獄論や救済論(死後の安寧)を取り上げた。さらに,
Lindholm(1990)は,カルト集団は「自己喪失へ向かう無意識の衝動という脅迫的な動
機づけ,共有された集団的退行,また強力な感情的衝動の満足」によって結びついている 点を指摘している。
また,カルトの種類については,
Hassan(1988; 2000)は,宗教カルトまたは霊的グループ,政治カルト,セラピーまたは自己啓発セミナーカルト,商業カルトという主に
4種
類に分類している。Hassan によれば,宗教カルトまたは霊的グループは,宗教的教義の
もとで神や霊などの恐怖を煽り,政治カルトでは政治的教義のもとで,人権や社会的問題
に対する憂慮を煽り,セラピーまたは自己啓発セミナーカルトでは,洞察や啓発,悟りを
与えるとして向上心を煽り,商業カルトでは,資本主義的体裁のもと,富と権力への幻想
をかきたてると指摘した。
10
第
2節 カルトによる心理操作
カルトは, 「思考改造プログラム」 (Langone, 1993b)あるいは「巧みに組み合わされた 説得法」(Singer & Lalich, 1995)と称される心理操作を行っている。以下では,この心 理操作の特徴についてまとめ,次に,心理操作のうち特にコミュニティに対するマイナス イメージを与える操作について検討する。
1 心理操作の特徴
カルトによって,本人の思考や感情の精神過程や行動,さらには情報を誘導して,本人 が操作されていることを気づかないままに,心理操作が行われており,このような心理操 作がマインド・コントロールと呼ばれている(Hassan, 1988) 。西田(1995b)は,「他者 が個人の『意思決定過程』に微妙に影響を及ぼすことと同義」であるとし, 「他者が自らの 組織の目的成就のために,本人が他者から影響を受けていることを知覚しないあいだに,
一時的あるいは永続的に,個人の精神過程(認知,感情)や行動に影響を及ぼし操作する こと」と定義した。さらにその後,西田(2001a)は, 「仕組んで用意したある特定の環境 に個人を誘導して徹底的に情報を操ることで,個人の欲求や意志に方向性を与え,個人の 意思決定を組織の意図する方向内に自発的に制限させるように仕向けるシステム」と,よ り明確に述べている。また,櫻井(2007a)は,マインド・コントロールとは「特定集団 によって,情報・感情・行動・環境が支配され,認知的不協和の状態が意図的に作り出さ れることによって,徐々に個人の人格や態度が変容させられること」を指すとし,カルト による意図的な認知不協和理論の視点のもと心理操作の問題を指摘している。
さらに,Singer & Lalich(1995)は,マインド・コントロールの条件として
6条件を 取り上げた。第
1条件は,何が起こりつつあるかということと現に起こっている変化を,
信者を気づかせずにおくこと,第
2条件は,信者の時間と,可能ならば物理的環境とを支 配・管理すること,第
3条件は,無力感と内心の不安と自分はカルトに依存しているのだ という感じを植えつけること,第
4条件は,信者の以前の行動や態度を多分に抑圧するこ と,第
5条件は,新しい行動の仕方と態度を吹き込むこと,第
6条件は,論理の閉鎖シス テムを打ち出し,本当の知識獲得や批判を許さないこととしている。
Singer & Lalichは,
これら
6条件を,リフトンが取り上げた洗脳などで認められる
8種類のテーマ,またシャ
インが取り上げた思考改造の解凍,変化,再凍結という
3段階と,それぞれ比較し検討を
行っている。
11
特に,西田・黒田(2009)は,カルトによるマインド・コントロール場面を
3場面に分 け,各場面でのマインド・コントロールの手法を分析した。第
1を初期の接触場面,第
2を教義を集中的に教え込む場面,第
3を集団を維持する場面とした。第
1の初期の接触場 面では,①情報の隠蔽と欺瞞,②断りにくい状況の操作,③ニーズの操作とアピールをあ げ,特に②では返報性やコミットメントと一貫性,希少性,権威などを具体的に述べてい る。また③では,被勧誘者のニーズである欲求として自己変革欲求,自己高揚欲求,認知 欲求,親和欲求があり,そのニーズに合わせた誘導を行うとしている。さらに,第
2場面 では,教義に魅力を与え心酔させることとし,その技法として,「教義の深淵さが強調」
されつつ,被勧誘者の疑問には次のステップで判るとして引き延ばしをさせている。特に この場面では,セミナーなどにおける「リアリティ構築」がカルトにとって重要である。
「社会的隔離」による「権威と集団による現実性」という影響のもと,「体験による現実 感の演出と被暗示性」を高めさせ,教義を単なる知的理解で留まらせずに,被勧誘者に教 義を実感させ,自己存在に必要不可欠と主観的に感じさせることを目的としている。そし て,第
1,第2場面で徐々に用いられていた情報や,行動,思考,感情のコントロールを,
次の第
3場面ではさらに強化されることとなる。これらより,承諾誘導の社会心理的技術 が,カルトの初期場面での個人の意思決定に際し用いられていること,教義の集中的教え 込みでは,感覚遮断とそれによる誤った現実感が伴っていること,個人の人格を成す思考 や感情,行動に対する心理操作をより有効に行うために,承諾誘導や感覚遮断などの技法 が導入されていることを明らかにしている。
2 コミュニティに対するマイナスイメージを与える操作
カルトによる害として,Ross & Langone(1988)は,①信者に起こりうる害,②家族
に起こりうる害,③社会への害を取り上げている。①と②の信者や家族に起こりうる害と
は,身体的な害,経済的な害,心理的な害である。③の社会への害とは, 「自分たちの目的
の正しさを押し売りして,一般社会の価値・制度・法律・財産・文化を敵と見なしたり無
視したりする」と述べている。また,ズィヴィー(1997)や瓜生(2011)は,カルトによ
る被害として,①本人の人格破壊,②本人と本人の家族との間の関係破壊,③本人と社会
の関係破壊の
3点を取り上げている。この
3点についてズィヴィーは,①とは精神面の破
壊,②とは親子や夫婦の断絶,別居,離婚に至る破壊,また③とは不当な干渉,思想への
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浸透,社会的組織から離れさせてしまうこととしている。
これらをまとめ直すと,①個人に生じる被害は,経済的,身体的,心理的被害であり,
特に心理的被害として,カルトによって本人の意思や感情が失われ,カルトが望む信者像 へと変容することであり,個人によっては人格崩壊がなされる事態も含まれる。②の家庭 に生じる被害では,経済的,身体的,心理的被害である。特に,身内がカルトに入信する ことによって,家庭のお金をカルトに提供したりする経済的被害であったり,家族成員が 信者となったことによって生じる身体的精神的被害,さらには,それに伴って生じやすい 別居や離婚などの被害も含まれる。③社会への被害とは,1 つは社会への脅威となる事件 が生じるほか,信者個人レベルでは,家族や社会との断絶がなされる点である。会社や友 人関係などコミュニティとのつながりは,カルトへの勧誘の対象あるいは金銭剥奪の対象 と見なされやすい。また,本人の社会での自己実現は捨て去るべきものであって,コミュ ニティは,カルトを受け入れない忌み嫌う対象と見なされやすいこととなる。カルト問題 は個人の問題として限定されるべきものではなく,個人を囲んでいる家族や社会といった コミュニティも巻き込んだ問題であるということができる。
楠山・貫名(2000)によると,あるカルトに入信した体験者は,当初の入信目的はこれ までの“キタナイ自分”への決別であったが,組織に集まったメンバーが同じ問題を抱え ていたと確認されるにしたがって,親や家庭,加えてこの社会への蔑視や憎悪の感情にな っていったと自らの心理経過を分析したという。これは,入信の直接要因は自己の在り方 であり,自虐的要素が強かったものの,教団メンバーとの共通認識や仲間意識のもと,苦 しみの原因はカルト外部である家庭や社会といったコミュニティに存在するという,カル ト側の解釈に合致した認知へ至ったことを表している。また,Sadock & Sadock(2003)
は,カルト入信者は, 「しばしば自分の家族や友人と縁を切り,集団の他のメンバーのみと 交わるよう言われる」と述べている。Lindholm(1990)は, 「そうした親密さが,集団の メンバーの外的影響からのひきこもりをうながし,共同体経験を追及するあまりに生じる,
社会規範からのより大きな逸脱を可能にする」と解釈した。これによって,カルトの教義 や活動の秘匿性が高まり,また教団内の結束が強まり,信者に教義や活動の問題点を自覚 しにくくさせることができることとなる。
カルトによる家族や社会のコミュニティに対する認知変化をもたらす心理操作について,
Sirkin(1990)やRobinson & Bradley(1998)は,カルトが家族との情緒的つながりを
遮断させて,家族との引き離しを基本的に行っている点を指摘した。また,
Ross & Langone13
(1988)は,カルトは親子の気持ちの結びつきが強いことを承知しているので,たとえば
「親は,本当はあなたを愛していない,本当に愛しているのは教祖だけだ」あるいは「サ タンは自分が愛する人を通じて働きかける」と信者に説くとしている。これらは, 「親に対 する不信や恐れ,嫌悪感を吹き込み,親子関係の荒廃」 (Ross & Langone, 1988)を目的 とし,「入信者を家族から切り離すと同時に,不合理な命令に盲従することを教える」
(Singer & Lalich, 1995)ことが可能となる。
さらに,Ross & Langone は,カルトは,家族との関係に関して,①親との接触を制限 する,②親に反対する宣伝を行う,③教団について検討するカルトカウンセリングに対し て恐怖心をもたせるという
3点を,社会に対しては,嫌悪感を抱かせるようにしている点 をあげている。具体的には,①では,両親といる時間をなるべく持たせないようにし,電 話も監視してそのやり取りを指導し,家に帰るときに別の信者をつけることもあり,親と の接触とその影響力を減らすことを目的としていると述べている。カルトは,その基本と して,家族や社会といったコミュニティとの接触を持たせない特徴を持つ。また,②では,
カルトに反対する者は,親であっても悪だと教え込む点である(川崎, 2008)。Singer &
Lalich(1995)によれば,カルトは「さまざまな理論による理由付づけを利用して,信者
をその家族と敵対させる」とし,具体的には,信者に修正した自分史を提出させ,両親を 悪魔の手先と見なして,信頼置けない存在と思わせるとしている。これは,同時に③も満 たすことができる。③では,脱会させることを目的としたカウンセリングは拷問のような 残酷なものであり,たとえば暴力や強姦などの話を聞かされる。脱会のためのカウンセリ ングを受けさせないようにすることと同時に,家族への不信感を強めることを目的として いる。さらに,社会などコミュニティに対しては,コミュニティの人々や出来事に不信や 軽蔑,不安,無関心などの種をまき,特に信者が個人的に興味を持ったり魅かれる事象,
たとえばスポーツ,交友,家族などをけなしたりする。これによって,外部情報から遮断 され,内部の結束を維持することとなる。接触を制限させるという基本のもと,カルトは,
家族や社会のコミュニティに対してマイナス評価を信者に持たせるようにしている。
一方,パスカル(1999b)によれば,脱会者に起こる問題の
1つとしての親子問題には,
3
つのタイプがあるという。1 つのタイプは,カルトに入会する前から親子関係が悪く,
その解決を求めていた人,2 つめのタイプは,カルトに入会してから,教えを通して親子
関係が悪いと気づく人,3 つめのタイプは,脱会してから,自分と家族の間に問題がある
と気づく人であると述べている。この
3タイプにカルトの影響を加えて検討すると,まず
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1
つめのタイプでは,もともと思っていた家族問題に対してカルトから回答を得られたと 感じることとなり,カルトによる家族へのマイナス評価の教え込みの影響は大きい。また
2つめのタイプは,カルトによる操作のもと,勧誘以降において,今まで見えなかったあ るいはぼやけていた家族状況を意識させ,それにより,家族問題として理解できるように なったと本人に思わせることとなる。楠山・貫名があげたカルト入信体験者は,この②で あったと理解することができる。
さらに,3 つめのタイプにおいても,カルトによる影響はないと断定することはできな い。家族についての心理操作として,教義を通して獲得されていく親や家族の理想像や他 者批判の視点以外に,家族に対する「偽りの記憶」 (Singer, 1995 中村訳 1995; ズイヴィ ー, 1999b)や,問題の拡大あるいは歪曲(志村, 1999b)が勧誘以降に教え込まれている。
ズイヴィーは,両親との間に問題があったという「偽りの記憶」を信者にもたせると同時 に,脱会しても「偽りの記憶」が残ることにより,両親に対して強い不満を持ち続けると 述べている。同様に,志村も,ある出来事を長い時間心の中で温めてきた場合,カルトに よる「解釈や心理操作によって,問題が拡大したり,歪曲されたりして,家族としては必 ずしも同意しがたい場合」が見られると指摘している。脱会後に新ためて自己をみつめ直 そうとしたとき,身近な家族との関係は検討材料となりやすく,その際に,カルトから教 え込まれた視点や見方が,意識されることなく,本人の思考モデルとして影響しやすいこ とは十分考えられる。
特に,カルト内部における新たな関係性を本人が体験している場合,身近な家族あるい は大切な他者との関係においても,同種の関係性を求めやすくなる。本人にとっては,心 から判り合えた実感を持っており,そのため,その体験をあるべき関係性あるいは理想と し,カルト仲間との関係と同質,あるいは少なくとも質的には勧誘前以上となるような家 族関係を望みやすくなる。言いかえれば,信者本人の家族像は,カルトの操作のもと,実 像に対するマイナス認知評価が高まり,また一方では,理想像が高まった状況であると理 解することができる。これらは,勧誘前の本人の認知とは異なった家族認知の状態である ことを意味している。
しかしながら,カルト脱会者の家族認知を実証的に調査した研究は,現時点においては
十分行われていない状況である。そこで,本研究は,カルト脱会者の家族認知を勧誘前か
ら脱会後にかけて客観的にとらえることを目的とする。
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第
3節 カルト入信の要因
志村(1999b)や
Hassan(1988)は,カルト信者を生みやすい典型的な家族や,信者になりやすい本人の傾向などはないと述べている。また,
Ross & Langone(1988)も, 「完 璧な家庭などありえない」と述べ「解決せねばならない問題は,どの家庭でもかかえてい る」と指摘している。さらに,ICSA(2014)は,すべての人がそれぞれの理由でカルト に入信しており,入信者の多くはカルト入信前に心理的に健全であったと述べている。
ICSA
は,入信前に,かなり重度なストレス(significant stress)を体験している(失恋,
学業での失敗,仕事上での混乱,大学での過渡期)場合や,通常のコーピング方法が効果 的でない場合, 「幸福への道」を売りにしている人たちに対して,より受け入れやすくなる と述べている。実際, 「今までは駅前で声をかけられても断ってきたけれど,何回目かのと きに,話を聞いてみようかなとふと思ってしまった,あのときはプライベートで辛いこと があったせいだと思う。 」という主旨を脱会者の多くが語っている。
これらより,カルト入信者を生み出す典型的な家族あるいは個人の特異な傾向が存在す るという断定は難しく,むしろ,個人や家庭が完璧ではないために,個々の弱点やその関 係性にカルトが侵入し操作してくるものと考えられる。一方,本人たちは,カルトに魅力 を感じて入信している現状がみられる。以下では,個人レベルの魅力と関係性の魅力,次 に,個人とコミュニティ,特に家庭と社会のマイナス要因と入信の関連について,それぞ れ述べる。
1 個人レベルの魅力と関係性の魅力
まず,個人レベルでの魅力としては,生きる意味や目標(楠山・貫名, 2000; Wright &
Piper, 1986)
,人生に対する明確な意味や存在理由(Singer, 1979) ,また「情緒的な幸福 の偽りの約束」 (Sadock & Sadock, 2003)がカルトから与えられると指摘されている。
Schwartz & Kaslow
(1982)は,権威的で力強いリーダーが存在するカルトは,アイデン ティティに関係した疑問,存在についての疑問に答えを与えることで,明確な回答と方向 づけを行い,信者は教団による慰めと安全を獲得していると指摘した。
Coates(2011)は,
アイデンティティと意味と別のライフスタイルへの探索に対する回答を与えている点を示 唆している。これらより,特に,発達移行期では,現在に対する新たな意味づけを求めや すく,カルトが提供する人生の意味や目標に魅かれやすいと考えられる。
また,カルトは,関係性の魅力も与えている。Schwartz & Kaslow(1982)は,青年が
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愛情と所属欲求を求めている点を取り上げた。Hassan(1988)は,カルトの生活は強烈 なグループ体験から生じる仲間意識という明らかな利益を与えてくれると述べ,仲間意識 を取り上げ,また,Wright & Piper(1986)は,カルトからの所属感の提供を取り上げて いる。さらに,Coates(2010)は,入信中に「強烈な関係(intensity of relating) 」を獲 得しており,それにより,脱会者が脱会後に深い親密さの喪失(loss of “deep” furiendships)
が生じることを指摘し,Coates(2011)は,所属感と親密な仲間とのつながりを取り上げ ている。Lindholm(1990)は,教団が心和む雰囲気を好むために,信者はそれを好み集 団への参加を選択している点を指摘した。これらより,所属感と強い仲間意識による関係 性の魅力が理解できる。
さらに,志村(2009)は,カルトが自分たちの団体を「疑似家族」として形成するとし,
グループへの帰属感を高めるため,現実の家族に対して否定的な思いを抱くよう誘導する 点を指摘している。Schwartz & Kaslow(1979)は,カルト信者の仲間が強力で新しい代 替的家族(members of his new, potent, replacement “family”)である点をあげ,Sirkin
(1990)は,元の家族との接触がなされないと同時に,教団内では「疑似家族的つながり
(family-like ties) 」が促進されていると述べている。また,
Robbins & Anthony(1982)
は,カルトが代替的な家族環境を提供しているため,両親や配偶者との関係が厳しい状態 にある人たちが入信しやすいこと,特に特定の教団では,生物学的な親よりも教祖が優れ ていると教え,教義上の「血縁関係システム(kinship system) 」を形成させており,その ため,家族と教団との間に緊張を引きおこす根本的な原因となっていると述べている。さ らに,Whitsett & Kent(2003)は,特定教団では,教祖やリーダーが親的役割を担い,
それにあわせ信者に「Father」, 「Grandfather」と呼ばせており,カルトが,機能的でな い家族や虐待的な家族と同様に, 「偽りの家族(fictive families) 」として拘束的関わりを 要求する点を指摘している。岡田(2012)は,カルト教団が疑似家族として機能している ことは必然的なことと述べ,教団が,信者にとっては,現実の家族に代わる「半永久的に つながり続ける存在」としての機能を持つ点を取り上げた。これらより,教団の仲間との 疑似家族的つながり,教義にも支持されたリーダーとの疑似家族的つながりによる関係性 の魅力が理解できる。
カルトでは,このような信者同士のつながりを教義と合わせて実践させつつ,さらに,
信者同士のカップリングや結婚,それにより新たな家庭を築くよう,誘導あるいは強要を
行っている。櫻井・中西(2010)は,調査したカルト教団における「信者の性と家族形成
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を完全に統制している」問題点を取り上げている。これにより,信者はカルト内部におい て,教祖以外に関係対象を具体的に獲得でき,岡田(2012)が指摘した「半永久的につな がり続ける存在」となりうることとなる。一方,カルトにとっては,カップリングによっ て内部の結束を高め,子どもたちに対する信者教育を信者夫婦に実践させ,教団の基盤強 化を効率よく行うことができることとなる。
これらより,カルトの魅力としては,個人的レベルの魅力以外に関係性の魅力があり,
カルトの仲間意識や所属感,疑似家族などを取り上げることができる。カルトの実態とし て,カルト教団内部における関係性を仲間意識や所属感,擬似的家族に,また教団内での 生活形態では擬似コミュニティの在り様を形成させており,これらによる信者への心理的 拘束が増すこととなりやすいと思われる。また,これらの魅力は,不適応状態の個人にと って魅力的であるばかりではなく,適応した個人にとっても魅力的である。実際,近年で は,より多くの友人ができる,社会に役立つ自分になれる,ボランティアに参加しようと いった勧誘が多く見られており,健全な若者が被害を受けるケースが出始めている。
2 個人とコミュニティのマイナス要因 2. 1 個人的要因
本人の問題については,Schwartz & Kaslow(1982)は,孤立感と憂鬱感,獲得できな い確実性,未形成の価値システム内在化,低い自己評価,依存的,超自我の未発達,信じ る何かへの探索,伝統宗教への幻滅,外向き志向であることを取り上げた。特に,青年期 では,アイデンティティが不確実であっても受け入れてもらうことを望んでいること,個 人として意思決定できない探索中のときに方向づける父親像を望んでいることを指摘した。
また,Sirkin(1990)は,青年期の発達達成が獲得されていない点を取り上げ,課題達
成が行われない場合,青年は正常な独立心の制御ができず,カルトを自分の居場所としや
すいと述べている。Coates(2011)は,個人が抱える心理的苦悩として,孤独感,低い自
己評価,不確実性への耐えられなさと確実性への欲求を取り上げている。精神分析者の岡
田(2012)は,マインド・コントロールを受けやすい本人の要因として,①依存的なパー
ソナリティ,②高い被暗示性,③現在および過去のストレス,④支持環境の脆弱さの
4点
を取り上げた。さらに,Rosen(2014)は,パーソナリティの脆弱性と純粋性(自己愛者
や社会病質者を見抜けないこと) ,競い合いへの過度な不安,発達移行中の場合,喪失体験
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がある場合,家族と分離された成育歴,心理操作への無知,キャリアや親密性について技 法を与えられないまま成人期を迎えている場合などを取り上げた。
2. 2 コミュニティの要因 1) 家族
家族の問題については,
Schwartz & Kaslow(1979)は,青年期の家族が膠着した構造状態(enmeshed structure)であったり,子どもたちが親から矛盾したコミュニケーショ ンを内在化しており,カルトが家族から直接分離する機会を提供している点を取り上げた。
その後,Schwartz & Kaslow(1982)は,若者を子ども扱いする傾向,親からの独裁的な 断言,若者の意思決定への無関心,父親の家庭や子どもへの無関心による父親との関係の 薄さをあげている。また,Markowitz(1983)は,カルトに入信した子どもを持つ家族の 特徴として,子どもにとって現実的に到達できないような高い期待を持ちやすい傾向,子 どもに対して支配的となったり,家族メンバーに忠誠であるようにさせて自律の発達を阻 害しやすい傾向を取り上げた。
Sirkin(1990)は,カルト信者を持つ家庭は,カルトに関わっていない家庭よりも,意
見を最後まで聞かない,批判やネガティブな表現が多い,感情表出が少ないという特徴が みられると述べている。特に,Sirkin は,入信者が,家族役割を果たしながらスケープゴ ートとなっている子どもであること,親と子どもの価値観の対立がみられたこと,個人と 家族それぞれが移行期間の場合,子どもが特に入信しやすいことを指摘した。さらに,カ ルト入信者の家族とカルト入信者がいない家族との間で相違はみられるが,それらの相違 がカルト入信を引きおこしているとは考えられず,むしろ,入信者がいる家族では,特に 発達的移行(developmental transitions)が非常に困難である可能性が考えられると示唆 した。このほか,
Coates(2011)は,研究より,幼少期の愛着の非安全感を示唆し,
Rosen(2014)は,親の誤った情動調律,利他的あるいは理想主義的な家族風土による影響を述 べている。
一方,Marciano(1982)は,多くの信者が勧誘前に心理的混乱や不満足,家族問題,
疎外感などを感じていたことが多くの研究で明らかになっていること,カルトは,一時的
であっても,家族内や個人的な葛藤の解決であり,家族の三角関係からの抜け道でありう
ること,カルトは,家族緊張を外在化させ,家族システムの代替であり,コミュニティ感
覚の不足(the loss of a sense of community)のもと家族による社会的剥奪(communal
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deprivation)に対する補償であると述べている。Marciano
の研究では,カルト入信は治
療的機能や家族による社会的剥奪への補償を行っていることより,カルト入信は,より健 全で適応的な自己成長の役割を担っていると考えていることがうかがわれる。
2) コミュニティ
コミュニティの問題については,
Schwartz & Kaslow(1982)は,本人が環境からの影響への抵抗が低いこと,理想論と現実社会の矛盾,個人主義を唱えつつ個性喪失の現実の 点について指摘している。また,Robbins & Anthony(1982)が,NRM による代替的な
“家族”環境の提供を取り上げた。若者を原家族への独占的で血縁的な価値ある依存から 引き離すことができ,新しい核家族の発達と発展のために快適な関係を提供できると述べ ている。また,分断された家族や疎外された若者にとって
NRM入信によって個人や社会,
コミュニティへの関わりを強化する治療的機能があると指摘した。
平山(1980)は,信者の性格特徴を,「自閉的で孤立化してゆく方向性と,あくまで理 想と正義の実現を追い求めてゆく方向性とを含んでいる」とし,前者からは「逆に人と人 との連帯を希求しようとする志向」,後者からは「理想主義社会の実現をめざそうとする願 望」が生まれ,そのような「パトスを内に秘めた」状態であると指摘している。この平山 の指摘のうち前者に関しては,既存コミュニティ内では自閉的で孤立化する方向性である ために,人との連帯を希求する志向性が既存コミュニティに向かわず,カルト内部に向け られている可能性が考えられる。むしろ既存コミュニティで獲得されなかった他者との連 帯が,カルト内部で獲得される情況と理解することもできる。後者に関しては,当時の社 会状況とカルトが提示する理想社会の両者が共鳴したものと思われる。平山が診察し分析 を行った対象者は全員
20代の青年であり,70 年代に若者が闘争とデモを繰り返していた 社会的背景があった。現在の社会背景を合わせると,現在は社会の理想をめざすという願 望の形態が異なり,より多様化している可能性があるものの変わらずに存在すると思われ る。また井上(1997)は,青年期におけるカルトへの没頭について, 「大人が築き上げた 社会や組織からの断絶や刃向かい」を意味すると指摘した。
以上の第
2節と第
3節より,カルトは,家族や社会といったコミュニティとの接触を制
限させるという基本があり,また,家族や社会に対するマイナス評価を与えるという認知
的かつ情緒的変容をもたらす一方で,仲間意識や疑似家族といった具体的かつ情緒的関係
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性を信者に提供するという魅力が存在しており,これによって,信者はカルト側の心理的 拘束を受ける事態となっていることがうかがわれる。カルトに勧誘される時点においては,
家族問題はそのうちの
1つにすぎなかったと思われるものの,入信によってカルトからの 教え込みのもと,カルト入信を反対する家族が問題点としてクローズアップされ,勧誘前 に意識されていた家族問題の認知はもちろん,入信中や脱会後においても,家族問題が意 識化されやすい状況であり,勧誘前と比較すれば家族の実像に対するマイナス評価が高ま りやすいと考えられる。
しかしながら,カルト脱会者における入信中の家族認知を勧誘前と比較して実証的に調
査した研究は,現時点においては十分行われていない状況である。そこで,本研究は,カ
ルト脱会者における勧誘前とカルト入信中の家族認知を客観的にとらえることを目的と
する。
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