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身近な家族や大切な他者の役割

ドキュメント内 №該当箇所誤正 (ページ 64-69)

第 4 章 家族とコミュニティの役割

第 2 節 身近な家族や大切な他者の役割

カルト教団のスタッフになろうとしていたある女性は,教団施設への引っ越し準備の最 中に家族と話し合う時間を持ち,その1時間後,教団の問題が見えてよかった,本当はス タッフになりたくなかった,お父さんお母さんが好きなのに,家族と縁を切らなければな らなくなりそうで,とても辛かったと,涙ながらにその心中を吐露した。この約 1 年後,

女性は社会復帰することとなった。

この女性は,カルト側からの家族関係に関する教え込みを受けており,その教え込みと 本来獲得していた家族への感情との葛藤で悩んでいたという状況が理解できる。言いかえ れば,カルト外部である身近な家族や大切な他者との結びつきが,脱会にあたっての重要 な要素であると考えられる(Sadock & Sadock, 2003)。

一方,別のある信者は,カルトを脱会すると決めた直後,教団の教えに従う考えはない が,今の家族より教団の信者達のほうがずっと私を受け入れてくれている,だから教団を 辞めたくないと家族に打ち明けた。そしてその後,本人と家族は様々なテーマで話し合い の時間を持ち続け,数か月後に心から教団を脱会することとなった。

この女性は,勧誘前には体験し得なかった人間関係を,カルト内部で体験したこと,ま たその体験は,家族以上に解りあえた感覚をもたらしていたため,カルトが問題かどうか 以上に,カルトの仲間との人間関係の体験そのものが大切で手放せないものとなっていた という状況が理解できる。カルトの魅力である教団での関係性は,家族以上に解りあえた 感覚を与えており,カルト入信者にとって,たとえ操作された疑似的なものであっても,

教団内部での人間関係や心情的交流を断ち切ることは耐え難い事態をもたらすこととなっ ている。

この事例は,本人のそのような体験を家族が克服できるということも,同時に示唆して いると思われる。信者本人が抱いている,家族や社会に対する認知的情緒的マイナス変容 や,現実的かつ情緒的なカルトの魅力を,低下させるあるいは消滅させるということでは なく,むしろ,カルト入信時の体験についての思いを,家族と率直に語り合える関係性が できていたということが重要と考えられる。カルトの魅力に魅かれているという,家族に とってはマイナスに受け取れる心情さえも,他者に伝えることのできる関係性によって,

本人と心からの対話が可能であると理解することができる。心から対話し合うことができ る関係性を築くためにも,家族側がどれほど自ら開襟できるのかという点が重要と思われ る。

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ズィヴィー(1999b)によれば,脱会者に起こる問題の 1 つとしての親子問題には,3 つのタイプがあるという。第1のタイプは,カルトに入会する前から親子関係が悪く,そ の解決を求めていたタイプ,第2のタイプは,カルトに入会してから,教えを通して親子 関係が悪いと気づくタイプ,第3のタイプは,脱会してから,自分と家族の間に問題があ ると気づくタイプであると述べている。この3タイプは,本人が家族問題をどの時点で意 識化したかという分類であるが,完璧ではない家族の問題点がカルト入信によって明確化 された影響が考えられる。

また,オウム真理教信徒救済ネットワーク(1995)は,臨床現場で出会う家族にみられ るパターンとして3種類取り上げている。1つ目のパターンは,父親が権威的である場合 である。子どもの入信を知って,子どもや妻に対して怒りを表出し,入信した子どもの考 え方や行動を理解するよりも,それらを支配し父親の意志に従わせようとする。このよう な父親のもとで育った子供は,権威に弱いこと,強い信念を受けつけられやすいという問 題があることを指摘している。第 2 のパターンは,母親の感情的支配が強い場合である。

母親の感情に家族全体が心理的に支配され,子どもはその感情の振幅の中で生活している。

そのため,1 つめのパターン同様に権威に弱い傾向があると同時に,感情的に抑え込まれ てきており率直な自己表現が苦手で協調性が強すぎ,そのため,「人に気に入られたい」思 いが強い傾向であり,心を打ち明けられる友人が少ない。そのため,カルトに入信すると,

それまで聞き役だった本人は,カルトの論理をまくし立てるようになり,「やっと手に入れ た自己表現の喜び」さえ感じられると述べている。第 3 のパターンは,父親不在である。

父親は仕事だけであり,家庭については母親まかせであって,そのため,母親が父親の役 割まで引き受けることとなる。

一方,カルトによる影響としては,家族についての心理操作として,家族に対する「偽 りの記憶」(Singer & Lalich, 1995; ズィヴィー, 1999b)や,家族問題の拡大あるいは歪 曲(志村, 1999b)といった,教義を通して獲得されていく親の理想像や他者批判の視点が 勧誘以降に教え込まれている。脱会後に改めて自己をみつめ直そうとしたとき,身近な家 族との関係は検討材料となりやすく,その際に,カルトから教え込まれた視点や見方が,

意識されることなく,本人の思考モデルとして影響しやすいことは十分考えられる。

これらより,カルトに勧誘される時点においては,さまざまな直接的かつ具体的な要因 があり,家族問題はそのうちの1つにすぎなかったものの,入信によってカルトからの教 え込みを受けることで,家族が問題点として焦点化されやすくなり,勧誘前に意識されて

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いた家族問題の認知はもちろん,入信中や脱会後においても,家族問題が意識化されやす い状況であるということができる。言いかえれば,勧誘前と比較して,家族の実像に対す るマイナス評価が高まることとなる。どの家庭も「潜在的に抱えている問題,いわば社会 的,時代的な課題に家族は取り組むことを余儀なくされる」(オウム真理教信徒救済ネット ワーク, 1995)と理解できる。

さらに,カルト内部における新たな関係性を本人が体験している場合,身近な家族ある いは大切な他者との関係においても,同種の関係性を求めやすくなる。本人にとっては,

心から解り合えた実感を持っており,そのため,その体験をあるべき関係性あるいは理想 とし,カルトで実感した関係性と同質,あるいは家族にとっては勧誘前以上となる家族関 係を望みやすくなる。言いかえれば,勧誘前と比較して家族の理想像が高まったこととな る。信者本人の家族像は,カルトの操作のもと,実像に対するマイナス認知評価が高まり,

また,理想像が高まった状況であると理解することができる。これらは,勧誘前の本人の 認知とは異なった家族認知の状態であることを意味している。

一方,このように家族問題を意識しやすくなっている本人と異なり,身近な家族や大切 な他者は,本人に影響を与えた操作を十分知らず,むしろ勧誘前の本人の姿のみを理解し ている状態である。目の前の本人は一度いなくなってしまった子どもが帰ってきたという 現実であり,喪失していた事態から再獲得した対象であり,その期待や喜びの想いは強い。

そして,身近な家族は,勧誘前の関係性のもと,本人に家族の希望を押しつけて,現実社 会への適応を早くさせようと本人にプレッシャーをかけやすくなる。そのため,両者の間 で対立が生じやすくなる。一方,脱会者にとっては,勧誘時の家族のあり方を記憶してい るだけであり,自身が入信している間に家族がどのように変化しているのか理解しておら ず,また教団の教え込みによって家族に対するマイナスイメージも強化されている。さら に,教団入信中には教団仲間との関係性が形成され,疑似的ではあっても,勧誘前よりも より親密であったり頼ることができると思わされた,新たな関係を形成したという獲得体 験を得ている。家族と脱会者が抱くさまざまな感情との間に齟齬が生じやすくなり,この 両者の齟齬が,本人と教団問題を語り合うときに表出することとなる。これらを踏まえた うえで,身近な家族や大切な他者は,どのような姿勢で本人を迎え,どのような対応をす べきかという点が問われることとなる。

この点については,浅見(1997)や志村(1999b)は,カルトを脱会するにあたり,身 体的以上に精神的な心の居場所として共に居続ける家族,家庭の役割は大きいことを指摘

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