第 4 章 家族とコミュニティの役割
第 3 節 家族が抱えるストレス
入信者を身内に持つ家族は,「隠れた犠牲者(hidden victims)」であると言われている
(Schwartz, 1983; 1986)。本節では,脱会者の家族を理解する視点として,家族が抱える ストレスについて先行研究を展望することとし,はじめに勧誘前でのストレスを,次に入 信発覚後のストレスについて論じる。
1 勧誘前の家族のストレス
信者を身内に持つ家族が抱えていた勧誘前のストレス理解にあたっては,脱会者と同様 に考えられ,Pearlin(1989)による視点とMcGoldrick et al.による多文脈的枠組みによ る視点が有用と思われる。
Pearlin による視点では,ライフイベントとクロニック・ストレインの理解は重要と考
えられる。家族の歴史でライフイベントがどのようなものであったのか,日常的に起きて いたクロニック・ストレインはどのようなもので,どれほど長く続いていたものなのか,
家族のうち特に誰に負荷がかかっていたのかなど,より具体的な検討が必要と思われる。
また,家族メンバーが抱えていた役割ストレインでは,どのメンバーがどのような役割荷 重や役割葛藤,役割拘束を感じていたのか,特に,青年期の本人に対する役割再編成はど のようなものであったのかという理解は重要と考えられる。また,中釜(2006)が取り上 げていた,McGoldrick et al.による多文脈的枠組みを「個人と家族にふりかかるストレス の流れ図」として理解する視点も重要と考えられる。特に,勧誘前では,家族全体で抱え ていたりまた家族メンバー個々人が抱えていた垂直ストレッサーについての検討は重要と 考えられる。
家族が抱えていた家族ストレス(family stress)は,本人たちにとって無視できないも のであり,むしろどのように解決したらよいのか模索していた可能性や,その解決として のカルト入信の可能性も十分考えられる。家族ストレスは,カルト入信の直接的あるいは 間接的要因として影響力があると思われ,見過ごすことができない項目と考えられる。
2 入信発覚後の家族のストレス
カルト入信発覚後では,入信者を身内に持つ家族は,大きく分けて3段階のプロセスを 体験するとされている(Markowitz,1983; Sirkin, 1990)。第1段階が,カルト入信の発覚
63
から本人との語り合い前までの段階,第2段階が,本人との語り合いと本人が脱会を決心 するまでの段階,第3段階が,脱会後に本人が自己回復するまでの段階である。本項では,
この3段階に準じて検討し,特に第1段階を中心に,ストレスについて述べる。
2. 1 カルト入信発覚から本人との語り合い前まで 1) 入信発覚による反応
Beckford(1982)によれば,家族成員の入信が発覚した後に生じる家族反応として,①
不可解(incomprehension),②怒り(anger),③アンビバレンス(ambivalence)の3種 類がみられるという。①不可解とは,入信を知った家族は,本人の状況がほとんど解らず,
また,なぜ入信したのか説明つかず,事態を理解できない状態であり,また狼狽した状態
(bewilderment)であるという。②怒りは,家族では最も一般的に表現されており,状況 によっては長期にわたる場合もある。③アンビバレンスとは,疑問などを解決しようとす るものの,自分たちに起きていることの意味が確実に思えず,忠誠(loyalities)と感情
(emotion)との間で競い合って苦しみ,明らかな証拠が出てくるまで判断を留保する必 要があると考えているようにみえること,入信者に対して過激すぎないよう気をつけなけ ればという恐れ,さらに本人との信頼関係が将来も継続してほしいと思いつつ,維持でき るかどうか不安を覚えている状態であるという。Beckford は詳細を述べていないものの,
忠誠と感情との葛藤とは,家族の一員である本人を信じたい,家族を裏切ったりしないで ほしいといった願いの一方,どうして入信したのか,家族を裏切るようなことをしたのか 納得できない,といった①不可解や②怒りに通ずる気持ちが混在している心理状態と思わ れる。
また,Goldberg & Goldberg(1989)は,入信発覚により,罪悪感,怒り,不安,悲し みといった感情がみられると指摘し,家族の反応を4段階に分類した。第1段階は,家族 メンバーのカルト入信を気づかない,あるいは認めようとしない無知または否認の段階
(ignorance or denial),第2段階は,家族メンバーのカルト入信を認めることとなり,悲 しさと恐れを感じる段階(recognition),第 3 段階は,カルトについて家族以外もあわせ て検討を行う段階(exploration),第4 段階は,カルトに入信した家族メンバーに対して 行動をとる段階(action)とされている。入信発覚から本人の語り合い前までは,このう ちの第1から第3段階までが該当する。第1段階は,本人の入信に対する無知であり,数 か月から数年続く場合もある。特に,青年期の本人が独立心を獲得して家族とは異なった
64
世界観を持つことを認めようとする姿勢のもと,カルトへの入信が明らかにされにくい。
また,物理的に本人と離れていると,家族は本人の生活に何が起きているのか知らないま まである。健康的な家族ほど,物理的に離れている本人からの手紙や電話に違和感を覚え ても,本人の独立心を尊重しようとしたりして,どうしても本人を信用する傾向となると いう。第2段階は,家族が本人の基本的人格の変化に気づく段階である。この変化によっ て,家族は喪失感を深く感じることとなる。カルト的人格に取って代わられてしまい,今 まで大切にしていた唯一の家族メンバーがいなくなったように感じる。信者の人格変化は 家族にとって悲しくまた恐怖のような体験であり,それまでの本人ともはやつながりがな いように感じる。家族はこうした本人の変化に悲しさと恐れを覚えることとなる。一方,
入信の状況はすべて家族だけが責任をとるべきという考えや,家族の問題は秘密にすべき といった方針のため,この段階に止まって次の段階に進めない家族もいる。第 3 段階は,
家族は,入信の状況について,友人や親戚,専門家と話し合い始める。家族によっては,
この段階は家族の問題をオープンにしなければならないため,罪悪感や恥を感じてこの段 階に進めなかったりする。この段階によって,カルト問題について情報収集を行って理解 を深め,当初感じていた以上に,カルト入信の問題を認識することとなる。
2) 家族が抱える曖昧な喪失
本人の入信を知った家族の衝撃は大きいものである。Schwartz & Kaslow(1979)は,
家族は,喪失感と解決つかない悲嘆(loss and unresolved grief)を突然感じることとなり,
しかもその感情が続くこととなっており,これらの感情が子どもを亡くした体験を持つ家 族の感情と非常に似ている点を指摘している。また,Sirkin(1990)は,家族は,知覚的 喪失(perceived loss)による悲嘆や悲痛(mourning or bitterness)に陥っている可能性 を示唆した。家族にとって,家族メンバーの入信は,喪失や悲嘆と同質であると考えられ る。
Boss(1999; 2002; 2004; 2006)は,「曖昧な喪失(Ambiguous Loss)」という概念を提 唱している。これは,通常の喪失と異なり,行方不明や失踪のように最愛の人の安否が分 からない喪失や,認知症のように最愛の人が以前とは別人のようになってしまうという,
喪失自体に曖昧性が含まれるとされている。南山(2003)は,曖昧な喪失の定義として,
「家族システムにおいて,一人の家族成員の身体的あるいは心理的な存在/不在に関する 曖昧性がある場合」と述べている。Bossは,曖昧な喪失に2つの類型がみられるとした。
65
第1のタイプは,身体的には不在であるが,心理的に存在していると認知することで経験 される喪失であり,第2のタイプは,身体的に存在しているが,心理的に不在であると認 知することで経験される喪失である。Table 1は,南山(2012)がこの2類型をまとめた ものである。Boss(2006)は,これら2つのタイプが一つの家族に存在していることがあ る点も指摘した。
また,曖昧な喪失は「通常をはるかに超えたストレス因子」であり,対処や理解を阻む 不可思議な不安と終わりのないストレスをもたらすと指摘している。小森(2003)も,曖 昧な喪失によって,アンビバレンスな心理状態が誘発され,そこから先へ一歩も踏み出せ なくなる点を述べている。また,南山(2003; 2012)は,曖昧な喪失は「明確な喪失」と 異なり,喪失自体が「最終的」か「一時的」かが不明確であり,そのため喪の作業を始め ることができないこと,また,状況に対して意味をあたえ理解することができないために,
問題解決や意思決定に向かうことができないことを指摘している。
Table 1 曖昧な喪失の 2 類型(南山, P8, 表 1)
この「曖昧な喪失」概念をもとに,Robbins(2007)は,家族の心理情況について次の 5 種類に分類した。①プロセスの曖昧さ:入信という事態では何が起きたのか,本当の状 況が家族には分らない状況である。②認知的曖昧さ:入信という事態をどのように考える べきか,どう理解したらよいのかなど不明なままである。③情緒的曖昧さ:ストレスや状 態変化にともなう感情が混在することは一般的であるが,それ以上に状況に適した感情が 明確にできないままであり,また認知的曖昧さによって感情的曖昧さが引き起こされてい る面もある。④対応への曖昧さ:状態に対する反応として,何をどのようにしたらよいの か明らかにできない。⑤家族内での居場所の曖昧さ:物理的に不在である場合は心理的に 家族とともにいることはできるか,その時間はどの程度なのかなどが曖昧なままである。