第 2 章 ピア・レスポンスの理論的背景と先行研究
2.2 日本語作文教育にピア・レスポンスを用いた実践研究
2.2.1 JSL 環境での実践研究
2.2.1.1 非対面ピア・レスポンスに関する実践研究
まず、非対面ピア・レスポンスに関する研究を取り上げる。
非対面ピア・レスポンスとは、コンピュータに備えられている資料添付や書き込み機能 を使うことで、ピア・レスポンス活動の相手に直接会わずにピア・レスポンスを行う活動 である(浅津・田中・中尾2012:59)。Liu & Hansen(2002:10)はピア・レスポンスの実 践には時間の制限があると指摘しているが、非対面ピア・レスポンスはピア・レスポンス の時間を確保できるという利点を有する。近年、インターネットの普及に伴って、学習管 理システム(LMS:Learning Management System)、コンピュータを媒介とするピア・レス ポンス(CMPR:Computer-Mediated Peer Review)などの非対面ピア・レスポンスの実践研 究が言語教育現場で進んでいる(Ho & Savignon 2007:269, Ciftci & Kocoglu 2012:61-84)。
英語を外国語として学習する(EFL:English as a Foreign Language)環境の英語学習者を 対象にした研究においては、コンピュータ使用のピア・レスポンスが学習者の動機づけを 高めるという結果がある。Ho & Savignon(2007:269)は、英語を専攻する台湾の大学2 年生を対象に、対面ピア・レスポンス(FFPR)とコンピュータを媒介とするピア・レスポ ンス(CMPR)の動機づけを研究し、コンピュータの使用が学習者の作文学習への動機づ けを高めると報告している。また、Ciftci & Kocoglu(2012:61-84)は、トルコ人の英語学 習者 30 人(EFL 環境)を対象に、ブログを通しての非対面ピア・レスポンスの効果を明 らかにすることを目的とし、学習者を2つのグループに分けて、それぞれ「教室で対面ピ
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ア・レスポンス」と「ブログでピア・レスポンス」を実践させた。学習者の背景への調査 と、インタビュー、ピア・レスポンス前後の作文などのデータを考察した結果、ブログで のピア・フィードバックがよりよい効果を示し、学習者がブログでのピア・レスポンスへ の積極的な態度を示したという。
一方、日本語教育現場では、コンピュータ使用のピア・レスポンスが学習者の自律学習 を促進できるという研究結果(浅津ほか2012)があるが、コンピュータ使用のピア・レス ポンスだけでは学習者の動機を高めたり自律性を促したりできるとは言い難いという報告
(田中2015:28)もある。浅津ほか(2012:60)は、学習者は非対面ピア・レスポンスを
好む傾向があり、コンピュータによるピア・レスポンスが自律的学習を促進する可能性が あると指摘した。浅津ほか(2012:60)は非対面ピア・レスポンスを日本語教育の作文授 業において活用する可能性を探ることを目的とし、日本語学習者34名を対象に学習管理シ ステム(Moodle)を利用した非対面ピア・レスポンスを行い、アンケート調査により学習 者意識を量的に分析した。満足度の量的分析の結果、対面ピア・レスポンスも非対面ピア・
レスポンスも学習者の高い満足度を示した。また、アンケート調査で得られる学習者の回 答を質的に分析した結果、「授業外で非対面ピア・レスポンスを実施したこと」の満足理由 として、「時間的余裕」「精神的余裕」「課題の完成度の向上」のほかに、「自律学習機会の 増加」「自律学習の習慣化」などがあったという。田中(2015:28)は、コンピュータのみ の使用が学習者の作文の動機を高めている傾向は見られなかったし、コンピュータの使用 は必ずしも自律性を促すわけではないと指摘している。田中(2015:19-31)は、対面ピア・
レスポンス(FFPR)とコンピュータを媒介とするピア・レスポンスの比較を通して、後者 の効果を見出すことを目的とし、両者の組み合わせた実践を行った。その結果、①FFPR のほうが活動後の推敲により作文評点が向上する傾向があり、②CMPRはより問題点を指 摘するフィードバックが有意に少なく、③学習者はCMPRよりFFPRを好む傾向があった としている。
2.2.1.2 日本語母語話者・非日本語母語話者参加クラスにおけるピア・レスポ
ンスの実践研究
次に、日本語母語話者・非日本語母語話者参加クラスにおける実践研究について整理す る。
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近年、日本への留学生の人数が増加するとともに、日本人学生と留学生が一緒に勉強す る機会が多くなってきた。そのため、岩田・小笠(2007:57)は多様な背景を持つ学生に どのような方法でピア・レスポンスを行うべきかが問題になっていたと指摘している。
日本人学生と留学生参加クラスを対象とした実践研究は、得丸(1998:166-177, 2000:
47-55)、岩田・小笠(2007:57-66)、福岡(2013:1-14)などがある。これらの研究は、学
習者の心理、作文の質の向上、そして発話機能の側面から、日本人学生と留学生のクラス にピア・レスポンスを取り入れることは意義があることを主張し、日本人学生と留学生の 混合クラスにおいてピア・レスポンスを効果的に取り入れる際の注意点を示している。
得丸(2000:47-55)は、大学の一般教養課程「国語と表現」の授業で、日本人学生と留 学生に感想文を書かせ、コメントし合う活動を通し、所感文の自由記述から、参加者の心 理体験に関する表現を収集し、質問項目を作った。個々の学習者の心理過程を客観的尺度 で検証することを目的とし、アンケート調査と因子分析を実施した。その結果、「心理的出 会いと自己変容の心理過程」「自己の内面を表現し、確認する心理過程」「相互に相手を受 け入れ、理解する心理過程」の3つが進行していることがわかった。日本人学生と留学生 の比較を通し、日本人は自己表現を通じて自己確認できるのに対し、留学生は日本語で書 くことに自信を得たと指摘した。岩田・小笠(2007:57-66)は、発話機能の面から留学生 と日本人学生のピア・レスポンスの可能性を研究することを目的とし、上級日本語レベル の中国人留学生5名と日本人学生5名の混成グループのピア・レスポンス活動を調査し、
発話機能をコード化し分析した。留学生と日本人学生のピア・レスポンス活動における異 同と教育現場でピア・レスポンスを行う留意すべき点を、次の表2.2に示している。
福岡(2013:1-14)は、日本人学生3名と交換留学生5名(イギリス人4名、韓国人1 名、日本語レベルは N2〜N3)を対象に、学習者態度の分析、感想文の質的分析などによ って日本人学生と留学生が混成するクラスにおけるピア・レスポンス活動の特徴を考察し た。学習者態度への考察の結果、日本人と交換留学生ともにピア・レスポンス活動に積極 的な態度を示したことが明らかになった。留学生は日本人学生と話すチャンスが増えてよ かったという感想を得たのに対し、日本人学生はピア・レスポンス活動が大変だと思った ものの、留学生と接することにより日本人が無意識的に使う言葉選びを改めて認識し、も のの捉え方が変わったことによって正しい日本語が使えるようなっただけではなく、留学
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表 2.2 教育現場でピア・レスポンスを行う留意すべき点
結果 教育への示唆
日本人学生は、留学生に比べて「メタ的発話」、
「やり取りの流れの管理」の使用を通して、
やり取りのスムーズさを重視する傾向があ る。
事前ガイダンスでは、PRの手順を明確に示すとともに、
テキストの記述や語彙をよりどころにして「メタ的言 語」使用を促し、自ら活動を管理しつつ、相手の理解の 確認、自分の意図の説明、読み手の立場に立って説明を 意識することを強調する必要。
留学生も日本人も、多様な発話機能を使って、
相互的に内容に関する意見交換を行う。
まだPR活動に慣れていない段階では、発話機会が確保さ れ、多様な発話機能の使用が適当であろう。
事前準備不足の留学生は表面的な言語やり取 りにとどまり傾向がある。
PR前の作業では、相手に効率良く内容を説明することを 念頭において準備すること。
岩田・小笠(2007:65)の考察の結果を筆者がまとめたもの
生の立場になって留学生と交流することができるようになったという。また、作文プロダ クトの面から考察し、日本人学生の人数が交換留学生の人数より多いグループでは留学生 の作文の質が向上したが、日本人学生の少ないグループでは活発にピア・レスポンスが行 われず、留学生の作文の評価は上がらなかったという結果であった。
これらの研究が示しているように、学習者の心理面や作文の質の向上、発話機能の側面 から、日本人学生と留学生のクラスにピア・レスポンスを取り入れることは意義があると いってよいだろう。
2.2.1.3 学習者のビリーフ
ビリーフ(belief)は、ビリーフ、ビリーフス、信念、確信とも呼ばれるが、田中(2011:
12-13)は「学習者が言語学習(その方法や効果)について意識的または無意識に持ってい る考え方」だと定義している。Horwitz(1987:119-129)は、ビリーフは認知スタイルや 態度、動機などの情意要因に比べて変容させやすく、教師の介入を受けやすいという特徴 を有するものだとしている。