第 9 章 ピア ・ レスポンスのプロセスへの学習者の意識
11.3 JFL の日本語作文教育のピア・レスポンス活動に L1 を用いる意義
以上、L1/L2使用のピア・レスポンスが作文学習にどのような影響を与えるかを検討し、
L1とL2がピア・レスポンス活動において異なる効果をもたらすことを見出した。このよ
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うな効果の違いによって、L1使用とL2使用の学習者が異なるフィードバックや発話をし、
作文学習の様々な側面に影響を与える。ピア・レスポンス活動におけるL2使用と比較し、
L1を用いる場合、学習者は自己推敲力を高めることから、作文の質や論理的表現力を高め て、積極的な学習観の転換につながる。具体的には、ピア・レスポンス活動における L1 使用の意義としては、以下の①表現力の向上、②学習動機・目標の転換、③作文学習観へ の積極的な影響、④協働性の向上、⑤自律的学習の促進、⑥思考力の促進にまとめること ができる。これらはL1とL2使用のピア・レスポンスが異なる効果をもたらす要因であろ う。
11.3.1 表現力の向上
本研究では、ピア・レスポンスでのL2使用は作文の言語に、L1使用は作文の内容(具 体的な叙述や、他者の視点、文法、表現)に影響を及ぼすことがわかった。L1使用のピア・
レスポンスは作文内容や構造に注意を払うのに対し、L2使用のピア・レスポンスは言語形 式に集中していたからである。本研究ではまた、L2 使用と比較し、L1 を使用することは 作文の「論理的表現力」の向上に働くことを検証した。
L1使用の利点として話し合いの質の向上は石塚(2012:82)でも指摘されており、本稿 の結果もそれを支持している。L1とL2使用が話し合いに異なる役割を果たしている理由 に関して、Zhao(2010:14)はESL/EFLにおけるL1の使用は学習者のフィードバックに 対する理解を最大化する一方、限られた L2 の能力は学習者がフィードバックしあうこと に負の影響を与えると指摘している。石塚(2012:82)も間違ったL2(日本語)で教える ことで意思伝達に誤解が生じてしまう危険性があるという一つの理由を述べている。L1か L2 という話し合いにおける言語使用の原因によって、L1 群の学習者にはより広い範囲の フィードバックをもたらし、作文の表現の質を向上させるといえる一方、L2群の学習者に はそれほど向上させなかった傾向が見て取れる。
社会文化理論の観点から、Lantolf & Thorne(2006:222-224)、ヴィゴツキー(1978)な どがいうように、言語は社会的相互作用を通して言語発達を促進するための重要なツール である。Zhao(2010:13)も、L1・L2 がピア・レスポンス活動における、異なる媒介的 な役割を果たしていることを指摘した。本研究では、L1とL2が異なるタイプのフィード バックを提供させ、作文の異なる側面(言語形式、内容、構造など)に集中させることを
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明らかにした。このことは、L1とL2がピア・レスポンスにおいて重要な役割を果たすこ とを示唆している。
L1 使用がピア・レスポンスにおいて作文の内容面を促す役割を果たしていることは、
Stevenson et al.(2006:201)が提唱した「inhibitory hypothesis(抑制仮説)」で説明できる。
抑制仮説は通常、L2 作文の書くと修正過程での対話を説明するために使用されていると Yu & Lee(2014:36)が指摘したが、本研究の結果にも適用できる。この仮説をもって、
L1がピア・レスポンスでの有用な媒介であることを証明した。Swain et al.(2009:8)は、
L1 を介した協働活動は、言語化の問題を解決し、言語の使用に対する理解を深めること、
そして、新しい知識を共構築するためにペアまたは小グループで働く言語化または言語に 焦点を当てることに挑戦する機会を学習者に提供する、と指摘した。この指摘は、本研究 の結果であるL1がピア・レスポンスでの有用な媒介であることを支持している。
11.3.2 学習動機・目標の転換
次に、Leont’ev の活動理論を用い、ピア・レスポンスにおいて学習者の動機・目標がな ぜ作文学習に影響を及ぼすかについて考察を行った。Leont'ev の活動理論は、人間の活動 を理解するための動機の中心性を強調し、活動の社会的性質を認識しながら個々の動機や 動機と活動の関連づけに目を向けている。Zhu & Mitchell(2012:362)が、学習者の動機 が学習者のピア・レスポンスの参加において重要な役割を果たしていると指摘したように、
本研究では、学習者の動機と目標がピア・レスポンスの効果に影響を与える重要な要因で あること、また、L1/L2の使用がそのような動機づけ・目標を強化・変更することを発見 した(本論文p.142を参照)。もともと、作文授業に参加した学習者はそれぞれ異なる動機 を持っていた。例えば、大学院受験を動機とする学習者は積極的に作文授業に参加してい るが、単に単位を取得することを動機とする学習者は作文学習への関心が薄い。ピア・レ スポンスは、このような動機を根本から変えることはできるとはいえないが、対話におけ る使用言語の違いによって、作文学習への意識を変えることはできるものである。L1使用 の学習者は「単語や文型の知識さえあればよい作文が書けるというわけではないことを感 じていて、作文の内容も重要だ」、「作文の論理が重要だ」と認識しており、よい内容の作 文を書けることを目標とし、作文内容を工夫していた。それに対し、L2使用の学習者は文 法的に正しい作文を提出することを目指していた。
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これらの目標は、L1使用の学習者がなぜあいまいなフィードバックを避けながら有効な フィードバックを提供したのか、また、仲間を賞賛することよりも作文における問題、欠 点および間違いを指摘し、否定的なフィードバックを提供する傾向があるかを説明するこ とができる。仲間に有効なフィードバックを与えることで、仲間の作文をさらに良くする と期待しているのである。それに対し、L2 使用の学習者は文法の正しさを求めることで、
仲間に言語面に関するフィードバックを与え、あまりにも批判的なフィードバックを避け るのである。
このように、L1/L2使用の学習者は異なる目標のもとに、異なる方法でフィードバック をしあった。Donato(2000:28)は、各参加者は教師が提案したピア・レスポンス課題に 対して様々な側面で行動を起こし、自らの動機・目標をもって課題を完成させたと指摘し た。本研究では、活動理論の観点から見れば、L1とL2使用の学習者が、異なる目標によ って導かれる異なるピア・レスポンス活動を経験したといえるだろう。
11.3.3 作文学習観への積極的な影響
ピア・レスポンス活動での話し合いにおける使用言語(L1 と L2)が異なることによっ て、学習者の作文学習観の変化が異なったことが明らかになった。L1使用は、学習者の作 文学習観の積極的、協働的な面への変化に有効に働くことが示された。一方、L2 使用は、
作文学習観の変化に働くものの、教師の役割を大きく捉えてより受け身的な傾向にあった。
ピア・レスポンス活動における L2 使用は学習者の不安や作文学習の態度への負の影響 をもたらす可能性がある。このことについては、Krashen(1982:34)の「情意フィルター 仮説」を用いて説明できる。Krashen(1982:34)の「情意フィルター仮説」は、言語習得 の実現は入力言語の感情フィルタリングに基づいているということで、換言すれば、感情 の要因が促進や妨げの役割を果たしているということである。例えば、私たちの言語学習 への態度が積極的であれば、言語の習得がそれなりに早くなる。感情状態はおもに不安と 弛緩の2つがあり、これらも外部からの言語輸入に大きな影響を与えるとKrashen(1982:
34)が指摘している。原田(2006b:6)も、学習者が外国語学習に対して否定的な立場に 立つ場合、外国語の入力・出力の拒絶の壁ができ始めると述べた。このことから、学習者 は L2 を使用することで、言語の意味の交渉より言語形式を中心にし、仲間の相互作用で の作文学習タスクになじみにくいことが読み取れる。L2使用の学習者もピア・レスポンス
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活動になじませるためには、学習者のこうした意識を考慮にいれて活動デザインを工夫す る必要があると考えられる。
11.3.4 協働性の向上
本研究では、L1使用の学習者に協働性の向上が見られた。学習者の協働性について討論 する際、教師フィードバックについての先行研究を見る必要がある。学習者の感情の好み に関しては、Carson & Nelson(1996:17-30)が、学習者は教師のフィードバックが学習者 間の協働学習よりも正確で、より信頼できると指摘している。Zhao(2010:13)は、学習 者は教師のフィードバックを理解しないまま受け入れる可能性があり、協働学習の価値を 主張している。本研究でも、ピア・レスポンス活動前、学習者が教師に依存しており、教 師を絶対的に信頼していたことがわかった。しかしながら、ピア・レスポンス活動を通し、
L1使用の学習者は仲間との相互作用によって協働性の向上や作文の改善が見られた。
L1使用が協働性の向上に役立つということは、社会文化的理論の最近接発達領域によっ て説明することができる。ヴィゴツキー(柴田訳, 2001, 297-304)は最近接発達領域を自力 で問題解決することによって決定された実際的発達水準と、能力のより高い仲間と年配者 と協力して問題を解決することよって決定された潜在的発達水準との間の領域であると定 義した。最近接発達領域から、佐藤(1999:34)は、協働学習における学習者間の相互作 用が最近接発達領域を形成できることを提示した。Zhao(2010:13-14)は、最近接発達領 域理論のもと、英語教育では協働学習は学習者がお互いの学習能力の発達を助けると主張 した。さらに、Foster & Ohta(2005:144)は、最近接発達領域が個人の言語生産によって 決まる実際の発達水準と、教師または学習者との協同作業によって生じる言語によって決 まる潜在的発達水準と間の領域のことであるとしている。そこから、最近接発達領域が言 語生産によって決められるため、L1使用ではこの潜在的発達水準と実際の発達水準の領域 をさらに大きく形成しているのに対し、L2 使用ではそれより大きくないといえるだろう。
このことは、ピア・レスポンスにおいての L1 使用が効率的な相互作用を促し、書く力の 発達に貢献できることを示唆している。
最近接発達領域の見解から、学習者たちは、ペアとなる相手ともに大きな最近接発達領 域を形成できることを期待している。すなわち、学習者たちは、ペアとなる相手に高い期 待を寄せ、相手が自分より優れていること、自分の作文についてより正確な意見を提供で