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第 5 章 内部状態選択による非弾性散乱の制御 153

5.2 内部状態の制御

電荷交換散乱を始めとする非弾性散乱は状態ごとに特徴付けられるのでLi原子,

Ca+ イオンをそれぞれ特定の単一状態に準備して散乱を観測する.しかし中性原 子やイオン内部状態にはスピン軌道相互作用による微細構造が存在し,それらの準 位はさらに電子スピンと核スピンによる超微細構造に別れ,さらに超微細準位内に はそれぞれ磁気副準位が縮退している.単一状態同士の散乱を観測する場合,この 磁気副準位の任意の状態を準備する必要があるが, 本実験ではこうした測定に先駆 ける実験としてそれぞれリチウム原子とカルシウムイオンの超微細準位と微細準位

(なお,40Ca+ イオンは核スピンがゼロなので超微細構造をもたず,励起状態は微細 構造のみを持つ)についての選別を行った.

シングルビームトラップ中の 6Li 原子は基底状態の |F = 1/2, mF = 1/2

|1/2,1/2の準位の原子がほぼ同数捕獲されている.カルシウムイオンと混合し た原子は以上の二つの状態である.

一方のCa+ イオンの状態は混合する際に光ポンピングで任意の状態に準備した.

本実験では42S1/2, 42P1/2, 32D3/2, 32D5/2 4つの内部状態について測定した.

それぞれの状態の準備方法について以下で述べる.図 51に準備方法の模式図を示 した.

5.2.1 基底状態と準安定状態へのポンピング

今回実現した中性原子-イオン混合系ではシングルビームトラップ中のリチウム 原子気体のピーク密度はトラップ周波数の測定より(4.8±0.3)×108 cm3 であっ た.この程度の原子密度の場合,電荷交換散乱を観測するには数百ミリ秒から秒の

51 各状態への光ポンピング.(a)基底状態4S1/2 (b)準安定状態32D3/2(c) 準安定状態32D5/2 (d)励起状態42P1/2測定のためのSP D混合状態.

間,リチウム原子とカルシウムイオンを混合する必要がある[32].測定の対象とす る準位の寿命がこのオーダー以上の場合,光ポンピングした状態での電荷交換散乱 の測定を行うことが可能である.ここではそうした長い寿命をもつ準位,基底状態 42S1/2と準安定状態32D3/2, 32D5/2へのポンピングについて述べる.

基底状態42S1/2

基底状態へのポンピングはドップラー冷却に使用する397 nmの冷却レーザーと

866 nmのリポンプレーザーの照射のタイミングを制御することで実現した.冷却用

のレーザーを照射している場合,カルシウムイオンの状態は42S1/2, 42P1/2, 32D3/2 の間をサイクルしている.397 nnm冷却レーザーを遮断すると42S1/2 42P1/2遷 移が起きなくなり,42P1/2準位は直ちに基底状態に緩和する.しかし,時に32D3/2

に緩和する場合があるので866 nmのリポンプレーザーを照射しておき32D3/2 状 態から掃きだした.図 51(a)を参照.すなわち実験では冷却レーザーを遮断し,そ

の20 msにリパンプレーザーを遮断して基底状態へのポンピングを行った.

準安定状態32D3/2

32D3/2 は準安定状態とよばれ寿命が約1秒である.866 nmのリポンプレーザー を遮断すると32D3/2 に緩和したカルシウムイオンは冷却サイクルに戻ることがな くなるため,32D3/2 に残り続ける.また,このとき図51(b)のように冷却レーザー を照射し続ければカルシウムイオンは32D3/2 にポンプされる.以上のようにリポ ンプレーザーを冷却レーザーを遮断してリチウム原子気体と混合する20 ms前に遮 断することで32D3/2 状態にポンピングした.

準安定状態32D5/2

32D5/2 も準安定状態とよばれ約1 秒の寿命を持つ.32D5/2 へのポンピングは 850 nm のレーザーを照射し,32D5/2 42P3/2 の遷移を起こし,42P3/2 から 32D5/2 への自然放出を利用してポンプした.このときリポンプレーザーは遮断した ( 51(c)参照).具体的にはリポンプレーザーを遮断すると同時に850 nm のレー

ザーを397 nmの冷却レーザーと共に20 ms照射してポンピングした.

5.2.2 励起状態 4

2

P

1/2

励起状態42P1/2 の寿命は非常に短く8 ns程度である.この時間スケールでは単 一の42P1/2 状態のみでの測定は不可能であるため,図51(d)のように冷却レーザー とリポンプレーザーを照射し続けることで42S1/2, 42P1/2, 32D3/2の混合状態を実 現し,リチウム原子との混合を行った.

それぞれの状態の占有確率比を397 nm の冷却レーザーと 866 nmのリポンプ レーザーの離調と強度から定まる遷移レートから推定した.冷却レーザーとリポ ンプレーザーによる遷移レートと各状態の緩和レートから各状態の占有分布比は (pS, pP, pD) = (0.42,0.29,0.29)と求められた.すなわち冷却レーザーとリポンプ レーザーによる混合状態における測定結果にはそれぞれの状態が上の比だけ含まれ ていると考えて処理した.基底状態42S1/2と準安定状態32D3/2の測定は個別に行 えるため,励起状態42P1/2の寄与を抽出することが可能である.