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第 4 章 実験装置と手法 77

4.6 原子の撮像

4.7.3 イオンの冷却

36 Ca原子の41S041P1蛍光.イオントラップのスリット中央の付近に 見える筋がCa原子の蛍光である.

37 40Ca+イオンの準位.色付きの矢印は該当波長のレーザーを開発して照 射した.波長と自然幅は[119]を参照した.

を非線形結晶に入射することで第二高調波として397 nmレーザー光を得る方針を とった.

基本波となる 794 nmのレーザーは干渉フィルター型の外部共振器型半導体レー ザーを構築した.半導体レーザーに120-150 mA程度の電流で駆動し,30-45 mW の出力を得た.これらの光学系を図 38に示した.外部共振器型半導体レーザーの 出力はアイソレーターを通過させた後,一部を波長計とファブリ・ペロー共振器に 入射した.また残りの20 mW程度をテーパーアンプに入射し増幅した.テーパー アンプには典型的に1200-1500 mAの電流を流し,200-300 mWの出力を得た.

テーパーアンプによって増幅した光を非線形結晶BIBOに入射したが,そのまま 入射しても十分な第二高調波を得ることはできない.そこでなるべく多くのパワー

の794 nm光を結晶に入射するために共振器を構築し,レーザーパワーを光共振器

内部で増幅することで多くの倍波を得られるようにした.倍波共振器はボウタイ型 を採用している.ボウタイ型共振器を採用したのはリング型の共振器であれば定在 波がたたず,進行波が共振器内部に存在するので,空間的ホールバーニングが起こら ず効率的に高調波を得られるからだ.ボウタイ共振器は四枚のミラーから成り立っ ており,うち二枚は曲率がついており,残り二枚は平面ミラーである.この曲率が

ついたミラーは結晶に基本波をしぼって照射するためである.

共振器を構成しても,ただそれだけではカルシウムイオンの共鳴周波数の半分に 合わせる必要のある基本波に共鳴する共振器長にはならない.加えて機械的振動や 空気の振動,温度変化による屈折率の変化や部品の伸び縮みがある以上共振器長を 波長の程度のオーダーで常に維持し続けるのは不可能に近い.そこでリング共振器 を構成するミラーの一つにピエゾ素子を取り付けPDH法(Pound-Drever-Hall法)

[114]によって共振器長を制御した.その際にエラー信号はFM分光法[109]で得た

が,そのためにはレーザー光に変調を加える必要がある.これはテーパーアンプに 電流変調を加えることで実現した.倍波共振器からの戻り光をフォトディテクター に入射し,エラー信号を得て,ロック回路によってピエゾ素子にフィードバックし た.こうして基本波 794 nm光を100-150 mW 入射することによって第二高調波 397 nm光を300 µW-3 mW程度得た.

397 nm光は以上のように PDH法により共振器長を安定化させることで定常的

に得られるようになったが,外部からの振動によってこの安定化は容易に失われて しまう.一度安定化が外れると再度エラー信号に対してロックをかけなおす(安定 化する)必要があり,その間カルシウムイオンのレーザー冷却はできない.これは 実験上の大きな制約になってしまうため,自動でロックをかけなおすリロック回路 を作製した.この回路は共振器を透過してくる基本波をフォトディテクターでモニ ターし,その出力が一定以下になると自動的にピエゾ素子を掃引し,ロック点を探 す仕組みである.詳しくは文献[120]にある.

倍波共振器から出力された冷却光をAOMに入射し,1次光を取り出し,シング ルモードファイバーへカップルさせた.このファイバーを透過させた光をカルシウ ムイオンの冷却光として照射した.AOMを用いたのは冷却光を高速にスイッチし,

サイドバンド冷却やカルシウム内部状態の光ポンプを容易に行うためである.一方 AOMの0次光を再度別のAOMに入射させ,その1次光を別のシングルモード ファイバーに入射した.この光はサイドバンド冷却などでカルシウムイオンを特定 の磁気副準位にポンプする際に用いるポンプ光として用いた.なお,二つの AOM は同じRF周波数で駆動し,同じ回折の次数を選んだが,これは冷却光とパンプ光 が別の周波数にならないようにするためである.

最後に冷却光の周波数安定化について述べる.リチウム原子の飽和吸収分光4.4.2 や光イオン化4.7.2においても述べたが,何らかの基準を用意して周波数を安定化す る必要がある.カルシウムイオンに対して飽和吸収分光を行うのは十分なS/Nを得

づらいのでファブリ・ペロー共振器を基準として長期安定度を得ることとした.具

体的には794 nm光を長さ7 cm のファブリ・ペロー共振器に入射して得られた透

過信号にサイドオブフリンジ法にて安定化した.サイドオブフリンジ法とはスペク トルの中腹辺りをエラー信号として用いて安定化する手法である.ところでカルシ ウムイオンを捕獲・冷却する際は冷却光の周波数掃引を行う必要があるため,ファ ブリ・ペロー共振器にピエゾ素子を取り付け,このピエゾ素子に印加する電圧を掃 引することで共振器長を変化させ,この共振器に安定化した基本波レーザーを掃引 した.ファブリ・ペロー共振器のピエゾドライバーは制御コンピュータにも接続し,

制御コンピュータから周波数の制御を行えるようにした.

共振器を基準に用いる時に必ず言えることだが,共振器長が外部の温度変化など で変化すると基準そのものがずれてしまう.そこで共振器長を安定化するためにア ルミ製の金属箱で二重に囲って外側のアルミ箱をペルチェ素子で温調した.さらに 全体を金属箱にいれ共振器を外部からの振動や気圧の急激な変化から守った.この 金属箱には794 nm光に他に866 nm光,854 nm光用のファブリ・ペロー共振器も 安置した.

一方で794 nm光の安定化に用いたファブリ・ペロー共振器は決して高精度なも

のではなく,上記のように外気の変化を受けにくい措置を講じても,数十秒から数分 たつとゆっくりとイオンが発する蛍光が上下するのが観測できた.カルシウムイオ ンの42S1/2 42P1/2 遷移の自然幅は約20 MHzであるから,数MHzのシフトで 冷却や蛍光に影響がでると考えられる.冷却光の1 MHzの変化は基本波の2 MHz の変化に対応する,これは共振器長の変化にして0.4 nm 程度となる.するとアル ミニウムで作ったファブリ・ペロー共振器では200 µK程度の温度安定化を行わな ければならない.しかし温調はせいぜい数十mK程度の安定化しかできない.実験 中は制御コンピュータから共振器についたピエゾを制御して蛍光を見ながら周波数 を調整した.

そこでより長期安定度を得るために,トランスファー共振器による安定化を行 なった.この手法ではルビジウム原子の飽和吸収線に別のファブリ・ペロー共振器 を安定化し,この共振器に対して794 nm光を安定化した.

38 397 nmレーザー光学系.

リポンプ光源

準安定状態32D3/2 に緩和してしまったカルシウムイオンを冷却遷移に戻すため 32D3/2 42P1/2遷移励起用の866 nmをリットマン型の外部共振器型半導体レー ザーで実現した.図39に光学系を示した.120-150 mAの電流で駆動したレーザー

の20-30 mW程度得られた出力をアイソレーターを通過させ,一部は波長計に入射

し発振波長の監視を行なった.また一部はファブリ・ペロー共振器に入射してシン グルモード発振の確認とサイドオブフリンジ法での周波数安定化を行なった.残り は透過型の回折格子を通した後,音響光学素子を通過させ,+1次光をシングルモー ドファイバーに入射した.

32D3/2 42P1/2 遷移の飽和吸収分光を行うには十分な信号を得ることが難しい

ため,866 nm光はその都度,波長計の読みとカルシウムイオンの蛍光を頼りに共鳴

周波数を探した.この際,リットマン型の外部共振器型半導体レーザーのピエゾ素 子を駆動することで共鳴周波数を探索した.

サイドオブフリンジ法にて安定化を行ったファブリ・ペロー共振器は共振器長

7 cmで4.7.3に記した共振器と同様にアルミの二重箱に納め温調した.共振器に

はピエゾ素子を取り付け共振器長を制御コンピュータから微調できるようにした.

共振器のピエゾ素子を微調するとこの共振器に安定化された外部共振器型半導体 レーザーのピエゾを調整することができる.こうして実験中にカルシウムイオンの 冷却効率や状態が変化しないように,常に蛍光が一定になるように周波数の調整を 行った.

回折格子を通したのは866 nm以外の波長成分を完全に切り捨てるためである.

カルシウムイオンの D5/2 状態の寿命測定を行なった際に 866 nmのレーザーに よって寿命が短くなる効果が見られた.これはレーザーに含まれた成分によって D5/2 ↔P3/2 の遷移を励起していたためだと思われる.こうした成分はD5/2 状態 での原子-イオン散乱の実験や原子との混合によるD5/2状態の寿命変化を測定する 実験,イオンのサイドバンド冷却において好ましくない結果をもたらすので気をつ けるべき点である.

二つのファイバーに通したのは一方はイオントラップの軸方向の冷却に用いて,

もう一方は動径方向の冷却に用いた.詳しくは次項 4.7.3にて述べる.動径方向冷 却のファイバーは854 nm,850 nmのレーザーのファイバーと共有した.偏向を用 いて両者を重ねて入射している.