第 4 章 実験装置と手法 77
4.4 リチウム原子の冷却
4.4.2 冷却光学系
応じた速度の原子が共鳴する.ポンプ光とプローブ光は対向して入射しているため 共鳴する原子はそれぞれの光で逆方向の速度ベクトルを持つ.このため,共鳴周波 数以外では吸収が起きる原子の持つレーザー入射方向に対する速度成分はポンプ光 とプローブ光で逆方向で,速度成分の絶対値は等しい.一方で共鳴周波数ではポン プ光,プローブ光ともにレーザー入射方向に対する速度を持たない原子が共鳴する ため,ラムディップと呼ばれる自然幅の吸収信号の窪みが観測される.
飽和吸収分光の原理説明は上記の通りであるが,実際の6LiのD2 線は基底状態
が228.2 MHzの超微細分裂を持ち,上準位の超微細分裂は自然幅より小さいため
図 16のように Λ 型の三準位系とみなすことができる.このような場合,それぞ れの遷移の飽和吸収信号のみならず,二つの吸収信号の中間にも信号が観測され る.|1⟩, |2⟩準位の共鳴のちょうど中間に離調をとったとき,ポンプ光を吸収して
|1⟩ → |3⟩遷移を起こすレーザー入射方向に対する速度成分を持った原子とプローブ 光を吸収して|2⟩ → |3⟩遷移が起きるレーザー入射方向に対する速度成分を持った 原子が持つレーザー入射方向に対する速度成分が同一となり,ポンプ光を吸収して
|2⟩ → |3⟩遷移が起きるレーザー入射方向に対する速度成分を持った原子とプローブ 光を吸収して|1⟩ → |3⟩遷移が起きる原子の持つレーザー入射方向に対する速度成 分が同一となる.これによる信号のことをクロスオーバー信号と呼ぶ.以下に示す ようように安定化はこのクロスオーバーに対して行われた.なお,V 型準位でも同 様のクロスオーバー信号は観測される.
図16 Λ型三準位系.
周波数安定化システム
使用した色素レーザーは内部にある参照共振器に安定化されている.D2 線への 安定化は参照共振器を上記のクロスオーバー信号に安定化することで実現した.以 下に周波数安定化のために実際に構築したシステムを示す.
図 17 は実際に構築した実験系である.色素レーザーの出力の一部をシングル モードファイバーに入射し,出力端にて約3 mW を得たものをリチウム原子で満 ちた真空チャンバーに入射し,飽和吸収分光を行った.使用したリチウム原子の冷 却遷移は|22S1/2, F = 3/2⟩ ↔ |22P3/2⟩であるが,この安定化に使用した信号はこ の遷移と|22S1/2, F = 1/2⟩ ↔ |22P3/2⟩ 遷移のクロスオーバー信号である.さらに 色素レーザーの出射波長が|22S1/2, F = 3/2⟩ ↔ |22P3/2⟩遷移から −190 MHzず らしたゼーマン減速に用いる周波数になるように構成した.また安定化のためのエ ラー信号はFM分光法[109] にて得た.具体的には200 MHzのRFを入力した音 響光学素子(AOM)の −1次光を二分岐し,一方を 208 MHzのRF で駆動した AOMの1次光を真空チャンバーの一方より入射し,もう一方はEOMで位相変調 した上で真空チャンバーの逆側から入射した.また,ロックイン検出するため二つ 目のAOMに入力したRFは20 kHzの矩形波でチョップした.
光学系
本実験ではリチウム原子を次項以降に示すようレーザー冷却を行った.レーザー 冷却にはリチウムの遷移周波数に合わせたレーザー光源が必要となる.またゼーマ ン減速器や磁気光学トラップ,原子集団の撮像にはそれぞれの遷移に合わせた周波 数を準備する必要がある.本項では冷却に用いたレーザー光源および各用途毎に準 備するために構成した光学系を示す.
色素レーザー光を原子の冷却に用いるにあたっては各用途にあわせてパワーと周 波数を設定する必要がある.表 6と図 18に各用途に対する周波数と6Li原子の準 位を示した.表中の周波数は6Li 原子の|22S1/2, F = 3/2⟩ → |22P3/2, F′ = 5/2⟩ 遷移に対する差を表示した.なおイメージングおよびイメージングリパンプ光は原 子の撮像を行うための光であり,詳細は4.6に記した.また,MOT光とMOTリ パンプ光は磁気光学トラップに用いた光であり,その詳細は4.4.4にある.ゼーマ ン減速光はゼーマン減速器4.4.3に詳細を示した.本項ではこれらの光を生成する ために実際に用いた光学系について記す.
図17 飽和吸収分光と周波数安定化の模式図.
表 6 実 験 に 用 い た レ ー ザ ー 光 周 波 数 .|22S1/2, F = 3/2⟩ →
|22P3/2, F′ = 5/2⟩遷移に対しての離調で表した.
用途 周波数
イメージング光 0 MHz イメージングリパンプ光 +228 MHz
MOT光 −30 MHz
MOTリパンプ光 +220 MHz ゼーマン減速光 −190 MHz
表 6を満たす各周波数を実現した光学系の概略を図 19に示す.周波数安定化に 記したように色素レーザーの発振周波数は|22S1/2, F = 3/2⟩ ↔ |22P3/2, F′ = 5/2⟩ 遷移に対して−190 MHz 離調をとって安定化されている.これをAOM を用いて 周波数シフトさせ,テーパーアンプを用いて増幅した.
色素レーザーの出力の一部4-6 mW をシングルモードファイバーに入射し,約 3.5-5 mW を出力端から得た.これを半導体レーザー(eagleyard Photonics 社 製,「EYP-RWE-0670-00703-1000-SOT02-0000」)に入射して注入同期することで 25 mWの出力を得た.この半導体レーザーはThorlabs 社製,「LD21」 マウント で温調し,保持した.さらにこれを eagleyard Photonics 社製のテーパーアンプ
「EYP-TAP-0670-00500-2003-CMT02-0000」に入射して,増幅し約270 mWの出 力を得た.このときの駆動電流は970 mA程度である.テーパーアンプは銅製のマ ウントに固定してペルチェ素子を用いて温調を行った.
増幅した光を分岐し各用途のためにAOM を用いて周波数をシフトした.PBS を用いて二分岐した光の片方をイメージングすなわち原子の撮像光用に分け,一 部を AOMに入射し,1次回折光のダブルパスを構築した.このとき,AOMには 130 MHz のRFで駆動し,+260 MHzのシフトを実現した.また,このときの0 次回折光の約100-150 mWをゼーマン減速光とした.
色素レーザーより+260 MHz,F = 3/2↔F′ = 5/2遷移より+70 MHz 周波数 シフトさせたレーザー光を別のテーパーアンプに入射して増幅した.このテーパー アンプも上に示したものと同様の仕様であるが,入射パワーを53 mW,駆動電流を 1100 mAにすることで270-400 mW程度の出力を得た.
テーパーアンプの出射光を 100 MHz の RF で駆動した AOM に入射し,約
100-150 mW 得た −1 次光回折光をシングルモードファイバーに入射し,MOT
光とした.この光は最終的に F = 3/2 ↔F′ = 5/2 遷移に対して−30 MHzに調 整されている.ファイバーの出射端の後に電気光学変調器(EOM: Electro-Optic Modulator)を設置し,250 MHzのRFで駆動した.こうして発生したイメージング 遷移から+220 MHzずれたサイドバンドを磁気光学トラップの|22S1/2, F = 1/2⟩ に緩和した原子を再び冷却サイクルに戻すリパンプ光として用いた.なお,MOT光 とMOTリパンプ光の値は通常のMOTを行った時の値であり,後述するCMOT ではこの離調を変化させている.
一方で0次光は駆動RF,79 MHzのAOMの一次光を用いてダブルパスを構築 し,+158 MHzの周波数シフトを行った.こうして|F = 3/2⟩ ↔ |F′ = 5/2⟩遷移
に対して +228 MHzの周波数シフトした光を得てこれをゼロ磁場下のイメージン グを行う際のイメージングリポンプ光とした.これは MOT リパンプ光と同様に
|22S1/2, F = 1/2⟩に緩和した原子を|22S1/2, F = 3/2⟩に戻す役割を持つ.
ゼロ磁場イメージングの際に使うイメージング光は最初のダブルパスの直前 で PBS で分岐した光を190 MHz のRF で駆動した AOM の +1 次光を取り出 し,シングルモードファイバーに入射し典型的に 2 mW の出力を得た.これを F = 3/2 ↔F′ = 5/2遷移に共鳴した光をイメージング光とした.また0次光を適 当な周波数のRF で駆動したAOM の回折光とりだし.高磁場イメージングに用 いた.
図18 6Li原子の準位と671 nmレーザー周波数.文献[110]を参考にした.
図19 6Li原子の冷却のための671 nmレーザーシステム.