第 3 章 イオントラップの原理 59
3.1.1 イオンの運動方程式
パウルトラップ中のイオンの運動方程式について考えてみる.イオンを捕獲する ためには三次元的な閉じ込めを行う必要があるが,ここでは高周波(RF)電場によ る二次元的な閉じ込めについてについてのみ述べる.残り一軸の閉じ込めについて は実際に使用したイオントラップの形状により近い形を想定した上で3.1.3にて記 述する.なお,以下の議論は文献[98, 99, 100]を参考にした.
二次元的な閉じ込めを行うパウルトラップは図 7に示したように双極面を持っ た四つの電極より構成される.電極のうち向かい合った二つの電極に同位相の電圧 VRF,角周波数ΩRF高周波電場を印加する.x,y平面上の双極面で囲まれた中心 付近には
Uxy = VRFcos ΩRFt+κVDC
2R20 (−x2+y2) (74) というポテンシャルが形成される.
ここでtは時間,VDC はオフセット電圧,R0 はトラップ中心から電極までの最近接 距離である.また,κは幾何因子と呼ばれる値でκ <1を満たす.このポテンシャ
図8 パウルトラップの高周波電場によるポテンシャル.x,y軸の山と谷の関係 は時間的に振動する.中心付近の鞍点にイオンは捕獲される.振動電場は鞍点を 中心に回転するポテンシャルとしてしばしば取り扱われる.
ルは図 8のような形状であり,時間的に山と谷が変動する.中心付近は鞍点と呼ば れ,この付近にイオンは捕獲される.
このポテンシャル中の電荷Q,質量mの荷電粒子の運動方程式は md2x
dt2 =−Q∂Uxy
∂x =QVRFcos ΩRFt+VDC
R20 x (75)
md2y
dt2 =−Q∂Uxy
∂y =−QVRFcos ΩRFt+VDC
R20 y (76)
と記せる.
ここで以下の置き換えを行う.
ax =−ay =−4QκVDC
mR02Ω2RF (77)
qx =−qy =− 2QVRF
mR02Ω2RF (78)
ξ = ΩRFt
2 (79)
このax,ay,qx,qy のことをそれぞれaパラメータ,qパラメータと呼ぶ.
すると式 (75),式 (76)は d2x
dt2 +{ax−2qxcos 2ξ}x= 0 (80) d2y
dt2 +{ay −2qycos 2ξ}y= 0 (81)
と書き換えられる.
さらにXi を導入してi = x, yに対してXx = xとXy =yに対応させる.すると 式 (81)は
d2Xi
dt2 +{ai−2qicos 2ξ}Xi = 0 (82) とまとめられる.
このような方程式をマシュー方程式と呼ぶ.マシュー方程式は安定解と不安定解を 持ち,安定解ではイオンはx−y平面のある領域内を振動する.一方で不安定解で はx軸あるいはy軸あるいは両軸の方向の運動が発散する.これはイオンが捕獲で きないことに対応している. つまりマシュー方程式が安定な解を持つことがイオン が捕獲されることに対応する[101].
マシュー方程式が安定解を持つか不安定解を持つかはパラメータai とqi のに よって決まり,初期状態によらない.マシュー方程式の解はai-qi 面上において安定 解領域と不安定解領域に区別することが可能である.このような図をスタビリティ ダイアグラムと呼ぶ[99, 101].
また,マシュー方程式の安定解は以下のようになることが知られている.
Xi(ξ) =Aejβiξ
∑∞ n=−∞
C2nej2nξ +Be−jβiξ
∑∞ n=−∞
C2ne−j2nξ (83) ここでAとBは任意定数であり,C2nおよびβiはaiとqi の関数である.また,j は虚数単位である.
安定解にはai-qi 面上の高次の解が存在するが,イオントラップに用いられるの は最低次の解である.次項では最低次の解について述べる.
図9 二次元パウルトラップのスタビリティダイアグラム.中心にある赤線で囲 まれた領域がai-qi面の最低次の安定解領域を示す.3.1.3にて後述するリニアパ ウルトラップのスタビリティダイアグラムも同様の形状を持つ.