第 2 章 原子とイオンの相互作用 33
2.2 原子 - イオン間相互作用
2.2.2 特性距離と特性エネルギー
散乱の角運動量lが有限の値を持つとき,相互作用ポテンシャルには図 3に表す ようなポテンシャル障壁が存在する.このポテンシャル障壁の極大点について考え る.極大点の位置rlmaxは
rlmax=
√ 2 l(l+ 1)
√2µC4
ℏ2 =
√ 2
l(l+ 1)r∗ (18) とかける.ここで
r∗ =
√2µC4
ℏ2 (19)
とおいた.
r∗ はl = 1のときの極大点の位置であり,特性距離と呼ばれ,相互作用到達距離に 相当する.
極大値,すなわちポテンシャル障壁Elmax は 式 (18)を 式 (17)に代入すること により,
Elmax = l2(l+ 1)2 4
ℏ2
2µr∗2 = l2(l+ 1)2
4 E∗, (20)
が得られる.
図3 遠心力ポテンシャルを考慮した中性原子-イオン間のポテンシャル.横軸は 特性距離で,縦軸は特性エネルギーでそれぞれ規格化した.(a)s波,p波のとき のポテンシャル.p波のときの極大点を特性距離r∗ と特性エネルギーE∗ で表 す.(b)s,p,d,f波でのポテンシャル.
ここでE∗はl = 1のときのポテンシャル障壁であり,特性エネルギーと呼ばれ,
E∗ = ℏ2
2µr∗2, (21)
である.
このエネルギーは角運動量l= 0と1,つまりs波とp波散乱の閾エネルギーに相当 する.図 3(a)に特性エネルギーと特性距離を示した.特性距離と特性エネルギーを 図3(a)中に示した.原子-イオン間の散乱エネルギーをE∗ 以下にすれば,s波だけ が支配的な量子的な散乱領域に突入する.特性エネルギーは換算質量に反比例する ため,換算質量が小さいほどs 波散乱の閾エネルギーは上昇する.つまり軽い質量 の粒子を持った組み合わせの方が,量子的な散乱を観測するにあたって有利である と言える.表 3に中性原子-イオン系での特性距離と特性エネルギーを示した.本実 験で用いた6Li-40Ca+ の組み合わせが他の組み合わせに比べて2-3桁程度高い閾エ ネルギーを持つことがわかる.中性原子気体は蒸発冷却によって数十ナノケルビン オーダーまで冷却することが可能である一方でイオンはサイドバンド冷却を用いて も数十マイクロケルビン程度の冷却にとどまる.すなわち既存の冷却手法を用いて 特性エネルギー以下の中性原子-イオン間散乱を観測するためには本実験で用いたよ
うな適切な組み合わせを選択する必要がある.我々の用い6Li-40Ca+系はこうした 点で優位な組み合わせと言える.以上の議論は文献[46, 47, 51, 59]を参考にした.
表3 原子-イオン系の特性距離と特性エネルギー[46, 59]
組み合わせ r∗ [nm] E∗/kB [nK]
172Yb−174Yb+ 252 44
87Rb−138Ba+ 296 52
87Rb−40Ca+ 211 199
87Rb−174Yb+ 306 44.7
40Ca−174Yb+ 166 270
6Li−40Ca+ 66 10.6×103
87Rb−87Rb+ 266 79
6Li−176Yb+ 70 8.56×103
2.2.3
6Li-
40Ca
+間相互作用ポテンシャルエネルギー
中性原子-イオンに関わらず粒子間の相互作用はポテンシャルエネルギー曲線に よって特徴付けられる.実際の原子には内部状態が存在し,それぞれの内部状態 の組み合わせごとに相互作用ポテンシャルエネルギー曲線は異なる.6Li 原子と
40Ca+ 原子のポテンシャルエネルギー曲線を図 4に示す.この図はパリ11大学の Maurice Raoult, Humberto Da Silva Jr., Olivier Dulieuの計算により,共同研究 として関連論文[52]にて発表した.この計算は文献[86, 87]の手法に基づいている.
図4 Li-Ca+系のポテンシャルエネルギー. 実線はスピン一重項,破線は三重項 を示し,黒,赤,青線はそれぞれΣ, Π, ∆に対応する.図は関連論文[52]より 引用.