第 5 章 内部状態選択による非弾性散乱の制御 153
5.4 電荷交換断面積
5.4.3 電荷交換レート
カルシウムイオンのロス確率の測定から電荷交換レートを算出した.以下にこの 手順を説明する.各内部状態,各散乱エネルギーで測定したカルシウムイオンのロ ス確率からそれぞれの内部状態での電荷交換レートをフィッティングにより求める.
このフィッティング関数をレート方程式によって求めるが,カルシウムイオンの内 部状態ごとに取り扱いがことなるため以下では内部状態ごとに記す.
基底状態42S1/2
カルシウムイオンの基底状態42S1/2 に関するレート方程式は基底状態の存在確 率NS と電荷交換後の状態の存在確率NCE,基底状態の電荷交換レートΓS を用い て以下のようにかける.
dNS
dt =−ΓSNS (165)
dNCE
dt = ΓSNS (166)
(167)
このレート方程式を以下の条件
NS+NCE = 1 (168)
NS(0) = 1 (169)
NCE = 0 (170)
のもと解くと
NS =e−ΓSt (171)
が得られる.この関数を用いてフィットを行えばよい.
基底状態42S1/2 のカルシウムイオンのロスの測定を行ったが,ロス確率はバッ クグランドガスとの衝突でイオンがロスする確率と有意な差を見出すことはできな かった.つまり基底状態42S1/2の反応性は非常に低く,現在の密度と混合時間では 観測できなかったためと思われる.すなわちバックグラウンドガスによるロスレー トが基底状態の電荷交換レートの上限を与えていると考えられる.バックグラウン ドガスによるロスレートは非常に小さいため,これ以降では基底状態の電荷交換 レートΓS ≈0として扱う.
準安定状態32D3/2及び32D5/2
準安定状態のレート方程式は基底状態と異なり,基底状態への自然放出レート γDS を考慮しなければならない.ただし上で述べた通り基底状態の電荷交換レート は十分小さいとして無視する.
さらに原子と混合している間イオンにはシングルビームトラップの発振波長 1064 nmのレーザーが照射されている.このレーザー波長は32D3/2 ↔42P1/2 あ るいは32D5/2 ↔ 42P1/2 遷移から大きく離調があるものの高強度なため励起が起 きる.するとイオンは基底状態に緩和し,電荷交換しなくなると考えられる.この
1064 nmレーザーによる基底状態への緩和レートをγIRとする.
さらに本実験とは別の測定からD5/2 のCa+ イオンとLi原子間での以下の状態 変化散乱が観測された[129].
Li|22S1/2⟩+ Ca+|32D5/2⟩ →Li|22S1/2⟩+ Ca+|42S1/2⟩ (172) この散乱は励起状態にあったイオンが原子との散乱によって脱励起する過程である.
この散乱でイオンが基底状態に落ちるレートをγqとする.すなわち図 58に示した 状態の変化が予想される.
図58 D状態における緩和レートと電荷交換レート.図中では具体的な準位を 示さなかったが,D3/2,D5/2のいずれもの場合も該当する.ΓDは電荷交換レー ト,γIRは原子の光トラップの1064 nmレーザー光で励起されることで基底状態 に緩和するレート.γqは状態変化散乱レートである.
以上の現象を考慮にいれてレート方程式を立てると
dND
dt =−γsND−γqND−γIRND−ΓDND (173) dNS
dt =γsND+γqND+γIRND (174) dNCE
dt = ΓDND (175)
となる.ただしここでND はD状態の存在確率であり,ΓD はD状態(D3/2 ある いはD5/2 状態)の電荷交換レートである.
このレート方程式は以下の条件がつく
NS+ND+NCE = 1 (176)
NS(0) = 0 (177)
ND(0) = 1 (178)
NCE(0) = 0 (179)
この条件のもとでレート方程式を解くと
NS =− γDS +γq+γIR
γDS+γq+γIR+ ΓDe−(γDS+γq+γIR+ΓD) + γDS+γq+γIR
γDS+γq+γIR+ ΓD
(180)
ND =e−(γDS+γq+γIR+ΓD)t (181) NCE =− ΓD
γDS+γq+γIR+ ΓD
e−(γDS+γq+γIR
+ ΓD
γDS +γq+γIR+ ΓD
(182)
と求められる.
リチウム原子気体との混合後,イオントラップ中のカルシウムイオンの観測確率は NS +ND = 1−NCE で表されるのですなわちフィッティング関数は
NS+ND = ΓD
γDS+γq+γIR+ ΓDe−(γDS+γq+γIR+ΓD)t + γDS+γq+γIR
γDS+γq+γIR+ ΓD
(183)
である.
式 (183)で32D3/2 と32D5/2 状態のカルシウムイオンのロス確率の測定結果を フィットして電荷交換レートを算出したが,シングルビームトラップ用レーザーに よる基底状態への緩和レートγIRおよび状態変化散乱レートγq については他の測 定から得られた結果を利用した.これらの値は,32D5/2準位の寿命測定から得られ ており,γIR はシングルビームトラップのレーザーを照射したときに32D5/2 準位 の寿命よりはやく基底状態へ緩和することから測定されている.この測定に依れば レーザーの中心強度でγIR = 0.11 Hzであった.実際の解析ではγIRはレーザー強 度に比例するため,リチウム原子気体とカルシウムイオンのオーバーラップ位置か ら各測定での散乱レートを計算した.一方の状態変化散乱レートγq は,リチウム 原子と混合した際に32D5/2準位の寿命が短く測定されることから測定されており,
その測定によれば,γq/na = 1.9×10−15 m3/s であった[129].ここでna はリチウ ム原子気体の密度である.
なお,32D3/2 の状態変化散乱レートは32D5/2 と同程度であると仮定して同じ値を 用いて解析を行った.
図 59に外部電場を変化に対する D3/2 状態のCa+ イオンのロスレートを示す.
横軸はカルシウムイオンに与えた外部電場であり,縦軸は上の手法で求めたカルシ ウムイオンのロスレートを示す.実線はリチウム原子気体の1/e幅を用いたガウス 関数によるフィッティング結果である.
図59 D3/2状態のCa+イオンロスレートの外部電場による変化.
42S1/2, 42P1/2, 32D3/2 混合状態
5.2の内部状態の操作で記述したように寿命の短い42P1/2 状態のカルシウムイ オンについての測定を行うために冷却レーザーとリポンプレーザーを照射しつづけ てリチウム原子気体とオーバーラップした.このときカルシウムイオンは42S1/2, 42P1/2, 32D3/2 の混合状態である.この混合状態の電荷交換レートΓSP D を考える とカルシウムイオンが観測される確率NSP D はNSP D = e−ΓSP Dt とかける.この 関数をフィッティングに使用し,電荷交換レートを求めた.