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第 4 章 実験装置と手法 77

4.8 イオンの検出と撮像

4.8.1 イオンの検出と検出系

イオントラップに捕獲され,冷却光を照射したカルシウムイオンは2S1/2 2 P1/2 遷移の光を繰り返し吸収,放出する.この397nmの蛍光を用いてカルシウムイオン の検出を行った.検出手法は二通り用いており,光電子増倍管(PMT)とEMCCD カメラ(電子増倍CCDカメラ)をそれぞれ使用した.ここではカルシウムイオン の検出の様子や撮像されたカルシウムイオンについて,その検出光学系を含めて述 べる.

光電子増倍管

単一のカルシウムイオンが発する蛍光は非常に微弱であるため,高感度の光検出 デバイスが必要となる.そこで光電子増倍管(PMT: photomultiplier tube)を用 いてカルシウムイオン蛍光の検出を行った.PMTとは光電効果を用いて光を電気 信号に変換し検出する機構に加え,信号を増幅させることで検出感度を上げたもの である.これは入射光によって放出された光電子(外部光電効果)をダイノードへ 導き二次電子を放出させ,これを繰り返すことで二次電子を増やし信号電流を増加 させる機構による.実験では図41に示す浜松フォトニクス社製のPMTを用いた.

また図にあるようにPMTの受光部にアイリスとピンホールを取り付けた.これは イオンの蛍光以外の散乱光を遮断するためである.さらに本体はマイクロステージ 上に据え付け細やかな位置調整を容易にした.

PMTは検出した光子をパルス状の電気信号として出力する.このPMTシグナ ルの数をフォトンカウンタによって計数し,カウント数に応じた電圧出力を得た.

実験に使用したフォトンカウンタはStanford Research System社のSR400 Gated Photon Counterである.典型的に100msの間シグナルを計数し,フォトンカウン ト数0から9999回をD/A変換し0-10Vで出力した.

EMCCDカメラ

PMTは蛍光量を高感度で測定できるが,イオンの正確な個数やイオン雲や結晶 の広がりを知ることは難しい.そこで二次元的な蛍光の観測を行うためにEMCCD カメラ(Electron Multiplying CCD camera,電子増倍 CCDカメラ)を使用し

41 光電子増倍管.受光部の前にアイリスとピンホールをつけ迷光を防いだ.

た.上でも述べたようにイオンの蛍光は微弱で,光の信号を増幅して観測するこ とが望ましいので信号増幅機能を持つ EMCCD カメラが最適であったためであ る.実験に用いたカメラは Princeton Instruments社製の「ProEM-HS:512BX3 である.このカメラの撮像素子サイズは512 pixel×512 pixelで一画素のサイズは 16 µm×16 µmである.実験中は256倍の撮像ゲインで0.5-10秒程度露光して撮 像した.

検出光学系

イオントラップ中の冷却された単一イオンはその温度と閉じ込めから数十マイク ロメートルの領域に局在する.このようなイオンを直接上の受光素子で撮像するの は極めて困難なためイオン蛍光を対物レンズを通して拡大した像を光電子増倍管あ

るいはEMCCDカメラで観測した.構築した撮像系を図 42に示す.

シグマ光機社製の対物レンズ「SPHAL-5」をイオンチャンバーのビューポートの 直近,イオントラップから45 mmの位置に配置した.このレンズはワーキングディ

スタンス45 mm,開口数0.13である.対物レンズを通過した蛍光をハーフミラー

によって分岐し PMTEMCCDカメラそれぞれに入射させた.前述のようにイ オン蛍光は非常に微弱なため蛍光以外の397 nm,866 nm光あるいは光イオン化光 である423nm,323nm光といった散乱光に埋もれてしまいやすい.そこで397 nm 付近の光のみを通過させる干渉フィルターを光電子増倍管あるいはEMCCDカメ ラの直前に設置した.これにより効果的に散乱光を取り除くことができたが,光イ オン化光は波長が397 nmに近いためバックグラウンドノイズとして検出された.

ハーフミラーの直前に置いたアイリスもカルシウムイオンが捕獲されているイオン トラップ中心付近の光のみを取り出し,イオントラップ電極などでの散乱光を受光 しないよう設置したものである.

上記のようにイオン蛍光は微弱なため撮像系のパスや受光機器は実験室の照明と いった外部の光からも脆弱である.そこで機器パス全体を筒や布で完全に覆った.

これらの措置を加え,迷光を防ぎカルシウムイオンの撮像系を構成した.

42 イオンの検出・撮像系の模式図.

イオンの観測

新たに設置したイオントラップを用いてカルシウムイオンを捕獲する際は,最適 なトラップ条件が全くわからない状態である.そこでRF電圧を上げ,トラップポ テンシャルを深くして捕獲しやすいようにした.さらに冷却光を掃引しつつ共鳴周 波数から大きく負に離調をとることで運動エネルギーの大きいイオンを検出しやす くした.

カルシウムイオンの検出方法としてはリパンプレーザーを遮断するとイオンの冷

却サイクルが正常に続かなくなるためイオンは蛍光を発しなくなる.これを利用し てリポンプレーザーをスイッチしたときの蛍光の増減をカルシウムイオンの検出に 用いた.

カルシウムイオンの捕獲が確認ができたらRFの振幅を下げつつ,冷却光の離調 を共鳴側に近づけていった.この後マイクロモーションの補正と呼ばれる作業を行 い,カルシウムイオンの運動エネルギーを下げていったがマイクロモーションの補 正に関しては4.9にて後述する.

図43にEMCCDカメラで観測したイオンの蛍光画像を示す.図中のカルシウム

イオンは一次元方向に並んでおり,この方向は閉じ込めの弱い軸方向(z軸)である.

イオンは強力なクーロン斥力によって反発する.

43 Ca+イオンの一次元鎖の蛍光画像.