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第 6 章 まとめと展望 191

6.2 今後の展望と課題

ここでは,本研究で得られた成果を踏まえ,今後の研究展開について項目ごとに 述べる.

s波散乱閾温度以下での非弾性散乱の観測

中性原子-イオン混合系の特徴は本研究で測定したミリケルビンからケルビン領域 の散乱エネルギーだけでなく,量子的な散乱領域まで到達可能だという点である.

特に表3で示したように6Li-40Ca+ 系は他の組み合わせに比べ高いs波散乱閾温度 を持つため,到達が容易な組み合わせである.

6Li原子気体は蒸発冷却を行った場合,数百nK程度まで冷却することができた.

一方の40Ca+イオンについてはサイドバンド冷却を行い振動基底状態まで冷却する ことに成功しており,温度に換算すると数十µK程度であることを考慮すると十分 s波散乱閾温度に到達し得る.

s波散乱に到達したことをどのように観測するかは一つの大きな問題であるが,

電荷交換断面積がランジュバンの依存性に従わず,頭打ちになることが予想されて いるので本研究で行ったようなエネルギー依存性の測定で確認可能であると考えら れる.

このとき生じる技術的な問題点は混合中のカルシウムイオンの加熱である.カル シウムイオンはマイクロモーションが熱運動に変換されると加熱が起きるが,現在 観測出来ている電荷交換レートでは加熱が無視できる時間スケールで測定はできな い.そのため,イオントラップのRFノイズの除去等で加熱レートを抑えること,

中性原子密度を上げることが重要なファクターとなると考えられる.

分子生成と共同冷却

中性原子-イオン混合系の注目される反応過程の一つとして分子生成過程があげら れるが,我々の実験系ではいまだに観測されていない.理論的予測[130]によれば 基底状態の放射性分子生成断面積は放射性電荷交換断面積と近い値をとるため,基 底状態で電荷交換散乱を測定できる程度に原子密度を上げることがきれば,分子生 成過程を観測可能であると予想できる.

生成された分子イオンはイオントラップにて捕獲し,イオントラップ中のレー

ザー冷却Ca+イオンとの散乱を利用して並進運動の共同冷却を行い,保持すること は可能である.一方でイオン間距離は強力なイオン間の斥力相互作用により,イオ ン同士は近づかないため分子イオンの振動回転状態の冷却は困難であると考えられ る.そこで再びリチウム原子気体を分子イオンと混合することで振動状態あるいは 回転状態の冷却を行う手法の開発は興味深い.振動回転状態の冷却は現在の冷却分 子生成においても重要な課題であり,分子イオンの振動回転状態を用いた量子情報 処理といった課題に近づく手法として大きな意味を持つ.

イオンプローブによる光格子中の原子操作手法の開発

本研究で得られたカルシウムイオンの内部状態制御による電荷交換反応性の変化 を利用した応用として,光格子中の原子の操作プローブとしてイオンを使うことが あげられる.

光格子中の原子の状態や数は光格子中の中性原子を用いた量子シミュレーション において重要な要素であり,現在では光を用いた操作あるいは検出手法が広く用い られている.一方で光の場合,隣接サイトへの影響が指摘されている.

振動基底状態まで冷却したイオンを用いれば,イオンの軌道はナノメートルオー ダーになるため,光の波長以下の操作探針を作り出すことができる.このとき,原 子状態の検出・操作に原子-イオン間の相互作用を利用する.例えば本研究で測定さ れた基底状態と準安定状態の反応性の違いを利用し,イオンを基底状態のまま検出・

操作したい原子のサイトまで外部電場を制御して移動させる.当該サイトまで移動 したらイオンを励起させ原子と反応させることで状態の検出あるいは操作を行う.

こうした手法の開発には本研究のような原子-イオン間の散乱過程の詳細な測定 が,その土台として重要である.

付録 A

外部共振器型半導体レーザー

本研究ではリチウム原子用,カルシウムイオン用として多数のレーザーを用い たが,その多くは外部共振器型半導体レーザー(ECDL:External Cavity Diode

Laser)である.特にカルシウムイオンに用いたレーザーはほとんど外部共振器型半

導体レーザーである.しかしながらそれぞれの構造は異なるため本節では使用した 外部共振器型半導体レーザーの構造について述べる.それぞれの個別の光源につい ては本節とは別に各項目にて後述する.表 14に使用した外部共振器型半導体レー ザーの波長とその構造をまとめた.

14実験に使用した外部共振器型半導体レーザーの波長とその構造 波長用途構造 794nmカルシウムイオン冷却光397nm光の基本波干渉フィルタ型 866nmカルシウムイオンリパンプ光リットマン型 423nmカルシウム原子イオン化光リトロー型 850nmカルシウムイオン32 D3/2-42 P3/2遷移励起リトロー型 729nmカルシウムイオン42 S1/2-32 D5/2遷移励起,サイドバンド冷却光源干渉フィルタ型 854nmカルシウムイオン32 D5/2-42 P3/2遷移励起.サイドバンド冷却光源リトロー型

A.1 原理

半導体レーザーは比較的小型でpn接合に電流を注入して励起し,電子と正孔の 再結合によってによって生じる光子を利用している.電流変調を行うことで簡便に 出力の変調を行えるといった利点が存在する.一方で半導体レーザーを原子の冷却 等に用いることを考えたとき,そのまま使うには十分なほど線幅は細くない上,波 長の選択性が悪い.そこで半導体レーザーの外側に共振器を構築と波長選択機構を 設けたものが外部共振型半導体レーザーである.回折格子をもちいるものでは外部 共振器と波長選択性の両方が回折格子によって実現される.波長選択機構にバンド パスフィルタを用いるものは共振器は別にミラーによって構築する.半導体レー ザーの広い利得を外部共振器のモードで選択される周波数に狭窄化,制限する.し かしながら,このままでは共振器モードで選ばれる多数の周波数が発振するためマ ルチモード発振となる.原子の冷却を考えた際は原子の共鳴に合致した特定の周波 数のみが必要なためシングルモード発振させる必要がある.そこで波長選択機構に よって特定の共振器モードのみ選び出すことで一つの共振器モードのみで発振が起 こりシングルモード発振が実現できる.以上が外部共振器型半導体レーザーの原理 である.