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8.5 「死」をめぐって

ドキュメント内 中日古典悲劇の比較研究 (ページ 176-185)

前節で論じたように、徳兵衛は世論の支持を求め、自分の無実を証明するために、

「死」を決意した。この節では、「問題解決の手段」、「再生の手段」、そして「自他 越境の手がかり」という三つの角度からこの演目における「死」の正体に近づきた い。

8.5.1 問題解決の手段としての「死」

徳兵衛が抱えた葛藤には、力関係の段階的な変化が伴いつつ、縁談話をめぐる平 野屋との「義理・人情」の対立と、金貸しに触発された九平次との間の「名誉毀損 と回復」をめぐる対立という二つの衝突が同時に存在する。そして、お初は徳兵衛 への愛のために、彼につきまとうこれらの対立に積極的に飛び込み、彼と「運命」

を共にする。この彼らが向おうとしている「運命の結末」はもちろん、「死」である。

この項では、「死」という結末は、「義理・人情」と「名誉毀損と回復」という二 つの対立にとってどういう意味を持っているかをみていきたい2

前文で論じたように、九平次の登場とともに、徳兵衛と九平次の間に顕在化した

「名誉毀損と回復」の衝突は、徳兵衛と平野屋の間に潜在する「義理・人情」の衝 突に代わり、徳兵衛の「死」の決意の最も直接的な動機になる。「この徳兵衛が正直 の心の底の涼しさは。三日を過さず、大坂中へ申訳はしてみせう」といい、自分の 潔白を証明するために、徳兵衛は死の覚悟をする。そして、その後の天満屋の場で、

お初も「いつまで生きても同じこと。死んで恥をすすがいでは」と彼の決意に賛同 し、彼と共に死の運命に向かうようになる。

このように二人の悲劇主体の行動を通じて、近松は一切の説明や解釈を加えずに、

あたかも自明のことであるかのように、「死=恥や汚名を濯ぐこと」という等式を出 している。ここでは、この等式の正否を問うつもりはない。その代わり、この等式 を通してもう一度この劇における「死」の価値に注目したい。つまり、二人の悲劇 主体にとって、「死」は確実に「名誉毀損と回復」をめぐる対立を解決するための効 果的な手段となっているということである。

一方、前に触れたように、「死」の決意が一旦固められると、そこで重友毅のいう

「愛を全うしようとする」動機が再び支配的な立場に戻り、「義理・人情」の対立が また顕在化するようになる。この「義理・人情」の対立は、悲劇主体の外側にある

1 山根為雄(校注・訳)、「曾根崎心中」、『新編 日本古典文学全集75・近松門左衛門集 2』、小 学館、1998p.31

2 前項の内容と重複するのを避けるため、ここでは、論じる重心を「名誉毀損と回復」の部分に置 かないことにする。

外的な社会規則と主人公の内面的感情の間の対立ではなく、むしろ、悲劇主体に認 められ、内面化された客観的な要素と人間的な感情の対立、すなわち、内的なもの 同士の衝突である。言い換えれば、義理と人情の二つの側面のいずれも、相手を抹 殺し、取って代わる力を持っていない。しかし、劇の展開とともに、悲劇主体の置 かれる具体的な境遇が悪化し、彼らの中に共存している義理と人情の二つの側面の バランスが崩れ、悲劇主体はとうとうそのどちらかを放棄しなければならない窮地 に追いつめられるようになる。叔父でありながら、主でもある平野屋に押し付けら れた縁談と、恋人であるお初との愛との間に挟まれる徳兵衛にとっては、まさに自 分の義理と人情の二つの側面を同時に維持することはもはや不可能となる。

ここで、徳兵衛とお初に残された選択肢は「死」ただ一つである。そして、彼ら のこの死の決意に対する評価はまた多様である。広末保は彼らの心中の決意の積極 性に注目し、二人が自分の意志を貫くために、意識的に心中を決意することで悲劇 的感動を引き起こすと主張している。しかし、彼のこの意見に相反する見方も存在 する。

確かに主人公たちは、心中の決意が彼らを死へと導くため、「シチュエイション を絶対的な場に持ち込」んだと言えるだろうが、しかし、だからといって、そ れによって「葛藤を生きる」わけではあるまい。つまり、心中の決意によって、

彼らは葛藤から完全に離れてしまうからである。近松の心中物において、心中 の決意に続く場面は道行――恋人たちの死に場所への抒情詩的な旅――と心中 場面のみである。しかし、これらの場面は双方共にもはや葛藤と結びついてい ない。1

以上のように、イヴァナ・ミハイロヴイッチ(2006)は『曾根崎心中』も含むす べての近松の心中物における心中の決意によって、主人公が葛藤から離れていった と主張し、心中決意の積極性を否定している。

しかし、徳兵衛とお初にとって、死の決意は本当に彼らを葛藤から解放したのだ ろうか。換言すれば、道行という抒情詩的な旅の後、彼らは本当にそれまで抱えて きた葛藤から逃れたまま死ねたのだろうか。

彼らの最後の場面をもう一度見てみれば、命の最後の一刻まで徳兵衛とお初はま だ義理と人情の挟間で生きていることが分かる。

我幼少にてまことの父母 に離れ.叔父といひ、親方の苦労となりて人となり.

恩も送らずこのまゝに.亡き跡までもとやかくと.ご難儀な ん ぎかけん、勿体もつたいなや.

罪を許してくだされかし。2

徳兵衛にとって、平野屋が縁談話を押し付けたことが、結果的には不幸の連鎖の 始まりになっている。しかし、死の直前になって、徳兵衛は平野屋に対しては、一 切の「恨み」を持っていない。それどころか、彼の中では、今まで親代わりになっ

1 イヴァナ・ミハイロヴイッチ、「廣末保の「悲劇」概念について――『近松序説』を中心に」、『岡 山大学大学院文化科学研究科紀要第21号』、2006p.23

2 山根為雄(校注・訳)、「曾根崎心中」、『新編 日本古典文学全集75・近松門左衛門集 2』、小 学館、1998pp.4041

て自分の面倒を見てくれた平野屋に対し、恩返しができないために悔やむ気持ちで 一杯だった。

お初にも同じような思いがあった。

明日 は在所へ聞えなば、いかばかりかは嘆きをかけん.親達へも兄弟へも、こ れからこの世の暇乞いとまごひ.せめて心が通じなば、夢にも見えてくれよかし.懐なつか しの母様ははさまや。なごり惜しの父様ととさま1

この言葉にも、残された親、兄弟に対する思いが満ちている。

このように、「愛」を貫くため「死」を決意したこの二人にとって、奉公人/主人間 の義理と恋の人情との衝突が解決されると同時に、叔父/甥の間の義理、及び親族愛 の人情と恋の人情との衝突がまた浮かび上がってくる。つまり、徳兵衛とお初にと って、イヴァナ・ミハイロヴイッチが主張した「心中の決意によって、彼らは葛藤 から完全に離れてしまう」という状況は実は存在しなかった。ここでの死は、現実 に絶望した主人公の、言い換えれば悲劇主体の最後の逃げ場とはならなかった、あ るいは、なり得なかった。実際のところ、彼らが直面している至難の状況はまさに、

その逃れることのできない葛藤の循環である。そして、二人の悲劇主体にとって、

この「義理か、それとも人情か」という無限の循環の連鎖を断ち切る唯一の方法は

「死」である。

重友毅(1961)は以下のように「義理・人情」の対立における「死」の価値を評 価している。

すでに義理と人情が、相互否定の関係に立ち、しかも両者ともに捨てがたいも のとしてこれを生かそうとする時、そこに残された唯一の手段は、両者とは異 なった次元においてこれを求めるよりほかない。そしてその具体的な方法とし て考えられることは、当時としては、その当事者の死以外にはなかった。(中略)

それによって始めて、彼はこの永久に合致することのない、しかもそれぞれに 根拠ある主張から成り立つところの両者を止揚するためのものであり、したが ってそれは、事件の解決そのものであって、単なる結果ではない。2

そして、

武士の切腹ということが公認せられ、時には賞讃せられた時代には、おのずか らそのような死に対して、今日と異なった見解が取られていたのである。もち ろん、その時代とても、それが積極的な解決手段と考えられていたのではない が、たとえ消極的にもせよ、なお一つの解決手段であり得たことは事実である。

3

1 山根為雄(校注・訳)、「曾根崎心中」、『新編 日本古典文学全集75・近松門左衛門集 2』、小 学館、1998、pp.41−42。

2 重友毅、「『曾根崎心中』の根本問題―近松における心中評価」、『法政大学文学部紀要』、7)、1961 p.100。

3 重友毅、『近松の研究』、文理書院、1972pp.454455

ドキュメント内 中日古典悲劇の比較研究 (ページ 176-185)