第 9 章 身代わりと犠牲 1 のファン タジー・タイプ
9.2 犠牲の性質
この章の比較対象となる四つの作品におけるすべての「犠牲」は最終的に犠牲主 体本人、あるいはその血縁者の命の喪失につながり、ある登場人物の「死」という 形で表現されている。
また、『趙氏孤児』の程嬰の息子・程氏の嬰児以外、すべての犠牲、つまり「死」
は、直接的であれ、間接的であれ、犠牲主体である死者本人の意志によるものであ ると考えられる2。
1 この点については、重複をさけるため本章の第4節、9.4「「犠牲」をめぐる感情表出と交流のパ ターン」においてまた詳しく論述する。
2 実際、程氏嬰児の場合、犠牲の行為者(程嬰本人)と死者(程氏嬰児)との分離が存在するため、
一つの変則的事例として「死の意志」を認めることができるが、その点については後述する。
自殺と他殺の定義の曖昧性を克服するために、崔吉城(1994)は以下のように指 摘している。
自殺と他殺を区別するのは容易ではない。死のうとする意志、そして自ら命を 断つ手段という二つの要素が、自殺を規定する要件となるが、このこと自体も 非常に不透明な場合が多い。(中略)死のうとする意志はあるけれども、自分で 命を断つことはせず、他人に頼んで殺してもらうといった場合には、<安楽死
>の問題が出て来ることになる。反対に、死ぬ意志はないのに強要されて自害 するケースもありうる。(中略)たいていは死ぬ意志のある死という点を強調し て広義の自殺と規定し、これに自ら命を断つという要素を結び付けて狭義の自 殺と規定している。1
『竇娥冤』をはじめとする四作に描かれた、「死」を最終的な形態とした多くの「犠 牲」を思い起すと、それは崔の言う「広義の自殺」とかなりの度合いで一致してい ることに気づく。しかし、完全に本人の意志による能動的な「犠牲」と程氏の嬰児 や小次郎のような受動的な「身代わり」式の「犠牲」の間には不一致が存在する。
その違いを考慮に入れ、ここでは「犠牲」と「身代わり」という分類に沿って、論 じていく。
まずは「犠牲」設定を見てみよう。
『竇娥冤』の場合、自分の無実を主張し、官府の拷問に耐えてきた竇娥は、姑の 蔡婆を拷問から守るために毒殺の罪名を認める。
婆婆也!我若是不死呵!如何救得你。2
婆さま もしもこの身が死ななんだら/なんであなたを救えます3
この台詞でも分かるように、自分は蔡婆を助けるために死んでいくと竇娥は自覚 している。つまり、蔡婆を救うために、彼女は死ぬ意志を持っている。
『趙氏孤児』において、状況はより明白である。死ぬ場面が舞台上で描かれたの は、趙朔、荘姫、韓厥、公孫杵臼、そして嬰児の五人である。また嬰児以外の四人 はいずれも「自害」によって死んでいる。その中、趙朔と荘姫の死は復讐展開のき っかけと考えられるため、ここで論じる「犠牲」には当てはまらない。残りの韓厥 と公孫杵臼二人の死は、はっきりと彼ら本人の「意志」を反映している。「你若肯捨 残生我也愿把这头来刎(汝が命を棄つるつもりなら、我もみずから首をはねよう)」
4や「老夫一死。何足道哉(わしの死など、言うには足らぬ)」5という韓や公孫の台 詞から、趙氏孤児を救うため自分の命を捧げるという義士の決意が鮮明に浮き彫り にされている。
一方、日本側の演目の場合も同じ傾向が見られる。『忠臣蔵』において、判官本人 の死は復讐談の始まりであるため、「犠牲」の範囲外であるが、その後、それぞれの 形で復讐の計画にかかわった勘平や本蔵、そして復讐を遂げた後、亡主の墓の前に 殉死しようとする義士らは例外なく死の意志をもって死んでいくのである。勘平は
1 崔吉城著、真鍋祐子訳、『恨の人類学』、平河出版社、1994、p.244。
2 王季思編、『中国十大古典悲劇集』(上)、上海文芸出版社、1983、p.19。
3 田中謙二編、『中国古典文学大系 52 戯曲集(上)』、平凡社、1971、p.163。
4 王季思編、『中国十大古典悲劇集』(上)、上海文芸出版社、1983、pp.73−74。
5 同書、p.79。
主の判官に対する「不忠」と「舅殺し」の「不義」の二重の責任を取るために自ら の意志で死を遂げる。本蔵も判官を抱き止めたという一生の過ちを償いたく、また 娘の祝言を許してもらうという公・私二つの目的を実現するために、わざと力弥を 怒らせ、計算づくで「死」を手に入れたのである。無論、由良之助をはじめとする 復讐を実施した義士らも最初から殉死の計画を立て、自分らの意志で死を遂げよう としている。
つづいて、二つの「身代わり」設定を見よう。
これまで論じてきた「犠牲」の設定と比べると、『趙氏孤児』の程氏の嬰児と『熊 谷陣屋』の小次郎の「身代わり」の場合、死者本人の主観的な「死ぬ意志」はある 意味曖昧である。それだけではなく、実際のところ、同じ「身代わり」設定とはい え、死者の「死ぬ意志」について考える際、この二作の状況は必ずしも一致してい るとは言えない。その区別は、身代わりとされる人物本人の設定に関連している。
『趙氏孤児』において孤児の身代わりとされ、犠牲になったのはまだ赤ん坊の程 嬰の息子である。赤ん坊が自分の意志をもつことは不可能である。この意味で『趙 氏孤児』における嬰児の死は、広義の「自殺」の定義には当てはまらない可能性が 出てくる。しかし、まさにここから、「身代わり」設定に潜む一つの特殊性が見えて くる。それはつまり、何かの目的で、自分の意志で死を遂げた「死者」が同時に「犠 牲主体」でもある――「死者」と「犠牲主体」が同一人物という一般的な「犠牲」
設定と違い、「身代わり」の場合、「死者」と「犠牲主体」は必ずしも同じ人物であ ると限らない。言い換えれば、「死者」と「犠牲主体」が分離する可能性が存在して いる。特に、嬰児の身代わりの場合、「死者」本人は一人の「人間」としての健全な 意識も、独立した人格をももっていないため、「死者」本人(嬰児)にとって「死」
や「生」の概念さえまだ形成されていない。そのため、死者本人は自分の「死」の 意味を主観的に理解し、それを能動的に選択することも、拒否することもあり得な い。極端な言い方をすると、本当のところ、身代わり計画の要となった嬰児は単に、
一つの意識さえ持たない「道具」として使われていた。
しかし、ここで注意しなければならないのは、嬰児の「死」の意味をはっきりと 理解し、またその死に大きく影響される人物は他に存在していることである。それ は、身代わりの計画を立てた嬰児の父親・程嬰である。嬰児を唯一の血筋とする程 嬰は誰よりも息子の死の意味とその死が自分に与える影響を理解しているに違いな い。この意味で、孤児救出のために身代わりとされた嬰児は「死者」であるが、程 嬰こそが、この計画の本当の「犠牲主体」である。そして、本当の犠牲主体程嬰は 自らの意志で身代わりの計画を立て、それを実施した。この意味で、唯一の血筋を 能動的に犠牲とした程嬰の行為は、死ぬ意志をもって自害する「犠牲主体」の行為 と似通った構造をもち、崔の言う「広義の自殺」の一つの変則的事例として見なす ことができる。
一方、『趙氏孤児』における嬰児の身代わり設定と違い、『熊谷陣屋』の中で身代 わりとされた小次郎は「少年」である。また、相模の追憶や熊谷の回想において、
彼は一人の凛とした少年武士として描かれている。この意味で、父親の身代わりの 計画や自分自身の死について、小次郎は『趙氏孤児』における程氏の嬰児のように 全く無意識でいられるとはまず考えられない。さらに、熊谷の口から「敦盛」の最 後の場面は事細かく舞台の上で再現されている。その中で、「是非に及ばず御首を」
1との一言が「敦盛」の最後の言葉として書かれている。しかし、殺されたのは小次
1 祐田善雄校注、「一谷嫩軍記」、『日本古典文学大系99 文楽浄瑠璃集』、岩波書店、1965、pp.239
郎であるという真相を配慮すると、この描写は実際には、須磨の浦での小次郎の最 期を描くものであり、この科白も小次郎によるものであるという考えも成立する。
言い換えれば、小次郎は身代わりや自分の犠牲の意味を理解した上で、能動的にそ の計画に参加したことが少なくとも暗示されていると考えられよう。
そして、『趙氏孤児』の嬰児の身代わりの場合と同じく、『熊谷陣屋』にも「死者」
と「犠牲主体」の分離現象が存在する。それは、小次郎の死によって一人息子を失 い、また家が断絶する危機に陥りかねない熊谷夫妻である。もちろん、相模が身代 わりの真相を知らされたのは、計画が実施されたずっと後のことであるため、「犠牲」
の意志を論じる今の段階では対象外になる。しかし熊谷は違う。彼は最初から息子 を犠牲にするという意志を持ちながら、身代わりの計画を練ったからである。その ため、熊谷がここでなした犠牲も、程嬰と同じく、一つの「広義の自殺の変則的事 例」として理解することが可能である。
この意味で、『熊谷陣屋』の場合、死者・小次郎本人の「死」は「広義の自殺」と して理解できると同時に、死者以外の犠牲主体・熊谷の犠牲も「広義の自殺の変則 的事例」として考えることができる。
9.3 自殺の具体的形態と価値
ここまでは、「犠牲」と「身代わり」の区分に沿って分析を進め、『竇娥冤』をは じめとする四つの演目に描かれた身代わりを含むすべての「犠牲」は、犠牲主体の
「死ぬ意志」のある「広義の自殺」、あるいはその変則的事例であることを論じた。
続いては、これらの広義の自殺や、その変則的事例である「犠牲」の具体的形態と 価値を検討していきたい。
9.3.1 自殺の三類型
デュルケーム(1985)は自殺の三類型、すなわち自己本位的自殺、集団本位的自 殺、そしてアノミー的自殺という概念を提起し、「自己本位的自殺は、人が、もはや 自分の生にその存在理由を認めることができないところから発生し、また集団本位 的自殺は、生の存在理由が生の外部にあるかのように感じられるところから発生す る」1のに対して、アノミー的自殺は、「人の活動が規制されなくなり、それによっ てかれらが苦悩を負わされているところから生じる」2と定義している。
デュルケームによれば、個人の属している集団が弱まると、個人はそれに依存し なくなり、逆に自己自身のみに依拠し、私的関心にもとづく行為準則以外の準則を 認めなくなる。そこで、「社会的自我にさからい、それを犠牲にして個人的自我が過 度に主張されるような状態を、自己本位主義とよんでよければ、常軌を逸した個人 化から生じるこの特殊なタイプの自殺は自己本位的とよぶ」3と彼は主張する。
そして、自己本位的自殺と際立った特徴によって区別され、「社会が個人をあまり
−241。
1 デュルケーム、宮島喬訳、『自殺論』、中公文庫、1985、p.319。
2 同書、p.319。
3 同書、p.248。