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悲恋への第一段階――「同心子」の認定

ドキュメント内 中日古典悲劇の比較研究 (ページ 91-94)

5.1 『嬌紅記』に関する先行研究

5.3.1.2 悲恋への第一段階――「同心子」の認定

『嬌紅記』以前の多くの愛情題材と比べ、『嬌紅記』の最も独創的な設定は、実質 的に申・嬌の愛情関係が確定した後から展開している。具体的に言うと、第四十二 出「帥媾」を一つの区切りに、全劇を二つの段階に分けることができる。第四十二 出「帥媾」において「帥子」、すなわち帥府の御曹司が表舞台に現れるまで、『嬌紅 記』はいわゆる正統派の中国古典愛情劇の筋どおりに展開している。才子(申純)

と佳人(嬌娘)が一目惚れをし、恋が芽生え、さまざまな障害に出会うが、才子が 科挙に及第し、佳人と婚約を結び、万難を超えた二人に幸せな未来が約束される。

この時に物語が幕を下ろしたら、『嬌紅記』は一篇の伝統的で、ありふれた円満な愛 情劇になるはずである。しかし、まさにそこで、帥府から持ち出された縁談話がス トーリーの軌道を一気に変え、典型的な「円満な愛情劇」が「愛情悲劇」へと転換 されていく。

まず、第四十一出「明妖」まで、二人の悲恋の第一段階を見てみよう。そこまで は「才子佳人」的な展開であり、二人の「同心子」関係が確定し、認定される段階 である。

鄭尚憲・張冬菜(2001)は以下のように『嬌紅記』の愛情描写を評価している。

在《娇红记》里,外部压力虽然存在,但很迟才出现。(中略)全剧近一半的内容 展了爱情从萌芽到发展,到最终成熟的历程。(中略)爱情的发展推动了故事情节 的发展,它的缠绵曲折带来了情节的宛转有致。1

『嬌紅記』において、外的な圧力は存在するが、その出現はかなり遅い。(中略)

全劇は半分近くの紙面を費やし、二人の愛情が芽生えから発展、そして最終的 に成熟する過程を展開している。(中略)愛情の発展はストーリーを展開させ、

その紆余曲折は筋展開の情緒豊かな抑揚をもたらした。

鄭・張は「外的な圧力は存在するが、その出現はかなり遅い」と述べているが、

あらすじで分かるように、最終的に二人を悲劇の淵に突き落とした帥府の求婚とい う要素が表舞台に出てくるよりもずっと早い段階から、あいにくの雨、辺境の戦争、

召使の飛紅の意図的な妨害、二人の縁談に対する王通判の反対、そして女妖の誘惑 など、申・嬌二人の愛情成就に対する外的な抵抗力がすでに存在している。そのた め、「外的な圧力の出現はかなり遅い」という彼らのこの論点にすなおに賛同するこ とはできない。

しかし、第四十一出「明妖」までの二人の愛情を阻害する外的な抵抗力と第四十 二出「帥媾」における帥府の求婚とは決定的に違う性質をもっていることも否定で きない。第四十一出までに二人が出会った抵抗力はすべて解決可能なものであり、

後のストーリーの展開とともに、確かになんらかの方法で解決されたのである。言 い換えれば、最終的な「悲恋」という結末から見れば、「帥子求婚」以外の抵抗力は すべて「無効」である。それでは、帥子が表舞台に登場する前に、鄭・張が言う「プ ロットを巧みに構成した」二人の愛情の発展過程における阻害や迂余曲折などの、

二人が出会う試練はなんのために存在しているのだろう。その答えはつまり、「同心

1 鄭尚憲、張冬菜、「『嬌紅記』新論」、『芸術百家』、2001年、第4期、pp.3236

子」を認定するためである。

相手の家柄や学問などの外的な条件を一切排除した「同心子」の愛情観に認めら れた唯一の条件は、「同心」――愛する相手との心の融合である。そこで、互いの「心 の底」を確かめる機会を与えるために、幾度もの試練が用意されている。興味深い のは、それらの試練に対面した時の二人の態度である。結論から言えば、いざ二人 の間に阻碍が本当に生じると、若い恋人同士はいつも真っ先に相手の愛情を疑うの である。

以下、二人の台詞から例を見てみる。

第十出「擁炉」、嬌娘が自分に会いに来た申純に言う。

还怕道人心不似花容久,风吹的零落、零落在黄昏后。1

人の心の移り変わりは花が散るよりも速く、風に吹き散らされ、黄昏の後に舞 い散ってしまうのかと思っていた。

第十四出「私悵」、嬌娘は親の目を盗み申純に会いに行ったが、申純は寝ついて、

彼女に応じなかった。そこで嬌娘は言う。

看将来,多干是书生薄幸。(中略)这姻缘敢则似落花流水两无情。2

やはり書生は薄情であろう。(中略)結局この縁は、落花も流水もどちらも意な し。

我当初怎便把真情诉他?(中略)他情薄何处问真诚。3

最初私はどうして真心を彼に訴えたのであろう?(中略)彼のような薄情な人 から真情など求めることはできまい。

第十八出「密約」、申純は再び王府に来たが、嬌娘に会えないまま数日が経った。

やっと二人が会えた時、彼は嬌娘に言う。

我到此几日,姐姐不一来看我,敢你心上也不记的我了。4

ここに着いてすでに何日も経ったのに、お嬢様は全然小生を訪ねにこない。も しかしたら小生のことを忘れていたのではまいか。

第二十七出「絮鞋」、第二十九出「詰問」、第三十一出「要盟」において、靴を盗 む事件で申純と飛紅が裏で通じていたのではないかと疑った嬌娘には、以下のよう な台詞がある。

古云:痴心女子负心汉,申生,你直恁般情薄也。5(第二十七出「絮鞋」)

情の深いのは女子であり、薄情なのは殿御であるという言い伝えがある。申純 さま、あなた様はなんという薄情な方であろう。

1 王季思編、『中国十大古典悲劇集』(上)、上海文芸出版社、1983p.376

2 同書、p.384。

3 同書、p.385

4 同書、p.393。

5 同書、p.422

前日申生盗了我绣鞋,他若不与飞红有私,怎生又转落飞红手内?(中略)正是:

山川可料人难料,薄幸如君有几人。我当初错信申生,如今悔也悔不迭了。1(第 二十九出 詰詞)

この間、申純は私の靴を盗んだ。もし彼と飛紅との間に何かやましい関係がな ければ、その靴はどうして飛紅の手に入っただろう?(中略)正に:山河は計 り知れるが、人の心は計り知れない。あなた様ほど薄情な人はいないだろう。

私は誤って申純を信じたあげく、今やどれだけ悔んでも取り返しが着かなくな るわ。

奴自以身许申生,不料申生心变,有负前盟,夙昔衷肠,几欲付之流水,思量好 恨人也。2(第三十一出 要盟)

私は身をもって申純に委ねたのに、彼が心がわりをし、それまでの約束を破る なんて。私のかつての真情は水の泡になりそうで、このことを思う度に悔しく てたまらないわ。

第四十出「詰祟」においては、女妖が嬌娘に成り済まし、申純を騙した。真相の 分からない嬌娘は申純が心変わりをしたと思い、こう言う。

不料申生旧情忽变,或十余日才至中堂。3

思いもかけず、申純は突然心を変えた。十何日も経って、やっと中堂に顔を見 せる。

我为你良宵虚度,几回泪湿鲛绡。不道你等闲抛弃,两次三番,对面将人掉。4 私はあなた様のために美しい夜を虚しく過ごし、何度も涙でハンカチを濡らし た。しかし、あなた様はその私を見捨て、度々私に背を向ける。

これらの台詞から分かるように、初めての対面で二人の間に恋が芽生えてから、

延々と第四十出「詰祟」まで、二人の主人公はずっと相手の感情に、そして二人の 未来に対する強い不信感を抱いている。このような内面的な不信感と猜疑は、二人 の愛情成就を妨げる外的な阻害と呼応し、二人を苦しめている。

その結果、申・嬌が互いの愛情を認識するためには、内面的な「否定の否定」の 過程が必要とされている。外的な阻害や誤解が起こる際、彼らはまず相手の感情を 否定する。そして、相手に再三の弁解をさせ、約束をもらって初めて、二人はまた それまで自分が抱いた否定的な認識――相手に対する不信感−−−を否定するのでる。

そこで、相手の自分に対する感情の真摯さと深さを改めて確信し、互いが自分の「同 心子」という愛情観と一致する相手であることを再度認定する。つまり、二人にと って、互いの「同心子」の身分は、このような「否定の否定」のプロセスによって 認定されているのである。そのため、懐疑と確信の循環によって構成されたこの試 練の過程は、同時に二人の感情の変遷過程でもある。

こうして、互いの「同心子」の地位が確認されるとともに、二人の「恋」が「悲 恋」へと転換するための一つ目の要素も用意されているのである。

1 王季思編、『中国十大古典悲劇集』(上)、上海文芸出版社、1983、p.426。

2 同書、p.431

3 同書、p.454。

4 同書、p.455

ドキュメント内 中日古典悲劇の比較研究 (ページ 91-94)