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鴛鴦の象徴と情死の予感

ドキュメント内 中日古典悲劇の比較研究 (ページ 94-97)

5.1 『嬌紅記』に関する先行研究

5.3.2 鴛鴦の象徴と情死の予感

『詩経』・小雅「鴛鴦」の内容に関しては、古来いろいろな見解が存在する。朱熹 は「これを頌禱の詞とし前の桑そうの詩に答えるものとした。またこれを結婚に関す る詩と考えた人々もある(何楷・姚ようさいこう・方玉潤)」1。陳子展(1997)も、「疑是颂 祝贵族君子新婚之歌,具有歌谣风格(貴族公子の結婚を祝うための歌だと推定され る。歌謡の風格がある)」2と評価している。

本論はこれ以上『詩経』研究に深入りするつもりはないが、ここで強調したいの はむしろ、以上のような見解の不一致が、まさに「鴛鴦」の使われる文脈が、つね に「結婚」と深く関連していることの裏付けとなっている点である。一言で言えば、

古くから中国の文化的コンテクストにおける鴛鴦は、雄と雌、男と女の間の対応関 係の象徴である。

また、「雌雄未尝相离(雌雄のつがいは離れることがない)」や「人得其一,一思 而死(人が一方を捕まえると、他の一方は相手を思って死ぬ)」などの表現からも読 み取れるように、それは男女の間の単なる対応関係を指すものではない。そこでよ り強調されているのは、一対一の「排他的な対応関係」である。もし「同心子」の 愛情観が内面から理想的な愛情関係を定義したというならば、この「鴛鴦」の象徴 は外面から、愛情の理想的な表象を規定したと言えよう。

それでは、『嬌紅記』において、「鴛鴦」という象徴がどのように申・嬌の行動を 左右し、またどのようにストーリーの展開に影響したかを確認してみよう。

まず、「鴛鴦」の象徴は愛情成就の究極的な形態を規定する。『嬌紅記』において、

その「形態」はつまり、「婚姻」である。そもそも、「鴛鴦」の象徴に要求された男 女の一対一の対応関係は、「婚姻」の外的表象と一致し、融合する可能性が存在して いる。そのため、「鴛鴦」の象徴に対する憧れは、「婚姻関係」に対する認可とつな がり、更には「婚姻制度」に対する服従に転換することも可能である。

後の節で詳しく分析するが、申・嬌の場合、このような転換が実在している。そ の一つの表現として、二人の恋の最初の段階から嬌娘ははっきりと婚姻関係を求め ている。

第十出「擁炉」において、自分に好意をもっているなら、どうして自分の口説き を拒絶するかという申純の質問に、嬌娘はこう答える。

岂不知男女婚姻,当图久长。兄既有情,当归告尊亲,遣媒说合,安得聊为目前 苟且之计?3

男女の婚姻は末長く続くことを図るべきでしょう?あなた様に本当にその意が あるならば、帰ってご両親に報告し、仲人を通じ求婚するべきである。目の前 の一時的な快楽だけを求めるようなことはしてはいけない。

また、第三十三出「愧別」において、申純の求婚が父王通判に断られた時でさえ、

彼女はひたすら申純の科挙の及第が父の心を変え、二人の結婚を許すことを願って いる。

1 目加田誠、『中国古典文学大系 第15巻 詩経・楚辞』、平凡社、1969p.189

2 陳子展、『詩経直解・鴛鴦』、復旦大学出版社、1997、p.786。

3 王季思編、『中国十大古典悲劇集』(上)、上海文芸出版社、1983p.376

郎此去转眼是秋榜之期,只愿一举高登,重遣求婚。1

あなた様がこの度行かれたら、すぐにも科挙の日が訪れる。ただあなた様が及 第し、再び求婚しにくることをお祈りする。

つまり、『嬌紅記』は、男女の愛情が直接に婚姻と結びつくという「結婚願望」を 明白に示している。中国小説史上、初めてこの「結婚願望」を前面に押し出したの は、伝奇『嬌紅記』の原型である小説『嬌紅記』であると指摘されている。唐代以 前の志怪小説にも、婚姻問題を描いている作品が存在するが、「その重点は全て婚姻 の自由への追求にあるのではなく、怪異事件を記録することにある」2

また、思想的に奔放な唐代伝奇における「愛情」は、ある意味「婚姻」と独立し て展開しているように見える。

『鶯鶯伝』の鶯鶯は、もとより積極的に張生と正式に結婚することを求めた訳 ではない。(張生はさらに意識的に鶯鶯と結婚しようとはしない。)『霍小玉伝』

の中の霍小玉もまた、李益と一時的に同居したのち、お互いに別れるというの だ。『李娃伝』の李娃は、同様に自分の愛する男性と結婚しようとはせず、男性 側の家長が自ら彼らを結婚させたのである。3

唐・皇甫枚作『飛煙伝』や唐・裴鉶作『崑崙奴伝』などの例がほかにも多数存在 している。一言で言えば、唐伝奇において、男女主人公の愛情は描かれるが、互い に婚姻を求める意欲や過程、そして、最終の婚姻状況が言明されない傾向が見られ る。その現象の原因は、陳寅格(1982)が述べたように、「凡婚而不娶名家女,与仕 而不由清望官,俱为社会所不齿(結婚するなら必ず名家の娘をもらう、出仕するな ら必ず上位官僚によって推薦される。そうしなければ世間から相手にされない)」4と いう唐代社会の習俗にあると考えられる。

また、この点について、市成(1999)は次のように述べている。

宋代伝奇に至っては、思想の固着によって、多くの方面において唐代伝奇に比 べ、後退した部分を有する。自ずから更に、婚姻の不自由に反抗する作品が出 現することは不可能である。5

しかし、元代に入ると、婚姻要素は次第に戯曲領域に浸透してきた。この時期の 雑劇には元・白朴作『墙頭馬上』、元・関漢卿作『拝月亭』、元・王実甫『西厢記』

など、愛情をテーマにしつつ愛情成就の象徴として婚姻要素を明白に取り入れた作 品が現れた。このような新思潮に乗じて、小説『嬌紅記』が創作され、また孟氏の 伝奇『嬌紅記』まで発展してきたのである。

孟作伝奇『嬌紅記』において、「婚姻関係」はさらに作者により意図的に「鴛鴦」

1 王季思編、『中国十大古典悲劇集』(上)、上海文芸出版社、1983p.440

2 市成直子、「『嬌紅記』の女性――「王嬌娘」描写考」、『女性学評論』、神戸女学院大学、1999年、

3巻、p.106

3 同書、p.106。

4 陳寅格、『元白詩箋証稿』、上海古籍出版社、1982p.112

5 市成直子、「『嬌紅記』の女性――「王嬌娘」描写考」、『女性学評論』、神戸女学院大学、1999年、

3巻、p.106

の象徴と同化されている。それにより、「婚姻関係」はただ単に制度上の規定ではな くなり、むしろ「鴛鴦」の象徴に内包された文化的な価値判断となっている。この ような価値判断が「同心子」の愛情理想と接合することで、二人の主人公の運命は その悲劇的な転換へと徐々に導かれていく。なぜなら、「同心子」という愛情の内面 的な要素と、「鴛鴦」の象徴と融合した表象的要素――「婚姻制度」とがここで一体 化されたため、この二つの要素がそれぞれ個別に発展していくことが不可能である と判断されたからである。「同心子」と認定した相手と「婚姻関係を結ぶ」ことが強 く求められている。その結果、「同心子」ではない相手と婚姻関係をもつことも、「同 心子」に対する愛情を抱いたまま、ほかの人と婚姻関係をもつことも鴛鴦の象徴と 相反するため、強烈に拒否される。そのため、「婚姻」を愛情が向かうべき唯一の方 向として定めた二人にとって、何らかの決定的な阻害要素により、自分らが決して 結ばれないと自覚する時、彼らに残される道は唯一「死」であろう。この意味で、「同 心子」の愛情観と「鴛鴦」の象徴が融合することで、この後、二人の運命が一気に 悲劇に転じるための伏線が全て敷かれているのである。

ドキュメント内 中日古典悲劇の比較研究 (ページ 94-97)