第 4 章 復讐悲劇としての『趙氏 孤児』 孤児』
4.4 復讐の構造
4.4.2 復讐の正当性
このように、徐々に増していく復讐の衝動と欲求は義士らの手を経て、孤児という理想的 な復讐者に渡される。これで、復讐はその実行段階に移ることができる。
厳密に言えば、『趙氏孤児』における孤児の復讐は、国家の司法機関が「法律」や
「裁判」などの公的な手段を利用し、直接に特定の個人に対して行ったものではな い。しかし、孤児の復讐に、国家の最高権威の介入が存在するのも確かである。つ まり、国家の最高権威者に訴求を伝え、その支持を求め、国家権力の代表である最 高権威——「主君」の命令に基づいた孤児の復讐は、完全な私的な行為でもなけれ ば、完全な公的な司法裁判でもない。
それでは、孤児復讐の具体的な過程を見てみよう。第四折で、身の上を知った孤 児はその場で、
他,他,他把俺一姓戮,我,我,我也还他九族屠。1
彼、彼、彼はわが一族を殺戮した。お返しに、私、私、私は彼の九族を屠る。
到明日我先见过了主公,和那满朝的卿相,亲自杀那贼去。2
明日はまず殿さまに謁見し、朝廷中の大臣とともに、自らかの賊臣を殺すぞ。
と言い、国君に上奏し、敵を討つことを誓う。
そして、第五折において屠岸賈に対する耐えられないほどの恨みを抱えた孤児の 復讐は、新たな君主――霊公の後に国君になった悼公――の力を借りることで、実 現される。
听主公的命。则为屠岸贾损害忠良,百般的挠乱朝纲,将赵盾满门良贱,都一朝 无罪遭殃。那其间颇多仗义,岂真谓天道微茫。幸孤儿能偿积怨,把奸臣身首分 张。可复姓赐名赵武,袭父祖列爵卿行。韩厥后仍为上将。给程婴十顷田庄,老 公孙立碑造墓,弥明辈概与褒扬。晋国内从今更始,同瞻仰主德无疆。3
殿さまの命を聴け。屠岸賈は忠良を殺害し、たびたび朝廷のきまりを乱した。
趙盾の一門は一朝にして罪なくして災に遭ったが、その間、義を守る人もすこ ぶる多く、天理が姿を消すなどと本気で思ったりはしない。幸いに、孤児は積 もりに積もった恨みに報い、奸臣は身首を異にした。本姓に復し、趙武の名を 賜り、父祖の官位を継ぎ、公卿の列に加わるように。韓厥の跡取りはそのまま 上将とし、程嬰に十頃の田を与える。公孫杵臼のために、碑を建て、墓も造り、
弥明らにも褒美を与える。晋の国内はこの日より出直し、君王の限りなき徳を 仰ぐ。
このように、新たに国君になった悼公の許可、ひいては命令のもとで、趙氏一門 と義士らの無念が晴らされ、屠岸賈も処刑される。その後、趙氏一門にはもとの官 位が与えられ、韓厥、程嬰、公孫など趙氏のために犠牲となった義士らも悼公によ って表彰され、それなりの補償が与えられる。
孤児の復讐における最も鮮明な特徴は、正にこの君主の力を借りてはじめて実現 できるという点である。一門と義士らの無念を背負い、屠岸賈とともに天を戴かず と誓った孤児が最初に求めたのは国君の許可である。すなわち、復讐を決めた瞬間 から孤児はすでに、国家権力の象徴である国君が趙氏と屠岸賈の間の対立に介入す ることを願っている。対立の双方を超える更に高い次元に存在し、絶対的な権力と
1 王季思編、『中国十大古典悲劇集』(上)、上海文芸出版社、1983、p.90。
2 同書、p.90。
3 同書、pp.93−94。
公正さを象徴する国君に、それまで趙氏一族と義士らと屠岸賈の間で展開していた
「善」と「悪」の闘争を伝え、自分に代表される絶対的な「善」と屠に代表される 絶対的な「悪」の間で公正な判断、あるいは裁判を受けることが、孤児が思う「復 讐」である。言い換えれば、孤児が求めているのは、自分の訴えに対する国家の最 高権威者による支持と屠に対する公的な裁きである。無論、その後、新たな国君の 命令による屠岸賈の処刑と義士らの表彰は、趙氏孤児をめぐる「善」の側の勝利と 屠岸賈が代表する「悪」の側の失脚を宣告する。この意味で、孤児の復讐は私的な 復讐の欲求により始動され、また彼によって認定された権威的な存在の支持を得て はじめて実現されたといえよう。
4.4.3 復讐の実行可能性
こうして、公的な権力を代表する国の最高権威者の支持を得ることによって、孤 児の復讐の法的な正当性が確定された。しかし、このような法的な正当性は、孤児 の復讐行動を支持する権威者の存在を前提にしなければならない。
実際のところ、『趙氏孤児』において、このような復讐手段が選ばれたのはただの 偶然ではない。ストーリーが最終的にこのような収束を迎えるために、作者は初め からすでに伏線を敷いている。
その伏線は趙氏と屠岸賈の間で展開している忠奸の闘争の背後にずっと存在して いる「晋国の国君」の面影である。この晋国の最高支配者に当たるものは、ストー リーの前半においては霊公であるが、収束の段階においては悼公と代わっている。
この二人の国君が直接登場するシーンは少ないが、彼らは衝突の展開と復讐の実現 に大きな関わりを持っていると言える。
まずは、趙氏の滅門から見てみよう。
楔子において、登場したばかりの屠岸賈はこのように趙氏滅門について話してい る。
某在灵公根前说过,将赵盾三百口满门良贱,诛尽杀绝。止有赵朔与公主在府中,
为他是个驸马。不好擅杀。某想剪草除根。萌芽不发。乃诈传灵公的命。差一使 臣将着三般朝典,是弓弦、药酒、短刀,着赵朔服那一般朝典身亡。1
私は霊公さまに申し上げた。趙盾一門三百人を、誅戮しつくすことにした。た だ、趙朔は姫さまとともにお屋敷におり、駙馬ですから、簡単に殺してはなり ませぬ。私は草を切るとき根を除き、芽が出せないようにしたい。そのため、
私は、霊公さまの命と偽り、使者に三つの朝典2、弓、薬酒、短刀を持たせ、趙 朔にどれか一つを選ばせて、死んでもらうことにした。
ここで二つのことが分かる。一つ目は、趙氏の滅門は霊公が屠岸賈に騙されて許 可したということである。そして、二つ目は、趙朔を死に追い詰めた「聖旨」は、
実際には、屠岸賈によって偽造されたことである。
こうして、趙氏の滅門は「霊公」の名義で実行されたのではあるが、霊公自身は、
奸臣を信用した点で「暗愚」の非難は免れないものの、忠臣を迫害するという「非
1 王季思編、『中国十大古典悲劇集』(上)、上海文芸出版社、1983、p.68。
2 朝廷の法律や刑法に関する器物を指す。小山は「朝廷が、臣下に自決のために下賜する恩典」と 訳す。
道」からは逃れることができた。これと類似した手口は嬰児狩りの時もまた使われ ている。
屠岸賈が孤児が救出されたと知った後に、以下のような台詞がある。
韩厥为何自刎了?必然走了赵氏孤儿,怎生是好?眉头一皱,计上心来。我如今 不免诈传灵公的命,把晋国内但是半岁之下,一月之上新添的小廝、都与我拘刷 将来,见一个剁三剑,其中必然有赵氏孤儿,可不除了我这腹心之害。1
韓厥は何ゆえに自刎したのだ。きっと趙氏孤児を逃がしたのだろう。どうした らいいものか。眉を顰めれば、計略は心に浮かぶ。今から霊公さまの命を偽っ て伝えよう。晋国内の半歳以下、生まれたときから一月以上の、生まれたばかり の子供らを捕らえてこさせ、三太刀浴びせることとしよう。その中にかならず 趙氏孤児がいよう。さすれば害は除かれる。
ここで分かるように、全国の百姓を巻き込み、趙屠間の個人的な対立を善と悪、
正義と非正義の戦いまでにエスカレートさせた嬰児狩りも「霊公」の名のもとで行 われたが、実際のところ、国君の霊公とは直接の関係がないため、彼は「悪」の代 表として、善悪の衝突に巻き込まれることもない。こうして、悲劇的な事件は全て
「霊公」の名義で実行されたにもかかわらず、「霊公」はただ屠岸賈に利用されるだ けで、彼自身は「悪」ではないという「真実」が作られた。このような「真実」に よってはじめて、のちの国の最高権威者の支持に基づいた孤児の復讐が可能になる。
前述したように、孤児の復讐行為に法的な正当性をあたえるためには、趙氏に対す る国の最高権威者の支持が必要である。そのため、その権威者本人――「君主」は、
善と悪の審判者の位置に立ち最終的に公正な判決を下し、善の味方とならなければ ならない。言い換えれば、劇の最初から、「君主」たるものは、権威をもって、国の 最高権力を代表し、「善」を救済することがすでに予想されている。そのため、たと え「不本意」で悪の側に力を貸すことはあっても、それは「悪」を代表する屠岸賈 に騙されただけで、権威者――「君主」本人、つまり「霊公」は、自分の意志で「悪」
の側に立つことは決してあってはならない。この設定によって、霊公本人の、そし て、彼によって代表される公的権力や最高権威の道徳的正当性が確保され、この段 階で、劇を主導する「善」と「悪」の対立に公的権力や権威を巻き込むことも避け られた。さらに、この公的権力・権威の正当性、純粋性を徹底的に保つために、復 讐がその実行段階に移行すると同時に、悼公が表舞台に出る。これまでの霊公と不 本意ながら彼の名義で発動された悲劇と距離を置くことで、新たな国君として登場 する悼公は、公的権力・権威の最も正当な代表者となり、善と悪の闘争の最適な審 判者として登場する。
この意味で、『趙氏孤児』において、公的権力や権威の支持を前提とした復讐の方 式が選ばれたのは単なる偶然ではない。その背後には、公的権力・権威に代表され る善悪を審判できるような高次元の「公正」、超越的な「正義」の存在に対する信念 が潜んでいると考えられる。
1 王季思編、『中国十大古典悲劇集』(上)、上海文芸出版社、1983、p.75。