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66 3.施設の音楽教室で涙が表出した曲の分析

ドキュメント内 高齢者の歌唱活動による変容と自己の生成 (ページ 70-75)

次の表2-1-2,表2-1-3,表2-1-4の全

60

曲は,筆者が

2012

年5月から

2015

年 5月の3年間に計

17

箇所,延べ

435

名が参加した歌唱教室において実践した約

400

曲中,

参加者に涙が表出した曲である。曲の記載順は,歌唱の実施順である。曲の解説は文献,

資料10の内容に基づき筆者が作成したものである。

表2-1-2.涙の表出が見られた曲(通し番号

1~20)

(山下,2015)

題名 曲の特徴 曲の解説

◎ 1 故郷 長調,3拍子,

唱歌,1914年

歌碑が作詞をした高野辰之の故郷,長野県中野市と,作曲者 岡野貞一の故郷鳥取市にある。歌詞は故郷の風景や家族を思 い出す内容である。

△ 2 戦友 短調,4拍子,

軍歌,1905年

武雄という村の若者が戦争し,凱旋し,社会復帰するまでを 書いた『戦績』の第3部。別離の悲しみとそれに対する人間 性を裏付けた歌詞が共感を呼んだ。

△ 3 ラ バ ウ ル の 小唄

長調,4拍子,

戦時歌謡,1940 年

太平洋戦争の緒戦,日本軍がニューブリテン島にあるラバウ ルを占領。日本が敗戦しラバウル基地を撤退するとき,兵士 達が歌った曲である。

◎ 4 今日の日は さようなら

長調,3拍子,

フ ォ ー ク ソ ン グ,1966年

森山良子が歌った。また会う日が来るという結びで終わる。

卒業式のテーマソングである。

◎ 5 蛍の光 長調,4拍子,

唱歌,1881年

讃美歌では≪めざめよ我が霊≫。歌詞は4番までだが現在は 2番までのみ歌われる。韓国で1948年まで国歌に使用。「蛍 雪の功」の意味と重なる内容である。

△ 6 広瀬中佐 長調,4拍子,

文 部 省 唱 歌 , 1912年

日露戦争後に作られた歴史ある歌。ロシアの戦艦に乗り移り 爆破後,ボードに乗り移ろうとした時,一緒にいたはずの部 下の杉野がいないことに気づき,船内に再び戻って探すうち に敵弾に当たり戦死した広瀬中佐のことを歌っている。

△ 7 か あ さ ん の 歌

短調,4拍子,

唱歌,1958年

戦後起こった「うたごえ運動」で活動していた窪田聡が作詞 作曲,各地の歌声喫茶で歌われ全国的に広まった。母親への 思いと疎開時代に見た田舎の風景とが重なって生まれた歌 である。

◎ 8 仰げば尊し 長調,3拍子,

唱歌,1884年

卒業式で歌われてきたが,詞が教師を崇める内容になってい ることから,近年は歌われることが少なくなった。

△ 9 み か ん の 花 の咲く丘

長調,3拍子,

童謡,1946年

川田正子が歌った。東京のスタジオと静岡の伊東を結ぶ,初 めての二元中継放送のラジオ番組で紹介された。その際,戦 争で親を亡くした子どもたちに配慮して3番の歌詞を「ねえ さん」と変えた。

◎ 10 夜 明 け の う た

長調,4拍子,

歌謡曲,1964年

岸洋子が歌った。1963 年にTVドラマ『ぼうや』の主題歌 として作られたがヒットは翌年。歌詞を,働く少年を元気づ ける内容からラブソングになるように変更した。

◎ 11 愛燦燦 長調,4拍子,

歌謡曲,1986年

美空ひばりが歌った。美空ひばりの晩年の曲となった。「家 族愛」をテーマに作曲された。小掠佳の作詞作曲である。

◎ 12 長崎の鐘 短調→長調 4拍子,歌謡曲・

流行歌,1949年

藤山一郎が歌った。長崎で原爆にあった長崎医大教授永井隆 の『長崎の鐘』が原本。原爆投下当時,永井の妻緑は自宅で 被爆死,焼け跡に妻のひとかけらの骨とロザリオの鎖が残さ れていた。

△ 13 里の秋 長調,4拍子,

童謡,1945年

川田正子が歌った。『星月夜』という題でつくられた詞。出 征したまま帰らぬ父を,母とともに栗の実を煮ながら待って いるという終戦後の様子を歌った歌である。

◎ 14 星 影 の ワ ル ツ

長調,3拍子,

演歌,1968年

千昌夫が歌った。さわやかで温かい曲である。「今でも好き だ死ぬ程に」は殺し文句。パートナーとの別れを歌った歌。

中国・台湾を中心にアジア全域で愛唱された。

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△ 15 船頭小唄 短調,4拍子,

歌謡曲,1923年

森繁久弥が歌った。第一次世界大戦の好景気後の経済恐慌に よる不景気に喘ぐ大衆の心に,この歌の底にある人間のもつ わびしさ,悲しみがやるせなく染みわたった。この曲の替え 歌≪貧乏小唄≫も誕生した。

◎ 16 見 上 げ て ご ら ん 夜 の 星 を

長調,4拍子,

ミ ュ ー ジ カ ル 曲,1963年

坂本九が歌った。ミュージカルのストーリーは,夜学に通う 5人が全日制高校に通うハルコに憧れを抱いている設定。ハ ルコが5人に「どうして,昼間働いてまで勉強するの」と問 うと,「僕らには明日があるからさ」と答え,ハルコは感動 して夜学に転じた。

△ 17 旅の夜風 短調,4拍子,

歌謡曲,1938年

霧島昇とミス・コロムビアが歌った。映画『愛染かつら』の 主題歌。映画は看護師と医師の恋愛を描いた話で,愛染かつ らとは木の桂のことである。

△ 18 娘よ 長調,4拍子,

演歌,1984年

芦屋雁之助が歌った。嫁に行く娘の姿を見て,寂しさと嬉し さの入り混じった父親の胸中を描いた歌である。

○ 19 北の宿から 短調,4拍子,

演歌,1975

都はるみが歌った。去っていった人への思いを断ち切ろうと 北へ旅に出ているが、未練を断ち切れない様子を歌ってい る。

◎ 20 花は咲く 長調,4拍子,

J-pop,2012年

大勢の俳優や歌手等が花を持ちながら,ワンフレーズごとに 歌った。2011年3月11日に起こった東日本大震災の復興支 援チャリティソングとしてNHKが作成。この楽曲の作詞・

作曲者への印税は,全額NHKを通じて被災地の自治体に義 援金として寄付されている。

表2-1-3.涙の表出が見られた曲(通し番号

21~40)

(山下,2015)

題名 曲の特徴 曲の解説

△ 21 悲しい酒 短調,3拍子,

演歌,1966年

美空ひばりが歌った。途中の台詞「ああ~」について美空ひ ばりは,「幼かった頃の苦労等を思い出し自然に泣けてくる」

と言った。

◎ 22 川 の 流 れ の ように

長調,4拍子,

歌謡曲,1988年

美空ひばりが歌った。はかり難い人生を川の流れに例えた 歌。≪川の流れのように≫のシングル盤が発売される昭和 64年,ひばりの余命が半年後に迫った。

○ 23 忘 れ な 草 を あなたに

短調,4拍子,

歌謡曲,1971年

倍賞美津子が歌った。日活映画『悲しき別れの歌』の主題歌。

歌声喫茶で歌われた。恋人との別れを思う内容の歌である。

○ 24 古城 短調,4拍子,

演歌,1959年

三橋美智也が歌った。能登の七尾城址がモデル。数代に渡っ て栄えたが,天正四年,上杉謙信の大群に攻められ落城。今 は土塁を残すのみの古城。コブシを抑えた三橋美智也の唱法 が反響を呼んだ。

△ 25 同期の桜 短調,4拍子,

軍歌,1944年

太平洋戦争の末期に十死零生の特攻隊の間で歌われ,やがて 一般人の間でも歌われた兵隊ソング。

○ 26 鈴懸の径 短調,3拍子,

歌謡曲,1942年

灰田晴彦が歌った。大東亜戦争に敗色が見えた騒動のなか,

鈴懸とは,プラタナスのこと。秋になると小鈴のような実を つけて葉かげでゆれる。

△ 27 酒 は 涙 か 溜 息か

短調,4拍子,

昭和歌謡,1931 年,

古賀正男作曲,藤山一郎が歌った。世界恐慌の不況下で流行 した曲。作詞の高橋が,馴染み人の送別会において即興で作 曲した。

△ 28 影を慕いて 短調,3拍子,

昭和歌謡,1931 年

藤山一郎が歌った。澄んでいるが憂いを含み,この歌詞の柔 らかさは抑圧された都会人の心情をゆさぶり,大衆は自分で 自分に歌って聞かせる歌として愛唱した。

△ 29 人 生 の 並 木 路

短調,3拍子,

演歌,1937年

古賀政男作曲,ディック・ミネが歌った。「泣くな妹よ 妹 よ泣くな」の歌い出しが題名よりも知られている。妹と故郷 への思いを歌った歌。

△ 30 籠の鳥 短調,3拍子,

流行歌,1922年

~1925年

≪越中おはら節≫に原型歌詞がある。男女の問答体で,恋愛 のままならぬ様子を訴えている。経済恐慌,社会不安の時代 背景もあって人々の言い知れぬ不満,不安を反映していた。

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△ 31 別 れ の ブ ル ース

短調,4拍子,

歌謡曲,1937年

淡谷のりこが歌った。日本でブルースを広く知らしめた曲。

作曲は服部良一である。恋心と波止場の様子を重ねた歌であ る。

△ 32 新妻鏡 短調,3拍子,

映 画 主 題 歌 , 1940年

霧島昇と二葉あき子が歌った。映画『新妻鏡』の主題歌。逆 境にもめげす,妻として母として強く生きていく姿を描いて いた。

△ 33 旅愁 長調,4拍子,

唱歌,1907年

作詞の犬童球渓が故郷の熊本から遠く離れ,新潟の女学校に 奉職していたときに,故郷を想って作った。中国でも惜別の 歌として親しまれている。

○ 34 なごり雪 長調,4拍子,

フ ォ ー ク ソ ン グ,1974年

かぐや姫が出したが,イルカがカバーして歌い,ヒットした。

作詞作曲者の伊勢の故郷である大分県津久見市の津久見駅 をモチーフにしている。恋人との別れ,旅立ちを歌った切な い曲である。

△ 35 と ん が り 帽 子

長調,4拍子,

童謡,1947年

ドラマ『鐘の鳴る丘』の主題歌。共同生活の施設が丘の上に あり,とがった屋根の時計台に鐘を備えているという設定の ドラマであった。空襲で家や親を失った戦災孤児たちがその 施設に住んでいた。

○ 36 ああ上野駅 短調,4拍子,

昭和歌謡,1964 年

井沢八郎が歌った。青森から家出をして歌手になった井沢八 郎と,集団就職の子供たちをテーマにした曲。当時,東北や 九州の中学生が,集団就職列車で上野駅へ到着し,就職先へ 向かった。

△ 37 誰 か 故 郷 を 想わざる

短調,4拍子,

戦時歌謡,1940 年

霧島昇が歌った。作曲の古賀政男は幼くして父を病で失い,

一家は長兄が働く挑戦の朝鮮の仁川に移り住んだ。小3で可 愛がってくれた姉の縁談が決まり嫁いでいった。

△ 38 浜千鳥 短調,3拍子,

唱歌,1920年

弘田龍太郎によって曲がつけられて雑誌『少女号』に掲載さ れた。童謡・唱歌には珍しい3拍子の曲で,昔から女学生の 愛唱歌として人気があった。

△ 39 別 れ の 一 本 杉

短調,4拍子,

演歌,1955年

春日八郎が歌った。都会憧憬や望郷ものの先駆けの曲。春日 八郎は,こぶしをきかせる歌い方を用いた。この詞には,作 詞の高野や作曲の船村の育った故郷のイメージが含まれて いる。

△ 40 さ ざ ん か の 宿

短調,4拍子,

演歌,1982年

大川栄策が歌った。人妻への許されぬ恋が描かれる。人妻が 恋人に呼びかける情景―不毛の愛を表現していた。作曲者が モデルにした花「さざんか」は椿の誤りであった。

表2-1-4.涙の表出が見られた曲(通し番号

41~60)

(山下,2015)

題名 曲の特徴 曲の解説

△ 41 雨に咲く花 短調,4拍子,

歌謡曲,1935年

井上ひろしがカバーで歌った。流行歌は風俗の一部門に過ぎ ないとされた時代,遠回しの表現で検閲にかからないよう努 められた。この曲は発売禁止になった。

○ 42 あざみの歌 短調,3拍子,

歌謡曲,1950年

諏訪湖畔の八島湿原を作詞の横井が散歩中,アザミの花に感 動して作った。菊科の多年草,紫紅色の花を咲かせる草花。

△ 43 白虎隊 短調,4拍子,

詩 吟 ・ 民 謡 , 1937年

会津戦争で会津藩が組織した,16歳から17歳の武家の男子 によって構成された部隊。藤山一郎も歌っているが何人かの 歌手に歌われている。

○ 44 岸壁の母 長調,4拍子,

流行歌,1954年

二葉百合子が歌った。作詞の藤田まさとがシベリヤから最後 の帰還船を迎えるラジオ放送を聞き,そのなかで母親のイン タビューに胸を締め付けられ,いいようのない憤りを感じて この歌詞を書き上げた。ひとり息子の新二さんを待ち,東京 から通い続けた端野いせさんをモデルにした歌である。

△ 45 涙の渡り鳥 長調,4拍子,

映 画 主 題 歌 , 1932年

小林千代子が歌った。「泣くのじゃないよ」が2回繰り返さ れる。この言葉は作詞の西条八十が最も歌詞のなかで思い入 れのあった言葉である。1933 年公開,同名の松竹映画の主 題歌である。

ドキュメント内 高齢者の歌唱活動による変容と自己の生成 (ページ 70-75)