本事例では,有料老人ホーム入居中の高齢者が,日頃の音楽療法プログラム実践から発展し カラオケ同好会を発足して発表会を行うに至った例である。
2012
年5月から2015
年6月現在までの約3年間,有料老人ホームで参加者40
名前後を対 象に月2回1時間ずつの歌唱教室を実施した。実施期間は,初期(2012年5月から2013
年3 月),中期(2013年4月から2014
年3月),後期(2014年4月から2015
年9月)である。活 動による参加者の変化を,歌唱教室実施期間中の講師及び施設職員のフィールドノーツ,イン タビューにより分析考察した。また,歌唱教室開始後2年目に参加者の一部が自主的に立ち上 げたカラオケ同好会の活動実態についても検討した。1)歌唱を中心とした音楽療法プログラム実践の実態
(1)目的
入居者が楽しめる時間をつくることで入居者一人ひとりの生活を活性化することを目的とす る(施設の宣伝効果を高める意図も含んでいる)。長期目標は,歌うことで生きがいをもち仲間 作りをすること,短期目標は,体を使った発声に気を付けることである。
(2)対象者
対象者は,20名から
40
名の男女(男:女=3:7)である。また,カラオケ同好会の参加 者は5名である。(2015年10
月現在)。(3)音楽療法プログラムの詳細
表4-2-4が,筆者が歌の教室を行った施設の活動事例である。
(4)方法
平日には日替わりで何らかの行事や活動が行われるが,行われる場所は食堂である。当老人 ホーム入居者の音楽活動は,主に,筆者の行う歌の教室とカラオケ同好会となっている(2015 年
10
月現在)。講師の観察による歌の教室参加者の様子の変化を初期から後期まで示した。以下は,歌の教 室中に筆者が感じた参加者の変化を記録したフィールドノーツの抜粋である。
参加者
20
名から40
名 ※任意での参加 頻度は週1回1時間実践者は講師1名,補助職員1名
実践方法はピアノ弾き語りスタイルである。音楽教室の内容は,
①はじまりの歌 ②体操(歌唱前ウォーミングアップ) ③発声練習(歌唱前ウォーミング アップ)④歌唱3~4曲 ⑤休憩(3分)⑥早口言葉 ⑦体操 ⑧歌唱3~5曲
⑨おわりの歌という流れで主に行っている。
※歌唱と一緒にエクササイズ,ダンス,小楽器の演奏を行う。
※誕生会,曲当てクイズ等,音楽を使ったミニイベントも要所に含む。
表4-2-4.音楽療法プログラム例(山下,2015)
174
(5)参加者の様子の変化
(6)職員の観察による参加者の様子の変化
・音楽教室を楽しみにしている人が多くなっている。
・いつも自身の身の回りの世話を何でもやってほしいと依頼してくる者が,音楽教室の日には 自ら用意し始める。
・歌の教室の時間が丁度お風呂の時間に当たるが,お風呂に入らずに音楽教室に参加しようと する者がいる。
(7)考察
参加者の緊張感は回を重ねるごとに和らぎ,仲間との交流を楽しむようになった。また,積 極的に歌唱することで意欲的になり,受け身の生活を送っていた参加者が歌唱の時間には活動 的になるという内発的動機によるエネルギーが生まれ,カラオケ同好会の活動へと繋がった。
また,自身の歌唱の準備を職員に頼まず自ら行うようになっているのは,歌唱活動によって起 こった意欲的,自発的な行動と考えられる。
2)カラオケ同好会
(1)カラオケ同好会の詳細
2015
年より発足し,2017
年前半まで活動していた。2018
年3月現在は,同好会メンバーの 高齢化と指導者不在により活動休止状態である。参加者は
95
歳女性,92歳男性,89歳女性,86歳女性,83歳女性の合計5名で,カラオケ 同好会の活動頻度は週2日(土曜日,日曜日),1回1時間から2時間である。(2)同好会メンバーの特徴
筆者が各対象者から得たものと対象者の音楽療法前中後の様子と対象者や職員からの情報を もとに記す。
初期
•声は全体的に小さい。
•参加者同士,話をしない。
•講師に対して緊張した様子をみせる。
中期
•参加者同士の話が弾む。
•講師の歌唱アドバイスを真剣に聞いて実行しようとする。
•歌詞のプリントを大切に保存し,次回の音楽教室に持ってくる。
後期
•恥ずかしい気持ちがなくなり,大きな声で歌うことができる。おしゃれをして張り切っ て参加する。
•講師に会うのを楽しみにする。リクエスト曲が何曲か出る。講師への曲のサプライズプ レゼントを計画する。
•2014年8月に,歌をもっと歌いたいという参加者の要望を施設側が許可する形で,カ ラオケ同好会が発足する。
図4-2-1.歌の教室における参加者の変化(山下,2015)
175
90
代後半女性A:得意曲は≪たてがみ≫等の演歌である。はっきりとした性格である。しっか
り者で頭の回転が速い。90
代前半男性B:≪白虎隊≫等,詩吟の含まれる曲を得意とする。おしゃれで服装をいつも気
遣っている。妻を愛し,女性好きでいつも女性のことを意識している。90
代前半女性C:≪春が来た≫,長山洋子や美空ひばりの曲を得意とする。50
代から60
代に かけて有名な演歌歌手に歌を習った経験があり,カラオケ同好会メンバーに歌い方の指導をし ていた。80
代後半女性D:昭和 20
年から40
年代に流行した曲を得意とする。常時海外旅行の写真を 持ち歩いている。以前,書道や茶道の師匠であった。記憶力が年々衰え,以前はプライドの高 かった性格が和らいで,波長の合う人とすぐに友達になる。仲良くなるとすぐに手をつなぐ等 のスキンシップを図る。80
代後半女性E:≪時の流れに身を任せ≫等のテレサ・テンの曲を得意とする。若い頃コーラ
スで歌っていたため,高音域に自信をもっている。性格は,日頃はおっとりと穏やかだが突然 怒り出すこともある。(3)参加者の音楽教室での様子
同好会参加者5名は必ず最前列にいて,マイクを向けると堂々と嬉しそうに歌っている。ま た,歌の教室後には食堂で喫茶と仲間との会話を楽しんでいる。時々講師も加わる。同好会参 加者からは,「歌の教室やカラオケ同好会等のレクリエーションを通して仲間ができたことで,
施設での生活が楽しくなった」との声が挙がった。同好会参加者の「人に聞いてもらいたい」
という声から,第1回カラオケ発表会を音楽教室の時間に実施する流れとなった。
(4)第
1
回カラオケ発表会の実施内容司会は施設スタッフが行い,後半に筆者主導の全員で歌う時間が設けられた。
A.カラオケ発表会プログラム
①施設スタッフによるはじめのあいさつ
②90代後半女性D ≪祝い船≫
③80代後半女性E ≪時の流れに身を任せ≫
④90代前半男性B ≪好きだった≫
⑤90代前半女性C ≪春が来た≫
⑥90代後半女性A ≪たてがみ≫
⑦飛び入り男性K ≪憧れのハワイ航路≫
⑧女性施設スタッフと90代後半女性A≪珍島物語≫
⑨全員で歌う時間 ※講師主導
≪四季の歌≫≪幸せなら手をたたこう≫≪翼をください≫≪今日の日はさようなら≫
⑩終わりのあいさつ
※事前に度胸のある人から順番に歌い,最後は歌い慣れているAが歌うという流れで決められた。
B.同好会参加者の様子
②番の
90
代後半女性D
は,観客の方へ向かって深々と会釈,表情もいつもより笑顔で,他者 に見られていることを意識し,お腹を使って太めの力強い声で歌っていた。③番の
80
代後半女性E
は口の周辺の筋肉をよく動かしながら歌った。表4-2-5.カラオケ発表会プログラム例(山下,2015)
176
⑦番で飛び入り参加者を募ったが一人しか名乗りがなかった,歌っている最中,カラオケの画 面に視線を向けすぎて余裕がなくなってしまっていた。
C.第2回カラオケ発表会への意欲
カラオケ同好会メンバーから講師へカラオケ発表会終了後の音楽療法片付けの時間に,
「2016年1月のどこかの音楽教室内で,発表をさせてほしい」「歌う曲はもう決めている。」
「今から,音楽教室での歌の練習と週末のカラオケ同好会での練習を繰り返して上手く歌える ように頑張る」等の声があった。
上記を筆者から施設長へ伝えて了解を得られ,次回の発表会の開催が決定した。実施日は
2016
年1月となった。3)考察
本事例によって,以下の3点が明らかとなった。
(1)カラオケ同好会参加者は,歌うことで意欲を見出している。
(2)音楽教室に参加している仲間との交流を楽しむことができている。
(3)カラオケ同好会の発表の場を設けられるように職員に交渉する等,歌唱活動に対して意 欲的になっている。
高齢者施設での歌唱プログラム実践においてこのように参加者の意欲を引き出せたことで,
今後の高齢者施設での歌唱プログラム実践の発展が期待できる。本事例を行った場所が有料老 人ホームで,カラオケルームの設備が整っていたことも本事例の成果に影響を及ぼしている。
仮に,カラオケルームの存在しない施設であれば,環境を考えて,音楽以外の活動を行うよう になったことや,発表の実施に発展しなかったことも考えられる。施設に入居している高齢者 にとっては,歌唱を中心とした音楽療法やカラオケ同好会に参加するという行為そのものが能 動的な行為となる。この能動的行為そのものが参加者の意欲の表れとなっている。
4.まとめ
本節の事例3点の歌唱活動参加者は,特別養護老人ホームに入居している重い障害をもつ者 から,カルチャー教室に自宅から参加する健康な者までのあらゆるタイプの高齢者であった。
ウォーミングアップについては,身体を動かしづらい者にとっては効果が表れにくいが,歌唱 活動では短期間で高齢者の気持ちが前向きになり,懸命に参加するといった様子の変化がみら れた。また,歌唱教室参加者は,歌を通して大きく伸びやかな発声や表現ができるようになっ た。本歌唱プログラムは参加者によって流れが変わることがあるが,自発性や生きる力を呼び 起こすような活動にも繋がることが示された。
以上,本節では開発した歌唱プログラムをどのように実践したかについて述べた。
付記
本節の歌唱プログラムは,第2章第 1 節の「高齢者が歌唱で涙を流すこと」,第4章第1節の