N:
今でも声の探求っていうのは,70歳を過ぎたら衰える一方だと思うんよ。ほんとの肉体 的な条件はね。だけど(僕は)素人だから,今までがアマチュアレベルだから,プロだった らプロの第1線を70
超えてやっていくのはなかなか難しいと思うんだけどアマチュアだか ら,もともとこんなだから上りしろがあるかもしれない。で,最近声って「あ,これだ」っ て,何回も数えきれないくらい,「あ,出し方だ。この口の形だ」っていうのを「おーこの声 だ」っていう。だけどやっぱり2ヵ月もすると「ちゃうなあ」というののほんと繰り返しで すよ。最近も去年の11
月7日,忘れもしないある指導を受けて,(中略)何回も録音を聴い たりして,ようやくね。(中略)この声を聴いてほしいというか,今までにあまりないような,この声を聞かせずに死ぬわけにはいかんなという。(中略)声は僕は一応自信がある。でも音 楽的才能は,僕は自信がない。(1回目)
考察㉔
N
は,自身の生まれつきの声質については自信をもっているが,音楽的才能には自信がない という。声質への自信は,自己陶酔ではなく他者に褒められ認められた経験を重ねてきたこと で湧いてきた自信である。「音楽的才能には自信がない」というN
の発話は専門的に音楽を学 ばなかったことを示す。しかし,Nは音楽と異なる仕事に従事しながらも合唱を継続し,徐々 にソロで歌う機会を得るようになっていった。声の探求は
70
歳を過ぎたら衰えるとはN
の持論であるが,実際に加齢による声帯の機能低 下が認められている(大畑,2014)
(11)。幼少時代から音楽の道に進むことは考えていなかったN
が,現年齢になり「音楽をより専門的に学んでいればよかった」という後悔の念と,相対し て「音楽を専門的に学んでいなかったから,今からでも伸びしろがある」という自身の可能性 の開拓を目指す両方の思いを抱いている。最近では専門家からの指導を受けて練習時の録音を 何度も聴き返しながらよりよい声の響きを探っている。よりよい声で歌いたいという気持ちが 肥大し,このような行為へと向かっている。そして,音楽の世界に浸ることを通して「この声 を聴いてほしい」という気持ちが徐々に芽生えていった。これはよりよい歌を歌いたい気持ち や声の質への拘りに基づく探求によりつくり出された歌声を披露したい気持ちによるものと考 察する。「この声を聞かせずに死ぬわけにはいかん」というN
の発話からは歌唱活動が自身を 奮起させていることが読み取れる。これら一連の行為や姿勢には,興味のあることを徹底的に 追求するN
の生き方そのものが表れている。(2)近年やこれからの歌の活動
語り㉕生きている限り,声が出る限り
I:
デイサービスでオーソレミオを歌ったら,男性の方で覚えとる人がおってな。発声やメロ ディはいい加減じゃったけど,ちゃんと言葉をいうんよ。九十何歳だけどね。やっぱり若い 頃歌ったのは覚えておるんよね。(中略)(歌は続けたい。)生きてる限りね。声が出る限り。高音を伸ばしたいというのは今でもあるね。人生を豊かにしたいとかそんなかっこいいこと は思っとりゃせん。(2回目)
考察㉕
I
は,ソロでの活動や病院や施設で歌う活動を行っている。最近,某施設でI
の歌に乗せて歌108
を口ずさむ
90
代の男性に出会った。90代の男性が≪オーソレミオ(O sole mio)≫を一緒に 口ずさんだとき,I
は歌のもつ回想的力を実感した。I
は自身の歌に合わせて他者が口ずさんで くれるのを歌いながら聴くことができている。このことから,I は自身の歌声に対する反応や 場の空気を感じながら歌っていることが読み取れる。インタビューでのI
の様子からは人前で 歌うときにも余裕があることが感じられた。80代のI
の年齢から10
歳程度年上の90
代の男 性が口ずさむ様子はI
にとって感慨深いものであったであろう。また,「生きている限り,声が 出る限り歌い,高音を伸ばす」とは,Iの歌の上達を願う気持ちの表れである。Iは日々歌いな がら自身の声域を伸ばしていくことを考えており向上心がみられる。この語りは換言すれば,自身のもつ力の維持や可能性を開拓していく意思を示している。
語り㉖歌うことで生きていく力を
K:
歌うことであまり世の中に迷惑を掛けずに生きていく力?それじゃないかな。生きがい だね。だらんとしてしょぼくれたお年寄りじゃなく,今度はあれやるぞってね。そういうの が目標だね。(中略)自分が何か後輩などに役立つこと等何かあればやりたいけれど。(中略)80
歳までは歌おうかとか,最近は,元気だったら85
歳までは歌いたいとかは思うけど,人 前で歌ったりするのではなくてピアノの人に来てもらったりして。歌を取れば何も無くな る。(3,4回目)考察㉖
K
は,幼少時代から人に依存しない自立した生き方を望んできた。「あまり世の中に迷惑を掛 けずに」という発話からは周囲からの介護を受けずに生きていきたいという気持ちの表れと推 察できるが,この気持ちは姉の面倒をみながら生きてきたことによってより強くなったと考え られる。K
は,自身がいずれ歌いに出掛ける元気を失うことを想定し,「自宅にピアニストを招 いてでも歌っていきたい」と言い,今目標をもって歌うことが生きていく力となっていると断 言している。「歌うことで生きる力を養える」という発話は歌を大切に生きてきたから表出され る言葉である。歌はK
にとって「生きがい」であり,前向きに目標を掲げて歌い続けることは,生き生きとした自身を創り出すとともに,後輩にも何らかのよい影響を与えると考察できる。
K
は実際に「後輩の役立つことをしたい」と発話している。向上心をもって何事にも取り組む 姿勢自体が既に後輩への道標となっているのである。「〇歳まで」と近い未来に歌う限度を設け ながらも,その都度その年齢を更新しながらK
は歌える限り歌い続けていくことと想定する。語り㉗音域を伸ばす
N:
今はかなりこの年になってまあちょっとずつ(音域を)上げる努力をしているから,もうG
ぐらい出せいわれたら出るんだけど,その頃E
が出ないのにね,ようやってたなと思っ て。(歌の)(中略)録音をしたい。日本歌曲を数曲,オペラアリアも数曲,イタリア歌曲も 数曲で1時間半ぐらいのコンサートをこの秋にできればいいなあと思っている。≪冬の旅≫も今年中にできればいいなと思っている。(中略)個人の演奏会をする予定。(1,2回目)
考察㉗
N
は,歌の音域を広げてレパートリーを増やす努力をしている。また,自病と向き合いなが ら,自身が目標とする≪冬の旅≫全曲演奏や個人の演奏会(リサイタル)を行う計画を立てて いる。合唱団員からソリストへと変わり,≪冬の旅≫という難易度の高い曲の全曲演奏を成功109
させるのは,集中力や体力,記憶力を必要とする。未来に目標を掲げ,余念なくものごとに取 り組んでいくことはエネルギーを要するが,
N
は70
代の今にこれを行っている。そして,I
と 同様に,声域を広げる努力を重ねて現在は高音域も出せるようになっている。語り㉗は,Nが 新たな目標に挑戦することを楽しんでいることを示す語りである。3.歌によるサクセスフル・エイジング
アマチュア声楽家3名のライフストーリーにおける歌との関わりを述べてきた。3名のライ フストーリーを概観し,共通する新たな知見やサクセスフル・エイジングの達成を確証した。
まず,I は幼少時代から中学校の音楽教師であった母親の影響を強く受けたことにより母親 の音楽的センスを受け継いで音楽に興味をもっていった。音楽テストで,他者とは異なっても 自身の気に入った曲を選択したエピソードからは,自ら曲を選択する意思や音楽への自意識の 芽生えが確認できた。
50
代でストレス発散のために始めた歌にのめり込んでいったエピソード や,自己満足で歌うのではなく人に聴いてもらえる歌を歌えるよう努力を重ねていることは,I
自身が音楽以外の仕事に懸命に取り組んだことが影響していた。仮にI
が何事も中途半端に 行う生き方をしていたとしたら,歌を学んでいくなかで出てくる壁を乗り越えようとせずにい たか途中で異なる習い事に転じる等していたと想定する。さらに,学生時代や社会人時代に音 楽を専門としていなかったI
が80
代になった今も独唱を多数の場所で行えていることは,I
の 人生の延長線上でなされている事実である。人生の円熟期である今,I は歌と向き合うことを 通して自身の人生と歌との関わりや歌うことの意味を考えている。歌うことを今後も続けたい という意思や歌うことを通して生きることに意欲をもつことは,I が身体の衰えを認めながら も今を楽しみ,今を生きている証である。また,好きなことにお金を惜しまないで生きられる のは,教員という堅実な仕事に従事していたからである。それら全てから,I にとって歌うこ とは今までの人生を振り返るのに十分なものであり今後の生きる力となるものである。I は,歌を習うことを通して仲間,歌唱の指導者,ピアニスト,観客との多様な出会いや関わりをか たちづくっている。人との触れ合いをもたらしたのは
I
自身であり,I の人生は歌に彩られた 明るいものとなっている。以上により,I
の歌によるライフストーリーから,サクセスフル・エ イジングが検出された。次に,Kについて述べる。Kは障がいをもつ姉がいたことで,姉ができないことを代替者と なって行う気持ちをもちながら生きてきたと考察する。Kは,幼少時代から自意識や向上心が 高く勉強熱心であった。また,歌が大好きで常に歌っていた。Kは,社会で生きるために一度 歌うことを諦め小学校教員の道へと進んだが,教員を辞めた後に夫の助言もあって歌を習い始 めた。それまで封印していた「歌いたい」という願望が身近な存在である夫の助言により叶え られ歌の世界にのめり込んでいった。先輩,歌の先生,ドイツ語の先生,仲間,コンクールの 審査員,ピアニストといった多様な人との関わりを通して,Kは歌うこととはどういうことか を次第に考えるようになっていった。ただ歌いたいという気持ちを,より上手く歌いたい,歌 を多くの人に聴いてもらい,よりよく評価されたいという願望へと変化させながら今も歌唱活 動を持続している。Kは,歌うことを通して独自のネットワークを形成し社会との繋がりをも つことに成功している。「いつまで歌えるのか」と不安を抱える裏には「いつまでも歌いたい」
という気持ちが隠されている。Kは歌い続けるために自身の健康を気遣い近い将来への目標を