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121 2)70代前半男性Nの例

ドキュメント内 高齢者の歌唱活動による変容と自己の生成 (ページ 125-129)

(1)70代前半男性Nの詳細

第2章第3節「アマチュア声楽家が歌うこと」を参照されたい。

(2)インタビューの詳細 実施日:X+1年3月

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日 時間 :150分 場所:店舗

インタビュアーと

N

の関係性:音楽活動を介した知人

(3)インタビュー内容 語り①大学時代の合唱経験

【大学の3年時に合唱部に入団した。定期演奏会にも2度出演した。】

―(合唱部に)入られるきっかけいうのは?

「まあ,歌が好きだったんでしょうね。そんなに僕は自分でも好きと思っていないけど,で

も歌っててテノールだと思って自分から決めてさ

1,この T

合唱団に入ったんだけど,楽譜 をパッと。始めて「楽譜で歌う」ということを要求されるわけですよ。それまでは鼻歌とか でワーっとか歌ってる訳ですから,自分に合うので高いと思っていたのに,テノールに入っ たら上が出ないんですよ。それでひいーって言いながら。「テノールで

E

がまともに出んや つがおる」ってのが聴こえて(笑)2。(中略)勉強が忙しかったわけでもないけどね,3年に なったらなんかやろうとは思いましたよ。合唱じゃなくてもね,教室に通って勉強だけでは ない,(結局)この部には入りました

3。」

語り②社会人時代の合唱経験

「(勤務先で合唱団が結成されて間もない時期に)僕が入った課の先輩に連れられてちょっ と歌った記憶はあるんですよ。同じ課の先輩が

H(大学)出て指導できるような雰囲気の人

がいて,「おまえちょっと出て歌え」と言って

4。(中略)僕が実質的には創立には当然間

に合わないですけど,当然この頃の活動はやってたんじゃないかなと思うんだけど,自分で はっきり自覚したのは,X-40年,この

10

周年記念演奏会は,P市民会館でやったんです よ。この時ははっきり僕も出演したし,まあソロではないけどはっきりちょっとした短い台 詞をやったり,参加した意識はあるし,その次の

T

で,全国大会で銅賞を取った頃は,Tへ 行きました

5。」

【社会人合唱団に

30

年以上所属し,活動を続けた

6。】

語り③現在の音楽活動

【現在はソロのリサイタルを数年に1度開催している。声の響きの追求を日々行う

7。】

―音楽活動を行うなかでみえてきたことがありますか。

「そのときはわかったようで今思えば全然だめだったな。他の音楽的要素はどうだとかなる と今でもダメなんかなというのはある

8。声は自分で自信があるだけに,だいぶよくなった

かなとかいうのはある。全体で行けば,

52

点くらい。今でも下手なのによくソロやるなあな んて思われている可能性も考える

9。」

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(4)考察

1

から,Nは学部3年次の合唱部入部当初は歌が好きな気持ちを自覚してはいないとしたが そのときの自身の行動を思い返すと「歌が好きだったのでしょうね」と推測しており,当時の 歌への関心の深さを振り返っている(1)。2から,大学で合唱部に入り,声への印象の変化 と「楽譜で歌う」難しさを経験したことから,歌の奥深さや合唱の面白さを実感したと考察す る(2)。また,3 から,大学の勉強だけを行うのではなく熱中できる音楽活動を行うために

N

は合唱部に入ったのだと捉えられる。4と

6

から,

N

が会社の課の先輩に誘われて入った合 唱団での合唱の面白さに魅かれて結果的に合唱を

30

年以上続けてきたと考察する。

5

から,

N

は大会で賞を取れたことに誇りをもっているといえる(3)。7 から,合唱活動でのめり込ん だ歌の活動を次第にソロの歌の活動へと移行させながら声の響きを試行錯誤する努力をしてい ると推察する。8から,Nがよりよい歌声を目指して追求するために自身の歌声を振り返って いることを考察する。9は,Nが練習を重ねることで独唱に挑戦していることと他者からの評 価を気にしていることを示している(2)。Nは,独唱で,さらなる高みを目指して練習を重 ね歌声を追求し,ソリストとしての活動を追求している。

3)70代半ば男性Oの事例

(1)70代半ば男性Oの詳細

子どものときは戦後で音楽等を学ぶ余裕がなかった。大学はフランス語学科を専攻し社会人 時代は商社で働いた。英語,フランス語,スペイン語を話すことができる。商社の勤務におい て海外生活も長期間行った。海外では現地に住む日本人や現地住民とともに音楽を楽しんでい た。妻は,海外生活について嫌な顔1つせず「楽しそう。行きましょう。」と

O

の海外勤務に ついていったという。定年後は,世界一周旅行での船旅を通して妻との時間を楽しんでいた。

妻が高齢者施設に入居することになり子ども達は既に成人して他県に移り住んでいたため

O

は一人暮らしか施設に妻と一緒に住むかの選択を迫られたが,一人暮らしは寂しいということ で妻と同じ施設に入居することを決意した。O自身に介護の必要はない。Oは高齢者施設に入 居した後,入居者は認知症等の介護を要する人が大半で話が合わなかったため生活を楽しむた めにはどうしたらよいかと考えた。そこで,Oが思いついたのが少し吹いたことのあるフルー トを再開することであった。Oは高齢者施設の宣伝になればとの思いをもちながら年に2度施 設内で,自身もフルート演奏として参加するコンサートを開催している。

(2)インタビューの詳細 実施日:X+1年9月6日

時間 :80分 場所:Oの入居中の高齢者施設

インタビュアーと

O

の関係性:音楽活動を通した知人,話し相手

(3)インタビュー内容 語り④大学時代の合唱経験

大学に入ってグリークラブに入ったんですよ。合唱団。(中略)男性合唱,4部合唱でなか なかよかったですよ。厳しかったけどね

1。各パートにパートリーダーがいてね。セカンド

テナーやったから,トップの声は出ないから。(中略)それから,定期公演やったりね。結

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構面白かったですよ。しんどかったけどね。結構厳しいからね。4月入るでしょ。そしたら 7月が定期演奏会なんだけど,それで覚えろ言われるわけ。

―1

曲だけじゃないですよね。

「1ステージ4曲ずつ歌うから,

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曲?しかもロシア語とインドネシア語と。(中略)もう 最後で各国の民謡をやりましょう言うて,それこそインドネシア語からなんから全部やった ん。もう歌詞が覚えられん。とくにロシア語なんか覚えられへんから,全部(前の人の)背 中に書いて。ふふふ。やりましたね

2。」

-どうして合唱に入ろうと思ったんですか。

「まあ,どうしてっていうか,大学が小さい大学で,そうするとスポーツ関係強くない。ま あ歌がいいかな思ってね。たまたま2歳年上の人がいて,その人が入ってたから,よう知っ てたから「来い」言うて

3。」

語り⑤社会人時代の合唱経験

「会社に入ってしばらくは混声合唱団に入ってた。」

―それは,大学のときにやった経験からですか?

「そう

4。ところがだんだん忙しくなって,どんどん減って,最後に女性合唱団になってし

もうたん。(笑)歌歌うのは好きでしたね。【大学合唱団員時代に,ラジオ番組で尺八の名 手の福田蘭堂の音を聴き,素晴らしいと思った。】「何とかやってみたいなと思ったけど,

まさか尺八をするわけにいかんでしょ。で,尺八によう似たかっこいい楽器はないかなあと 思って見つけたのがフルートだった

5。」【大学1,2年時にフルートを買って,独学で吹

いた。仕事でドイツ滞在時,ピアノの伴奏で8人で4部合唱し毎年冬に演奏会をした

6。】

語り⑥現在の音楽活動

【現在は,フルートを楽器店で習いながら定期的に施設内でコンサートを行っている。毎日 1時間練習し,フルートによって人との繋がりができている

7。】

ーなぜ今,またフルートに集中されているのですか?

「最初に聴いた福田蘭堂の音にまだ憧れていて,きれいな高い音での優しいメロディ(を出 したい)のと,他に何もできないから

8。」

(4)考察

1

から,厳しい活動のなかでも楽しんでやっていたことが明らかである。2 では,定期演奏 会のために短期間に多言語の歌詞の曲を多く覚えたことが大変であったが,今振り返ると懐か しい思い出となっていることが示されている(B)。3では,

O

は合唱に入ったきっかけを「歌 がいいかな」という気持ちをもっていたこととしている(A),ここからは,強い音楽への傾倒 がある訳ではなかったことが想像できる。4 から,大学での合唱団の延長で就職後も合唱を続 けていたが歌に対する強い意志は観察されなかった。5 から尺八の音色がフルートに繋がった と大学時代に独学でフルートを始めたきっかけが示された。6 では,仕事先のドイツで合唱を を行って演奏会を開催し海外生活で音楽に支えられていたことが示されている。7から,Oが フルートを再開し,楽器店へ習いに行ったり演奏会を開いたりと切磋琢磨していることが確認

ドキュメント内 高齢者の歌唱活動による変容と自己の生成 (ページ 125-129)