である。さらには,目標としていたこと が活動のなかで変化し,向上心という欲 求へと変容しているとも捉えられる。ま た,自身の歌声について分析できており,
今後,自身の歌声を改善したい参加者の 気持ちを読み取ることができる。質問6 の今後の歌う会でやってみたいことやし てほしいことについて,「今まで通りで 楽しい」「腹式呼吸の方法」「2部合唱や 輪唱等の実施」「唱歌,クラシック」が挙 がった。腹式呼吸が健康によいという知
識があること,参加者が学生時代や合唱グループで行った多様な歌唱スタイルを積極的に取り 入れること,歌謡曲を中心とした歌唱に,あらゆるジャンルを組み込んでいくこと等,今後,
参加者とともに歌唱教室を展開していくうえで参考になる回答が得られた。
5.歌唱教室参加者の変化について
講師の視点からみた歌唱教室参加者の変化について,午前の部と午後の部に分けて述べる。
本歌唱教室で,参加者同士がいかに関係性をつくり,参加者それぞれにどのような変化がみら れたかを記す。人と人が関係性をつくることについては,看護実践者の近田は「『距離を保ち ながらの関与』や『時間/空間を共有する』こと」(2013)(18)を重要とし,回を重ねながら,
互いの関係性がつくられる過程に着目している。まず,午前の部では,
2014
年2月当初,経営 者から参加者の様子について「堅い雰囲気があるので,和らげる方法はないか」という意見が あった。参加者らと講師は互いに初対面であり,緊張している様子が見受けられた。参加者に マイクを渡しても,「一人では絶対に歌いません」と拒むことが多かった。マイクを強制的に 回したこともあったが,緊張や遠慮により声をあまり出さないという様子がみられた。しかし,人間の歴史が「他者との出会いの歴史」(西江,2010)(19)でもあるように,参加者が回を重 ねるにつれて,他者と声を合わせて歌うこと,珈琲タイムや歌唱の時間終了後に食事をともに すること等で交流を深め,徐々に打ち解けていき,歌唱教室での出会いを通した関係の発展や 創造を観察できた。例えば,当初,前方や隣に座る者とのみの会話であったのが,次第に,遠 方の席の者にも近づいて会話を弾ませ交流が盛んになった。また,本歌唱教室以外でも参加者 同士でカラオケに行く,近況を報告し合う,参加者が行っている他の活動に誘い合うといった 様子がみられた。参加者のなかには,本歌唱教室に参加する以前から,歌うことは好きでも人 前で歌うことは苦手であったが,徐々に多様なカラオケ喫茶へ行き,舞台で歌えるようになっ た者がいる。
以下は,2015年8月に実施した第1回目の懇親会件カラオケ大会の様子(図5-1-4から図 5-1-6)である。図5-1-4では,夫婦である2名が歌いながらお互いに目を合わせて微笑み 合っている(視線の方向を矢印で示す)。図5-1-5では,人前で歌うことを一切拒んでいた2 名がマイクを持ち,声を合わせて歌っている。図5-1-6では,歌にあわせて本歌唱教室で知り
・毎回頑張る。
・休まないように続けてお稽古に参加したい。「継続は力 なり」だ。
・デュエットではハモリ曲をマスターしたい。
・2人でハモリながら歌える曲を数曲マスターしたい。
・年を取っても楽しく歌えるように。
・音域の幅を保持したい。
・年を取っても楽しく歌っていたい。
・ジャズを少しずつやっていきたい。
・歌の意味を表現できるようになりたい。
・最近の歌も歌いたい。
・コーラスで調和のある声を出したい。
・歌える曲が増える楽しさと高音が出るようになること。
・のびのびと気持ちよく歌えたらいい。
表5-1-7.今後の目標(山下,2015)
189
合った男女2名が手を重ね,男性のリードで自発的にダンスをしている。これは,人とともに 歌い時間を共有することで自己を解放し,表現するという行為に繋がっていることを示してい る。松本(1996)は「日常生活における相互行為文脈は,自-他の間で『共同化された対象』
をひとまとまりの連続する相互行為の流れと連鎖の中で達成していく。このとき相互行為の流 れのなかで行為に意味を与えるのは,行為を受け取る他者の側であった」(20)とする。つまり,
他者とともに自発的にダンスをする行為は,他者とともに関わることで互いの連鎖によって引 き起こされたことであり,和んだ雰囲気のなかで,時間/空間を共有する他者との関係がつく られたことを示しており,参加者が積極的に歌唱活動に参加している表れである。午前の部で は歌うことだけでなく,仲間作りを楽しむ多様な参加者の相互行為が観察された。
図5-1-4. 歌う様子(山下,2016)
図5-1-5.歌う様子
(山下,2016)
図5-1-6.踊る様子
(山下,2016)
図5-1-8.発表会の様子(山下,2016)
図5-1-7.歌う様子(山下,2016)
190
午後の部は
2014
年3月が初回であった。当初から,座席は参加者の1人が自主的に作成し たくじを引いて決定し,いろいろな参加者と話す機会を毎回設けていた。午後の部の参加者は 公募ではなく,参加者数名の声掛けにより集まったメンバーで構成されていた。参加者は本歌 唱教室開始以前から本喫茶店を利用したことがある者や経営者のファンが含まれていた。約半 数の参加者は午前中に同じ水泳教室へ通っており,腹式呼吸が身についていた。また,20代 の頃に合唱グループに所属していた者も数名いた。プログラムの進行では,ウォーミングアッ プでは立位で軽い体操を行い,歌唱時は水泳での疲労を考慮して座位を基本とした。これは,≪我は海の子≫の歌唱での体操時に立位による活動を試みたとき,後から「座位の方がよい」
という意見を参加者から得られたことによる。このことは,本歌唱教室開始当初から活動的な 者が午後の部のメンバーに集まっていたことから午後のメンバーに対して筆者が抱いていた
「元気なグループ」という印象を覆し,参加者の体調への配慮の必要性を感じたきっかけとも なった。参加者同士が知り合いであり開始当初から歌声は大きく元気な印象であったが,歌唱 時以外の場面では静かであった。一部の参加者同士で話をしていたのが,回を重ねるごとに話 をしていなかった者同士の交流へと広がっていった。また,体が不自由な者を気遣うような声 掛けもみられた。互いの会話が弾むようになり,参加者の間で手作りのお菓子やブローチを持 参して振る舞う等の多様な交流に発展している。
歌唱教室開始後1年が経過した
2015
年春,質問紙調査の今後の希望欄に,「発表会開催を 希望する」と書かれていたことを講師がメンバーに伝えたところ,2016年4月に実施となっ た。それにともない,歌唱教室においても1曲1曲に時間を掛け活動するようにした。当初,2,3名の少数グループの発表形式で歌うスタイルを基本として設定したが,ただ楽しむこと を目的として参加していた者からは「人前にでて緊張する体験をすることが嫌だ」という意見 が出た。しかし,参加者同士が互いに励まし合い,人前に出た時の動き,表情,歌唱方法につ いてアドバイスし合いながら歌唱を楽しむことに加えて,向上心をもつように変容していっ た。独唱と合唱を行い,多様なジャンルの曲を選択可とし,歌の背景や歌に関係する話をする 発表のスタイルとした。歌の背景等を話す際は,参加者各自で台詞を考え自身説明していた。
図5-1-7,図5-1-8は発表会の様子である。図5-1-7では,マイクをもつのを嫌がって いた2名(黒〇参照)がマイクをもち,感情を込めて歌っている。歌唱中は真剣に感情を込め て歌い歌唱後には明るい表情となった。横一列に並びながら互いの声を聴き合い,ブレス後の 歌い出しのタイミングやコブシの入れ方等を合わせて歌っていた。図5-1-8では,参加者全 員で地域の歌を熱唱している。参加者の1人が作ったおそろいのブローチをつけ,互いに腕や 肩を組みながら一体感をもつとともに,マイクを互いの口にあてて寄り添うように歌った。壁 には参加者の1人が作った「歌声発表会」の文字も飾られる工夫があった。発表会は本歌唱教 室の集大成として盛り上がった。
6.まとめ
本節では地域の人々が集まる喫茶店での歌唱教室に着目し,実践,質問紙調査,観察を行っ た。その結果,喫茶店における歌唱教室の参加者は活動を楽しむことに加えて,人生に対して 前向きになり気持ちがすっきりする等の精神面と,体調がよくなる等の身体面の2つの変化を 得たことが明らかになった。全2回実施した質問紙調査の結果は以下の5点である。