やったか やったか
〔語形の採用と統合〕
この項目の調査時の質問文は,「孫にむかって,「犬に 餌をやったか」と言うとき,「餌をやったか」のところ
をどのように言いますか」というものである。
この項目は,遠心性授与動詞「やる」に相当する語に ついて,受け手が動物(犬)であり且つ疑問文の場合の 使用語形を問うものである。人間を受け手とする263図
と比べて大きく異なるのは,東北地方と九州地方を中心 に「食わせた」に相当する語形が多く回答されたことで ある。「食わせる」は授与動詞とは言えないが,この分 布が周圏分布をなすものであり,授与動詞の意味の変遷 を窺う上で興味深い語形であることから,この語形は地 図化することにした。すなわち,この項目で採用する語 形は,「犬に」という受け手,「餌を」という対象語を取
り得る動詞ということになる。
なお,この項目では,動詞部分「やった」(264図)
と疑問助詞「か」(265図)を分けて地図化した。264図 で扱う動詞部分は過去形語尾までとし,「やったのか」
等の「準体助詞+疑問助詞」に相当する形式が現れた場 合は準体助詞を含めて265図で扱うこととした。また,
この項目では,動詞に後続する疑問助詞(相当形式)が 用いられていないものも採用した。このとき265図では,
「264に続く形がないもの」という扱いをしている。
地図化に際して,264図で不採用とした語形について は,疑問助詞が取り出せる場合であっても,265図では 地図化をしていない。よって,語形の採否に関しては,
264図における方針を述べる。
・敬意を含むと考えられる語形は採用しない。
・推量等の意味が加わった語形は採用しない。
・「〜ておく」を後接したものは採用しない。
以上の他,質問文の設定している文脈に合わないため不 採用としたものがある。
以下に不採用にした語形とその回答地点を挙げる。
まず,以下の回答は,条件に合わない参考話者による 回答であるため不採用とした。
5586.56 [ja∫ino:taka]
敬意を含む語形であると判断されるため不採用とした のは以下のものである。
4715.98[jarYsTtaka](ていねい)
推量等の意味が加わった語形であると考えられるため 不採用としたのは以下のものである。
3750.64[jattabega](声曲な質問)
7431.34[jatturo:]〈不確かな時〉
以下のものは,「〜ておく」を後接したものであるた め,不採用にした。
6516.13[ヤットイタケエ]
7344.26[ヤッチータカ](やっといたか。)
以下のものは,質問文にある「犬に」という条件に合 わないため,不採用とした。
1756.04 [u∫ini esa jaQtaka]
3787.45[kedaga]〈人に関すること,丁寧か。>
4643.56 [jattaka] (,農鈍こiま)
以下のものは,質問文にある「孫にむかって」という 条件に合わないため,不採用とした。
6563.30[jat:ake]〈これは孫でなしに,気を張った 人に対して言う形。jat:ekuretakeはさらに丁寧〉
[jat:akeコおよび注記の中の[jat:ekuretake]は,共に不 採用である。
以下のものは,「やったか」に対応するものではなく,
「餌をやったか」に対応する語形が回答されていると見 なされるため,不採用とした。
3725.49 [adzしugattaga:]
3766.86 [adz亡αgatta=ga]
5586.56 [ja∫inattaka]
6434.50[コータカ](「餌をやったか」に対応する。)
(イヌーコータカ…犬に餌をやったか。)
6621.77[kattaka]〈飼った。「えさをやったか」の 意味〉
なお,1213.88に[ko:t∫ami]という回答が見られ,カウ
(飼う)系の語形である可能性も考えられたが,由来が 明かではないため,採用した。
不採用にした語形については以上である。次に,採用 したものの中で,注意を要する語形について説明する。
まず,「餌」は,それに該当する意味のものであれば,
別の語であっても採用する。ただし,この部分は資料一 覧には原則として挙げていない。
1743.81 [kuimonojaQtaga:]
3780.65[monokwa∫itaga]
5566.37[インネ ママ ヤッタカ]
5584.79 [gohaNjattaka]
6494.07[ハミ ヤッタカ]〈ハミは,犬,猫,鳥な どの餌。牛馬に対しては,ハゴ,カイバなどとい う。>
7356.77[メシュー ヤッタカ]〈餌はエだが,これ は鳥の時などに用いる。犬の餌は,たいたものな のでメシとなる。>
8300,81 [iNnohyorooyattatoka]
8350.57[kumonnoj attaka]
9313.46[hamma:kwa∫itaka]〈hamma:は飯米か。〉
以下のような授与補助動詞が後接している語形(複合 授与動詞形)は,採用した。
・「くれてやったか」相当形式
6652,43 [kuret(琴attaka] (ゆ)
・「やってくれたか」相当形式
0776.88 [jatteketaka]
6651.93 [jattekuIretaka]
・「やってやったか」相当形式
6521.20 [jatt∫attaηka]
ク [jatt∫attaka]
6521.20の[jatt∫atta一]は,「やってしまった」もしくは テヤ敬語形の可能性もあったが,「やってやった」相当 形式と見て採用した。
次の回答の[クレタカ]は,話者よりも上の世代の回 答語形として,参考話者の扱いで採用した。
5730.61[jattaka]〈80歳すぎの人。クレタカを言っ た人がいた。〉
次の語形は,過去形語尾にあたる部分が「te」になっ ている。平叙文の場合の過去形には現れない形であるが,
本項目では複数地点で現れており,過去時制を表す形式 として機能しているものと考え,採用することにした。
5696.62[kmreteka](多)
〃 [jatteka](少)
5742.71[jatteYa](たしかにe)
6411.31 [jatteja:]
6603.52 [jatteka]
以下のように,待遇的意味に関わる注記が見られたが,
併用語形との相対的な使い分けを回答したもので,語形 自体が敬意を含む語であるとは見なされないため,いず れも採用した。(併用語形とともに挙げる。)
3766.240atta:ga:]〈上〉
ク [kedaga]〈多〉
ク [k山redaga]〈やや上〉
疑問助詞の使い分けに関しても,以下のように,待遇 的意味・使用場面・機能等の使用条件に関わる注記が見 られたが,いずれも採用した。(併用語形とともに挙げ
る。)
2743.86 [kedana]
ク [kedaga]〈やさしい表現>
6384.87 [jattaka]
ク [jattakana]〈孫に言うやさしいことば。自 分も言うが女性がよく使う。>
6387.62 [jattade:]
〃 [jattaka:]〈jattade:より品位がやや下。詰 問>
6530.010attaka]〈行儀ばっている。〉
ク [jattako]〈心易い時使う。方言形>
658330[jat:ake:]〈jat:aka:よりやさしい。〉
〃 [jat:aka:]
6584.38 [jattaka]
〃 [jattak句。]〈やさしい。>
7229.75 [jattaka:]
ク [jattqpe:]〈やわらかみがある。>
7305.22 [jattaka]
ク [jattakana]くやさしく言う時>
7308.05 [jattaka:]
〃 Oattade:]〈上>
7354.43[yattaka]〈男に対して使う。〉
〃 [yattana]〈女に対して使う。>
7424,62[jattak句a]〈下〉
〃 [jattak句。]〈やさしい表現>
7433.61[jattaka]〈下〉
ク [jattak句。]〈やさしい表現>
7442.45 [jattak句a]
ク [jattak句。]〈やさしい表現〉
〔語形の記号化〕
以下の説明で扱う音形は音声統合の処理を施した後の 凡例において見出しに立つ(〈〉内に入る)形である。
A.264図の記号化
264図に現れる語形は,大きくヤル,クレル等の授与 動詞系の語形と非授与動詞系の語形に分かれる。このう ち,授与動詞系の語形については,263図と共通する語 形が大半を占める。
記号化の方針に関して特に注意すべき点は,264図で は,疑問助詞が後接する語形を無標のものととらえると いう点である(疑問助詞が後接する語形は,見出しの表 記では,末尾に一(ハイフン)を付して示した)。疑問助 詞が後接する語形において,263図と一致する語形の記 号は,263日目共通するものとした。一方,疑問助詞が 後接しない語形は,補助記号を付して示した。
A−1.授与動詞系の語形の記号化
授与動詞系の語形の記号化は,263図に準ずる。263 図の解説を参照のこと。
A−2、非授与動詞系の語形の記号化
264図には,非授与動詞系の語形が現れる。「食わせ る」の意味を持った語形である。これに該当するものに ついては,語形の前半(動詞連用形)を「前部」,後半
(過去の助動詞)を「後部」とする。この語形は紺色の 線記号で表す。前部の形式により,以下のように,記号 の形と向きで違いを示した。
(1)
(2)
(3)
4567 圖働⑳⑳働⑯圓
kuwase・kuwasi・…・・…
kuase・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
kwase・kwasi kwahe
kase ・kasi。kahe・・・・・・…
kwaa………・…・・
kaa・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
hwaa・hwaasi hwaasu hwaa§T hwasu…・…・…………・…
hahee・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
vaa§i ●.●●●●冒●●●●●
kama…………・…・…・…
kamaa…・・………・…
kaN……… ………
形醐〃
〃
〃 黒丸付き線 〃 黒四角付き線 白四角付き線 〃 ぜんまい形線
白丸付き鍬形線 黒丸付き鍬形線 白丸付き太鍬形引
き
向上右
右上
上上上 左右左
右上
hami………白四角付き太鍬形線 以上のものについて,末尾音(一se・一si・一he・
hee・一su・一§i)の相違を,補助記号により区別した。
また,後部の形式については,おもに補助記号の有無 および形によって区別を表した。
上上上上上上上 右左右左左左左
なお,〈paseda一〉〈kuwasi向atta一〉は,前部と後部に分 割せず,語形全体に対して記号を与えた。
A−3.その他の語形の記号化
その他の語形については,記号の色を紺とし,記号の 形で区別した。
B.265図の記号化
次に,265図の記号化の概略について述べる。265図 に現れる語形は,力系の疑問助詞を含むものとそれ以外 の語形に分かれる。まず,この観点から語形を分類し,
以下のように,記号の色で違いを示した。
①疑問助詞の語頭音がk−kk一であるもの………榿
②疑問助詞の語頭音がg一であるもの ……・…………・・赤
③①②以外のもの…・………・……・………・…・……紺 B−1.力系の疑問助詞を含む語形の記号化
力系の疑問助詞を含む語形,すなわち上の①②につい ては,疑問助詞の前に準体助詞をもつもの,疑問助詞の 後に終助詞が続くものがある。なお,ここでは,終助詞 を子音で始まるものに限る。kaa, kai, kae等,疑問助 詞の末尾音が連母音であるものは,後部母音までを疑問 助詞に含める。記号化に際しては,①②を,k(k)一,
g一に続く部分によって以下のように分類し,記号の形と 向きで違いを示した。
1234567
一a 一aa一ai ・・・… 一・・・ ・・…
一ae …… … 曾
jaa………
一e 層一ee
一ε ●一εε ●叫 ●●噛 幽
一〇 ●一QO
形
・・…@正三:角形
・… 等辺三角形
ク
ク
〃
〃
〃
鯖上祉杜右上左﹁
以上のうち,(H5×6}(7)については,一a・一e・一ε・一〇を 小記号で,一aa・一ee・一εε・一〇〇を大記号で表した。また,
疑問助詞の前に促音が挿入されるもの(kk一)は,記号 の塗りつぶし方を中白とした。
次に,疑問助詞に先行して準体助詞がある場合,準体 助詞の形式(no・N・ga・to・cu・do)ごとに,記号 の塗りぶし方を決めた,例えば,noには左半分を塗り つぶした記号,Nには右半分を塗りつぶした記号を与え
た。
また,疑問助詞に終助詞が後続する場合,終助詞の形 式の相違を,補助記号の形および位置によって示した。
B−2.その他の語形の記号化
その他の語形については,記号の色を紺とし,記号の 形,向き,補助記号で区別した。
266図 くれ
〔語形の採用と統合〕
この項目の調査時の質問文は,「親しい友達に「おれ にタバコを1本くれ」と言うとき,「1本くれ」のとこ ろをどのように言いますか」というものである。これは,
与え手が主格に立ち,受け手が話し手となる求心性授与 動詞「くれる」に相当する語の要求表現を扱う項目であ
る。
まず,分布を概観すると,クレル系の語形が全国的に 分布する中で,山陰地方にヨコス系,沖縄本島中央部に エラス系,沖縄本島周辺部にトラス系の語形が見られる
(沖縄本島にはクレル系の語形も分布する)。なお,『日 本言語地図』第2集74図に「くれる」がある。そこで も,全国をクレル系の語形が覆い,山陰にヨコス系,沖 縄にエラス系とトラス系の語形が分布しており,本図と 同様の分布が見られる。一方,『日本言語地図』では,
北海道松前地方にダス系,福岡・佐賀・長崎・熊本・宮 崎と九州を斜めに横切ってヤル系の語形が分布してい る。本図においては,北海道のダス系の語形は北部に1 地点見られるのみであり,また,ヤル系の語形は,福 岡・長崎など九州北東部を主な分布地域とし,熊本・宮 崎にはほとんど見られない。『日本言語地図』では「く れる」という終止形が調査されているが,本図では,
「くれ」に相当する命令形(要求表現)が問われた。こ うした質問項目の設定の相違は,用いられる授与動詞の 種類を制限する可能性がある。本図と『日本言語地図』
の分布図との比較には,注意が必要であろう。
ところで,本図は,動詞の活用形を見ることが主眼で はなく,授与動詞を用いた要求表現を見ることに目的が ある。また,質問文の設定では,「親しい友達」が相手 となっているが,こうした場合,現実の言語運用におい ては,かならずしも待遇的に中立の表現が用いられると は限らない。命令や依頼という,相手に対して負担を強 いる要求表現では,親しい間柄であっても(この質問文 の設定のように身内でも日下でもない相手であれば),
相手に対して遠慮の気持ちを表す言語表現が行われるの は,一般的なことであると考えられるからである。要求 表現において,相手に対する配慮を示すために用いられ