行きたいなあ 行きたいなあ
〔語形の採用と統合〕
希望表現のうち,話し手が,自分自身である行為を行 うことを望んでいる,という気持ちを表出する表現を見 ようとした地図である。同時に,そのような表出の際に 用いられる終助詞を見ることもねらいとしている。調査 では,「「温泉に行きたいなあ」とつぶやくとき」という 状況設定をした上で,「行きたいなあ」にあたる方言形
を求めた。
このように複数の観点を持つ質問項目であるので,回 答のうち,「行きたい」にあたる部分と,「なあ」にあた る部分を分け,別々に地図化を行った。
227図「行きたいなあ」を見ると,北海道から九州北 東部にいたる広い地域に「イキタイ」などの「〜たい」
類が広がっているのに対し,九州西部から南部にかけて の地域に「イコーゴタル」などの「〜ごたる」類,琉球 に「イチブサン」などの「〜ぶさん」類が,明瞭な分布 域を持って広がっている。
一方228図「行きたいなあ」では,全国に広く「ナー」
の類が分布する中で,「ノー」の類が,中国地方西部か ら大分にかけてまとまった分布を持ち,その他,紀伊半 島沿岸部,新潟中部,山形の日本海側などにも分布して いる。過去回想表現に用いられる終助詞を扱った,第4 集187図「(あのときは)おもしろかったなあ」と比べ ると,分布地点に多少の出入りはあるものの,両図の分 布はよく似ている。一方,187図にはほとんど現れず,
228図に見られるものとして,「ンダケド」のような,
逆接の接続助詞由来の形式がある。特定の分布域を持た ずに全国に散在し,地点数も多くないが,「自分の希望 を述べる」という表現内容を表出する際の発話態度(た めらいがちに述べる,など)との結び付きが考えられよ
う。
なおこの項目の質問文では,「行きたいなあ」の「な
あ」にあたる終助詞までを求めているが,語形の採用に あたっては,終助詞の付かない形であっても採用した。
また,終助詞付きの回答と終助詞の付かない同形とが併 用で回答された場合も,終助詞付き回答と終助詞の付か ない回答をいずれも採用した(B方式,第4集解説書 11ページ)。この項目は「希望表現」の一項目であり,
あくまで,「行きたい」にあたる部分が主な注目点であ ると考えられるためである。また,終助詞を付けない,
という形で,希望の表出に伴ういわゆる詠嘆の気持ちを 表す場合もありうるだろう。さらに,採用にあたって,
終助詞の意味は問わなかった。希望の表出とともに用い られる終助詞であれば,すべて採用したことになる。こ れは,何よりも,方言における終助詞の意味記述の研究 が緒についたばかりであり,全国の方言の個々の終助詞 の意味を吟味して,それに基づいて採否を決することが,
現段階では困難であることによる。
A.使用状況等が採用規則に合わない回答
語形の採用にあたり,使用状況が採用規則に合わない ために不採用としたのは,次の回答である。
5680.23[ikitenna:](翌日問い直したところ,
[igitenna:]の方がよいとの回答を得た。)
調査者による注記から,話者が最初の調査時に回答した
[ikitenna:]は,「話者があいまいな態度を示したり,自 信なさそうに回答した語形」(第4集解説書6ページ左)
にあたると見て,不採用とした。
B.意味的・文法的な観点からの採否の検討 意味的・文法的な観点から,回答の採否について検討
したところを述べる。
動詞の部分については,「4.1.A−2.希望表現における採 用の方針」に従い,動詞「行く」にあたる部分を含まな い次の回答を不採用とした。
0717,50 [qjunitsukattekitaina=]
次に,「希望」というモーダルな意味にかかわる点に ついて取り上げる。
「4.1.A−2.希望表現における採用の方針」で述べたと おり,意志を表すと見られる回答は不採用とした。これ により不採用となった回答は,次のとおりである。
0894.41 [iko:kana:]
3734.14 [曾gI血gana:]
4637.20 [uNgo:kano:]
4666.42 [igo:kana:]
ク [ittemUo:kana:]
4724.56 [eηkana]
5742.71 [ittekikkana:]
6387.62[itt∫imjo:kano:]
6488.48 [ikoka]
7334.34 [iko:ka]
7381.02 [item麺u:kaina:]
7382.77[hattekokai]〈自分一人でつぶやくときで もこう言う。「ハッテク」は「(楽しみに)行く」
という意味>
7383.98 [iko:kana:]
ク [iko:kaiコ 8345.56[itemirokai]
ク [ikokane:]
ただしこれらの回答はすべて疑問の終助詞「カ」を含ん でいる。これは,その意志が未確定であることを表す表 現で,場合によっては,迷いやためらいの気持ちを表す こともあると見られる。ここでは不採用にしたが,「実 現を志向する意味」は持ちながら,事態を積極的に動か そうとする姿勢までは表さないという点で,希望表現と 連続的な面を持つということには,留意しておく必要が あるだろう。
一方,意志表現にあたる回答以外で,「話し手が,自 分自身がある行為を行うことを望んでいる,という気持 ちを表出する表現」と見られるものは比較的広く採用し た。採用した回答には,「イキタイ」「イコーゴタル」
「イキブサン」のような,「動詞+希望の助動詞」という 語構成をとる典型的な希望表現だけでなく,次のような 回答も含まれている。
・行きたいと思う/思っている 3722.42[ikitεtoomotterandomona]
5762.82[ittekite:toomo:]
・行きたくなった
2793.04 [ekitagαlnatad3a]
・行きたくていられない 6498.50 [ikito:teoreN]
また,次のような「イクトイイナー」類の回答も採用
した。
5547.42 [ikj環joi]
5690.28 [itteku巧ai:na:]
6358.43 [ikla:e:no:]
6368.60 [i㎏a:e:no:]
6374.58[ittemirutoe=no:]
6383.28 [ikja:e:na]
6387.62 [ikja:e:no:]
6396.62 [ikja:e:no=]
6397.11[ikutoe:no:]<「行きたい」の意>
641222[ikUtoedadomona]
6490.31[ikla=e:n叩ino:](本人は自分が行きたい気 持ちをこう表現するとがんばっていたが,調査の 意図からすればこの項目の回答としてはカットす べきものか。)
6498.50 [ittarai:na:]
7305.22 [ittarae=no=]
7308.05 [ikja=emo:]
7334.34 [ikutoi=ga]
7416.34 [itekitarae=kendona:]
7420.76 [it:arae:nonino:]
ク [itarae:no:]
7431.34 [itarae:kott∫akendo]
7460.22 [it=taraema:]
8345.56 [ikutoime=]
このような表現は,共通語では,ふつう話し手自身の希 望を表さない。6490.31の調査者の注記は,そのような 違和感による判断と思われる。しかし,山口県を中心に 地理的にまとまった分布が見られ,この地域では希望の 表現として定着している様子がうかがわれること,
6490.31の注記の中の話者の発言や,6397.11のような話 者による注記があること,また,共通語でも,「行けた
らいいなあ」のような表現であれば,話し手自身の希望 を表すことができ,連続性が考えられること,などから,
この類の回答は採用した。なお,この類の回答はすべて
「イキタイ」類の回答との併用語形として現れている。
「イキタイ」類との間に,何らかの微妙な意味の違いが あることが予想される。
複数の回答の問での発話状況や意味の違いについて,
注記が加えられている回答がある。
次の回答は,第1答の注記が問題となる。
7408.46[ikitaino:]〈相手に呼びかける。〉
ク [ikitaina:]〈自分への呼びかけ〉
質問文には,「つぶやくとき」という状況の指定がある。
これは,特定の聞き手を想定しない,話し手の独り言と しての発話を,回答として求めたものと考えられる。上 記の第1答は,注記から判断するに,聞き手を想定し,
しかも,その聞き手への働きかけを含んだ表現のようで
ある。この点で,質問の趣旨からずれると見て,不採用
とした。
次の,7219.20の第1答と,7269.48の第2答は,類例 である。
7219.20[ikitakane:]〈相手に半ば相談するような気 持ちがある。〉
〃 [iko:gotarune=]〈自分一人の判断,ひとり ぎめの気持ちで>
7269.48 [ikitakana:]
〃 [iko:gotoan:a:]〈相手がいて言う場合〉
いずれも,聞き手を想定していると思われる。しかし,
その聞き手への働きかけまで含んでいるかどうかは明ら かでない。「独り言」としての発話の範囲に入るかどう か微妙な判断になるが,「働きかけ」の有無という点で,
7408.46の第1答とは異なると見て,ここでは,7219.20 の第1答と,7269.48の第2答は,採用しておくことと
した。
次の注記は,希望の強さに関するものである。これは いずれも質問の趣旨からはずれるものではないので,す べて採用した。
8325.00[ikitene:]〈強い希望〉
ク [ikogotaT]〈多少ひかえめな希望>
7370.30 [ikitakana:]
ク [iko:gotaruna:]〈行きたい気持ちが第1答 より強い。>
C.音声の統合
音声の統合に関して,次のような回答があった。
8353.74 [ikogot∫avai]
この回答の[va]は,〈wa>に統合し,音声内容として vaを掲出した。『日本方言大辞典』「音韻総覧」による と,「ワ」の[w]に対応して,[v]と類似した有声の 唇歯接近音が現れる方言がある旨の記述がある([va]
は取り上げられていない)。ただし,「音韻総覧」に例と して挙げられている地域は岩手と北陸であり,上記の地 点(鹿児島県鹿屋市)とは離れている。また,音声自体 もやや異なるものであるので,上記のような統合のしか たは多少問題を含むかもしれない。
次の回答は,無声化した母音を表記していないものと 見られる。
5547.42 [iktaina:]
5732.77 [ekgtεna]
5751.78 [ekgtatna]
→ 〈ikitai−naa>
→ 〈ekitε一na>
→ 〈ekitai−na>
5771.36 [ekgtε:na] → 〈ekitεε一na>
いずれも,[k]または[kg]の後に[i]を復活させ,
表記レベルの統合を加え,→の右側のような見出し語形 として採用した。
D.参考話者
次の回答は,参考話者の回答として採用した。回答者 は,これまでも参考話者として採用されている同席者で
ある。
7373.31 [イコゴタル]
また,次の回答は,注記から,「その土地で自分より 上の世代の者が使うと話者が指摘した語形」にあたると 見て,やはり参考話者の回答として採用した。
734991[ikitaino:](ゆ)〈古老〉
一方,次の回答は,参考話者の回答として採用しなか
った。
4735.32 [igitεna:]
6610.08 [ikite:na:]
7373.99 [iko:gotarune:]
4735.32は,これまでも不採用としてきた同席者であ る。6610.08には同席者が二人おり,そのうち一人は参 考話者として採用する条件を備えているが,一人は条件 を備えていない。この回答は,どちらの同席者の回答か わからないため,不採用とした。7373.99の回答者は,
出身地の字が主たる話者と異なっており,子等歴も不明 である。
E 採用した語形について
最後に,採用した語形について解説を加える。
次の回答の中の最初の[η]は,従来の記述研究で知 られているこの地域(鹿児島県枕崎市)のガ行鼻音の現 れ方と異なっている。
8361.42 [iηo?Oodano:]
また[?]の位置も,あるいは,二番目の[ηo]の後で あるべきものかもしれない。このような不明点はあるも のの,ここでは,報告のまま採用した。
「4.1.A−3.希望表現における語形の統合」で述べたよ うに,この項目では,語形の部分統合を行う。統合は,
原則として「行く」などの動詞にあたる部分の,最後の 子音までを対象とした。ただし,「行ったらいい」にあ たる語形では,例外的に次のような統合を行った。
itaraee, ittaraee, itekitaraee → 〈(i, it, iteki) taraee>
〔語形の記号化〕
A. 「行きたいなあ」の前半と後半
この項目では,回答全体を,「行きたい」に相当する 前半と,「なあ」に相当する終助詞の後半とに分け,前 者を227図,後者を228図として地図化を行った。前半
と後半の分け方は,例えば次のようである。〈〉の中 の,一(ハイフン)より前の部分が前半,それより後の 部分が後半である。
[ik藍taina:]
[ikiteno=]
[ikitaigana:]
[iko:gotarune:]
[ngibuhansa:]
→ 〈ikitai_naa>
→ 〈ikite−noo>
→ 〈ikitai−ganaa>
→ <ikoogotaru−nee>
→ 〈NgibuhaN−saa>
ただし,終助詞がそれより前の部分と融合して音変化 を生じたと見られる場合については,次のように分割し
た。
(1)融合形の場合は,融合したと見られるはじめのモー うまでを前半に含める。
7391.41 [ikogotaNna:] → 〈ikogotaN−naa>
8352.08 [ikogot∫arai] → 〈ikogoqlar−ai>
1233.52 [?ikibusakka=] → 〈?ikibusak−kaa>
(2)融合して「行きたい」に相当する部分の末尾のモー ラが消えてしまったと見られるものについては,終助 詞に相当する部分で前半と後半を分けた。
0246.88 [?ikbu∫句a:] → 〈?ikbuミjajaa>
1270.26 [?ikibusasa:] → 〈?ikibusa−saa>
また,次のような形式は,終助詞に準じるものと見て,
後半に含めた。例とともに挙げる。
・「のだ」の類
5549.32 [ikitaiηadaredo] → 〈ikitai一ηadaredo>
6435.04[イキタインジャガナ〜]
→ 〈ikitai−N勾aganaa>
・「ものだ」の類
5653.96[ikite:monda] →<ikitee−moNda>
638598[ikltaimond3ano:]→<ikitai−moN勾anoo>
・「ことだ」の類
7431.34 [itarae:kott∫akendo]
→ 〈itaraee−koc(jakeNdo>
なお,次の回答の中の[domo]の部分は,「と思う」
にあたるもので,全体で「行きたいと思うなあ」にあた る可能性もある。しかしここでは,この部分を逆接の接
続助詞由来の終助詞と見て前半と後半に分けた。
1743.81と4676.57では,第1集38図「寒いけれども
(がまんしよう)」の回答が,〈domo>であることも参考