218図 219図
A. 語形の採用と統合 A−1.禁止表現の概要
禁止表現は,聞き手に対してある行為を行わないよう に求める表現である。209〜220図で取り上げた命令表 現が,聞き手に対してある行為を行うように求める表現 であるのと対をなし,ともに要求表現に属するものとし て位置づけられる。
調査は,動詞「行く」を用いた次の三つの質問文によ って行った。質問番号によって示す。
《151》孫にむかってやさしく「そっちへ行くな」と言 うとき,どのように言いますか。(221・222図)
《152》孫にむかってきびしく「そっちへ行くな」と言 うとき,どのように言いますか。(223・224図)
《153》孫にむかって「そっちへ行ってはいけない」と 言うとき,どのように言いますか。(225・226 図)
《151》《152》は,「行くな」という単純な禁止の形 を提示して,これに対応する各地のさまざまな表現類型 を,「やさしく」「きびしく」という二つの発話態度の場 合について求めたものである。このように発話態度の異 なる二つの場面を設定した質問は,命令表現でも行って いる。要求表現は,一般に,聞き手になんらかの負担を 求める表現であるため,話し手による配慮を表すのに 様々な表現上の調整が行われることが知られている。表 現形式のバリエーションの地理的分布を明らかにするこ とともに,各地の方言において発話態度に応じた話し手 の配慮がどのような言語形式をとって現れるかを見るの が,この質問項目の大きなねらいである。実際得られた 回答を見ると,例えば,「行かないでくれ」のような依 頼の形による回答は《151》に現れ,「なぜ行くんだ」
のような疑問文による詰問的な表現は《152》に多いと いうように,用いられる表現類型に異なりが現れている。
終助詞や待遇表現にも違いが見られる。
一方《153》では,禁止表現の中でも特に「行っては いけない」に相当する各地の表現形式を得ることを,お もなねらいとしている。
地図化にあたっては,《151》《152》《153》とも,そ 26
れそれ2枚の地図とした。
《151》《152》では,回答語形のうち,禁止表現の意 味を担う中心的な部分(例えば「行くな」「行ってはい けない」などにあたる部分)を221図「行くなよ(やさ しく)」,223図「行くなよ(きびしく)」に登載し,そ の後に続く,主として終助詞にあたる部分を222図「行
くなよ(やさしく)」,224図「行くなよ(きびしく)」
に登載した。またこのような扱い方をするのにともなっ て,地図名を「行くな」ではなく,質問文にはない終助 詞「よ」を加えた「行くなよ」とした。その地図に登載 されているのが回答語形のどの部分にあたるのかを,ご くおおまかにでもわかりやすく示しておきたいと考えた ためである。
一方《153》では,原則として,おおむね「行っては」
にあたる部分を225図に,「いけない」にあたる部分を 226図に登載した。後に「各図の説明」で詳しく述べる が,同じ語形であっても,《151》《152》と《153》とで は,地図への登載のしかたが異なる点があるので,注意 が必要である。
A−2.語形の採用(1)
ここでは,語形の採用の方針のうち,禁止表現全体に 共通する点について述べる。
a.多様な表現類型の回答
禁止表現の各項目では,「行くな」にあたる単純な禁 止の形や,「行っては行けない」に対応する複文の構文 をとる形式(イッタラアカソ,イケバマエネ,イッテダ チカン,イッチャナラナイなど)の回答の他に,「イカ レン」のような可能表現の否定形に由来するものや,
「行かないでくれ」のような依頼の形,「行かないように しろ」「行くんじゃない」「行くのはよせ」「行かない方 がいい」「なぜ行くんだ」など,間接的な表現を含めた 様々な回答があった。以下に,「行くな」類「行っては いけない」類以外の中から例を挙げる。
・行かれない
《151》 7416.34 [ikaren jo]
《152》 ク [ikaren]
《153》 5558,21 [ikareU疋〕εしja]
・行くまい
《151》5516.19[イクマイゾ]
《152》4686.51[igumε]([iguna]の[na]は禁⊥ヒを表 すが,[mε]は相手に有無を言わせない強制 力を持つ言い方)
《153》8322.68[i?medo:]
・行かないでおこう/行かないでおけ
《151》5527.81[イカントコ](やさしい表現)
《152》 5527.89 [ikantook即a]
《153》 6573.79 [ikantok氏ja]
・行かないようにしろ/しなければだめだ
《151》 5653.96 [ikaneJo担i∫iro]
7391.41[ikangotosenbatsumaraNyo]
《153》 469472 [igaNjoUlis〔類a]
5579.12 [ikaNljo皿i∫茸ojo]
・行くんじゃない
《151》 6634.32 [iku3a:na麺。]
《152》 5656.64 [ikund:5ane:]
《153》 6421.57 [fkUdana司。]
・行くのはよせ
《151》6624.54[ikunow句。∫in母lo]
《152》 〃 [ikunojos司。]〈第1答より厳しい言い 方〉
・行くことならん
《151》5566.37[イクコタナランゾ]
《152》 7381.02 [ikukot∫anaraNzo:]
ク [ikukotadekeNzo:]〈少〉
《153》 7219.50 [ikkotanaraN]
・行かないでくれ
《151》 644693 [ikazunioqtekure:]
6573.79 [ikantoiteηke]
《153》 3722.42 [弓ganedekere]
5781.23 [iganaidene]
・行かない方がいい/行かないのがいい
《151》5546.66[イカンホガヨイ]
5605.57 [iganε:ho:gai:zo]
《153》 3783.ll [eganεho弓:nda]
7382.77 [ikaη9句okadzo]
・なぜ行くんだ
《152》 6605.36 [azeikuda]
7237.67 [na∫iteikutoka:]
・行くのか
《152》 7275.24 [ittoka]
1261.92[?it∫irusuri:](行くのか,に相当)
2076.25 [passo:]
その中でここでは,採用の範囲を,「聞き手(=孫)
に対して,「行く」という行為を行わないように求める
表現」とし,これに収まると見られる回答は,間接的な 表現を含めて,広く採用することにした。上記の類の回 答はすべて,採用の範囲に入るものとして扱った。
例えば,「行かないでくれ」「行かない方がいい」など の,依頼や選択の提示の表現は,直接的な禁止の表現で はないが,依頼する,あるいは,話し手が望ましいと考 える選択を提示することによって,間接的に「行く」と いう行為を行わないように求める機能を果たすと考えら れる。これらの表現類型は,《151》と《152》のうち,
《151》だけに現れており,「やさしく」という発話態 度との関連がうかがわれる。また,「どうして行くんだ」
「行くのか」などの疑問文による表現も,やはり,直接 的な禁止の表現ではない。詰問やとがめ立てをすること によって,間接的に「行く」という行為を行わないよう
に求める機能を果たすと考えられる。こちらは,
《151》と《152》のうち,《152》だけに現れており,
「きびしく」という発話態度との関連がうかがわれる。
《151》「行くなよ(やさしく)」,《152》「行くなよ
(きびしく)」では,発話態度の違いの反映を含め,幅広 くさまざまな表現類型を得ることが調査のねらいである ので,このような広い採用範囲を設定しておくのが適当 であると考えられる。発話態度の違いによる表現形式の 違いを見るためには,この他にも,回答中の待遇表現や,
感動詞,副詞,終助詞なども含めて,発話態度の違いに かかわる可能性がある要素は,なるべくもらさず拾い上 げておくことが望ましいと思われる。これについては後 に述べる。
一方,《153》「行ってはいけない」は,基本的には,
「行ってはいけない」に対応する特定の構造を持つ表現 形式に注目した項目である。したがって項目のねらいを 尊重すれば,回答の文法的な構造などによって採用の範 囲を限るべきところかもしれない。実際,回答を見てみ ると,イッチャーダメダ,イッタラアカソ,イケバマエ ネ,イッテダチカンなど,項目のねらいによく合致する 回答や,イクンジャナイ,イクノワヨセ,イクコトナラ ンなどのように,動詞を含む前半部分と,それに対する 否定的評価を表す後半部分からなるという点で,「行っ てはいけない」と連続する構造を持った回答が多く現れ ている。
しかしその他に,イクナ,イカレン,イカナイデクレ など,構造の大きく異なる回答もかなり多く見られる。
中にはそれだけが単用で回答された地点や,《151》
《152》には現れていない回答が,《153》に現れている 地点も少なくない。この場合,このような回答を採用し ておくことで,ある地点で禁止表現全体としてどのよう な形が回答されているかを地図上で見渡すことが可能に なる。また別に,調査の場において,この項目がどの範 囲の回答を求めているか,判断が難しいところがあった,
というような事情も考えられる。
このようなことから,《153》においても,《151》
《152》と同じく,構文などによって採用範囲を限るこ とはせず,「聞き手(=孫)に対して,「行く」という行 為を行わないように求める表現」であれば,回答語形の 語構造にかかわらず広く採用することにした。したがっ て,禁止表現の項目すべてをとおして,不採用とするの は,『方言文法全国地図』全体の採否の方針によるもの 以外には,次の場合に限られることになる。
・聞き手が孫ではないことが明らかな回答。
・「行く」にあたる動詞が用いられていない回答。
・意味的に,「「行く」という行為を行わないように求め る表現」から大きくはずれている回答。
以下は,このようにして定めた採用の範囲にしたがっ て,具体的な語形の採否について検討したところを述べ
る。
b.聞き手
まず,次の回答は,注記から,想定されている聞き手 が孫ではないことがわかるので,不採用とした。
《152》7238.82[ikukota:dekeN]〈ていねいで,他人の 子に対して>
c. 「行く」にあたる動詞
「行く」にあたる動詞が用いられていないことにより 不採用とした語形は,次のとおりである。
《151》5598.95[アカンヨ]
5632.27[nanasananasa](ゆ)〈してはいけない。
女性に多い。〉(nanaetto(行ってはいけない)
を誘導したがそれは出ず,上の答えが出た。)
5659.46[der田na](往来へ)
5673.18 [kju:tsukero]
ク [sott∫a:abunejo]
6536.18[okeja:](okuは「止める」の意)
〃 [o㎏a:se](「おけ」の意)
6575.43 [akandzona]
6624.54 [jos〔オ。]
207220[wann勾u:]
《152》1868.21[namboittemowakanne:noka]
3702.37[amb山nehaNdem句enejε]
464356[nambe可u=temoju=koto:ki幻a:∫endakato:sa ηkurutoi:tsukerudzo]
4653.66 [nanbeni:bai:kotoj a]
5568.14[サッキイッタノニマダキカンノカ]
5587.74[マンダユウコトキケンノカ]
5615.20[damed句。]
5673.18 [klu:tsukero]
6277.12[deke面u:taro:ga]〈「イッテワデケン(=
行ってはいけない)トユータタローガ」の 意>
6385.98 [sott∫i:nodokunat∫u:nqpi]
6508.60[オジイチャンノイウコトキカナイカ ンジャナイカ]
6517.35 [akaNakaN]
6526.55[ドウジヤ]
6547.33[abunaikaradamedazo]
6642.32[ikuraittemowakaraηka]
7349.91 [kikoetaηkakikoen:oka]
7370.30[mataho尊a=mataho切a:abunaka:]
《153》4658,69[dam弓]
5597.68[ダチャカン]
5615.20[damed勾。]
665193[damed勾。]
7349.91 [kikoetaηkakikoen:oka]
7370.30[sot:∫inadekeNzo:](「行っては」を省い た言い方をする。)
ク [at=∫inadekeNzo:](「行っては」を省 いた言い方をする。)
《151》の2072.20の回答は,「する」の尊敬語にあたる
[warUN]の禁止の形である。
次の回答の中の「イカン」「イケン」は,「行かない」
「行けない」にあたるものか,あるいは,「行ってはいけ ない」の後半の「いけない」に相当するものかよくわか らない。前者なら採用だが,後者だと「行く」にあたる 動詞が用いられていない回答として不採用になる。例を 挙げる。
《151》7219.50[ikantojo]〔ゆ〕〈併用の[itaradekembai]
よりやさしい言いかた〉
《152》 6565.14 [ikaNja]
7321.67 [ikaNtobai]