第Ⅵ章 難民保護のための人道・復興支援論
2. 難民概念の再構築[山本哲史]
2.2 難民現象の変化と国際社会の対応
先述のグラル・マッセンの指摘を想起されたい。難民に時代や場所を超えて共有される エッセンスがあるとすれば、難民への対応はその表象への注目もさることながら、原因究 明的に取り組まれるべき性質のものである。しかし国際社会は 30 年近くもの間、難民を表 象的にとらえ続けた。そして症状対処では問題に追い着けなくなってきたとき、次第と病 源への対策が試みられるようになってきている。以下ではその過程をマクロ的視点から考 察する。
ところで、各種文献においてしばしば見受けられる「難民問題(refugee problems / refugee issues)」という用語法については、本節においては意識的にその使用を回避して いる。というのも、「難民問題」という言及においてはすでにその「問題」性が「難民」に 付随して語られており、不用意な概念提起や先入観の固定化につながりかねないからであ る。したがって、本節においては必要な場合には「難民現象」という言及を行うことにし ている58。
えて言及しているのであって、冷戦構造の中で西側のみにとって都合の良いテキストを標榜した 発言でもなければ、ましてやこの発言と難民定義の「在外性」要件の問題には少なくとも直接的 関係はない。この引用自体、前掲 The Law of Refugee Status(supra note 22)におけるその ものを踏襲したものとなっているため、ハサウェイにまでさかのぼる問題であると考えられる。
57 チムニは、グラル・マッセンとその系譜にあるグッドウィン・ギルによる議論を特に問題視 しており、彼らが法に焦点を絞った議論を展開してきたことを論点搾取であるかのように捉えて いる。
58 国際法協会(International Law Association)のなかにルーク・リー(Luke T. Lee)教授を 委員長として設置された「難民の法的地位」委員会は、第 61 会期においてその作業の対象とす べき「難民」の定義について議論している。そこでは、定義上の問題から作業を開始するのでは なく、よりプラグマティックに現実の「難民現象」に着目すべきとする意見が大勢を占めた。村 瀬信也(1985)「難民の法的地位」(「国際法協会第 61 回(1984 年)パリ大会報告」『国際法外 交雑誌』 第 83 巻 6 号, 1985 年) pp.112-113 参照。
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(1)現象変化
WWII に前後する動乱の中で移動を強制させられた人々や、東西冷戦の対立構造の中で生 まれた人の移動の問題の中から選別した難民に対応するためのシステムが、難民条約及び UNHCR を軸として形成され、運用されてきたとすれば、その後の国際社会はそれとはま た異なる形で人の移動の問題を引き起こしてきたのである。したがって、国連は各種の問 題に対して UNHCR のマンデートを拡大する形で対応を行い、人道的考慮の側面から問題 へとアプローチしてきたのだという議論がある。そのようなアプローチを支えたのは、
UNHCR の設立目的にはなかった「難民の発生」にも対応しようとする国連の基本姿勢で ある。しかし、そこには難民の中での差別化とも言える論理が働いており、その前提とし て難民流出の現象変化が論じられているわけである。
1951 年に UNHCR が設立された当時、主流派諸国の思惑として、HCR には IRO ほどの 活動予算(operational budget)を割り当てる予定はなく、その活動には予算措置上の制限 が課されていた。HCR の行政上の経費(administrative expenditures)については国連の 予算で賄われるとされた59一方で、HCR は自発的拠出金を受け付けることができるとされ ながらも、諸国に対して財政及びその他の要請を行うためには事前に国連総会の承認が必 要とされていたのである60。すなわち、HCR の主要な通常業務は行政上の予算のみで賄い うるものでなければならず、その他の活動予算は例外的にのみ捉えられていたのである。
その後の UNHCR の活動の流動性を指して、「UNHCR 事務所規程のひとつの特徴は、国連 総会に対し、UNHCR の任務(mandate: マンデート)を修正する権限を与えている点であ る」とし61、その根拠を UNHCR 規程第 9 項に求める議論62があるが、果たしてそうだろう か。そもそも UNHCR は国連総会の下部機関であり、その国連総会は国際連合の主要機関 であり、国連は各国の主権に基づいて締結された国連憲章によって成立している。そこに は権限踰越回避のための論理が必要であり、少なくとも、上位機関が下位機関に対して委 任する権限は、その上位機関自身の権限の範囲内にあるものでなければならないことは言 うまでもない。その意味では、国連の目的や活動範囲は幅広く、およそあらゆる国際問題 を扱いうる63のであるが、しかしその内部機構上は主要機関同士の権限の棲み分けが厳格に
59 See, the Statue of the UNHCR, para.20
60 See, op cit., para.10
61 新垣修「国連難民高等弁務官事務所と難民認定」(宮川成雄編『外国人法とローヤリング: 理 論と実務の架橋をめざして』, 学陽書房, 2005 年), p.248 参照。
62 二宮正人「難民問題解決への国連のアプ. ローチに関する一考察」(『外交時報』, 1315 号, 1995 年)参照。
63 もちろん、国連における内政干渉禁止条項と国際的関心事項との関係での制限はある。なお、
初川は、UNHCR 規程が「難民問題は国際的問題である」とすることによってなんとか東側諸国 の反対をかわすことができたという理解を示しているが、根拠が示されていない。なお、この言 及は規程以前に遡るもので、難民問題をいわば国際共同体(International Community)の管轄
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考えられている。なかでも国連総会が広く一般的な問題をその管轄内に置いていながらも、
安全保障理事会の活動に対しては排他性を認めていることとの関係において、UNHCR の 権限の範囲もまた制約されるのである。その意味で、機構法上の基本文書たる UNHCR 規 程には、その権限の外枠を設定する消極規定が必要である。難民に関する活動が多様な側 面を有していることは当時から国連において認識されており、その多様な問題に関わる機 関を設立する以上はその責任や権限を不明瞭にすることはできない。であるからこそ、
UNHCR の活動は(1)難民の国際的保護と、(2)難民問題の恒久的解決のための支援とさ れたのである。この両者を並置し、財政制限の面で前者と後者を差別化し、その制限を受 けない前者が UNHCR の主たる活動であるとする議論が主流をなしているようである。し かし文言を注意深く読み、UNHCR 規程全体の一貫性を考慮すれば、UNHCR の「責任あ る」職務は、実は(1)のみとされていたことがわかる。(2)については、あくまでも他の 主体を「支援する」とされており、これを裏付けるのが他ならぬ第 9 項であり、そこで示 されている「付加的活動(additional activities)」というという概念であった。これには UNHCR 規程第 8 項の意味も関係している。同項を、UNHCR が難民の保護に「備える」
ものであるとして邦訳した条約集が UNHCR によって発刊されている64。確かに"provide for"には「備える」という意味が込められる場合もあるが、第 8 項の規定ぶりや前後の文脈 からすれば、「保護を行う」と解釈するのが自然であろう65。すなわち、第 8 項には(例示 か網羅かはさておき)UNHCR の主たる任務である保護の内容そのものが列挙されており、
難民の国際的保護とは何であるかが具体的に定義されているのである。これに対して、そ の他のものであるが故に具体的定義を必要としない活動として第 9 項が位置づけられるの である。したがってそれは活動の積極的展開のための条項ではなく、権限ないし責任の範 囲を限定するための条項であり、「国連総会に UNHCR の任務を修正する権限を与える66」 という理解は本末転倒ですらあると言わねばならない。
このように、UNHCR 規程はその起草者の意図を反映する形で正確に理解されてはおら ず、そのような解釈論に裏付けられた UNHCR による活動変化が難民の「現象変化」を受 けたものであるかどうかも実に疑わしい。このことに輪をかけて、UNHCR の権限を変化 させてきた構造、すなわち計画執行委員会(EXCOM)の機能展開の経緯が、語られている ような難民の「現象変化」の客観性をさらに疑問視させるのである。少なくともはっきり していることは、国連総会は難民の現象変化を予期し、それへの対応を企図した上で柔軟 とし、庇護国のみの負担とせずに国際協力が求められることを強調したとする通説的理解がある。
64 この点、小畑による邦訳は「保障する」として認識の違いを示している。
65 仮に「備える」というのであれば、「備える」こと自体は問題ないとしても、UNHCR は規程 上いつどのような保護を行うというのであろうか。
66 新垣(前掲注 61)p.248 参照。UNHCR 規程は国連総会決議の付属書であり、言うまでもな く国連総会が採択したものである。自身に権限を与える決議であるというのなら、それ自体は実 質的に意味のない宣明でしかない。第 3 項や第 9 項ではなく、国際機構法の自明の論理が国連 総会による UNHCR の権限変化を可能たらしめているのである。