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社会的・経済的次元

ドキュメント内 Microsoft Word - kanseiban.doc (ページ 167-176)

第Ⅵ章  難民保護のための人道・復興支援論

②  社会的・経済的次元

受入れ国における経済的・社会的次元での難民の経済活動や経済的影響が、途上国の治 安を悪化させ、国家体制を内部から浸食する脅威と見られることがある点は既に指摘した。

この難民脅威に対し、周辺部の受け入れ国は、難民を経済社会的領域からの閉め出し、キ ャンプ内に封じ込め、市民社会からの切り離すような管理政策を強く打ち出すようになっ た。たとえば、タイ政府がミャンマー難民を遠方に移住させたように、一般市民の居住区 からほど遠い国境近近辺に難民キャンプを孤立して設営する傾向が顕著となっている。 

このような閉鎖的管理政策実施の顕著な例が、世界の 3 分の 1 の数の難民を抱え込むア フリカである。かつて難民に対し自立支援政策をとっていたアフリカ諸国の政府でも、閉 鎖的難民管理政策の方向に舵をきった。アフリカ諸国でこの傾向が顕著となった背景には、

国際的・地域的政治経済環境の変化を含め様々な要素が介在しているが50、中でも、難民脅 威論の認識は、政策形成において無視しえない程大きな要素である。難民キャンプでは、

エンパワーメントや参加を基調とした開発援助的手法は退けられ、最低限のニーズを提供 する人道援助的手法が重視されるようになった。 

48カナダ警察力の中で、王室カナダ騎馬警察は最高レベルの連邦の警察であり、地域によっては 州または市町村レベルの警察サービスも提供している。 

49  ギニアにおける治安パッケージの実施については、Loescher and Milner, above n. 13, 54-55 を参照。 

50まず、難民の質的、数的変化である。1960-1970 年代を通じ、アフリカ諸国は、独立闘争と自 由化の副産物であった難民̶たとえば、アンゴラ、ローデシア、南アフリカ出身の̶に寛容であ った。しかし「自由の闘士・植民地主義の犠牲者=アフリカ難民」という構図が消失するととも に、1980 年代より、エチオピア、ギニア、マラウイなどで大規模数の難民が発生した。第 2 に、

アフリカ諸国では、経済の低成長と、ドナー先進諸国・開発援助共同体の行動変化がかつての難 民政策転換に影響を与えた。国際金融機関によって要求される構造調整プログラムのプレッシャ ーから、またひっ迫した財政状況を緩和するため、難民支援を含む公的財源とサービスを縮小し なければならなかった。さらに、ドナー諸国側の開発援助額は減少しているのみならず、より選 別的になっているという背景もある。一定の先進国は、将来的に発展の見込みがあり投資の見返 りがある諸国に優先的に開発援助を投入する傾向にある。多くのアフリカ諸国はこの対象となら ない。加えて、世界の中心部で広がった新難民管理主義に、既に難民受入れの負担を感じていた アフリカ諸国が追随したとの指摘もある。Crisp, Jeff “Forced displacement in Africa: 

dimensions, difficulties and policy directions” New Issues in Refugee Research, Research  Paper No. 126, Policy Development and Evaluation Service, UNHCR (2006) 4. 

第Ⅵ章  難民保護のための人道・復興支援論(平和構築と難民の安全保障論・新垣)  167   

一方、ザンビア・イニシアティブ51といった実際のプロジェクトでも明らかなように、近 年、UNHCR 事務所は、開発援助と難民援助の連結を強調している。同事務所主導で進め られた条約プラスでは、「難民のための開発援助」(Development Assistance for Refugees: 

DAR)52や「地元への統合を通じた開発」(Development through Local Integration: DLI)

53といった概念が提唱された。このような開発方式は、難民を受入先地域経済のアクターに 位置づけるものである。DAR や DLI といった概念が登場した背景には人間の安全保障の考 え方の登場もあろうが、平和構築の文脈では、以下のような積極的意味を持つ。 

第1に、特に中心部のドナー諸国が将来、特定国の平和構築において負担する総経費の 削減という費用-便益上の経済的利点である。まず、難民支援のあり方を開発方式に切り替 えることによって、難民の人道援助依存を回避できる。のみならず、開発援助的手法と一 時受け入れ国の地域経済への参加によって、難民は、職業技術を習得し、知識を広げ、私 財を貯えることができる。このような効果によって、帰還の時がくれば、難民が一時受け 入れ国で得た自立の経験と自信は、円滑な帰国、再統合、復興を促進する力となる。いわ ば、平和構築を将来成功に導くための効率的事前投資である。 

第 2 に、受け入れ国の安全を目的に実施された政策が、逆にその国の不安全を助長する というセキュリティー・ジレンマについてである。閉鎖的キャンプからの難民の解放、彼 女ら/彼らの人権・自由の保障とその上での地域経済への統合こそが、受け入れ国・地域 の安全を保障するという結論がこれから導かれる。実際、受け入れ国における難民脅威が、

難民保護の欠如に密接に関連していることは少なくない。たとえば、難民キャンプで食糧 配給が滞ると難民は貧困に至り、彼女ら/彼らを犯罪に向かわせる原因となる。一時在留 国で労働権が認められない難民は合法的に就労することもできず、争議権もない。また、

教育の機会が長期にわたり制限された難民の多くは、職業技術や専門知識もない。その結 果、誰も引き受けたがらないような危険で不快な仕事̶それが違法であれ̶をせざるを得 ない。やがて、女性難民や子ども難民が人身取引の対象となり、性的・商業的に搾取され る状況も生まれる。このように、難民の経済的・社会的自立が否定され、その権利・自由 が著しく制限されると、閉鎖的・孤立的難民キャンプが脅威を生み出す温床となる場合も ある。 

勿論、周辺部の安全保障と難民保護が、常に同心円上に調和的に重なっているわけでは

51  2003 年からザンビアの難民受入れ地域を対象として始まった様々な開発援助プロジェクト の総称。ザンビア政府が UNHCR 事務所やドナーから支援を受けて実施しているが、難民の自 立と難民受入れ地域の発展が強調されている。 

52  難民支援・コミュニティー支援を、短期的人道支援だけではなく長期的開発支援と繋げる概 念。 

53  難民の定住・地域統合促進を開発援助と繋げる概念。 

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ない。むしろ、中心部のドナー諸国にせよ周辺部の受入れ諸国にせよ、難民援助と開発援 助との連動については慎重な態度を崩していない。まず、先進諸国の公的ドナーの多くは、

難民保護や周辺部の安全保障に常に高い優先順位を置くわけではなく、これら諸国の支援 政策は、国益とその時々の外交上の計算等を軸に決定される。冷戦構造終結以降、開発援 助そのものの外交戦略的価値が暴落し全体のパイが縮小したが、このことは、(難民支援を 含む)人道援助­開発援助連結への躊躇と無関係ではなさそうである54。また、長期的関与 を前提とした開発援助は、流動的な国際関係に機敏に対応するには質的に不向きな面があ る。対照的に、メディアに露出する人道援助の「バンド・エイド」的効果は国内の一般納 税者には理解しやすい。ドナー国の政権にしてみれば、長期的検証なくして効果を測るこ とが困難な開発援助よりも、人道援助は、政治的に背負うリスクが少ないと言える。 

受け入れ国にしても、難民を対象とした開発援助によって解消される脅威より、むしろ、

開発援助的手法によって生ずる新たな脅威やリスクの方に敏感である。難民の権利と自決 を認めた上で開発援助を導入すれば、結果的に、難民にとって居心地の良い空間が整備さ れる。しかし、難民本国の紛争解決に見込みがない以上、受け入れ国政府側には、環境改 善が、難民の自主的帰還を抑止する要因になるのではないかという懸念がある。反対に、

難民キャンプを遠隔地に設置し劣悪な状態に放置する事は逆に、新たな難民の流入を抑え るための受け入れ国側の戦略的メッセージとなる。 

1.5  安全保障と難民のトレードオフ 

以上で見たように、関係諸国の国家的安全保障観に基づく対処は、難民の保護・安全を 後景に追いやる要因を含んでいる。さて、その関連として、1990 年代後半にタンザニア政 府が行ったルワンダ難民の保護の停止(実質的送還)という事例を紹介する。これは、周 辺受入れ国・地域の安全保障が、難民の送還を本国にトレードオフして得られたという例 である。安全保障が、難民帰還に係る政策決定過程で関与する可能性を考える上で、この 事例は示唆に富む55。 

54土佐、前掲注 14、228 頁。 

55なお、国際政治の舞台では、国際関係に起因した権力行使の結果として、帰還が難民に強要さ れる事態があることが知られる(たとえば、エチオピアとジブジの関係がある。1977 年から 1983 年の間、多くの難民がジブジからエチオピアにほぼ選択の余地なく帰還せざるを得なかった。当 時のエチオピア政権は、自国民が難民として隣国にいることで政権の正統性が失われることを危 惧し、難民送還を実行させるべくジブジに圧力をかけたと言われる)。ところが、難民帰還(あ るいは実質的意味での強制送還)が、周辺地域の安全保障との関わりでどのような意味を持つか については、検証が十分尽くされてなされているわけではない。その意味でも、この事例の回想 には価値があろう。 

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