第Ⅵ章 難民保護のための人道・復興支援論
2. 難民概念の再構築[山本哲史]
2.1 伝統的難民保護の形態と WWII 後の変化
難民に関連する活動の必要性の議論や現状に対する批判は、これまで様々な形で提示さ れてきている。それらのなかには平和構築活動と関係のあるものも見受けられ、また、人 間の安全保障という考え方のなかでは、難民はその問題意識の対象の中核の一つとして捉 えられている。しかし議論が活発な一方で、問題はあまりに広汎かつ複雑であって、「難民」
に言及する「研究」は数多いけれども、かなりの抽象化を行ってもなおそれらの中に理論 的要素を見いだすことは容易な作業ではない。難民に関する研究の体系を標榜した、いわ ゆる「難民学(refugee studies)」の創始がステイン(Barry Stein)及びトマシ(Silvano Tomasi)によって 1981 年に宣言1されてからの四半世紀の間、この難民をめぐる現象の複 雑さに対する認識はさらに高められ、ともすればエッセンスを共有できないまま、ますま すその裾野は広がりつつある2。難民を対象とした研究は迷いの森へとつながっているよう である3。
実のところ、難民とは誰のことを指すのかについてすら(しかしもっとも困難な理論上 の課題の一つとしても)、未だ明らかではないという状況がある。もっとも、この課題は状 況や視角の数だけ答えの見込まれるのであるが、それは、どのように「難民学」はその射 程を設定するべきか、という問題とも大きく関わる論点として、難民に関する研究が直面 する課題の一つとして認識されている4。難民とは誰のことを指すのか。そして、我々は難
1 Barry Stein and Silvano Tomasi, 'Foreword'(International Migration Review 15, 1981)
2 See, Nicholas Van Hear, ‘Editorial Introduction’(Journal of Refugee Studies, Vol.11 No.4)pp.341-342
3 無論、難民学や難民研究と呼称されるものの積み重ねによって、我々が多くの知見を手に入れ ることができることに疑いはない。ここで問題としているのは、難民学や難民研究とは何なのか、
という同定のテーマである。
4 「難民学」という提示はないものの、難民概念を追求する議論は、「グローバル・アパルトヘ イト」的状況の席巻とあいまって、近年活発化している。例えば次のものを参照。「特集: 難民 とは誰か」(『現代思想』 第 30 巻 第 13 号, 2002 年)pp.47-248; また、「グローバル・アパル トヘイト」について、Alexander H. Richmond, Global Apardheid, Oxford University Press,
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民学の立場からは何を問題として考えるべきなのか。難民に関する国際法学の研究の歴史 から難民学へと展開している流れの中では、それはどのように捉えられてきているのだろ うか。本節では難民の定義をめぐる諸問題を批判的に分析しつつ、この問題の延長線上に おかれることになるであろう平和構築や人間の安全保障という課題と難民の関係を捉える ための方法論について論じる。
(1)難民定義の問題
先述の「難民学」は、難民や彼らを取り巻く社会が抱える問題の多面性に注目し、「新た なる思考を誘発し、難民の経験における一貫性及び傾向に焦点を当てた包括的、歴史的、
学際的及び比較的視角を促進する5」ことを目指したものであった。それまでの難民研究を 推進していた中心的専門分野は国際法学であり、その研究は主として法解釈論として行わ れた。端的に言えば、それは、「難民の地位に関する 1951 年条約」(以下、「難民条約」と いう)及びその「1967 年議定書」(以下、「難民議定書」という)を中心とするいわゆる実 定法が、いかなる対象に対してどのような権利義務を設定しているのかを追求する議論で あった6。なかでも難民の定義の問題は重要視されていた。難民に関する国際法は人権に関 する国際法との比較において指摘されるように、特定の要件を整えた者を対象とする法体 系7であったからである。また、難民定義の解釈の問題は研究者の学術的関心を呼ぶもので あっただけではなく、もちろん実務者にとっても切実な問題であったため、例えば UNHCR はその統一的解釈を目的として『難民の地位に関する 1951 年の条約及び 1967 年の議定書 の下での難民の地位の認定の基準及び手続きに関する手引き』(通称、『ハンドブック』)を 1979 年に発刊するなどしている8。
難民に関する理論の、特に定義の出発点は国際法学にあり、その限界や問題点を「難民 学」は批判し、議論を展開してきていることは確かである。したがって、難民をめぐる現 象を捉える思考枠組みや理論を構築してゆくためには少なくとも難民に関する国際法学に 1994; Titus Alexander, Unravelling Global Apartheid, Polity Press, 1996 参照。
5 See, Stein and Tomasi(1981, p.6, supra note 1)
6日本における議論も、日本が 1981 年に難民条約に加入して以来約 20 年間は「難民条約上の難 民であるかどうか」の認定手続だけがこの間の議論の中心にされてきたことが指摘されている。
筒井、山神、本間「座談会: 変わるか?日本の難民政策」(『世界』 2003.3)p.193 参照。
7 See, Antonio Fortin, 'The Meaning of "Protection" in the Refugee Definition'(International Journal of Refugee Law, Vol.12 No.4, 2001)pp.570-573
8 See, United Nations High Commissioner for Refugees, Handbook on Procedures and Criteria for Determining Refugee Status under the 1951 Convention and the 1967 Protocol relating to the Status of Refugees[HCR/IP/4/Eng/Rev.1], reedited, Geneva, January 1992, UNHCR 1979; 邦訳版として、山神進(訳)、(財)法律扶助協会(編)『難民認定基準ハンドブ ック -難民の地位の認定の基準及び手続に関する手引き-[改訂版]』(2000 年)を参照。
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おける難民定義に対する的確な批判が必要である。以下、国際法学において難民がどのよ うに定義され、それがどのように議論されてきたのかについて考察する。
(2)国際法上の難民の国際的保護
国家は様々な事情にある外国人や無国籍者に対して庇護(asylum)9を与えることがある
10。ここで、「ことがある」というのが重要であり、庇護は国家に対して義務として要求し うるものではなく、国際法上はあくまで国家の権利として難民に付与されるものであると いう点を見落としてはならない。国際法において庇護は主権国家の領域主権(territorial sovereignty)を根拠とする(1)領域的庇護(territorial asylum)と、外交使節などの特 定領域における(2)非領域的庇護(extra-territorial asylum)とに大別することができる。
(2)は領域主権に対する例外的行為として捉えることができる11のに対して、(1)は国家 の通常の権利行使の一部として捉えることができ12、例外として犯罪人引渡(extradition)
との関係が設定されるという枠組みで理解することが可能である13。さらに、国際社会はこ れまで様々な条約を締結してきており、それらの中の慣習国際法化したノン・ルフルマン 原則14も含めて、(1)の行使の恣意性を部分的に排除するような制限をかけてきた。それら
9 庇護とは、「保護、居住、そしてある人がまだ一国の領域内にない時は、入国を含む積極的な 概念」である。斎藤恵彦「庇護権の理論と現実 -国連の第一回領域的庇護全権会議よりみて-」(『国 際法外交雑誌』 第 76 巻 4 号, 1977 年)55 頁参照。
10 庇護付与の背後にある思想として、「寄留の他国人を愛せよ」というキリスト教の要請を指摘 する一方で、例えば日本における難民に対する消極的とも言いうる姿勢の原因として、キリスト 教への理解不足の可能性を示唆する議論がある。小寺初世子「外国人(・難民)受け入れの法理 とその基礎にあるもの」(『法学論集(鹿児島大学)』 第 26 巻 2 号, 1991 年) 36-38 頁参照。
11 See, 'Asylum Case' and ' Haya de la Torre Case' of the ICJ(The International Court of Justice, Reports of Judgments, Advisory Opinions and Orders, 1950) ; 池田文雄「コロン ビア・ペルー庇護事件 -國際司法裁判所判例研究-」(『レファレンス』 15, 1952 年)参照。
12 このような理解は、近代国際法の確立以降のものであることに注意が必要である。近代主権 国家の形成過程においては、政治的亡命者の保護は国際共同体(Civitas Maxima)に課せられ た責任であって、その代替行動者たる国家には亡命者を保護する義務が設定され、それに対応し て個人は保護を受ける権利を有するという議論が、スアレス及びグロティウスなどによって展開 されていた。現在のように庇護が国家主権のコロラリーとして理解されるようになるのは、プー フェ ンド ル フ及 び ヴァ ッテ ル など の 学者 以降 の 議論 にお い てで あ る。 See, Paul Weis, 'Territorial Asylum'(Indian Journal of International Law, Vol.6, No.2, 1966) pp.173-175;
L.C. Green, 'Rappourteur of the Committee on the Legal Aspects of the Problem of Asylum'
(I.L.A. Report, 1964) pp.251-155
13 政治犯罪人不引渡と外交保護権との関係について、高野雄一「退去強制と政治亡命の法理 − 尹秀吉事件の鑑定をして」(『法学セミナー』 159、1969 年) 83-85 頁を参照。
14 「国家が人を生命又は自由が脅かされている領域へ実質的に追いやることを禁止する原則」
としておく。「実質的に」というのは、すでに入国した人を強制送還することのみならず、入国 以前の人に対する入国拒否をも含むことを意味している。難民条約第 33 条には後者は少なくと も明文上は規定されていない。かつて、特に 1970 年代において、この原則が国家の義務として 慣習国際法化しているか否かをめぐって論争が展開されていた。リーディング・スカラーの中か