第Ⅴ章 予防開発のための紛争要因分析論[大平剛]
2. 国連システムにおける紛争分析手法の開発と援助の調和化
2.2 世界銀行による紛争分析手法
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紛争問題に関わる必要性が生じているという。世銀が援助を供与している国の多くが紛争 の火種を抱えており、紛争問題を切り離して考えることが出来ないのが現状なのである。
そこで注目されるのは、世界銀行が 2002 年に採り入れた LICUS という新たな概念である。
LICUS とは Low-Income Countries Under Stress(切迫した状況にある低所得国)のこと であり、この分類に属していると見なされる諸国は紛争問題を内包しているとされる8。 LICUS はガヴァナンスに関わる問題として、紛争とは別個に切り離されて分析が進められ ているが、現実問題として紛争問題を抱える国々を扱っているのである。LICUS には、い わゆる「破綻国家」(failed state, collapsed state)と呼ばれる状態に向かう可能性のある 国家が含まれると考えられるが、世界銀行が融資機関であり、正統な政府が融資先である 必要があるため、「破綻国家」の問題に真正面から対応することは出来ない。破綻に向かう 以前の状態に焦点を合わせることで、世銀としての制約上の問題を回避するとともに、破 綻国家を作り出さないように未然の対応を行っているとも理解できよう。国家の破綻が内 戦につながる可能性を秘めていることからも、LICUS への取り組みは紛争予防につながっ ているのである。
2.2.2 分析手法:CAF
こ の 節 で は 、 世 界 銀 行 が 策 定 中 の 紛 争 分 析 手 法 で あ る CAF( Conflict Analysis Framework)の詳細について述べ、その特徴を明らかにしたい。
紛争分析を行う目的は、1)紛争の原因や帰結を考察すること、2)世銀として対処し うる要因とそれへの対応策の決定、3)暴力的な紛争が発生した際の当該国の復元力
(resilience)9の審査、4)開発援助によってどれほど復元力が強化されるのかの見極め、
の 4 点であるとされる10。この 4 点のなかで若干の注意を必要とするのは第 2 点である。世 銀として対処できない要因とは、すなわち紛争における政治的な側面であり、政経分離の 原則からそのような事柄については CAF の対象範囲外であることが明示されている11。ま た、「復元力」については、開発による介入が状況を良くする場合もあれば、悪化させる場
8 どの国が LICUS に属するのかは、カントリーチームの判断に委ねられている。なお、現在 40 ほどの国が LICUS に属するとされている。
9 世銀の見解によれば”conflict resilience”とは、「暴力を用いて紛争問題に対処するのではなく 政治的ならびに社会的なプロセスを経て問題に対処する状況」であるとされる(World Bank, Conflict Analysis Framework (CAF) Draft, Washington D.C.: World Bank, 2003, p. 4.)。ま た、淵ノ上(2006)はこれを「暴力的紛争耐性」と呼んでいる(淵ノ上英樹・松岡俊二「平和 構築と開発援助政策」広島大学連携融合事業『平和構築に向けた社会的能力の形成と国際協力の あり方に関する調査研究』Discussion Paper Series Vol. 1, p.5, 2006)。
10 Ibid.
11 Ibid., p. 3.
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合もあることを認めており、開発による介入の限界を認識した上で紛争を悪化させずに平 和を創り出すことに貢献することが重要であるとしている12。このことは、UNDP や DfID の場合と同じく、前述した“Do No Harm”というアプローチと同様の考え方であると捉え られる。
このように、開発援助というアプローチが紛争問題に対してもつ正と負の両方の影響を 認識しながら業務を行う姿勢は評価できる。また、世界銀行という機関の性格上、CAF の なかでも強調されるのは、たえず貧困との関係である13。このような世銀の姿勢は、一方で 現実的かつ堅実なものとして評価もできようが、他方で紛争の限られた側面にしか対応で きず、現場で影響力を持つ世界銀行が、他の機関との連携や援助の調和化を行っていく際 の弊害にもなるとも考えられる。この点については後述する。
では、CAF の内容について詳しく述べることにしたい。世銀による紛争分析は二段階に 分かれており、まず当該国に紛争分析を行う必要性があるのかどうかのリスク・スクリー ニングが行われる。ここでは、以下に列挙する9つの指標が用いられ、該当する指標の数 が多くなればなるほど紛争分析を行う必要性が高くなるとされている14。
過去10年間における暴力的な紛争 低い一人あたり GNI(国民総所得)
輸出に占める高い一次産品依存率
政治的な不安定性(国家構造の転換、法と秩序の崩壊)
制限された市民権ならびに政治的諸権利 軍事化
単一民族による独占 係争中の地域紛争 高い若年失業
以上の項目によるスクリーニングには、いくつかの疑問点がある。「低い一人あたり GNI」
や「輸出に占める高い一次産品依存率」という項目は、およそほとんどの最貧国(LLDC)
に当てはまるものであり、これらの項目が当てはまるからと言って、必ずしも紛争が起こ るとは限らないのではないだろうか。また、「単一民族による独占」という項目については ヴェトナムのようなケースが当てはまるように思われるが、この項目が当てはまるからと 言って、紛争の起こるリスクが高いという一般化は必ずしも成り立たない。さらに、当て
12 Ibid., p. 4.
13 Ibid., p. 5.
14 Ibid., p. 6.
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はまる指標の数が多くなるほど状況が問題であるとされ、次の紛争分析の段階に進む可能 性が高いとされているという点についても疑問が残る。紛争発生の要因や背景はケースご とに異なるのであるから、あてはまる指標の数のみで紛争分析を行うかどうかを単純に決 めてしまうことには無理がある。このようなやり方では、スクリーニングを行う者の恣意 性を排除することはできず、本来紛争分析を行うべきケースを排除してしまう可能性を否 定できない。
以上のような問題点があるにはせよ、第1段階のスクリーニングを経て、第2段階でよ うやく CAF を用いての紛争分析が行われる。CAF はいくつかの変数を含む以下の6つのカ テゴリーによって構成されている。
カテゴリー:1.社会および民族関係、2.ガヴァナンスと政治的制度、3.人権と 安全保障、4.経済構造と経済パフォーマンス、5.環境と天然資源、6.外的要因
これらのカテゴリーのなかにはそれぞれいくつかの変数が含まれているが、そのそれぞれ について、1)それらを描写し、2)紛争への影響の程度を示し、3)貧困との繋がりの 程度を示すことになっている。1)の描写については、さらに7つの領域(歴史、傾向、
一般大衆の見方、政治化、組織、紛争との関係と強度、貧困との関係)において検討され、
2)については6つの程度(高、中、低、増加中、低減中、無関係)によって変数の影響 が示される。3)に関しては、貧困との繋がりが、直接的、間接的、無関係のいずれであ るのかがまず問題となり、直接的ないしは間接的に関係がある場合には、5つの程度(高、
中、低、増加中、低減中)のどれに当たるかが示される。2)と3)については、程度が 高いうえに増加中であれば、2つのボックスにチェックを入れることになる。このような CAF の例を示したのが図3である。
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図3 CAF の一部 (社会および民族関係の例)
変数 描写/分析 紛争への影響 貧困との繋がり
(出所)World Bank, Conflict Analysis Framework (CAF) Draft, Washington D.C.:
World Bank, 2003, p. 11 を筆者翻訳。
以上のような過程を経て6つのカテゴリーのそれぞれについて表を完成させ、それらか ら得られた結果に基づいて、世銀は当該国が危機的な状況にあるのか、暴力的な紛争がエ スカレートしつつあるのか、あるいは沈静化しつつあるのかを見極めることにしている。
CAF を実施する前に一度スクリーニングによる絞り込みを行い、CAF の結果によってもま た絞り込みを行うという二段構えになっているものと解釈できる。また、貧困との関わり を最優先し、貧困と紛争の両方に影響を与える変数に対処することが優先されている。
CAF について書かれた草稿における「CAF の今後の使用」という項目については、2003 年および 2005 年に公表されたいずれの草稿においても、いまだ策定中のままとなっている。
しかしながら、両方の草稿の間には微妙な違いがある。2003 年の草稿では Peace and Conflict Impact Assessment というタイトルがつけられているが、2005 年のものでは Peace が抜け落ち Conflict Impact Assessment (CIMA)というタイトルに変更されている。
そこには、稲田(2004)も述べているように、「『平和』の構築は世銀のマンデート(権限)
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外」15という認識が確認されたものと考えられる。ここでも政治的な色彩を極力排除しよう とする世銀の姿勢がうかがえる。このように対象や活動を世銀は極力経済問題のみに限定 しようと努めているが、そのことによって国際社会が紛争問題を解決しようとする際に障 害が生じるおそれがあると思われる。それは、すでに破綻している国家が分析対象から除 外されてしまうのではないかという懸念である。たとえば、ソマリアのように正統な政府 が存在しないとされる場合には、世界銀行の融資先になることが出来ないばかりか、CAF の対象にもならないということである16。紛争中の国家が対象から外されることで、本来国 際社会が優先して取り組まなければならない問題が手つかずの状態に置かれる可能性は否 定できないだろう。