第Ⅵ章 難民保護のための人道・復興支援論
② 経済的・社会的次元
先進国の感覚・基準では低位に思えても、途上国の脆弱性という文脈では衝撃が増幅す ることがある。特に、社会的・経済的次元ではこれが顕著である。まず、難民の経済活動 や経済的影響が、途上国を不安定化させ、国家体制を内側から浸食することがある。難民 が途上国の脆弱な経済体制を圧迫し、これが脅威というレベルで説明されることがある。
世界の難民、庇護希望者、その他 UNHCR 事務所の関心となる者の多くは最貧国にいる。
これらの諸国の多くは、自国民のニーズにすら十分に応えていない。そのため、想定外の 人口流入と難民の要求は、これら諸国に重度の経済的負担となる。1971 年のインド・パキ スタン戦争の前とその最中、インドは、東パキスタン難民を支援していたが、難民への食 料供与を継続すれば、インドの食料備蓄は枯渇し、同国が食料危機に至る危険があると言 われていた。1980 年代のある時期、パキスタンでは登録した者だけでも 240 万人のアフガ ン難民が存在していたと言われるが、パキスタン政府は、アフガン難民の衣食住の要求を 満たすため多額の資金を捻出していた。その約半額は UNHCR 事務所と国連世界食料計画 を中心に国際機関が拠出したが、それでも、貧困状態にあったパキスタンにとっては、経 済体制を揺るがしかねないほどの負担であった31。
30 本稿「4 安全保障と難民のトレードオフ」参照。
31 Cheema, Pervaiz Iqbal “The Afghan Refugees and Pakistan’s Internal Security Problems”
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また、外部アクターからの難民支援が、途上国の受入れ地域に緊張や負の意味での刺激 をもたらす場合がある。資金と物資が地方全域で不足している場合、難民キャンプへの経 済、教育、健康等に関わる外国の支援は、その恩恵に浴することのない地域住民を刺激し、
受入れ政府や難民に対する反感を招く原因にもなる。たとえば、ケニアのソマリ難民キャ ンプ周辺では、難民は人道支援から利益を得ている特権的集団であると地域住民からみら れていた32。地域住民の感情に対する懸念は、受け入れ国政府が、難民支援を制限する根拠 にもなってきた。たとえば、貧困にあえぐチアパス住民の怒りを買うとして、グァテマラ 難民に追加支援することはできないとメキシコ政府が主張したことがあった。
難民は、援助や配給の不足分を補うため、あるいは、自分の生活を維持し家族を養うた め、難民キャンプや居住地区から外に出て就労の機会を求める。難民受け入れ地域は一般 的に買い手市場であり、雇用者が報酬や仕事の内容を排他的に決定できる。そのため、難 民は、受入れ地域で安価な労働力源となる傾向がある。このため、雇用者は、人件費節約 の面から難民を雇用し、地域住民の間では職が奪われたとの喪失感が生まれる。タイの労 働組合は、以前より、地元企業が、タイ人よりミャンマー難民や不法移民を好んで雇用す る傾向に不満を見せていた。1997 年のアジア経済危機を引き金に、タイ政府は労働組合等 から圧力を受け、多くの難民と不法移民を送還した33。
一定の商業活動における主導権が、地元住民から難民に移ることもある。ペシャワール では、アフガン難民が運輸業セクターを独占し、排他的に主導権を握った。ニューカマー が受け入れ先の住民と対立するという図式と同様、労働市場における競争の激化や市場支 配力の逆転は、嫉妬や恨みといった感情的摩擦を生む。受入れ地域住民が占有してきた職 域に難民が入り込むことによって両者の関係に緊張が生まれるが、難民の経済活動が違法 行為や暴力を伴う場合、それは一層高まる。
途上国の難民キャンプ周辺における社会治安の悪化は珍しくなく、地域と国家の安全保 障上の課題となることがある。たとえば、難民が麻薬や武器の密輸に加担している地域が ある。パキスタンではアフガン難民とヘロイン密輸の関連が指摘された34。また同地では、
時間制で武器を貸し出すという「武器レンタル業」などの戦争ビジネスに難民が加担する ことがあった。難民キャンプ内外での密輸、麻薬取引、人身取引、強盗、レイプといった in Muni, S. D. and Baral, L. R. Refugees and Regional Security in South Asia. (Konark, 1996) 183-186, Chandran, Suba “Refugees in South Asia: SecurityThreat or a Security Tool?” in Chari, P. R., Joseph, M. and Chandran S. Missing Boundaries: Refugees, Migrants, Stateless and Internally Displaced Persons in South Asia (Manohar, 2003) 158.
32 Loescher and Milner, above n. 13, 42.
33 Id., 59
34 Chandran, above n. 31, 153-154.
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犯罪、難民の性産業への従事やアルコールへの依存が、地域社会の安全を脅かすこともあ る。タイでは、HIV 等性感染症の蔓延が社会的に問題化しているが、この責任の一旦が難 民にあるとの見方が現地の人々の間にはある。同国の性産業従事者のうち 80 パーセントが ミャンマー人と推定されているからである35。
(2)脅威対応装置としての平和構築
以下では、既述の難民脅威やそれによってもたらされる不安全に、国際社会や地域が平 和構築的行動やその他の行動を通じ、どのように対処しているかを検討する。
① 軍事的・政治的次元
UNHCR事務所を中心とした国際人道支援機関による 1990 年代の難民危機への対応はア ドホックなものにすぎず、練られた戦術と系統性を持って実施されたものではなかった。
難民キャンプの人道支援における安全保障上の負の効果を見せつけたのが、ボスニアとル ワンダの危機であった。特に、ザイール/コンゴにおける UNHCR 事務所と人道支援機関 の活動は、各方面から疑問視された。国際人道支援機関は、アフリカの紛争解決にほとん ど寄与せず、現地では難民と武装勢力すら区別できなかったと批判されたのである。その ため、武装勢力は、自らの政治的・軍事的目的達成手段として、難民と人道支援メカニズ ムから様々な利益を搾取することが可能であった。結局、ルワンダ危機に対応した人道支 援活動は、キャンプの武装化に加担し、紛争の悪化を助長するとともに地域の安全に大き な動揺を与えた。
ルワンダの苦い経験は、あらゆる難民状況で通用する人道支援の普遍的モデルなどもは や存在しないことを国際社会に知らしめた。以降、人道支援活動の策定では、起こりうる 結果を戦略的に事前分析し、複数の政策オプションを特定のコンテクスト当てはめ、その 中から適切なものを選択する意識や指向が強くなった36。
1990 年代の経験を通じ、難民支援における安全保障は、紛争地において如何に人道支援 の効果を有効に引き出せるかという関心とも重なり、国連機関と援助ドナーにとって最重 要課題の1つとなった。多くの難民受け入れ国は、難民キャンプ内の難民と武装勢力を早 期に区別して引き離し、後者を非武装化し、キャンプを中立化するための財源、軍事技術、
35 Loescher and Milner, above n. 13, 59
36 これは一面、人道支援の政治化にも繋がっている。
162 第Ⅵ章 難民保護のための人道・復興支援論(平和構築と難民の安全保障論・新垣)
組織制度を持たない。また、受け入れ国自体が難民キャンプの軍事化に関与している(そ う疑われている)ことがある。このギャップを国際社会がどう代行して埋めるかが、難民 支援における1つの課題となった。
難民武装化と難民キャンプ軍事化が平和構築に及ぼす否定的な影響を知ったアナン(Kofi Atta Annan)元国連事務総長は、1998 年の報告において、難民キャンプの安全と中立性 を維持するための国際的メカニズムの確立を提唱した。この事務総長報告は、難民脅威が 平和構築に及ぼす負の効果を認識してのものであった37。
国連安全保障理事会(以下、国連安保理)は、上記の国連事務総長の報告を検討・討議 した後、難民キャンプの安全保障と中立性に言及した決議(1998 年国連安保理決議第 1208 号、2000 年国連安保理決議第 1296 号)を下した。国連安保理決議第 1208 号は、難民キ ャンプの文民性・中立性の維持が国際の平和と安全保障に貢献することを確認し、紛争に 難民が再び巻き込まれる事態を防ぐため、難民キャンプを国境から離れた地域に設営する よう求めている。また同決議は、難民受け入れ国のニーズとして、国際法を国内的に実施 する組織と手続の開発にも付言している。さらに 2000 年国連安保理決議第 1296 号では、
難民や文民に対する攻撃に対しては国連憲章第 7 章に基づく行動が示唆され、文民保護の 環境の確保を推進するための適切なステップを用意するという国連安保理の意思が確認さ れた。
UNHCR 事務所の対応は、このような国連安保理の動きに呼応するものであった。1993 年執行委員会結論では既に、難民と庇護希望者の安全に関する UNHCR 事務所による監視 が明記されていた。そして、同事務所は、難民武装化・難民キャンプ軍事化が地域の安全・
平和にとって脅威となるという見方を、1999 年頃から一層強調するようになった。具体的 方策として、1999 年の第 14 回執行委員会のインフォメーション・ノートで、UNHCR 事 務所は「オプションの段階」(Ladder of Options)38を提案した。オプションの段階は、
UNHCR 事務所が、難民キャンプの非軍事化と安全を確保するため、国連の新たな政策と して提案したもので、いくつかのステップを経て、最終的に(かつ例外的に)人道支援に 軍事力を投入するという案である。オプションの段階では、ソフトなオプション、中間の オプション、ハードなオプションが段階的に提示されている。ソフトな段階は主に、難民 受け入れ国の法執行組織との協力樹立による予防措置に関するものである。中程度の段階 は監視と治安維持を目的としており、難民受け入れ国の治安部隊への国際支援と国際的な
37 Milner, James “Sharing the Security Burden: Towards the Convergence of Refugee Protection and Security” (2000) Refugee Studies Centre Working Paper No. 4, 15
38 UNHCR “The Security, and Civilian and Humanitarian Character of Refugee Camps and Settlement: Operationalizing the Ladder of Options” Executive Committee Doc.,
EC/49/SC/INF.2 (14 January 1999)