第Ⅲ章 希望開発としての平和構築学[児玉克哉]
4. 希望開発
これまで、経済開発、社会開発、人間開発について考察してきた。これらの「開発」は どれも重要な概念であり、それらは相互に連関し合っている。これらの開発概念を総合的 に捉えるとともに、和解の精神、共感、連帯のキーワードで未来への展望に重点を置いた のが希望開発というコンセプトである。「開発」はもともと仏教語であり、「カイハツ」と 読み、苦しみの世界に輪廻する衆生が、悟りへ向けて主体的に智慧を開花させる営みのこ とを指す。つまり、苦しみの世界から展望を見出し、主体的に希望を切り開くというのが
「開発」ということなのである。
戦争・紛争は、直接的暴力、構造的暴力、文化的暴力に満ち満ち、人々を絶望の淵に追 いやる。その絶望の淵から光を見出し、よりよく生き抜く力と精神力を育むのが希望開発 である。ヘレン・ケラーは「希望は、人を成功に導く信仰である。希望がなければ何事も 成就するものではない」と述べている。戦争・紛争によって崩壊させられた社会から立ち 上がるプロセスが平和構築であるならば、まさにそれは、希望を見出す力と実現する力の 創造、つまり希望開発である。
4.1 和解の精神
戦争・紛争は、それまでの地域コミュニティの絆をずたずたに切り裂く。人が人を殺し、
傷つける行為は、深い憎しみと不信を与える。紛争が終わった後もその憎しみと不信はな かなか消えることはなく、新たな社会創りへの大きな足枷となる。武力紛争によって生じ た人間関係の亀裂を修復し、復讐の連鎖を断ち、信頼の連鎖へと変えていくのが和解のプ ロセスである。
最近の平和構築の活動においては真実和解委員会の設置などによって、このプロセスを
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実現しようという試みがある。真実和解委員会は南アフリカで大きく成功をもたらした。
過去の人権侵害を詳細に記録して被害者側の救済にすると共に、加害者集団と被害者集団 の和解を促進する作業であり、内戦や専制政治から新たな民主社会への移行期における社 会の安定化を目指すものであった。5
東ティモールにおいても同様な委員会が設けられ、和解のプロセスが進められた。6東テ ィモールの独立後、東ティモールの人権問題に対する認識の向上を目的として、2001 年 7 月 13 日に発布された UNTAET 規約 No.10/2001 により、東ティモール受容真実和解委員 会(Comissao de Acolhimento, Verdade e Reconcilicao de Timor Leste:CAVR)が設立 された。CAVR は 1974 年から 1999 年の間に発生した人権抑圧の事件の真相をつきとめ、
被害者と被疑者との和解を促すために設立された。インドネシア統治時代から独立にかけ て犠牲になった人々の悲惨な状況を事実として国民に提示する。公開公聴会はメディアを 通じても公開され、東ティモール国民に対し、悲惨な歴史の再認識を促す場としての機能 を果たした。
東ティモールにおいて、これらの期間の犯罪を専門的に取り扱い、処罰を行う機関は存 在しなかった。国際的にこのような機関設置を促すことにより、東ティモール政府が独自 に調査、処罰を行う仕組みをつくる上でのファンデーションとしての役割を果たすことが 期待され、一定の成果を得ることができた。
被害を内外に告白し、事実を詳細に記録する活動はこうした対立を再び起こさせないた めにも有意義なものであった。しかし、被害者側は、その被害を告白したとしても、補償 とか、その後の経済的な支援などを受けることはほとんどなく、不満が残ったままの者も 多い。2006 年 5 月に起こった暴動は、国民における和解がまだ不十分であることを内外に 示した。
和解のプロセスは、精神的・心理的な要素を多分に含み、極めて複雑で困難なものであ る。第二次世界大戦での日本のアジア侵略の和解も 60 年以上が経った今でも完全になされ ているわけではない。しかし、このプロセスを経ない限り、希望への展開は困難である。
最近は国連などの機関だけでなく、国際NGOもこの和解のプロセスを進める試みを行っ ている。多くの事例を積み上げて、効果的な手法を確立することが望まれる。
5 南アフリカにおける真実和解委員会に関しては、永原陽子「和解と正義−南アフリカ『真実和 解委員会』を越えて」(内海・山脇編『グローバル時代の平和学 3』法律文化社、2004 年、第 6 章などを参照。
6 東ティモール受容真実和解委員会については、児玉克哉・杉本正次・平石恵理『東ティモール の平和構築と現状』平和構築研究会ブックレット3、2005 年などを参照。
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こうした具体的な和解の活動とともに、より一般的な平和教育の普及も重要である。紛 争後の教育ということでは、人間開発の項で挙げたような基礎的教育や技術教育がまず強 調されるが、それとともに、和解の価値を明確にした平和教育の展開も必要である。相手 の過ちを許すだけでなく、新たな道を模索する能力の開発も必要である。ガルトゥングの 言葉を借りるならトランセンドという発想である。7ガルトゥングは、紛争当事者との対話・
議論の自分の経験から、紛争解決ではなく、紛争転換という考え方を編み出した。それは、
双方の対立の妥協点を調整するのではなく、対立や矛盾から飛躍して新しい創造的な解決 法を探し出すという方法であり、「超越法」 (Transcend Method)という名前になってい る。和解のプロセスにおいても単に、一方が謝罪し、一方が許すという構図だけにとどま らず、その構図を超えた新たな創造的な展開を模索するというものである。和解による希 望開発が望まれている。
4.2 共感主義
アメリカの臨床心理学者C.ロジャース8は、共感的理解がカウンセリングにおいて重要な コンセプトであると主張する。共感的理解はその人の世界をあたかも自分の世界であるか のように感じ取り、そのあたかもという性質をうしなわないことであり、共感的理解は同 情や同感とは区別される。
この共感の姿勢は、非常に異なった境遇にある者同士が、違いを乗り越えて手を取り合 う上で、非常に重要なものであろう。和解のプロセスにおいても、加害者と被害者という 全く異なった境遇の者が分かり合うということはほとんど不可能に近いほどの作業である。
しかも、ほとんどの場合において、加害者対被害者という単純な構図ではなく、複雑な経 緯があり、その複雑な立場を踏まえた上での完全な理解は難しい。
当事者同士の立場の違いだけでなく、当事者と支援する主体との立場の差も歴然として いる。支援者は国際的機関であったり、豊かな「北」のNGOであったりする。立場が大 きく異なるなかで、本当に理解し合えるのであろうか。
広島の被爆者であり、被爆の語り部である高橋昭博さんは、以前に、若い人に体験を話 した後に、「いろいろ話したが、被爆者でなければ、分かってもらえるわけがない」とこぼ した。それを聞いた若者は「高橋さん、本当には分からないかも知れない。でも分かろう
7 ガルトゥングのトランセンドという発想に関しては、ヨハン・ガルトゥング『平和的手段によ る紛争の転換 超越法』平和文化、2,000 年などを参照。
8 カール・ロジャース『カウンセリングと心理療法−実践のための新しい概念』岩崎学術出版社、
2005 年などを参照
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と努力しているのです。被爆者でないと分からないから意味がないというのなら、すべて の人が被爆しなければならないのですか」と言った。完全な理解が得れなくても、理解し ようという姿勢によって、お互いが共感しあうことができるのだと、高橋さんは分かり、
それから若い人への体験の継承にさらに熱が入ったという。
お互いの立場は違うが、その立場の違いも含めて共感しあう姿勢によって、この複雑に 入り組んだ人間関係を超えて、お互いが連帯への糸口を見出すことに繋がるのではないだ ろうか。異なった人の痛みを共感する能力の開発が必要なのである。
高橋昭博さんの名刺には「平和の原点は人の痛みを分かる心を持つことです」と刻まれ ている。共感しあうことが、希望開発の前提になるはずだ。
4.3 連帯
こうした立場を超えた共感によって、国際的な連帯が可能になる。戦争と紛争が切り離 した人間と人間の絆を、共感によってグローバルな規模でもう一度つなぎ合わせようとす るプロセスに私たちはいる。戦争や紛争によってもたらされた絶望から抜け出すには、個 人だけの努力ではまず不可能である。希望開発とは、まさに連帯の可能性の模索にほかな らない。破壊された共同体を再生していく共同体形成力(consistuent power)こそが必要 とされている。
冷戦終焉後、国際 NGO の影響力は著しく増大してきた。グローバルなレベルでは 1945 年の時点で数百しかなかった国際 NGO はその後増え続け、今では数千という数になり毎年 数百ずつさらに増えている。国際NGOは、国際政治や経済の分野においても力を得てき ており、国家を単位とした国際連合の機能を補助する役割を担うほどになった。
戦争や紛争という巨大な暴力の前には、個人の力はあまりに小さく、無力感を感じざる を得ない。国際NGOに象徴されるような市民の力の集合こそが、無力感を吹き飛ばして、
希望開発を行うために重要なのである。平和構築のためにはこの連帯を可能にする潜在力 の向上が必要である。
多くの西欧の社会学者は、国際 NGO などの運動は「脱産業価値観」「脱物質価値観」「脱 ブルジョア価値観」などと呼ばれる新しい価値を基にして展開されていると主張している。
基本的に反既成秩序の運動であり、参加、連帯、自己実現を中心概念とする脱産業価値観 を持ち合わせている。特に平和の NGO 運動においては、兵器や戦争は権力主義、物質主義、