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第 7 章 考察及び結論

7.2 考察

7.2.1. 検証結果の解釈

ブロードバンド・アンバンドル規制の導入に関する検証結果と、同規制下におけるNTTによる ブロードバンド網投資計画発表に関する検証結果とを比較すると、ほぼ同様の結果となっている。

まず、NTT持株会社の連結子会社の影響除去前の株価は有意な反応を示しておらず、したがっ て、株価の変動というシグナルは発出されていなかったと考えられる。また、連結子会社の影響 除去後の株価についても有意な反応は見せていないため、持株会社方式によってシグナルの発出 が妨げられたということではないと解釈される。更に、私有企業の株価は有意な反応を示してい ることから、2000年代の日本において市場モニタリング制度が作用していたと想定することがで きる。ただし、イノベーションに関しては有意な反応は極めて限定的なものであった。これは、

日本のコーポレート・ガバナンスの歴史において、2000年代は従来のメイン・バンク制から米国 型コーポレート・ガバナンスとのハイブリッド型への移行期に当たる、という先行研究の見解と 一致する結果であると考えられる。

ブロードバンド・アンバンドル規制の導入に関する検証と、同規制下におけるNTTによるブロ ードバンド網投資計画発表に関する検証とで結果が異なったのは、政府一部所有企業の株価の反 応についてである。規制変更に対しては株価が有意に反応し、イノベーションに対しては有意な 反応は見られなかった。ただし、規制変更に対して有意な反応が見られたイベントの数は非常に 限られているため、更に事例を増やして検証する必要がある。

以上のことから、米国とは異なり、日本ではブロードバンド・アンバンドル規制に関して株価 の変動という形でシグナルは発出されなかったと言えるが、それは、持株会社方式というNTTの 組織形態や日米のコーポレート・ガバナンス形態の差異に起因するものではない、と考えられる。

日米接続料交渉やMNPの導入に関しては、それぞれNTT持株会社及びNTTドコモの株価が件 数は少ないが有意に反応していることから、政府一部所有企業の非政府株主は、私有企業の株主 と同様、規制変更による期待収益の変化を検討していると想定され、したがって、ブロードバン ド・アンバンドル規制についても、非政府株主は規制変更による期待収益の変化を検討し、その 結果変化しないと判断したものと考えられる。

非政府株主が、ブロードバンド・アンバンドル規制によってNTT地域事業の期待収益が変化し ないと判断した理由について、以下の可能性が考えられる。まず、他の規制変更に比べて、非政 府株主がアンバンドル規制の内容を十分に把握していなかったため、適切な判断が行われなかっ た、という可能性である。第二に、規制の内容を十分把握した上で、アンバンドル規制の内容が NTT地域会社にとってそれほど厳しくない、と判断したケースである。第三に、規制の内容を十 分把握し、NTT 地域会社にとって厳しいと認識したものの、NTT の経営形態の見直しが繰り返 し行政や政治で取り上げられていたことから、完全な分離分割と比べればアンバンドル規制の方 が相対的に期待収益に対する影響が小さいと判断した、という可能性が考えられる。

ブロードバンド・アンバンドル規制下におけるNTTのブロードバンド網投資計画発表について も、検証結果から、非政府株主はNTTの地域事業の期待収益に変化はないと考えていたと想定さ

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れる。他のイノベーション関連イベントに対してNTT持株会社やNTTドコモの株価が有意に正 に反応していないことから、非政府株主が特にイノベーションに対して積極的であり投資回収期 間が不透明或いは長期にわたることに関して寛容である、という訳ではないと考えられる。非政 府株主が期待収益に変化がないと考えた理由として、以下が考えられる。第一に、ブロードバン ド網投資計画に限らず、政府一部所有企業の非政府株主は一般に、イノベーションを期待収益に 対する加点項目とはとらえておらず、政府一部所有企業ではイノベーションは行われて当然であ る、と考えられている可能性が考えられる。これは、公企業や政府一部所有企業は私有企業に比 べてイノベーションに対するインセンティブが低い、とするミクロ経済学の一般的な見解に反す る。しかし、政府による所有と革新性は直接にはリンクせず、経営者の長期的投資に対する志向 が促進されたりイノベーションに対する動機づけが強化されれば、政府所有企業でも革新的であ りうる、という指摘もある(Belloc 2014、Florio 2014)。特にNTTについては、NTT法におい て「電気通信の基盤となる電気通信技術に関する研究を行うこと」(NTT 持株会社)や「電気通 信技術に関する研究の推進及びその成果の普及」に努めること(NTT持株会社及び地域会社)が 義務付けられている67。したがって、NTT及びそのグループ会社が革新的であることは当然であ る、と非政府株主に捉えられていた可能性は十分あると考えられる。第二に、研究成果の普及に 努めることが義務付けられていることから、ブロードバンド・アンバンドル規制下という不利な 状況においてもブロードバンド網に投資することは避けられない、と考えられていたという可能 性である。第三に、イノベーションに対する私有企業の株価の有意な反応は、観察されたとはい え非常に数が限られているため、日本の投資家は一般にイノベーションに対してそれほど積極的 に反応しない、という可能性が考えられる。

7.2.2. 学術研究・実務への示唆

本研究の検証結果より、ブロードバンド・アンバンドル規制の施行や同規制下におけるNTTの ブロードバンド網投資に対する非政府株主のシグナルの発出は、NTTの所有形態や組織形態によ って妨げられたわけではなく、それらによって非政府株主の利益が犠牲とされたというわけでも なかった、考えることが可能である。一方で、NTTのコーポレート・ガバナンスに関する特徴や 政府による多層的なモニタリングが、本研究の結果からだけでは日本におけるブロードバンド網 整備にまったく影響しなかったとは言い切れないことも明らかになった。第一に、7.2.1において、

ブロードバンド・アンバンドル規制によってNTTの地域事業の期待収益は変化しない、と非政府 株主が考えた理由の可能性の第一点目に挙げた通り、非政府株主が十分に規制の内容を把握して いなかった可能性がある。これは、政府と非政府株主の間で情報の非対称性が存在し、エージェ ンシー問題が発生していた可能性を示唆している。第二に、同じく 7.2.1 で指摘した通り、ブロ ードバンド・アンバンドル規制下におけるNTTのブロードバンド網投資計画について、非政府株 主は期待収益の変化を検討しなかったと考えられ、その理由に、NTT法によってNTT持株会社 が電気通信技術の研究開発を義務付けられ、同社及びNTT東西地域会社が研究の成果の普及を義

67 日本電信電話株式会社等に関する法律第二条三及び第三条。

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務付けられていたことが関係している可能性がある。これは、政府による多層的モニタリングが、

ブロードバンド網投資を初めとするイノベーションに対する非政府株主の期待収益判断の行動原 理に影響を与えている可能性があることを示唆していると考えられる。以上により、政府による NTT に対する多層的モニタリング制度によって株主の利益が反映されにくかった、という田尻

(2007)や池田(2003)の指摘に関して、そういった制度的条件によって非政府株主のシグナル の発出が妨げられ利益が犠牲とされたわけではなかった、という実証分析結果が得られた一方で、

期待収益変化の判断の結果や行動原理に影響を与えていた可能性があるため、今後更に検証を進 める必要があると言える。

本研究の分析結果は、ブロードバンド網整備の促進要因に関する海外の事例研究やクロスナシ ョナル分析にも大きな示唆を与えると考えられる。米国の事例とは異なり、日本では、ブロード バンド・アンバンドル規制に対して株主がシグナルを発出していなかったことが明らかになった。

米国では、ブロードバンドに対するアンバンドル規制は最終的に撤廃されたが、その議論の過程 において、既存事業者が規制に対して徹底的な抵抗行動を行った。既存事業者がアンバンドル規 制に徹底的に抵抗するという行動は、ドイツにも見られる68。また、ブロードバンド・アンバン ドル規制下におけるブロードバンド網投資については、米国において、規制施行中は投資を抑制 し、規制緩和後に積極路線に転じる、という行動が ILEC に見られたことが指摘されている69。 日本に関しては、ブロードバンド・アンバンドル規制の導入や同規制下におけるブロードバンド 網投資に対して、株価の変動を通じた株主からのプレッシャーがなかったことが、規制の施行や ブロードバンド網投資が他国に比べスムーズに進み、ブロードバンド網の整備が早期に実現した 要因の一つであった可能性が考えられる。米国やドイツで見られた、既存事業者の規制に対する 徹底的な抵抗行動や投資抑制の背景として、株主のシグナルはあったのか、なかった場合はなぜ なのか、という点を明らかにすることは、コーポレート・ガバナンスの観点から重要であると考 えられる。そして、既存事業者の所有形態・組織形態やコーポレート・ガバナンスの特性は国に よって異なるため、様々な国の事例を分析し、こういった制度的条件の影響の有無に関して一般 的な理論が成立しうるかを検証する必要がある。特に株価の反応に関しては、英米以外の国の実 証分析が決定的に不足しているため、一般的な理論が成立するかどうかを検討する上では、これ ら2か国以外の実証結果が必要不可欠である。そして、一般的な理論が成立するのであれば、ク ロスナショナル分析を行う場合に、何らかの形で変数として追加することを検討すべきである。

また、ブロードバンド・アンバンドル規制の導入及び同規制下におけるNTTのブロードバンド

68 ドイツの規制機関が、ブロードバンド技術の1つであるVDSLをアンバンドル規制の対象外と 決定したところ、欧州委員会よりEU指令違反とされたため、対象とすることに方針転換した。

既存電気通信事業者であるドイツ・テレコムは、これを不服として訴訟を起こし、最終的には、

アンバンドル規制という形態ではなく、同社と競争事業者であるボーダフォンが分担してVDSL 網を構築することで決着が図られている(光山 2011、2015)。

69 ILEC は、インターネットの利用が本格化して通信量の増大が見込めた 1990 年代においても

ネットワーク投資に消極的であったなど、もともとネットワーク投資に消極的な傾向にあること が指摘されているが(Ferguson 2004)、ダークファイバーへのアンバンドル規制の緩和が発表さ れた翌年の2004年以降、FTTH網投資計画を発表し、FTTH網を利用した映像配信サービスの フランチャイズ免許を取得するなど、ブロードバンドに対する投資を本格化した(総務省情報通 信政策研究所 2009)。