第 6 章 実証分析:アンバンドル規制下におけるブロードバンド網投資に対する
6.1 作業仮説 2-1A、2-1B の検証:NTT のブロードバンド網投資計画発表に対する
NTT持株会社の株価の反応
6.1.1. 具体的な方法と対象イベント
作業仮説2-1Aを検証するために、2種類の方法を用いる。第一に、FTTHアンバンドル規制施 行後におけるNTTのブロードバンド網整備計画等の発表に対するNTT持株会社の株価の反応を、
イベントごとに検証する。ここでは、NTT 東西地域会社または持株会社による FTTH 網投資計 画に関するニュースを取り扱うため、式 4-1 に基づく一般的なイベント・スタディの手法を適用 する。
= + +
:NTT持株会社の株価の対前日収益率
:TOPIXの対前日変化率
:誤差項
、 :パラメータ
各イベントの260日前から11日前までの250日間を推定期間として上記の回帰式によってパ ラメータ 、 を算出する。その上で、イベント当日、前日、翌日、前日から当日の2日間、当日 から翌日の2日間、及び前日から当日の3日間について、式4-2~式4-5に基づき を算出す る。帰無仮説は : = 0とする。
第二に、以下の手順によって、FTTH アンバンドル規制施行後の期間に発生した NTT のブロ ードバンド網整備計画等の発表のニュースに対して、NTT持株会社の株価が全般としてどのよう に反応したかを検証する。まず、FTTH アンバンドル規制施行後に発生したイベントの の 平均値を以下の数式によって算出する59。
= 1
t:FTTHアンバンドル規制施行後の期間
:期間tにおけるサンプル数
59 計算方法の詳細については、Campbell et al. (1997)参照。
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それぞれのイベントについて、イベント期間(前日から翌日まで)は重複せず、推定期間が250 日間と十分に長いことから、SCAR の平均値はゼロに等しいという帰無仮説の下、 は平均ゼ ロ、分散 ( )の標準正規分布に従うと想定することができる。以下の計算式で求める平均ゼロ、
分散1の標準正規分布に従う検定量 が、ゼロから有意にかい離しているかどうかを検定すること によって、NTT の FTTH網整備計画などの発表が株価に有意な影響を与えたかどうかを検証す る。帰無仮説は : = 0とする。
= (250 − 4) 250 − 2 ∙
次に、作業仮説2-1Bを検証するため、ブロードバンド・アンバンドル規制施行前と施行後とを 比較する。ADSL アンバンドル規制とFTTHアンバンドル規制の導入検討期間が重複しており、
FTTHアンバンドル規制検討期間中にADSLアンバンドル規制が施行されていることから、期間 I:ADSLアンバンドル規制検討開始前(1998年3月19日以前)、期間II:ADSL・FTTHアン バンドル規制検討期間中(1998年3月20日~2001年11月16日:A1~F37、この期間中にADSL アンバンドル規制が施行されている)、期間III:FTTHアンバンドル規制施行後(2001年11月 17日以降)、の3つの期間、及び期間Iと期間IIを「アンバンドル規制施行前」と見なした場合 の計4期間について、比較を行う。具体的には、以下の式によって求められるZ値がゼロから有 意にかい離しているかどうかを検定することによって、期間Iと期間II、期間Iと期間III、期間
IIと期間III、及び期間I+IIと期間IIIの間で、株価の反応に有意な差が見られたかどうかを検証
する。帰無仮説は : = 0とする。
= −
+
ただし、
、 :期間t及びsにおけるCARの平均値 t、s:期間I、II、I+II、III t≠s
、 :期間t及びsにおける分散の実測値
、 :期間t及びsにおけるサンプル数
それぞれの期間のサンプル数は、期間Iが5、期間IIが9、期間I+IIが14、期間IIIが17と 非常に小さいため、分析結果の頑健性には留意が必要である。
分析対象とする具体的なイベントは、巻末の付表1-10の通りである。NTTが最初にFTTHの
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整備計画を発表したのは、1990年の「VI&P構想」においてであるが、この時期のTOPIXのデ ータが入手できなかったため、1993 年の「次世代通信網構想」以降の FTTH 網整備計画・投資 計画、及び加入数目標や実績値の発表を分析の対象とする。作業仮説2-1Aの検証には期間IIIの イベントを、作業仮説2-1Bの検証にはすべての期間のイベントを、それぞれ対象とする。これら の発表は、中期計画や決算発表と同時に行われることが多いため、結果の解釈には注意を要する。
作業仮説2-1Aの検証に際し、イベントごとの検証及びθ値の算出は期間IIIについてのみ必要で あるが、作業仮説2-1Bの検証のためにZ値の結果を解釈する際に参考となるため、期間I、期間 II についてもイベントごとの結果及びθ値を算出する。なお、投資額の縮小や商用小売サービス の開始については、投資家がそれらによって期待収益の更なる悪化が避けられると判断する可能 性がある。したがって、θ値及びZ値は、まずすべてのイベントを対象として算出し、次に、頑 健性を確認するため、期待収益悪化回避要因となりうるイベントを除去して算出する。具体的に は、II2、II4、II7、II8、II9、III4、III6、III14、III15、III17、III18、III20、III27を除外する。
なお、III3については、NTTの投資を伴わないFTTH網整備計画であり、NTT持株会社の株価 に対する影響が他のイベントと異なる可能性があるため、同様に算出対象から外すこととする。
6.1.2. 分析結果及び考察
NTTのFTTH網投資計画発表関連イベントに関するNTT持株会社の株価のイベント・スタデ ィ分析の結果は、巻末の付表2-49にまとめた通りである。
まず、作業仮説2-1Aの検証を行う。期間IIIにおけるイベントを確認すると、単日(列(1)~(3))
及び連続日(列(4)~(5))のいずれにおいても有意になっているのは、III3、III12、III13、III17、
III19、III21、III23である。このうち、符号がプラスとなったのは、III12、III19、III21、III23 である。また、マイナスとなったのは、III3、III13、III17である。
マイナスになったイベント日を見ると、III3(2002年4月10日)については、イベント前々 日に当たる4月8日に、格付け会社のムーディーズ・インベスターズ・サービスがNTTの長期 債務格付けを引き下げる方向で見直すと発表し、翌9日に新聞で報じられている。ADSLをはじ めとするブロードバンド通信で急激な値下げが進行するなど、事業環境の悪化が理由とされ、NTT はこれに対して、「財務体質を強化するとともに、光サービスなどの展開により収益力確保に努め る」と述べた、と伝えられている(2002年4月9日 日本経済新聞朝刊)。III13(2007年3月 1日)には、NTTが、ブロードバンド網整備計画と併せて、NTT地域会社の2007年度の収益が 減収減益になる見込みであることを発表している。以上により、III3 とIII13 については、期待 収益を悪化させるような競合イベントが存在するため、FTTH 網整備計画等の発表が株価の有意 なマイナス反応を引き起こした要因であると特定することはできない。一方III17(2008年2月 25 日)については、NTT 持株会社やグループの期待収益への影響が想定されるような競合イベ ントは見当たらない。III17 は、NGN 事業の認可を取得したというニュースであり、投資家に、
FTTHの契約数が伸び悩む中でのNGN事業開始によって更に期待収益が悪化する、と判断され た可能性が考えられる。
更に、巻末付表2-49の「すべてのイベントを対象」とした場合の期間IIIのθ値を見ると、列
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(1)~(6)のいずれについても有意とはなっていない。「期待収益悪化回避の可能性があるイベント
を除外」した場合のθ値も同様である。
以上の通り、期間 III について、個別イベントごとに見た場合、単日及び連続日の両方におい て株価が有意に負に反応したイベントは3件だけであり、しかもそのうち競合イベントが存在し ないのは1件だけであること、また、θ値が頑健性を確保した場合においても有意となっていな いことから、FTTH アンバンドル規制下における NTT のブロードバンド網投資計画等の発表に 対して、株価は有意に負の反応を示したとは言えず、作業仮説2-1Aは棄却される。
次に、「すべてのイベントを対象」とした場合のZ値を見ると、イベント当日の期間Iと期間III の差「当日」(列(1))だけが有意となっており、符号はプラスである。これは、ブロードバンド・
アンバンドル規制導入前よりも導入後の方が、FTTH 網整備計画等の発表に対して株価が有意に ポジティブに反応していることを意味する。「期待収益悪化回避の可能性があるイベントを除外」
した場合のZ値では、期間Iと期間IIの差の「翌日」(列(3))と「前日から翌日の3日間」(列(6))
が有意にマイナスとなっている。これは、ブロードバンド・アンバンドル規制導入前に比べて、
導入検討期間中において NTT 持株会社の株価がブロードバンド網整備計画等の発表に有意にネ ガティブに反応していたことを表している。一方、「すべてのイベントを対象」とした場合と同様 に期間Iと期間IIIの「当日」(列(1))が有意にプラスとなっているほか、期間IIと期間IIIの差 の「翌日」(列(3))、「当日から翌日の2 日間」(列(5))、「前日から翌日の3 日間」(列(6))、及び 期間I及びIIと期間IIIの差の「当日」(列(1))が、やはり有意にプラスとなっている。これらは、
ブロードバンド・アンバンドル規制導入前や検討期間中よりも、導入後の方がNTT持株会社の株 価がブロードバンド網整備計画等の発表に有意にプラスに反応していたことを表している。以上 を考慮すると、ブロードバンド・アンバンドル規制導入を検討していた規制が不安定な時期にお いては、規制導入前及び導入後という規制が安定していた時期と比べてブロードバンド網整備計 画等の発表が投資家にネガティブに捉えられる傾向があった、と考えられ、ブロードバンド規制 施行前に比べて施行後の方が株価が有意に負に反応しているとは言えず、作業仮説2-1Bは棄却さ れる。
サンプル数や競合イベントの問題があるため慎重な解釈が必要であるものの、今回の分析では、
作業仮説2-1A及び2-1Bを支持するエビデンスは得られなかったと言える。