第 5 章 実証分析:ブロードバンドに対するアンバンドル規制に対する
5.4 作業仮説 1-3①の検証:日米接続料交渉に対する NTT 持株会社の株価の反応
5.4.1. 日米接続料交渉の背景と概要
接続料とは、電気通信事業者が他の事業者のネットワーク設備に接続する際に支払う料金であ る。1990 年代は、NTT の一般加入電話の接続料の計算に総括原価方式が適用されていた。この 方式では、事業を行うために必要と見なされる費用に利潤を加えた金額が接続料となる。事業者 にとっては安定的に利益を確保することが可能であるが、効率化などへのインセンティブが働き にくいという側面があるとされる。このような問題を解決するため、最も効率的にネットワーク を構築した場合にかかる費用に基づく長期増分費用方式が、1990年代後半より各国で導入される ようになった。これを受け、日本でもNTTの接続料に長期増分費用方式を導入するよう、新規参 入事業者や米国通商代表部(USTR)が 1990年代後半より郵政省に要請していた。NTT接続料 引き下げは、1998 年の主要国首脳会議(バーミンガム・サミット)以降、「日米間の最大の経済 的懸案」(2000年7月21日 日経産業新聞)とも言われるほどの国際問題に発展した。
NTT接続料引き下げを協議するため、2000年に入り、1月、3月、7月の3回にわたり、日米 交渉が開催された。日本側が22.5%の引き下げを提案したのに対して、米国側が5割以上の引き 下げを求め、交渉は難航した。5月以降は、NTTが所有するNTTドコモ株式を売却して引き下 げの原資に充てるべきだという野中自民党幹事長発言(2000年6月13日 日本経済新聞朝刊)
や、NTT東西地域会社のユニバーサル・サービス義務の見直しや新規事業参入の自由度拡大など を含むNTT法改正を求めるNTT社長発言(2000年6月15日 日本経済新聞朝刊)など、NTT の在り方と関連付けて国内で議論が展開された。最終的には、「日本の主張である『3年間で22.5%
引き下げ』を基本的な枠組みとしながらも、米国の要望をほぼ全面的に受け入れた内容」(2000 年7月19日 日本経済新聞夕刊)で、「実態は郵政省を“素通り”した政治決着に近い」(2000年7 月 21日 日経産業新聞)形で決着した。日米合意の骨子は以下の通りである(2000 年 7月 21 日 日経産業新聞)。
NTTの市内通話網への回線接続料を2年間で約20%引き下げる。引き下げは今年4月にさ かのぼって実施する。
2002年以降は新たな接続料算定方式で再検討する。この結果をもとに2002年に追加引き下 げを実施する
高速インターネットの促進のためにNTT通信網に新接続点を開く 新規参入者の通信網構築を支援するため規制撤廃・緩和を実施する。
2001年3月までにNTTドコモの接続問題について規制強化の必要があるかどうかを決める
なお、米国側が日本側に要求した「新たな接続料算定方式」即ち長期増分方式について、米国 高等裁判所は2000年7月24日に違法であるとの裁定を下している。
76
5.4.2. 具体的な方法と対象イベント
ADSL・FTTH・NGNアンバンドル規制に関するイベント・スタディ分析と同様に、式4-6に
基づく以下の回帰式によって分析を行う。
= + + +
:NTT持株会社の株価の対前日収益率
:TOPIXの対前日変化率
:(1)イベント期間ダミー変数、(2)イベント日全体ダミー変数、(3)個別イベント日ダミー変数
:誤差項
、 、 :パラメータ
帰無仮説は、 : =0と設定する。
イベント期間は、2000年1月7日(米国政府が郵政省に対して1999年度のNTTの接続料を 抜本的に修正するよう意見を提出)から2000年7月24日(米国の高等裁判所がFCCの接続料 計算を違法と判決も、米国の業界団体が今後も日本に米国並みの市場開放を求めていく旨発言)
までとする。また、推定期間は、イベント期間の250日前から前日までの250日間とする。イベ ントに関するダミー変数は、以下の3種類を設定し、それぞれについて回帰分析を行う。
イベント期間ダミー変数:①イベント期間中の全営業日についてダミー変数=1、②初回イベ ント前日から最終イベント翌日までについてダミー変数=1
イベント日全体ダミー変数:①イベント当日のみダミー変数=1、②イベント当日及び前後の 日についてダミー変数=1
個別イベント日ダミー変数:①イベント当日のみダミー変数=1、②イベント当日及び前後の 日についてダミー変数=1、ただし、隣接する営業日に他のイベントがある場合は、連続する 1つのイベント期間として扱う。
なお、ADSL アンバンドル規制のイベントと日米接続料交渉のイベントが隣接する 2000 年 5 月25日と26日については、それぞれのイベントによる株価への影響を分離することが困難であ るため、分析対象から外すこととする(巻末付表1-8のイベント日番号U16)。
具体的な分析対象イベントは、巻末の付表1-8の通りである。
5.4.3. 分析結果
5.4.3.1. イベント期間ダミー変数による分析
77
イベント期間ダミー変数による回帰分析の結果は、巻末の付表2-30の通りである。日米接続料 交渉関連の初回の報道から最後の報道までをイベント期間とした場合(列(1))、及び初回報道の 前日から最終報道の翌日までをイベント期間とした場合(列(2))のいずれについても、イベント 期間ダミー変数の係数はマイナスとなっている。ただし、いずれの場合も有意ではなく、帰無仮 説を棄却することはできない。
5.4.3.2. イベント日全体ダミー変数による分析
巻末の付表2-31は、日米接続料交渉に関するイベントに関して、イベント当日(イベント日:
0)、前日(イベント日:-1)、翌日(イベント日:+1)、前日から当日の2日間(イベント日:-1, 0)、当日から翌日の2日間(イベント日:0, +1)、翌日から当日の3日間(イベント日:-1, 0, +1)
の6種類について、回帰分析を行った結果である。6パターンのうち、当日(列(1))以外につい て符号はマイナス、当日はプラスとなっているが、いずれについても統計上有意にはならず、帰 無仮説を棄却することはできない。
5.4.3.3. 個別イベント日ダミー変数による分析
巻末の付表2-32は、日米接続料交渉関連イベントについて個別イベント日ダミー変数で回帰分 析した結果をまとめたものである。単日(列(1)~(3))及び連続日(列(4)~(6))のいずれについ ても個別イベント日ダミー変数の係数が有意であったのはU19だけであり、翌日(列(3))はマイ ナス、前日から当日の連続日(列(4))はプラスと、符号が一貫していない。
U19(2000年7月7日~24日)は、日米接続料交渉が最終決着したイベントである。7月10
日からの交渉に先立ち、NTTが一般加入電話について競争事業者に対して課す接続料を、3年間
で 22.5%引き下げるという内容を日本側提案とすることが自民党に了承された(2000 年 7月 8
日 日本経済新聞朝刊)。交渉は、局長級会合で決着がつかず、次官級に引き上げられたものの、
ここでも難航し、最終的には、引き下げ幅は約20%とするものの、期間を2年間として適用時期 を日本案よりも早め、更に 3年目には長期増分費用方式を導入して更なる引き下げを図る、とい う、ほぼ米国案に沿った内容で決着が図られた(2000年7月19日 日本経済新聞夕刊)。交渉決 着後も、NTT株価続落や日米首脳会談における日米接続料交渉決着に係る発言などの報道が続き、
24日の米国における接続料算定方法の違法裁定報道で、一連の関連報道がひと段落している。こ の間、NTTの株価の動きが数度報道されている。まず、接続引下げは、直接の収益圧迫要因であ るものの NTT が経営の自由度を取り戻すきっかけとしての期待されることから、期間当日の 7 月7日に株価が上昇している(2000年7月8日 日本経済新聞朝刊)。その後、期間後半に入り、
株価が続落したことが報じられている(2000年7月18日 日本経済新聞夕刊、2000年7月22 日 日本経済新聞朝刊)。イベント・スタディ分析の結果では、U19 を 1 つのイベント期間とし て見た場合、ダミー変数の係数は有意ではないがプラスとなっている(列(1))。これは、一日単 位で見た場合は下落傾向が続いたものの、イベント期間を1つの単位としてみると、イベント初 日の株価上昇の影響から、イベント期間以外と比べた場合にはやや高値水準の範囲内で株価が推
78 移したということを意味すると考えられる。
連続日では、U9(2000年3月21日~24日)で、当日から翌日の2日間(列(5))及び前日か ら翌日の2日間(列(6))の連続日において有意にプラスになっている。このイベントでは、日米 交渉の次官級会合が難航、延長された結果、物別れに終わっている。
また、単日では、U10 で翌日(列(3))に有意にマイナス、U13 で前日(列(2))に有意にプラ スとなっている。U10(2000年3月31日)には、同年7月末までに日米が合意に達することが できない場合、NTT 接続料問題について WTO に提訴する方針であることを米国通商代表部
(USTR)が明らかにした、と報じられている(日本経済新聞朝刊)。また、U13(2000年5月9 日)には、対米交渉は日本案を軸とし、米国に譲歩しない方針旨郵政大臣が発言した、と報じら れている(日本経済新聞夕刊)。
5.4.4. 考察
株価が有意に反応したイベントの数は少ないが、U9(日本側が妥協せず交渉が物別れに終わっ たことに有意にプラスに反応)、U10(USTRがWTO提訴を示唆したことに有意にマイナスに反 応)、U13(日本側が対米交渉で譲歩しない姿勢を表明したことに有意にプラスに反応)の結果に より、投資家が、接続料が引き下げられた場合はNTTの期待収益が減少する、また、妥協しなか った場合は期待収益の減少分が最低限に抑えられる、と考えていたことが推察される。U19につ いては、接続料の引き下げに際し、原資の確保のためにNTT東西地域会社の事業範囲の拡大など の経営の自由度が認められることが期待されており、この点が期待収益にプラスの影響を与える と判断されたという側面を示しているものと考えられる。
以上を総括すると、投資家は、NTTの接続料引き下げについて、同社の期待収益に影響を与え るかどうかを考慮し、その結果株価が変動した、と言うことができる。ただし、株価が有意に反 応したイベントの数が限定的であることに留意が必要である。