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第 2 章 主要国等の対アフリカ戦略

第 4 節 米国

1. 米国のアフリカに対する関与の変遷

プラス面として、まず、中国の進出が国際社会のアフリカに対する関心を引き起こした ことである。中国の活発なアフリカ進出は、冷戦後において消極的になっていた欧米諸国 のほかインド、韓国、ブラジルなどの国々の関心を呼び起こし、アフリカ大陸の疎外化に 歯止めをかけた一面がある。次に、欧米諸国が支援にあたり、民主化やグッドガバナンス を要求しているのに対し、中国は「内政不干渉」主義により、カントリーリスクを度外視 して開発を援助した。これにより、短期間に資源開発が進展したことである57

マイナス面としては、アフリカ進出にあたり中国が堅持している「内政不干渉」の原則 が、アフリカ諸国の民主主義、人権などガバナンス面での改善を阻害することである。ガ バナンス面での改善を重視する欧米諸国は「新植民地主義」58として非難しており59、今後 も中国と欧米諸国との摩擦が高まる可能性は常に存在している60

また、中国の対アフリカ援助は、首脳官邸や省庁ビル、各種競技場の建設などハコモノ が多く、貧困層には届いていないとの批判も多い61。さらに、現地に進出した中国企業の 成功が、アフリカ諸国の地場産業を倒産させ、大量の失業者を発生させたケースもあるな ど、中国の対アフリカ援助はアフリカの一般市民の利益につながる可能性は低いともいえ る62

2000年代後半から、中国はアフリカ諸国の社会発展への貢献も打ち出しており、今後の 動きが注目されるところである。

とであった。

しかし、1974 年前後の「石油危機」を機にソ連はアフリカへの関与を強めた。1970 年 代半ばに、ソ連はキューバとともにアンゴラ内の社会主義勢力に援助を開始し、続いてエ チオピアにも介入した。これらを受けて米国はアフリカへの関与を強めた。

米ソは、政治経済体制を問うことなく親米または親ソとみなされる国々に対して経済・

軍事援助を強化した。「新しい冷戦」の中で「戦略的援助」が推進された63

(2) ブッシュ(シニア)政権(1989-1993):冷戦後における援助政策の見直し

冷戦の終結後、ブッシュ(シニア)政権は、アフリカに対する援助条件として、従来の 反共主義を重視してきた立場を変更し、民主化の推進、人権擁護、経済改革などを掲げた。

この時期、米国のアフリカに対する軍事援助額は、1985年の2億7,900万ドルから1990

年には3,900万ドルに激減した64

また、同政権は冷戦後の新しい世界秩序の構築を図りつつ、アフリカの紛争解決に取り 組む姿勢を示した。その例として、1992年から開始されたソマリア内戦に対する「希望回 復作戦」の実施が挙げられる。

(3) クリントン政権(1993-2001):アフリカへの関与を強化 a) 安全保障/軍事面での関係の強化:ACRIACSS

クリントン政権は、1994年3月にソマリアからの撤退を決定した。そして、1998年に クリントン大統領はアフリカの6カ国を訪問した。

安全保障/軍事面における関与の強化のため、クリントン政権は、2000年に「アフリカ 危機対応イニシアティブ(ACRI:African Crisis Response Initiative)」を創設した。このACRI は、1996年に創設された「アフリカ危機対応部隊(ACRF:African Crisis Response Force)」

を改組したものである。その公式任務は「平和維持」と「人道支援」のための訓練であり、

提供される機材は「殺傷を目的としないもの」であった。なお、ACRIは国務省の発案に よるもので、実際の作戦調整は米欧州軍(EUCOM)が責任を持っていた65

63 青木『これがアフリカの全貌だ』、198-200頁。

64 片原栄一「米国の対アフリカ戦略-グローバルな安全保障の観点から-」『防衛研究所紀要』第12 2・3合併号、20103月、80-81頁。

65 ピエール・アラブモビシ、吉田徹訳「アフリカにおける米国の軍事政策再編」ディプロ、20047月。

<http://www.diplo.jp/articles04/0407-2.html>

また、1999年には、国防省に直属する機関として「アフリカ戦略研究センター(ACSS66)」

(米国防大学(NDU67)の敷地内に所在)が設立された。主に、アフリカ諸国の軍人や文 民のリーダーを対象として教育が実施されている68

b) 経済面での関係強化:AGOA

クリントン政権は、2000年に「アフリカ成長機会法(AGOA : African Growth and Opportunity Act)」を成立させた69

この法律の目的は、アフリカの対米輸出拡大を通じて、その経済発展に資することであ る。この法律においては、アフリカ各国の市場経済の導入や法に基づく統治、貧困撲滅に 向けた政策の導入などの状況を総合的に判断した上で、対象国の資格が判断される。AGOA は、ブッシュ前政権、オバマ政権へと引き継がれている70

また、このAGOAに沿って、2001年からは「アフリカ-サブサハラ・アフリカ貿易経 済協力フォーラム」が毎年開催され、貿易と投資の拡大や人材育成などの具体策が協議さ れている71

クリントン政権において、経済と安全保障の面においてアフリカへの関与を強化する姿 勢が打ち出されたとみることができる。

(4) ブッシュ政権(2001-2009):テロとの闘いを重視

a) アフリカ緊急作戦訓練支援(ACOTA)の創設

米国は、2001年9月11日のテロ事件以降、国家安全保障上の最大の課題として、地球 規模でテロとの闘いを推し進めている。

2002年、ブッシュ政権は、2002年に創設された「アフリカ危機対応イニシアティブ

(ACRI)」を「アフリカ緊急作戦訓練支援(ACOTA:Africa Contingency Operations Training

and Assistance )」に再編成した。ACOTAは、ACRIの任務であった「平和維持と人道支援」

66 African Center for Strategic Centers.

67 National Defense University.

68 ピエール・アラブモビシ「アフリカにおける米国の軍事政策再編」。

69 青木『これがアフリカの全貌だ』、77頁。

70 日本貿易振興機構『主要国の対アフリカ戦略(世界・アフリカ)』、4頁。

71 青木『これがアフリカの全貌だ』、77頁。

に加えて、攻撃訓練も任務としている。そのため、ライフル、機関銃なども供与されるこ とになった72

このACOTAは現在も継続されている。なお、主要な教育プログラムとして、1976年に

開始された「外国人教育訓練計画(IMET : International Military Education and Training)」も 継続されている。

b) ブッシュ政権の対アフリカ戦略:アフリカに対する積極的な取組の鮮明化

アフリカ緊急作戦訓練支援(ACOTA)の創設により、アフリカでの対テロ対策能力の向 上を図った後、ブッシュ大統領(当時)は2003年6月、大統領として初めてのアフリカ歴 訪前の講演で、①アフリカの平和と安全の確立、②エイズとの闘い、③援助と貿易による 経済発展という3つのテーマを掲げた。さらにアフリカにおけるテロとの闘いやジンバブ エやスーダンなどの人権問題にも言及した。

同大統領は2005年7月のG8サミットにおいて、2010年までにサブサハラ・アフリカ向 け援助を倍増することを提唱した。さらに、「グローバルな平和活動イニシアティブ(GPOI:

Global Peace Operations Initiative)」、「エイズ救済のための緊急計画(PEPFAR: President’s Emergency Plan for AIDS Relief)」などのイニシアティブを表明し、アフリカに対する積極 的な取組みを鮮明にした73

【2006年の「米国の国家安全保障戦略」】

対アフリカ戦略にかかわる事項として、まず、2006年3月公表の「米国の国家安全保障 戦略(The National Security Strategy of the United States)74」において、アフリカを優先度の 高い地域として位置付け、その上で、脆弱な国家や破綻国家を立て直し効果的な民主政治 を確立することは米国の安全保障上の利益につながるとした。

【2006年の「4年毎の国防計画の見直し」】

次に、同年2月に国防総省が議会に提出した「4年毎の国防計画の見直し(QDR2006)」

においては、アフリカ諸国がテロリストの聖域となるような破綻国家や無政府状態となる 可能性を減少させるため、東アフリカ諸国の対テロにおける能力構築の支援やサハラ横断 地域における対テロ構想など示した75

72 同上。

73 片原「米国の対アフリカ戦略」、79-80頁。

74 The White House, “The National Security Strategy 2006”, March 2006.

75 Secretary of Defense, “Quadrennial Defense Review Report 2006” , February 2006, p. 12.

【「サブサハラ・アフリカに対する米国の戦略」(2006年9月)】

そして、2006年9月28日の国家安全保障大統領指令第50号(NSPD-50)「サブサハラ・

アフリカに対する米国の戦略」(U.S. Strategy for Sub-Saharan Africa)において、米国の対ア フリカ戦略を具体的に定めた。同指令における米国の対アフリカ政策の目標は次のとおり であった76

①アフリカにおける能力構築(Build Capacity in Africa)

②民主主義的体制への移行の促進(Consolidate Democratic Transitions)

③脆弱な国家への支援(Bolster Fragile States)

④地域的および準地域的機構の強化(Strengthen Regional and Sub-Regional Organizations)

⑤地域安全保障の強化(Strengthen Regional Security)

⑥アフリカの経済発展と成長の促進(Stimulate Africa’s Economic Development and Growth)

⑦人道支援および開発援助の実施(Provide Humanitarian and Developmental Assistance)

こうした対アフリカ戦略策定の背景には、冷戦後、特に9.11事件後の安全保障環境の変 化を受けて、脆弱で不安定な国家がテロ、大量破壊兵器の拡散、麻薬などの組織的犯罪を 助長し、米国の安全保障を脅かしかねないという認識がある。加えて、海上輸送路の安全 確保およびアフリカ市場へのアクセスの確保は、米国にとって重要な安全保障上の利益で ある。さらに、整備された海軍力を有しない多くのアフリカ諸国は支援を必要としている という現実もあることが指摘されている77

c) 米アフリカ軍の創設:軍民の協力による包括的なアプローチ

米アフリカ軍(U.S. AFRICOM: United States Africa Command)は、 米国防総省における 6個の戦域統合軍の1つである。2007年10月1日に最初の作戦を開始し、2008年10月1 日に公式に創設された。その任務は、米国の国益を増進するとともに地域の安全、安定と 繁栄を促進するために、国内外のパートナーと協力して、①防衛能力の構築、②危機への 対応、③多国間の脅威の抑止と撲滅を実施することである78

76 片原「米国の対アフリカ戦略」、84-85頁。

77 同上。

78 U.S. Africa Command, “Fact Sheet U.S. Africa Command”, November 2013.

<http://www.africom.mil>