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まえがき 本報告書は 一般財団法人平和 安全保障研究所が平成 25 年度に統合幕僚学校から委託を受けて行った 主要国の対アフリカ戦略に基づく投資 / 支援に関する調査研究 に関する成果である 言うまでもなくアフリカは世界の 21 世紀の 希望の大陸 であるが 同時に様々な課題を抱えた 苦悩する大陸

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主要国の対アフリカ戦略に基づく

投資/支援に関する調査研究

平成 26 年 3 月 24 日

一般財団法人 平和・安全保障研究所

平成 25 年度統合幕僚学校委託研究

(2)

まえがき

本報告書は、一般財団法人平和・安全保障研究所が平成 25 年度に統合幕僚学校から委託 を受けて行った「主要国の対アフリカ戦略に基づく投資/支援に関する調査研究」に関する 成果である。 言うまでもなくアフリカは世界の 21 世紀の「希望の大陸」であるが、同時に様々な課題 を抱えた「苦悩する大陸」でもある。この二つの顔を持つアフリカに対し、我が国はどの ような戦略の下にこれらの地域や国々を支援していくのか、また、そのために、中国など 主要国はどのような対アフリカ戦略の下で投資や支援をしているのか、調査研究し、我が 国の対アフリカ戦略や支援の方向性を検討することが本調査研究の目的であり、非常に時 宜を得たものと考える。 折しも我が国においては、国家安全保障戦略が定められ、そうした考えの下で安倍総理 自らアフリカ諸国を歴訪し、今後の対アフリカ支援策について、当に積極的平和主義を実 践すべく、アフリカ諸国の首脳たちと意見を交し、支援の動きが高まりつつある。我が国 の安全保障の観点からは、莫大な人口増やこれに伴う食料安全保障、資源エネルギーの確 保などの問題を抱えたアフリカを、先ず、正しく認識し、理解することが重要であり、主 要諸国がどのような戦略や施策を基に対アフリカ支援を実施しているのか考察することで、 日本のとるべき対アフリカ戦略や支援の方向性、自衛隊が果たすべき役割が明らかになる ものと考える。 このような考え方にたち、当研究所の有する研究員や専門的な知見をもって本調査研究 に取り組んだ次第である。短期間の調査研究となったため、意を尽くせないところもある が、所定の時期までに一通りの内容について纏めることができたのは喜ばしいことである。 本報告書が今後、統合幕僚学校における研究の資として活用され、それが我が国や自衛隊 のアフリカ支援のための一助となれば幸いである。 平成 26 年 3 月 一般財団法人 平和・安全保障研究所 会 長 秋 草 直 之

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目次

序章 ... 1

第 1 章 アフリカの安全保障環境をめぐる地域的概観 ... 3

第 1 節 はじめに ... 3 第 2 節 地理的な鳥瞰 ... 4 1. アフリカの真の広さ ... 4 2. 準地域の区分と特徴 ... 6 第 3 節 人口の動態 ... 12 1. 増加し続ける人口 ... 12 2. 膨張し続ける都市 ... 14 第 4 節 資源の大陸 ... 16 1. エネルギー資源 ... 16 2. 金属資源... 18 第 5 節 おわりに ... 19

第 2 章 主要国等の対アフリカ戦略 ... 20

第 1 節 主要国とアフリカ諸国の関係の概観と 2000 年頃までの援助の考え方 ... 20 1. 主要国とアフリカ諸国の関係の概観 ... 20 2. 主要国の 2000 年頃までの援助の考え方:支援国の利益や思惑が中心 ... 21 第 2 節 アフリカ諸国の支援ニーズと主要国の支援:2000 年頃から ... 21 1. 2001 年の「アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)」 におけるアフリカ諸国の支援ニーズ ... 21 2. 先進諸国による支援:NEPAD の支援と MDGsの設定 ... 22 3. 国連ミレニアム開発目標(MDGs):援助の目標と達成状況の把握 ... 23

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第 3 節 中国 ... 25 1. 中国のアフリカ支援の変遷 ... 25 2. 中国の対アフリカ戦略 ... 26 3. 中国の国連 PKO 派遣政策の変遷と国連 PKO 派遣状況 ... 29 4. 中国の対アフリカ援助と中国・アフリカ間の貿易投資 ... 33 第 4 節 米国 ... 36 1. 米国のアフリカに対する関与の変遷 ... 36 2. オバマ政権(2009.1‐)における対アフリカ戦略と 2014 年 8 月のサミット ... 41 3. 米国のアフリカに対する安全保障/軍事面での関与 ... 46 4. 米国の対アフリカ援助と米国の対アフリカ援助額 ... 50 5. 米国・アフリカ間の貿易投資 ... 53 第 5 節 英国 ... 55 1. 英・仏とアフリカ諸国の関係:歴史的に深い関係 ... 55 2. 英国の対アフリカ戦略 ... 57 3. 英国の「海外安定構築戦略」と国連 PKO 派遣 ... 59 4. 英国の対アフリカ援助と英国・アフリカ間の貿易投資 ... 62 第 6 節 仏国 ... 64 1. 英・仏とアフリカ諸国の関係:歴史的に深い関係 ... 64 2. 仏国の対アフリカ戦略 ... 65 3. 仏国のアフリカに対する軍事的関与 ... 67 4. 仏国の対アフリカ援助と仏国・アフリカ間の貿易投資 ... 69 第 7 節 豪州 ... 71 1. 豪州とアフリカ諸国の関係:2008 年から強化 ... 71 2. 豪州の対アフリカ戦略の考察 ... 72 3. 豪州の PKO への取り組み―アフリカへの国連 PKO 派遣 ... 73 4. 豪州の対アフリカ援助と豪州・アフリカ間の貿易投資 ... 74 第 8 節 スウェーデン ... 76 1. スウェーデンの対アフリカ戦略 ... 76

2. スウェーデンの国連PKO と非国連PSO への取り組みとアフリカへの国連PKO 派遣 ... 77

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第 9 節 インド ... 81 1. インドとアフリカ諸国の関係:歴史的に深い関係、2008 年が大きな転機 ... 81 2. インドの対アフリカ戦略の考察 ... 82 3. インドにとっての国連 PKO の意義とアフリカへの国連 PKO 派遣 ... 83 4. インドの対アフリカ援助とインド・アフリカ間の貿易投資 ... 85 第 10 節 国連 ... 86 1. 国連で大きいアフリカ票田 ... 86 2. アフリカの貧困と闘ってきた国連 ... 87 3. アフリカに偏る国連 PKO 派遣 ... 88 第 11 節 まとめ ... 88 1. 主要国の対アフリカ戦略目標 ... 88 2. 主要国のアフリカへの取り組み ... 90 3. 米国を中心とした諸外国の関係 ... 93

第 3 章 日本のアフリカ戦略 ... 94

第 1 節 我が国の対アフリカ基本政策... 94 1. 国家安全保障戦略 ... 94 2. 防衛計画の大綱 ... 95 3. 国際平和協力活動 ... 96 4. 国際緊急援助隊活動 ... 97 5. 日本政府の対アフリカ外交 ... 98 6. 近年の対アフリカ安全保障協力 ... 102 第 2 節 我が国の対アフリカ戦略... 102 1. アフリカ戦略指針 ... 103 2. アフリカ戦略実行計画 ―「協奏的な安全保障協力」の構築 ... 109

第 4 章 自衛隊が果たすべき役割 ... 115

第 1 節 基本的な考え方 ... 115 1. 日本のアフリカ戦略指針 ... 115 2. 「協奏的な安全保障協力」と自衛隊の役割 ... 119

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第 2 節 自衛隊が果たすべき役割... 124 1. 自衛隊が目指すべき方向性 ... 124 2. 具体的施策... 126 3. 施策実現の課題及び処置事項 ... 140

終章 提言 ... 148

1. アフリカに対する認識に関する提言 ... 148 2. 主要国の対アフリカ戦略の認識に関する提言 ... 149 3. 対アフリカ戦略指針の構築へ向けた提言 ... 151 4. 対アフリカ戦略支援拠点の設置を提言 ... 152 5. 自衛隊がより大きな役割を果たすための提言 ... 154

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序章

この報告書は、「主要国の対アフリカ戦略に基づく投資/支援に関する調査研究」の成果 である。アフリカはすでに単なる「援助対象国」ではなく、「対等なビジネス・パートナー」 として成長している。主要国は、資源開発、投資拡大、市場拡大を図って経済活動を活発 化させており、その活動は 2000 年頃から急激に拡大している。同時に、アフリカにおける 貧困、疫病、紛争、大規模自然災害など多くの人間の安全保障への立ち遅れが引き続き進 行しており、民主化の遅延、破綻国家・無政府状態などを生みだしている。その結果、テ ロリストの聖域化、麻薬・誘拐、テロなどの組織的犯罪、海賊行為増大による海洋安全へ の脅威が地域の安全保障環境を悪化させている。 この報告では、こうした状況下で、主要国はどんな戦略を展開しようとしているのかに 関して、それぞれの投資/支援活動を通して分析した。そこには、アフリカ成長機会法によ る特恵関税供与および貿易開発支援をアフリカ改革支援の中核にし、多くの輸出品目に対 して無関税にする措置を取り、経済レベルの向上が民主化の基礎になると見る米国の戦略 や、それとは対照的に、本国より設備、労働力を持ち込み、現地軍事政権を支援して確実 に資源を獲得し市場を拡大する中国の戦略などを吟味することが出来る。こうした戦略の 相違は、当然大国間の対立要因となり、引いては大国間の利害衝突になりかねない。 我が国は 1993 年以降 5 年に 1 度開催する TICAD (アフリカ開発会議)を通してアフリ カとの貿易、投資活動を強化して、「平和の定着」、「人間中心の開発」、「経済成長を通した 貧困削減」に重点をおいてきた。他方、国際平和活動においては、2012 年より、自衛隊が 国連南スーダンミッション(UNMISS)の下、南スーダンの首都ジュバおよびその近郊に おいて、ODA と連携させたナバリ地区の道路建設など、施設隊による建設分野での貢献を 進めている。その中で、我が国は自衛隊と ODA との戦略的・効果的な連携の重要性を強 調している。 このように米・中・日以外にも、英国、仏国、豪州、スウェーデン、インドの戦略とそ の方向性に関しての調査分析を行った。また国連の戦略に関しても項目を改めて調査した。 これらを踏まえて、アフリカ全体の経済発展と国際関係の中で、我が国の対アフリカ戦 略は我が国の国益に合致したものになっているのだろうか、とくに自衛隊が果たすべき役 割はどうあるべきなのか、そうした役割はどのように修正していくべきなのかについて検 討を加えた。

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最後にこれらを纏めて、提言とした。

執筆者のうち 2 名は、米国ワシントン D.C.に赴き、政府機関、シンクタンクなどを訪問 し、主要国の対アフリカ戦略に関する資料収集、見解聴取などを実施した。

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第 1 章 アフリカの安全保障環境をめぐる地域的概観

第1節 はじめに

アフリカに対するイメージは、近年、劇的に好転した。かつて「貧困大陸」や「紛争大 陸」といったネガティブなイメージで捉えられがちであったアフリカは、いまや「希望の 大陸」「資源大陸」「成長大陸」「経済大陸」「地球上最後の巨大市場」「資本主義最後のフロ ンティア」といった、主に資源開発や経済成長をめぐるポジティブなイメージで語られる ようになった。こうした急激なアフリカ・イメージ好転の背景には、イラク戦争を契機と して 2003 年に始まった世界的な資源価格の高騰があり、そのさらなる遠景には、新興国、 特に中国の資源需要の急速な拡大がある1 もともとアフリカは、エネルギー資源や金属資源に恵まれた大陸ではあった。しかし、 資源価格が一時的に急騰した 1970 年代を除けば、ボツワナや南アフリカなどを除く多くの アフリカ諸国では、少なくとも 1990 年代までは必ずしも十分な経済成長を達成できず、特 に「失われた 10 年」といわれた 1980 年代には、その大半の諸国が深刻な経済停滞を経験 した。また、アフリカでは、経済停滞や貧困問題に加えて、独立直後から紛争やクーデタ が頻発して総じて不安定な政情が続き、教育や保健医療といった人間開発分野でも課題が 山積してきたため、20 世紀後半のアフリカには、「貧困」「飢餓」「紛争」「難民」「クーデ タ」「独裁」「腐敗」「感染症」「低開発」といった負のイメージが、幾層にも重なりあって 絡まりつくようになったのである。 しかし、21 世紀に入って、そうした状況は一変する。アフリカでは、資源価格の高騰を 背景に外貨収入や鉱業部門への投資が急増し、それが経済を活性化させるようになった。 そして、アフリカ人の所得が向上し、それによって個人消費が刺激されてさらに経済成長 率を押し上げるという好循環が生まれた。その結果、かつての「苦悩する大陸」のイメー ジは急速に薄れていき ── アフリカが抱える開発問題の多くは未解決であるにもかかわ らず ── 代わって「成長する大陸」のイメージが広く流布するようになったのである。 しかし、資源全面高という近年の国際環境の変化によってもたらされた今日のアフリカ の経済成長を「自立性や持続性を欠いた一時的なもの」あるいは「開発なき成長」として あやぶむ声は、けっして少なくない。たとえば、日本貿易振興機構アジア経済研究所の平 1 中国の資源需要拡大やアフリカ進出の詳細については、平野克己『経済大陸アフリカ─資源、食糧問題 から開発政策まで』中央公論新社、2013 年を参照されたい。

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野克己は、今日の世界的な資源高は、中東戦争に起因する 1970 年代のオイルショック期の ような一時的なものではなく、中国の資源需要拡大を一背景とした比較的中長期の傾向で あり、その意味では資源高に支えられたアフリカの経済成長も当面の間は持続する可能性 があるとしながらも、その成長構図にみられる自立性の欠如について次のように指摘する、 「投資が外からやってきてアフリカの生産力を底上げし、生産増加によってえられたあら たな所得の多くをアフリカ人が消費する。そのための商品の多くはやはり外からはいって くる。自立性に欠けたこの成長構図にはたしかにあやういものがある。資源高によって輸 出収入がいきなり膨らんだことがこの構図が形成される契機だったが、しかし資源価格が 下落すれば輸出額が減って輸入をささえられなくなる。投資ははいらなくなるだろうし、 投資の流入がとまれば経済成長もとまる」2 アフリカは今日、「成長する大陸」「希望の大陸」とみなされつつある。しかし、資源開 発に過度に依存したそのいびつな経済成長のあり方には、あやうさともろさが見え隠れす る。また、今日のアフリカ諸国では、経済が急成長を遂げ、クーデタや紛争が減少して政 情も総じて安定化しつつある一方、これまでの開発問題の多くがなんら解決されないまま 残されてしまっており、そこには「苦悩する大陸」「貧困の大陸」というもうひとつの顔が 厳然たる事実として存在する。 本章の目的は、主要国と我が国の対アフリカ戦略を考察する上で有用と思われる、アフ リカの安全保障環境に関する基礎的な知識・情報を簡潔に整理し、提示することにある。 具体的には本章では、アフリカの地理、人口、資源の 3 点について、国単位ではなく主に 地域的に概観していく。

第2節 地理的な鳥瞰

1. アフリカの真の広さ

図 1 は、私たちにとって馴染み深いメルカトル図法の世界地図である。周知のとおり、 メルカトル図法には、地球儀が平面図に投影され、しかも十分に狭い範囲であれば形も正 しく表現される一方、緯度によって縮尺が変化してしまい、特に高緯度地方は距離や面積 2 平野『経済大陸アフリカ』、82 頁。

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が著しく拡大されてしまうという特徴がある。このため、高緯度に位置する国や地域の面 積は、赤道周辺の低緯度のそれよりも過大に見えてしまう。私たちは通常、こうしたメル カトル図法の特徴をよく理解しているはずであるが、それでも私たちの頭の中に描き出さ れる世界地図のイメージには、メルカトル図法的な不正確な地理空間感覚が入り込んでし まうことが少なくない。特に赤道直下に位置しているアフリカ大陸は、高緯度の国や地域 よりも領域的に過小評価されてしまいがちである。 そこで、メルカトル図法ではわかりにくいアフリカの真の大きさを視覚的によりよく理 解するために作成されたのが図 2 である。アフリカ大陸(マダガスカル島といった周辺の 島嶼地域を含む)の総面積は約 3022 万平方キロメートルであるが、図 2 に示されていると おり、それはアメリカ合衆国(963 万平方キロメートル)、中国(960 万平方キロメートル)、 インド(329 万平方メートル)の 3 カ国の国土を合わせた面積よりもはるかに大きい。ア フリカ大陸は、地球上の陸地全体の実に約 5 分の 1 を占める、まさに広大な地域なのであ り、アフリカの安全保障環境を理解するためには、まずその点をしっかりと認識する必要 がある。これほど広大な地域が、たしかに近年経済成長を遂げつつあるとはいえ、それで もなお経済・外交・軍事・行政などの面で極めて限定的あるいは脆弱な能力しかもたない 図 1 世界地図(メルカトル図法) 図 2 アフリカの真の大きさ 出典:Mail Online ホームページ (http://www.dailymail.co.uk/ 2014 年 2 月 21 日アクセス)。

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図 3 アフリカの準地域 出典:筆者作成。 アフリカの諸国家によって「統治」されているという現実、私たちはそのことを看過すべ きではない。そして私たちは、アフリカの諸国家が今日直面している、あるいは将来直面 するであろう安全保障課題の甚大さに気づく必要がある。

2. 準地域の区分と特徴

アフリカには、大陸部とその周辺島嶼地域を合わせて、2014 年 3 月時点で 55 の国・地 域がある(西サハラを含む)3。これらの諸国は、大別して、①北アフリカ(North Africa)、 ②西アフリカ(West Africa)、③中部アフリカ(Central Africa)、④東アフリカ(East Africa)、 ⑤南部アフリカ(Southern Africa)、という 5 つの準地域(sub-region)に分けられる(図 3 参照)。 ちなみに、西アフリカ、東アフリカ、 北アフリカの 3 つの準地域名には「部」 がつかないのに対して ── つまり、「西 部、アフリカ」「東部、アフリカ」「北部、アフ リカ」という呼称は、ときに使用される ことはあっても、必ずしも一般的ではな いのに対して ── 中部、アフリカと南部、 アフリカという準地域については「部」 がつく。それは、中部アフリカ地域には 「中央アフリカ」(厳密にいえば、中央ア フリカ共和国)、南部アフリカ地域には 「南アフリカ」(南アフリカ共和国)という国 家があり、準地域名を中部アフリカではなく 「中央アフリカ」、あるいは南部アフリカではなく「部」をとって「南アフリカ」と仮に表 現してしまうと、準地域名と国名が同一になってしまい、混乱をきたすことに一因がある。 したがって、少なくとも日本語で表記する場合には、アフリカ中部にある国家を指すとき は「中央アフリカ(共和国)」、アフリカ中部という準地域を表現するときは「中部アフリ 3 西サハラは、宗主国スペインの撤退にともなって 1976 年に「サハラ・アラブ民主共和国」として独立 を宣言したものの、隣国モロッコによる実効支配がいまなお続いている。西サハラはアフリカ連合 (African Union: AU)には加盟を認められているが、同国を国家承認した国は世界的にみて少なく、日 本もまだ承認していない。ちなみに、モロッコは AU(旧アフリカ統一機構)への西サラハ加盟を不服 として同機構を脱退している。

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表 1 アフリカ諸国の準地域別分類 カ」という表現を用い、同じくアフリカ南部についても、国家の場合は「南アフリカ」、準 地域の場合は「南部アフリカ」とすることが望ましい4 表 1 は、アフリカの 55 の国・地域を 5 つの準地域に分類した一覧である。アフリカの どの国がどの準地域に属するのかについては、ある程度の共通認識がみられる一方、「定説」 といえるものはなく、曖昧さが少なからずみられる。たとえば、スーダンは、サハラ以南 アフリカの国として東アフリカにしばしば分類されるが、アラブ人やアラビア語話者が人 口的に多いこともあってアラブ世界の北アフリカに分類されることもある。また、内陸国 のルワンダやブルンジは、東アフリカに分類されることもあれば、コンゴ民主共和国との 植民地期からの歴史的つながりもあって中部アフリカに分類されることもある5。さらに、 中部アフリカのコンゴ民主共和国や東アフリカのタンザニアは、南部アフリカの一部とみ なされることもある。 (1) 北アフリカ 6 つの国・地域から成る北アフ リカは、アフリカ大陸に位置して はいるものの、アラブ世界にも属 しているため、サハラ以南アフリ カとは区別してしばしば「中東」 に分類されてきた。しかし、アル ジェリアやリビアといった北アフ リカからマリを含む西アフリカま でのサハラ・サヘル地域では近年、 トランスナショナルな形態でのテ ロ事件が頻発しており、北アフリ カと他のアフリカ(サハラ以南ア フリカ)とを峻別して分析しようとする従来のオーソドックスな見方は、少なくともアフ 4 なお、英語表記では、「南アフリカ」という国家は一般に South Africa、「南部アフリカ」という準地域 は Southern Africa という形で使い分けられているが、「中央アフリカ」(国家)と「中部アフリカ」(準地 域)はどちらも Central Africa になってしまうため、両者を区別するために国家名の場合には Central African Republic と記すことが多い。 5 ルワンダ、ブルンジ、コンゴ民主共和国の 3 カ国は、かつてベルギーの植民地あるいは委任統治領であ った。 準地域名 国・地域数 国・地域名 北アフリカ 6 エジプト、アルジェリア、チュニジア、リビア、モロッコ、西サハラ 西アフリカ 16 ベナン、ブルキナファソ、ナイジェリ ア、ガーナ、シエラレオネ、トーゴ、 ニジェール、マリ、ギニア、ギニアビ サウ、リベリア、ガンビア、コートジ ボワール、カーボベルデ、セネガル、 モーリタニア 中部アフリカ 8 中央アフリカ、コンゴ、コンゴ民主共 和国、赤道ギニア、チャド、カメルー ン、ガボン、サントメ・プリンシペ 東アフリカ 11 ウガンダ、エチオピア、エリトリア、 ケニア、ジブチ、スーダン、南スーダ ン、ソマリア(ソマリランド、プント ランドなどを含む)、タンザニア、ブ ルンジ、ルワンダ 南部アフリカ 14 コモロ、レソト、マダガスカル、セー シェル、アンゴラ、ボツワナ、マラウ ィ、モザンビーク、ナミビア、南アフ リカ、ザンビア、ジンバブウェ、モー リシャス、スワジランド アフリカ全体 55 ※西サハラを含む 出典:筆者作成。

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リカの安全保障を考える上では修正を迫られつつある。これまで、政治・文化・社会的に 「アフリカ圏外」とみなされてきた北アフリカを、今後はアフリカの安全保障の視点から 「アフリカ圏内」に入れていくべきであるかもしれない。 なお、エジプトを除く北アフリカ諸国のことを「マグリブ(Maghreb、Maghrib)」6とい い、そこには一般に西アフリカのモーリタニアも含まれる。 (2) 西アフリカ 西アフリカは 16 カ国から成る準地域7であり、広大なサハラ砂漠とその南岸に位置する 半乾燥地帯のサヘル、そして沿岸部の熱帯雨林地域から主に構成される。 西アフリカのひとつの特徴は、ナイジェリアという国家の存在にある。ナイジェリアは、 準地域的にみて多くの面で突出した、まさに「地域大国」ともいうべき国家である。たと えば、西アフリカ 16 カ国の総人口は、2013 年央時点で 3 億 3,100 万人と推計されている が、その 52%に相当する 1 億 7,300 万人がナイジェリアの人口によって占められている8 。 実に西アフリカ人の 2 人にひとりはナイジェリア人なのである。それだけではない。後述 するとおり、ナイジェリアは、石油輸出国機構(Organization of the Petroleum Exporting Countries: OPEC)に加盟するアフリカ屈指の産油国であり、その経済規模の大きさは他の 西アフリカ諸国の追随を許さない。また、文化的にも西アフリカにおけるナイジェリアの 影響力は大きい。たとえば、ナイジェリアはインドとともに映画産業が盛んなことで世界 的に知られているが、アメリカのハリウッドに因んで「ナリウッド(Nollywood)」と呼ば れるナイジェリア映画は、西アフリカ諸国の都市部のビデオ店で DVD の形で広くレンタ ルされたり、地方では映画小屋のような簡易施設で毎日のように上映されたりしている。 また、ナリウッドの映画は、衛星放送を通じて西アフリカ諸国ばかりかアフリカ全土に配 信されており、アフリカの人びとのファッションやライフスタイルといった日常世界に少 なからず影響を及ぼしている。 西アフリカのもうひとつの特徴は、フランスの「勢力圏」ともいうべき旧仏領諸国の存 在にある。西アフリカ 16 カ国のうち旧仏領諸国は 9 カ国に及ぶ(ニジェール、マリ、ブル 6 マグリブとは、アラビア語で「日の没するところ」の意。エジプトからみて西方の地域を指す。 7

西アフリカには、西アフリカ諸国経済共同体(Economic Community of West African States: ECOWAS)と いう地域機構がある。ECOWAS は、1975 年に西アフリカ諸国を包摂する地域機構として設立されたが、 その後 2000 年に原加盟国のモーリタニアが脱退したため、現加盟国数は 15 カ国となっている。

8

Population Reference Bureau, 2013 World Population Data Sheet, 2013 (http://www.prb.org/Publications/Datasheets/ 2014 年 2 月 14 日アクセス).

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キナファソ、ベナン、トーゴ、コートジボワール、ギニア、セネガル、モーリタニア)。そ して旧宗主国フランスは、同国との関係が悪化したギニアを除く西アフリカの旧仏領諸国 との間で、外交・安全保障・経済・金融などをめぐって緊密な関係を構築してきた。フラ ンスの大統領や側近と、西アフリカを含む仏語圏アフリカ諸国の国家指導者との間の個人 的 関 係 を 機 軸 と し た 緊 密 な フ ラ ン ス ・ ア フ リ カ 関 係 の こ と を 「 フ ラ ン サ フ リ ッ ク (Françafrique)」9と呼ぶ。そしてフランスは、少なくとも冷戦期までは、そうした西アフ リカ諸国の親仏政権を支援するとともに自国の権益を守るために、二国間防衛協定や軍事 支援協定を締結したり、クーデタなどの政情不安が発生した際には軍事介入をしたりする 形で西アフリカに積極的にコミットメントをしてきたのである。西アフリカの旧仏領諸国 をフランスの「勢力圏」とみなす傾向は、近年、フランス国内でもかなり弱まってはいる ものの、西アフリカを理解する上で、前述の「ナイジェリア・ファクター」とともに「フ レンチ・コネクション」を軽視することはできない。 (3) 中部アフリカ 8 カ国から成る中部アフリカは、地域的なまとまりがアフリカのなかでもっとも希薄な 準地域、あるいは誤解を恐れずにいえば、求心力を欠いたやや「力の空白」的な準地域と いえるかもしれない。もちろん中部アフリカにも、西アフリカ諸国を糾合する西アフリカ 諸国経済共同体(ECOWAS)や南部アフリカを包摂する南部アフリカ開発共同体(Southern African Development Community: SADC)に相当するような、中部アフリカ諸国経済共同体 (Communauté Economique des Etats de l’Afrique Centrale: CEEAC)という準地域的機関が存 在する。しかし、CEEAC の組織としての求心力は総じて弱く、経済統合や安全保障の分 野において目立った成果をあげられていない。 中部アフリカのもうひとつの特徴は、同準地域が、石油(ガボン、赤道ギニア)、ダイ ヤモンド(中央アフリカ)、銅(コンゴ民主共和国)、コバルト(コンゴ民主共和国)とい った資源に恵まれながらも、政治的にみてかなり不安定な地域であるという点にある。な かでも、イギリスの約 10 倍に相当する広大な国土をもつコンゴ民主共和国(旧ザイール) は、1960 年の独立直後に発生したコンゴ動乱以来、武力紛争やクーデタといった政情不安 を断続的に経験し、今日なお、同国東部を中心に戦闘状態が続いている。このほか、近年 9 ヴェルシャヴ、フランソワ=グザヴィエ『フランサフリック―アフリカを食いものにするフランス』(大 野英士・高橋武智訳)緑風出版、2003 年。

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図 4 アフリカの内陸国 では、中央アフリカ共和国でも不安定な政情が続き、イスラームやキリスト教といった宗 教的アイデンティティが政治化されて大量殺戮が行われるなど、混沌した状態がみられる。 なお、中部アフリカには、コンゴ共和国とコンゴ民主共和国という 2 つの「コンゴ」が 存在する。両者を区別するために、首都名から前者を「ブラザヴィル・コンゴ」、後者を「キ ンシャサ・コンゴ」といったり、前者を「コンゴ(共和国)」、後者を「コンゴ民みん」あるい は「DR コンゴ(Democratic Republic of the Congo の DR)」と略して呼称したりする。

(4) 東アフリカ 東アフリカは 11 カ国から成る準地域である。そのなかでも、ソマリア、エチオピア、 ジブチ、エリトリアなどの「アフリカの角(Horn of Africa)」と呼ばれる地域は、長年にわ たって政情が不安定であり、特にソマリアは、冷戦後に勃発した武力紛争が北部のソマリ ランドなどを除いた地域でいまなお継続している。また、独裁政権下にあるエリトリアで も、2014 年 1 月にクーデタ未遂事件の噂が世界をかけめぐるなど、不穏な情勢がみられる。 「アフリカの角」周辺の諸国でいえば、たとえばスーダンでは、長年にわたって展開さ れてきた南北内戦が 2005 年にようやく終結し、2011 年 7 月に南スーダンが分離独立を達 成した。しかし、その南スーダンでは 2013 年 12 月、クーデタ未遂事件を契機に武力衝突 が勃発し、大量の難民・国内避難民が発生するなど予断を許さない状況がみられるように なった。また、独立後、政治的にみて比較的安定していたケニアでも、1998 年 8 月のアメ リカ大使館爆破テロ事件、2007 年 12 月から 2008 年 2 月にかけての大規模な選挙後暴動、 2013 年 9 月のショッピングモール襲撃テロ事件といった、社会を震撼させて人びとの不安 心理を煽るような事件が、1990 年代後半以降散発的 に発生するようになっている。 なお、アフリカ大陸には、内陸国が 16 カ国存 在するが(図 4 参照)、そのうち 5 カ国は東アフリカ に位置している(エチオピア、南スーダン、ウガン ダ、ルワンダ、ブルンジ)。海への直接のアクセスを もたない内陸国には、いうまでもなく、輸出入の物 流を周辺諸国の道路・鉄道輸送や港湾施設に大きく 依存しなければならないという脆弱性があり、アフ

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リカでも 1960 年代のザンビアのように、そうした物流を周辺諸国に依存するという内陸国 としての特徴が国家安全保障上の脅威につながった例はある10。しかし、アフリカの場合、 内陸国であるということそれ自体よりも、むしろそれに伴って長い国境線を隣国と共有し なければならないという点が安全保障上の脅威の一因となっているようにみえる。その意 味では、けっして内陸国に限ったことではないが、アフリカ諸国の国境線は総じて長く、 十分に警備されていない。そのため、国境を超えて大量のヒト・モノ・カネが半ば自由に 移動を繰り返しているのであり、その結果、武器、戦闘員、難民などが陸地続きの隣国か ら大量に流入したり、隣国の政情不安が比較的容易に飛び火したりすることになる。また、 アフリカの政府、特に武装勢力が紛争の過程で政権を奪取して成立したウガンダやルワン ダのような東アフリカの内陸国の政府の場合には、隣国の反政府勢力の拠点を自国内につ くらせ、ときには軍事訓練を施し、その武装勢力が自国領内から隣国に攻撃することを黙 認・支援したり、隣国の紛争に自国部隊を派遣したりするなど、対外政策の一環として軍 事的措置を用いるケースが散見される。東アフリカは、政治的・軍事的・経済的な影響や 余波が国境線を超えて諸国家間で相互に波及し合い、政治的に不安定な状況が共振・増幅・ 維持されてきた準地域といえるかもしれない。 (5) 南部アフリカ 14 カ国から成る南部アフリカのひとつの特徴は、多様性にある。独立以来クーデタを 幾度となく経験してきたコモロのような国もあれば、クーデタを一度も経験することなく、 独立以来複数政党制を堅持し、ダイヤモンド産業を中心に堅調な経済成長を遂げてきたボ ツワナのような国もある。また、長年にわたる紛争が冷戦後に終結し、その後の資源開発 によって今日急成長を遂げつつあるアンゴラやモザンビークのような国もあれば、逆に冷 戦後になってハイパーインフレーションを経験するなど経済が大混乱するとともに、独裁 国家的な傾向を顕著に示すようになったジンバブエのような国もある。 しかし、総じて資源に恵まれた南部アフリカは、地域大国である南アフリカを中核にし 10 南部アフリカの内陸国ザンビアは、独立直後、自国で産出される銅の輸出を、隣接するイギリス領南 ローデシア(現ジンバブエ)に主に依存していた。しかし、1965 年 11 月に南ローデシアで白人少数派 政権が一方的独立宣言を発表すると、ザンビアはそれまでの南ローデシア・ルートに代わる銅の輸出ル ートを緊急に確保する必要に迫られるようになった。その結果、中国の全面支援をうけて隣国タンザニ アとの間に建設されたのが「タンザン鉄道(Tanzania-Zambia Railway: Tan-Zam Railway)」であった。全 長 1,860 ㎞に及ぶタンザン鉄道は、1970 年に建設が始まり、1975 年に竣工した。そして、このタンザン 鉄道の完成によって内陸国ザンビアは、その後も銅を安定的に輸出することが可能となった。

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図 5 2013 年、2025 年、2050 年の地域別人口規模の推移 て今後ともさらなる経済成長が期待されている準地域である。また、2009 年 3 月に事実上 のクーデタが発生するなど政情が不安定なマダガスカルや、強権的傾向を強め、欧米諸国 との関係が悪化してきたジンバブエなどを除けば、南部アフリカは、アフリカのなかでも っとも政治的に安定した準地域ともいえよう。

第3節 人口の動態

1. 増加し続ける人口

人口問題は、アフリカの安全保障環境を考える上で看過できない重要な課題のひとつで ある。 図 5 は、2013 年、2025 年、そして 2050 年の各時点での世界の地域別人口規模を示した ものである(いずれも年央時点での推計値)。

出典:Population Reference Bureau, 2013 World Population Data Sheet, 2013

(http://www.prb.org/Publications/Datasheets/ 2014 年 2 月 14 日アクセス).

同図にあるとおり、世界の人口は、2013 年には 71 億 3,700 万人であったが、2050 年に は 97 億 2,700 万人にまで増加するものと予測されている。これに対して、アフリカの人口、

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特にサハラ以南アフリカの人口は、同期間に 9 億 2,600 万人から 21 億 8,500 万人へと急増 する見込みである。つまり、サハラ以南アフリカの人口は、2013 年からの 37 年間で 12 億 5,900 万人も増加してしまうのであり、それは世界全体の増加分(25 億 9,200 万人)のほ ぼ半分に相当する。中国やヨーロッパ諸国の人口は 2050 年には 2013 年時点よりも微減し、 北米、中南米・カリブ海、オセアニアの各地域についても、人口増加はするものの、その 増加分は 1~2 億人程度の範囲内におさまると予測されているのに対して、サハラ以南アフ リカでは、約一世代の間に 12 億人もの人口が増加してしまう。それは、アジア諸国(中国 を除く)の人口増加分(10 億 2,500 万人)をも凌駕する。アフリカがいくら近年目覚まし い経済成長を遂げているとはいえ、その経済力はアジア諸国にははるかに及ばないのであ り、サハラ以南アフリカは、今後急増するであろう人口増加分を支えきれず、これまで以 上に深刻な開発問題に直面することになるかもしれない。 他方、表 2 は、2013 年と 2050 年の人口規模上位 10 カ国を示したものである。いうまで もなく、今日世界最大の人口大国は中国だが、その 2050 年の予測人口は 2013 年時点より も微減し、代わってインドが 2050 年には世界最大の人口大国になる。しかし、ここで注意 を喚起しておきたいのは、2013 年時点で 1 億 7,400 万人であったナイジェリアの人口(世 界第 7 位)が、2050 年には 2 倍以上の 4 億 4,000 万人にまで激増し、アメリカを抜いて世 界第 3 位の人口大国になってしまうという点である。また、2013 年時点で人口規模上位 10 位に入っていなかったコンゴ民主共和国やエチオピアといったアフリカ諸国でも人口が急 増し、両国は 2050 年にはトップ 10 入りを果たすものと予測されている。 表 2 世界の人口規模上位 10 カ国の変化 2013 年 2050 年 中国 13 億 5700 万人

インド 16 億 5200 万人 インド 12 億 7700 万人 中国 13 億 1400 万人 アメリカ 3 億 1600 万人 ナイジェリア 4 億 4000 万人 インドネシア 2 億 4900 万人 アメリカ 4 億人 ブラジル 1 億 9600 万人 インドネシア 3 億 6600 万人 パキスタン 1 億 9100 万人 パキスタン 3 億 6300 万人 ナイジェリア 1 億 7400 万人 ブラジル 2 億 2700 万人 バングラデシュ 1 億 5700 万人 バングラデシュ 2 億 200 万人 ロシア 1 億 4300 万人 コンゴ民主共和国 1 億 8200 万人 日本 1 億 2700 万人 エチオピア 1 億 7800 万人

出典:Population Reference Bureau, 2013 World Population Data Sheet, 2013 (http://www.prb.org/Publications/Datasheets/ 2014 年 2 月 14 日アクセス).

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2. 膨張し続ける都市

しかし、こうした「人口爆発」だけが、アフリカが直面する人口問題なのではない。アフ リカでは、その経済が支えきれないほどの人口増加が今後生じてしまうことに加えて、それ と同程度あるいはそれ以上に深刻な現象が現在進行している。それは、急速な都市化である。 表 3 は、世界で都市化がもっとも急速に進行しつつある上位 20 の都市のリストである。 これらはすべて新興国か開発途上国の都市だが、そのほぼ半数(9)はアフリカの都市にほ かならない。アフリカの都市はいま、世界的にみてもっとも急速な人口増加を経験している のである。 表 3 世界で都市化がもっとも急速に進んでいる 20 の都市 順位 都市名 国名 2006 年から 2020 年までの 年平均人口増加率(%) 1 北海 中国 10.58 2 ガージャーバード インド 5.20 3 サナア イエメン 5.00 4 スーラト インド 4.99 5 カブール アフガニスタン 4.74 6 バマコ マリ 4.45 7 ラゴス ナイジェリア 4.44 8 ファリダバード インド 4.44 9 ダルエスサラーム タンザニア 4.39 10 チッタゴン バングラデシュ 4.29 11 トルーカ メキシコ 4.25 12 ルブンバシ コンゴ民主共和国 4.10 13 カンパラ ウガンダ 4.03 14 サンタクルス ボリビア 3.98 15 ルアンダ アンゴラ 3.96 16 ナーシク インド 3.90 17 キンシャサ コンゴ民主共和国 3.89 18 ナイロビ ケニア 3.87 19 ダッカ バングラデシュ 3.79 20 アンタナナリボ マダガスカル 3.73

出典:City Mayors ホームページ(http://www.citymayors.com/ 2014 年 2 月 23 日アクセス)。 都市にかぎらず人口の増減は、自然増減(住民の出生や死亡)と社会増減(転入出)によ って左右されるが、急速な都市化は、農村部などからの人口流入(社会増)が一般にその主 因となる。アフリカの都市の場合も、就学や就業の機会を求めて多くの人びとが農村部から 都市に流入を続けている。これはアフリカで中長期的に進行してきた傾向ではあるものの、 近年の経済成長がそれにさらに拍車をかけている(図 6 参照)。その結果、アフリカで静か に進む「人口爆発」を農村部よりも都市部がより多く吸収する形になっているのである。 しかし、農村部から、賃金が高く、就業などの機会に恵まれているとされる都市部へと人

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図 6 急速に膨張する都市 出典:BBC ホームページ(http://www.bbc.co.uk/ 2014 年 2 月 23 日アクセス)。 びとが流入してきても、都市では産業が未成熟で、雇用も十分に拡大せず、インフラも整備 されていないことが多い。このように地方からの人口流入が、産業、雇用、インフラ、行政 サービスなどをめぐる都 市の能力を超えるスピー ドで進行してしまい、その 結果として都市で失業や スラムが拡大する現象の ことを「産業化なき都市 化」という。そしていまア フリカで進行しているの は、まさにこの「産業化な き都市化」現象にほかなら ない。 しかし、アフリカの「産 業化なき都市化」は、失業 やスラムといった都市問 題をはるかに超えた懸念 材料となりつつある。 前述した平野によれば、サハラ以南アフリカの穀物土地生産性は世界平均の 3 分の 1 以下 の水準にあり、この低い土地生産性のために食糧自給を達成できないアフリカでは、大量の 食糧穀物が恒常的に不足し、それをアジアなどからの輸入によってまかなっている。この結 果、アフリカはアジアよりも総じて貧しいにもかかわらず、物価、特に食糧物価は逆にアジ アよりも高いという「ねじれ現象」が生じ、その物価高がアフリカの賃金水準を押し上げて しまうため、低廉な労働力を求める海外企業の投資がなかなかやってこない11。そして、こ の「国は貧しいのに物価や賃金は高く、そのために投資がなかなかやってこない」というア フリカ特有の状況をさらに悪化させているのが、アフリカの急速な都市化なのである。アフ リカでは、農村部と都市部との間の著しい賃金格差を背景として人びとが都市に急速に流入 してきているが、それによって食糧自給率はさらに低下し、食糧輸入が一層増大しかねない。 11 平野『経済大陸アフリカ』、100-138 頁。

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そうなれば、貧しいのに賃金は高止まりしたままとなり、そのために投資が敬遠されて貧困 から脱却できないという状況が続くことになるかもしれない。 しかし、アフリカの急速な都市化が深刻なのは、それが単に失業やスラム化といった都市 問題や賃金高による海外投資の忌避といった問題だけではなく、重大な食糧安全保障問題を もたらすからである。いうまでもなく都市化は、農村部での食糧生産人口の割合が減り、逆 に都市部の食糧消費人口が相対的に増加することを意味する。したがって、アフリカの農村 部は、土地生産性が今後著しく向上しないかぎり、急増する都市住民に食糧を供給すること が一層不可能になり、その分を世界の食糧生産地が供給しなければならなくなる。アフリカ の急速な都市化は、アフリカ域内のスラムや貧困の拡大だけではなく、まさに世界の食糧安 全保障上の「脅威」となりかねないのである。

第4節 資源の大陸

1. エネルギー資源

表 4 は、世界の国別石油生産を示したものである。同表にあるとおり、2012 年の世界の 石油生産量は 8,615 万 2,000 バレルであり、それに占めるアフリカの割合は 10.9%(944 万 2,000 バレル)であった。なかでも、ナイジェリア(2.8%)、アンゴラ(2.1%)、アルジェリ ア(1.8%)、リビア(1.7%)の 4 カ国が、アフリカにおける主要な産油国である。 アフリカにおけるエネルギー資源(石油、天然ガス)の供給地としてこれまで知られて いたのは、①北アフリカの地中海沿岸諸国(リビア、アルジェリア、エジプトなど)、②西 アフリカから中部アフリカにかけてのギニア湾沿岸諸国(ナイジェリア、ガボン、赤道ギ ニアなど)、③南部アフリカのアンゴラ、④東アフリカとその周辺(スーダン、南スーダン、 チャドなど)の 4 つの地域であった。しかし近年、南部アフリカのモザンビーク沖の大水 深域で巨大ガス田が発見されたり、これまで地質年代が比較的新しいために石油が産出さ れるとは考えられてこなかった、東アフリカのケニアのような大地溝帯周辺の諸国でも油 田が発見されたりしており、ギニア湾での油田開発の進展などとともに、アフリカのエネ ルギー資源開発・供給の構図は急速に変化しつつある12(図 7 参照)。 12 石油天然ガス・金属鉱物資源機構ホームページ(http://www.jogmec.go.jp/ 2014 年 2 月 17 日アクセス)。

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しかし、アフリカのエネルギー資源開発をめぐっては、明るいニュースばかりが聞かれ るわけではない。たとえば、北米では近年、シェールガス・シェールオイルの増産が急速 に進められており、特にアメリカの場合、そのシェールオイル生産量は 2012 年半ばには日 量 150 万バレルの水準に達した。そして、これにともなって、アメリカのアフリカ原油の 輸入量は、2012 年にはピーク時の約半分程度(日量 100 万バレル)にまで落ち込んでいる。 アメリカの原油純輸入量は、シェールガス・シェールオイルの国内増産を背景として 2005 年以降減少傾向を示しており、同国のアフリカ原油への依存度は当面の間は低減し続ける であろう。そうしたなか、アメリカという輸出先を失いつつあるアフリカ原油は、西ヨー ロッパやアジアなどに新たな販路を求めなければならない状況に直面している13 表 4 世界の石油生産 国 名 2012 年の生産量(千バレル) 2012 年の世界シェア(%) ナイジェリア 2,417 2.8 アンゴラ 1,784 2.1 アルジェリア 1,667 1.8 リビア 1,509 1.7 エジプト 728 0.9 コンゴ共和国 296 0.4 赤道ギニア 283 0.3 ガボン 245 0.3 チャド 101 0.1 スーダン 82 0.1 チュニジア 65 0.1 南スーダン 31 - その他 234 0.3 アフリカ全体 9,442 10.9 アメリカ 8,905 9.6 カナダ 3,741 4.4 メキシコ 2,911 3.5 北米全体 15,557 17.5 ベネズエラ 2,725 3.4 ブラジル 2,149 2.7 コロンビア 944 1.2 その他 1,541 1.9 中南米全体 7,359 9.2 サウジアラビア 11,530 13.3 イラン 3,680 4.2 アラブ首長国連邦 3,380 3.7 クウェート 3,127 3.7 イラク 3,115 3.7 カタール 1,966 2.0 オマーン 922 1.1 その他 550 0.8 中東全体 28,270 32.5 ロシア 10,643 12.8 ノルウェー 1,916 2.1 カザフスタン 1,728 2.0 イギリス 967 1.1 13 半澤彰「北米を中心とするシェールガス、シェールオイルの最新動向とその影響─平成 25 年 7 月 11 日 平成 25 年度技術開発・調査事業成果発表会報告要旨」、2 頁、石油エネルギー技術センター・ホームペ ージ(http://www.pecj.or.jp/ 2014 年 2 月 23 日アクセス)。

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図 7 アフリカにおけるエネルギー資源・金属資源の開発 出典:石油天然ガス・金属鉱物資源機構ホームページ(http://www.jogmec.go.jp/ 2014 年 2 月 17 日アクセス)をもとに筆者作成。 アゼルバイジャン 872 1.1 その他 1,085 ヨーロッパ・ユーアフラシア全体 17,211 20.3 中国 4,155 5.0 インドネシア 918 1.1 インド 894 1.0 マレーシア 657 0.7 オーストラリア 458 0.5 その他 1,231 1.3 アジア太平洋全体 8,313 9.6 世界全体 86,152 100.0

出典:BP Statistical Review of World Energy June 2013, p. 8 (http://www.bp.com/content/dam/bp/pdf/ 2014 年 2 月 14 日アクセス).

2. 金属資源

図 6 は、アフリカにおける資源開発の状況を図示したものである(前述のエネルギー資 源を含む)。

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い大陸である。アフリカは、世界全体のプラチナの 89%(南アフリカ、ジンバブエ:以下、 カッコ内はアフリカの主な産出国)、クロニウムの 81%(コンゴ民主共和国、南アフリカ)、 マンガンの 61%(南アフリカ)、コバルトの 60%(コンゴ民主共和国、ジンバブエ)、ボー キサイトの 26%(ギニア)、ウランの 20%(ナミビア、ニジェール)をそれぞれ生産して いる14 。このほか、銅、ニッケル、タンタル、ニオブ、レアアースなども産出しており、 アフリカは、日本が推進する資源外交の重要なターゲットのひとつとなっている。

第5節 おわりに

本章では、次章以降で主要国と我が国の対アフリカ戦略を詳細に考察するにあたり、そ のよりよい理解のために有用と思われる、アフリカの安全保障環境に関する基礎的な知 識・情報を、地理、人口、資源という 3 点にまとめて概観した。 しかし、いうまでもなく、アフリカの安全保障環境は、地理、人口、資源の 3 点だけで 語りうるものではない。たとえば、アフリカの安全保障環境に深く関連しながらも本章で 取り上げることができなかった項目としては、金融、産業、国軍、国防支出、紛争、クー デタ、安全保障政策、地域機構、平和維持活動、海賊、テロ、麻薬、国際関係などがある。 そして、そうした本章の難点を多少なりとも補うために作成したのが、巻末の比較的大部 の参考文献一覧である。 今日、アフリカに関する文献は、実に夥しい数が存在する。そこで、巻末の参考文献一 覧を作成するにあたっては、原則として 2000 年以降に出版・公表された文献のみを収録し た。また、分野としては、アフリカの人口問題や資源開発といった本章の内容に直接関連 する文献はもちろんのこと、アフリカ事情全般やその安全保障問題、特に紛争、テロ、地 域機構、国際関係に関する文献を多く集めた。なかでも国際関係については、アフリカへ の進出が著しい中国に関連する文献を広く渉猟するように努めた。 14 日本貿易保険ホームページ(http://nexi.go.jp/webmagazine/country/004388.html 2014 年 2 月 23 日アクセ ス)。

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第 2 章 主要国等の対アフリカ戦略

第1節 主要国とアフリカ諸国の関係の概観と 2000 年頃までの援助

の考え方

1. 主要国とアフリカ諸国の関係の概観

アフリカ諸国が独立した 1960 年代から冷戦終結まで、米・英・仏はアフリカ諸国を財 政的に支援していた。特に、1974 年前後の石油危機以降、ソ連がアフリカに進出したこと から、アフリカは東西陣営の勢力の最前線となり、米国とソ連は、「戦略的援助」を投入し た。 1989 年に冷戦が終了すると、米・英・仏にとっては自国の安全保障に直結する東欧の重 要性が高まる一方でアフリカの重要性は低下した。加えて、当時欧米先進国は経済停滞に 悩まされていたこともあり、対アフリカ支援に消極的になっていった(「援助疲れ」論)1 。 欧米先進国は、アフリカ諸国の政策を非難し、非民主的な政府の体質を改めない限り援助 を控えるとし、速やかな民主化やグッドガバナンス2の実行を援助の条件とした3 一方、中国は、改革開放以前は政治的イデオロギーを重視して援助を行っていたが、改 革開放以降、経済協力重視へと転換した。1993 年に石油の輸入国に転じたこともあり、1990 年代半ば以降、中国は資源の確保と市場の拡大を目指してアフリカ諸国との関係を強化し た。アフリカにおける中国の存在は、2000 年代半ばから急速に高まっている。 中国の存在の高まりを受けて、米・英・仏は、自らが長くアフリカに保持してきた権益 を中国が奪取しかねないとの認識から、中国に対する批判的な姿勢を強めるとともに、あ らためてアフリカとの関係を強化するようになった。 豪州、スウェーデン、インドも資源の確保と市場拡大などを目指して、2008 年頃から急 速に関係を深めている。 日本にとってアフリカは長期にわたり「遠い大陸」であった。しかし、1970 年代の 2 度 の石油危機を経て、日本は、鉱物資源の安定確保と供給源の多様化のためアフリカとの関 係を深めた。そして、冷戦終結後、国際社会のアフリカへの関心が薄れる中、日本政府は、 1 外務省「よくある質問集アフリカ」外務省 HP、2014 年。 2 外務省 HP において、「ガバナンスの重要な要素として、 (1)法の支配、(2)公共部門管理、(3)腐敗の抑 止、(4)過剰な軍事費の削減が挙げられている」と紹介されている。 3 たとえば、青木一能『これがアフリカの全貌だ』かんき出版、2011 年。

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1993 年にアフリカ開発会議(TICAD: Tokyo International Conference on African Development) を主催し、アフリカ開発への関心の再喚起に貢献した。TICAD は、日本が主導し、国連や 国連開発計画、世界銀行等と共同で開催されている。5 年に 1 度の首脳級会合に加え、閣 僚級のフォローアップ会議等が開催されている4

2. 主要国の 2000 年頃までの援助の考え方:支援国の利益や思惑が中心

アフリカの開発のための諸国の支援は、2000 年頃までは、「アフリカ自身の責任と努力 というよりも、アフリカ以外の国や機関に依存していたこと」、「諸外国の支援はドナーの 利益や思惑に基づいている場合が多く、開発の失敗は主導権のないアフリカの対応のまず さに押し付ける傾向さえあったこと」が指摘されている5

第2節 アフリカ諸国の支援ニーズと主要国の支援:2000 年頃から

1. 2001 年の「アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)

6

におけ

るアフリカ諸国の支援ニーズ

(1) NEPAD の目的:アフリカ自身による決意表明 「アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)」は、アフリカにおける貧困撲 滅、持続可能な成長と開発、世界の政治経済への統合を目指す、アフリカ人自身の決意を 原動力とするアフリカ指導者達の誓約である。NEPAD は、2001 年 10 月 23 日にアブジャ で行われたアフリカ元首による実行委員会発足会合において採択された「新アフリカ・イ ニシアティヴ(NAI)」が、同年 10 月に改称されたものである。 その目的は、「国際社会の援助に従属するのではなく、アフリカ自身の責任においてア フリカにおける貧困撲滅、持続可能な成長と開発、世界経済への統合を目指す。また国際 社会にはアフリカの自助努力(オーナーシップ)を補完する形での支援(パートナーシッ プ)を求めていく」とされている。 NEPAD の特徴としては、①アフリカ自身のイニシアティブ、②ガバナンスの重視、③地 域協力の重視、④民間資金の活用がある。なお、この「オーナーシップ」と「パートナー 4 外務省パンフレット「日本とアフリカ-躍動のアフリカと手を携えて」、2013 年 3 月。 5 青木『これがアフリカの全貌だ』、122 頁。 6 外務省「アフリカ開発のための新パートナーシップ」(抄訳)外務省 HP 、2003 年 3 月。

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シップ」という基本哲学は、TICAD にもつながっている7 。 (2) NEPAD におけるアフリカ諸国側からの支援ニーズ NEPAD の「5.行動計画:21 世紀において持続可能な開発を達成するための戦略」におい て、平和と安全保障、民主主義と政治・経済両面でのガバナンス、市場拡大と競争力強化 に向けた地域協力の推進を開発の前提条件と認識された上で、具体的優先分野として、イ ンフラ整備、人材開発などが掲げられている(参考1参照)。これらの分野にかかわる援助 がアフリカ諸国の支援ニーズとしてとらえることができると考える。 参考1:NEPAD におけるアフリカ諸国への支援の具体的優先順位 ①インフラ整備:全てのインフラ部門、情報技術、エネルギー、流通、水・保健衛生 ②人材開発:貧困削減、教育環境の格差是正、人材流出の防止、保健 ③農業 ④環境イニシアティブ ⑤文化 ⑥科学技術

2. 先進諸国による支援:NEPAD の支援と MDGsの設定

(1) G8 は積極的支援を表明 NEPAD に対して先進諸国は積極的な支援を表明している。2002 年の G8 サミットにおい て、NEPAD に応えて、アフリカ諸国を支援するための「アフリカ行動計画(AAP)」が採 択された。G8 は NEPAD の基本的な目的を共有しており、この AAP では、NEPAD を支援 してアフリカ諸国への取組を如何に強化するについて述べられている8 2005 年のグレンイーグルズ・サミットにおいては、アフリカ自身が自国の開発に第一 義的責任を負うことを明確にした上で、開発資金の増額の見通しを立てたことや平和 と安定、人材育成、グッドガバナンス、経済成長を含む幅広い支援策に合意し、G8 が 一層力強くアフリカを支援していくことで一致している9 7 外務省『ODA 白書(2002 年度版)』。 8 外務省「G8 アフリカ行動計画実施報告書」外務省 HP、 2002 年 6 月。 9 外務省「グレンイーグルズ・サミット:概要」外務省 HP、 2005 年 7 月 10 日。

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(2) 日本は TICAD においても対応 2013 年 6 月に横浜で開催された TICADⅤで採択された行動計画の項目は、経済の促進、 インフラの整備などであり(参考 2 参照)10、NEPAD との共通性が見られる。アフリカ諸 国の支援ニーズに沿って支援が進められていると考えることができる。 参考 2:TICAD V で採択された行動計画の項目 ①経済の促進 ②インフラ整備・能力強化の促進 ③農業従事者を成長の主人公に ④持続可能かつ強靭な成長の促進(環境・気候変動、防災) ⑤万人が成長の恩恵を受ける社会の構築(教育、保健、水・衛生) ⑥平和と安定、民主主義、グッドガバナンスの定着

3. 国連ミレニアム開発目標(MDGs)

11

:援助の目標と達成状況の把握

(1) 国連ミレニアム開発目標(MDGs)設定の背景:貧困の削減 1980 年代には、アフリカの多くの途上国は経済危機に直面し、貧困の悪化を引き起こし ていた。 1990 年代には、国際社会において貧困に対する関心が高まり、1995 年の世界社会開発 サミットでは、人間中心の社会開発を目指し、世界の絶対的貧困を半減させるという目標 が提示された。続く 1996 年には日本が提案した OECD-DAC 新開発戦略において「国際開 発目標(IDGs:International Development Goals)」が採択され、そこでも 2015 年までに極 端な貧困人口の割合を半減させるといった目標が掲げられた。「国連ミレニアム開発目標 MDGs」はこのような人間を開発の中心に置く国際潮流を発展的に統合したものといえる。 (2) 国連ミレニアム開発目標(MDGs)の目標と達成状況 新しいミレニアム12の始まりを目前にした 2000 年 9 月、147 の国家元首を含む 189 の加 10 外務省パンフレット「日本とアフリカ-躍動のアフリカと手を携えて」、2013 年 3 月。 11 外務省「ミレニアム開発目標(MDGs)とは」外務省 HP 、2014 年。 12 ミレニアム(千年紀)とは、キリストの誕生から数えて 1,000 年ごとの区切りを意味する。

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盟国代表の出席の下、国連ミレニアム・サミットが開催され、21 世紀の国際社会の目標と して国連ミレニアム宣言が採択された。ミレニアム宣言は、平和と安全、開発と貧困、環 境、人権とグッドガバナンス(良い統治)、アフリカの特別なニーズなどを課題として掲げ、 21 世紀の国連の役割に関する明確な方向性を提示した。 この国連ミレニアム宣言と 1990 年代に開催された主要な国際会議やサミットで採択さ れた「国際開発目標(IDGs)」を統合し、一つの共通の枠組みとしてまとめられたものが 「ミレニアム開発目標(MDGs)」である(参考 3 参照)。 参考 3:ミレニアム開発目標(MDGs) 目標1:極度の貧困と飢饉の撲滅 目標2:初等教育の完全普及の達成 目標3:ジェンダー平等推進と女性の地位向上 目標4:乳幼児死亡率の削減 目標5:妊産婦の健康の改善 目標6:HIV/エイズ、マラリアその他の疾病のまん延の防止 目標7:環境の持続可能性確保 目標8:開発のためのグローバルなパートナーシップの推進 「ミレニアム開発目標(MDGs)」の達成状況は、毎年、国連が報告書としてまとめてい る。地域ごとに見ると、東アジアなどが比較的順調に目標達成に向け前進しているのに対 し、サブサハラ・アフリカおよび南アジアは地域全体として厳しい状況にある。 なお、英国や仏国は、現在、「ミレニアム開発目標(MDGs)」達成を目標に援助を実施 している。

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第3節 中国

1. 中国のアフリカ支援の変遷

(1) 建国から 1990 年代まで:政治的イデオロギーの重視から経済の重視へ 1949 年の建国から 1976 年の改革開放政策までは、中国の対アフリカ支援は農業、医療、 保健面での大型プロジェクトが中心であった。特に、1960 年に中ソ論争が表面化した以降、 中国は冷戦期の国際社会においてやや孤立しがちであった。 その中で、中国はアフリカとの関係において人的な交流や大量のアフリカ留学生の受入 れなどを通じて、堅実かつ着実な関係維持を行ってきた。それは、中国の国力を反映した ものであり、経済的な支援関係にはいまだ多くの制約があったことを背景にしていた。こ の時期、中国の対外援助は、周恩来首相が 1964 年に発表した「対外援助 8 原則」(平等互 恵、内政不干渉など)に準拠したもので、政治的イデオロギーを重視した援助であった13 。 国際共産主義運動の一環として、革命、民族解放闘争支援であったともいえる。 改革開放政策を実行して以来,中国の外交は経済発展を基本として、他国の内政には介 せず、外交とイデオロギーの分離を図っていた。そのなかで対外援助額は減少し、アフリ カ諸国を含む一部諸国とは疎遠となっていた。 (2) 1990 年代半ばから 2010 年頃まで:「資源・市場の確保」と「国連における地位獲 得」 1990 年代に,アフリカにおいて台湾が「弾性外交14」や「札束外交」を展開したため、 アフリカの一部の国が対中国交を断絶して台湾との国交を樹立するに至った。この台湾の 外交に対抗するため、中国はアフリカ諸国との関係を強化した15 一方、1990 年代後半以降、中国がグローバル経済に参加するようになると、中国は経済 成長を維持するため、新たな資源供給地と製品市場をアフリカに求めた。 1990 年代、米・英・仏は「人道面での向上や人権擁護」といった観点からアフリカに関 心を向けていたが、中国は「内政不干渉」原則を堅持して,アフリカの内政に拘泥される 13 日本国際問題研究所『中国の対外援助』2012 年 3 月、2 頁。 14 1980 年代後半から台湾が実施している柔軟な外交戦略。台湾の承認や中国との国交断絶などを条件と することなく、実質的な外交関係を強化しようというもの。 15 青木一能他「日中両国の対アフリカ政策の比較」日本大学文理学部人文科学研究所『研究紀要』第 83 号、2012 年、258 頁。

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ことなくその地歩を固めていった。 このような中国の対アフリカ支援の動機は、「資源確保、国内市場の飽和に伴う新規市 場開拓」、「台湾排除、国連でのアフリカ諸国からの支持の取り付け」などの側面から説明 されてきた16

2. 中国の対アフリカ戦略

(1) 2010 年代における中国のアフリカに対する姿勢の変化 中国とアフリカの外交関係は、2000 年から開始された FOCAC(Forum of China-Africa Cooperation)閣僚会議を軸に緊密になっている17。FOCAC は、開催地を中国とアフリカに 替えながら、3 年毎に開催されている。 第 3 回 FOCAC は、2006 年に北京で開催され、経済面の協力を中心に協議された。具体 的には、中国の対アフリカ援助額の増加、中国企業の投資促進、アフリカ連合センターの 建設などなどの支援を行うこと、などの支援策が謳われた18 第 4 回 FOCAC は、2009 年にエジプトで開催された。そのテーマは「持続的発展のため の新しい中国アフリカ戦略的パートナーシップ」で、第 3 回には触れられることが少なか った分野での協力の強化が謳われた。具体的には、気候変化・科学技術・農業・衛生医療 など、社会的分野の協力の強化が協議された19 4 回の開催を経て、中国政府がアフリカ側に提示している援助資金額や援助スキームは、 政治的シンボリズムや内政不干渉主義からは既に離れ、独自の確固たる援助路線を着々と 構築しつつあるとも見られている20 第5回FOCACは、2012年7月、北京で開催された。ここで胡錦濤中国国家主席は、今後3 年間(2013~2015年)で200億ドルの低利融資の供与し、道路や港などのインフラ整備や農 16 高崎早和香「アフリカ:中国のアフリカ外交に変化」『ジェトロセンサー』2012 年 11 月号、69 頁、元 駐ボツアナ日本国特命全権大使は次のように考察している。①主要国共通のアフリカ接近の狙いは「資 源権益の確保」、②中国特有の狙いは「国際機関での大票田(国際的なプレゼンス強化)+台湾問題へ の考慮」、松山良一「最近のアフリカ情勢と我が国の対アフリカ政策」『2010 年 8 月講演会資料』、15 頁。<http://www2.jiia.or.jp/pdf/kouennkai/2010/100810jp-mastuyama.pdf> 17

神和住相子「中国の対アフリカ政策と貿易投資」『Africa Research Series(13)/企業が変えるアフリカ- 南アフリカ企業と中国企業のアフリカ展開-』アジア経済研究所、2006 年、235 頁。 18 青木他「日中両国の対アフリカ政策の比較」、247 頁。 19 同上、247-248 頁。 20 吉田栄一「第 4 回 FOCAC 中国のアフリカ協力フォーラムと中国のアフリカ外交」日本貿易振興機構ア ジア経済研究所『アフリカレポート』No.50、2010 年、48 頁。

図 3  アフリカの準地域  出典:筆者作成。  アフリカの諸国家によって「統治」されているという現実、私たちはそのことを看過すべ きではない。そして私たちは、アフリカの諸国家が今日直面している、あるいは将来直面するであろう安全保障課題の甚大さに気づく必要がある。 2
表 1  アフリカ諸国の準地域別分類  カ」という表現を用い、同じくアフリカ南部についても、国家の場合は「南アフリカ」、準地域の場合は「南部アフリカ」とすることが望ましい4。 表 1 は、アフリカの 55 の国・地域を 5 つの準地域に分類した一覧である。アフリカのどの国がどの準地域に属するのかについては、ある程度の共通認識がみられる一方、 「定説」といえるものはなく、曖昧さが少なからずみられる。たとえば、スーダンは、サハラ以南アフリカの国として東アフリカにしばしば分類されるが、アラブ人やアラビア語話者が人
図 4  アフリカの内陸国  では、中央アフリカ共和国でも不安定な政情が続き、イスラームやキリスト教といった宗教的アイデンティティが政治化されて大量殺戮が行われるなど、 混沌した状態がみられる。 なお、中部アフリカには、コンゴ共和国とコンゴ民主共和国という 2 つの「コンゴ」が存在する。両者を区別するために、首都名から前者を「ブラザヴィル・コンゴ」、後者を「キンシャサ・コンゴ」といったり、前者を「コンゴ(共和国)」、後者を「コンゴ民みん」あるいは「DR コンゴ(Democratic Republic of
図 5  2013 年、2025 年、2050 年の地域別人口規模の推移  て今後ともさらなる経済成長が期待されている準地域である。また、2009 年 3 月に事実上 のクーデタが発生するなど政情が不安定なマダガスカルや、強権的傾向を強め、欧米諸国との関係が悪化してきたジンバブエなどを除けば、南部アフリカは、アフリカのなかでもっとも政治的に安定した準地域ともいえよう。 第3節  人口の動態 1
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