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日本語の呼びかけ語の問題点

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 188-192)

5.2 呼びかけ語の問題点と可能性

5.2.1 日本語の呼びかけ語の問題点

前章で考察した通り,呼びかけ語は,語彙選択のレベルと,どんな発話の際に用いるかと いう使用/不使用のレベルを分けて考える必要がある.語彙選択は,目に見えやすい問題で ある.不適切な選択をした場合,相手を不愉快にし,間違いを正されるか,人間関係に何ら かの影響を与えるだろう.語彙選択の正否は相手の反応で分かる.

適切な呼びかけ語(語彙的選択)の知識の不足は,「知らないから使わない」という,消 極的な動機による呼びかけ語の不使用を導くだろう.使わないのであるから,当然文法的誤 りも起こりようがなく,またコミュニケーション上の重大なエラーも生じない.しかし,目 に見える誤りではなく,違和感や不自然さ,といった感覚レベルで問題が生じるようであ る.

水谷(2015)は英語圏日本語学習者の意見として「日本人の英語は失礼」という評価を耳 にするという.その背景として,「英語では相手の名前を文中に入れることで敬意・親愛の 情などを示すとされている.日本語にはこの習慣がないため,日本人の英語が失礼な印象を 与える結果になるのではないか」(7)と指摘する.そして,英語話者と日本語話者が双方に 感じる違和感について次のように述べる.

(11) 英語話者が日本語を呼ぶときに「山田さん」「田中先生」など頻繁に相手の名前を 呼ぶと,呼ばれた日本人が落ち着かない気分になる.また逆に,日本人が英語をは なすときに相手の名前を文中に織り込むことが不得手でうまくできず,日本人の英 語は「冷たい」あるいはblunt(ぶっきらぼう)という印象を与える結果になる.日 本人としてはこうした印象は意図していないので,不本意な批判を受けることにな り,しかもその原因に納得がいかないことになる.(8)

英語の呼びかけ語について分析した熊田(2016)は,学習者の呼びかけ語の(不)使用に ついて次のように述べる.

(12) 英語圏の日本語学習者が日本語を話す際に文末に相手の名前を頻繁につけることは よくあるようであるが,この行為が日本語話者に違和感を感じさせることがあって も不愉快な気持ちにさせることはないようである.一方,日本人が相手に対して名 前をつけないことでrude,bluntと感じられるほうは問題である.英語を学習する際

に,呼びかけ語の役割について意識されることは少ないように思われるので,入門 時においてはこの働きについて丁寧に説明をしておく必要があるのではないかと思 われる.(55)

呼びかけ語の頻繁な付加は特に不愉快さを引き起こさないため許され,付加しないことから 生じる失礼さは許容されないから説明すべきだ,という意見には与しない.とは言え,水谷

(2015)と熊田(2016)の指摘をまとめると,呼びかけ語の(不)使用は違和感を与える可 能性があると言える.(不)使用はグローバルエラーでもローカルエラーでもない.しか し,気持ちの良いコミュニケーションや人間関係の構築を目指すのであれば,明示的な教授 があってもよいと考えられる.学習言語と母語での異なる呼びかけ語使用の習慣は常に相手 に何らかの違和感を与える可能性がある,ということを明示的に示しておくべきであろう.

また,呼びかけ語の膨大な研究にも関わらず,研究の結果は教育現場に反映しているとは いいがたい.2章で概観した通り,日本語の呼びかけ語に関する研究は膨大に存在するが,

初級レベルの教科書では呼びかけ語に関する明示的な指導がなされていない.教科書のみな らず指導用教材にも呼びかけ語について言及はない.これらの事実から,日本語教師自身,

呼びかけ語,また呼びかけるという行為があまりに基本的なコミュニケーションの形態であ ると捉えて考慮の対象に入っていないと言えるだろう.

まず,語彙の問題がある.日本語教育で最も広く採用されている教科書『みんなの日本語

初級I 第2版 本冊』及び『みんなの日本語初級II 第2版 本冊』では,呼びかけ語と

して用いられる語種に偏りがみられる.固有名詞(+さん,くん,ちゃん等)による呼びか け語が圧倒的多数を占め,職業名,多数への名詞「皆様」等が続き,一例のみ親族名「お母 さん」が用いられる.初級レベルの学習者が遭遇する場面において発する語彙としてはこれ で十分だと考えられているのだろう.対称人称詞について,初級レベルの学習者がそれを用 いる場面はほぼないと思われるが,言われる場面は大いにありうるだろう.レストランやバ ーで年配の客が従業員に対して「ちょっときみ,ビール一杯」という場面は普通である.ま た「あなた」という語は,呼格用法ではなく言及用法として教科書や補助教材で用いられ る.そして教師が学習現場で学習者に対して「あなた」を多用する場面も散見される.この ような状況にあって,学習者は「ちょっとすみません,あなた」「あなたのお名前は?」の ように対称人称詞を用いることがある.これも,呼びかけ語も含めた対称人称詞の使用ルー ルに関する明示的な解説がないことから生じるローカルエラーであると考えることができ る.本研究では対称人称詞を含む表現として重ね用法と単独特殊用法について分析した.重

ね用法は自然談話ではなく漫画や小説等書かれた話し言葉に観察される現象であり,単独特 殊用法は老人の語りに顕著な現象である.このような,対称人称詞を含む表現は,学習者が 用いることはないが,対称人称詞に関連する知識として知っておいてもよい情報かもしれな い.

日本語ではどのような発話の際に呼びかけ語を使用するか.....

,という点についても,記述が あるわけではない.

(13) 佐藤:おはようございます.

山田:おはようございます.佐藤さん,こちらはマイク・ミラーさんです.

ミラー:初めまして.マイク・ミラーです.(後略)

(14) A:皆さん,こちらは マイク・ミラーさんです.

B:おはようございます.マイク・ミラーです.IMCの社員です.

どうぞよろしくお願いします.

この会話で学習者は,語彙選択に関して,個人に対して「固有名詞+さん」,多数に対して

「皆さん」を用いることに気づく.そして,(教師も含めて)非常に注意深い人のみが「挨 拶には呼びかけ語が付加されない」ことに気づくだろう.一方,日本語学習者の実際の発話 を観察すると,次のような発話がしばしば聞かれる.

(15) a. (出会い頭に)中国人:東出先生!

b. ネパール人:おはようございます,東出先生.(1.1(5)再掲)

(15a)は,挨拶「おはようございます」等の代替として固有名を呼ばれる(呼びかけられ る)例である.このような挨拶は中国語で行われる1.(15b)は,挨拶に付随して,丁寧さ を表明するために呼びかけ語が添えられる例である.このような呼びかけ語付加は,前章で 観察したロシア語はもちろん,英語やフランス語でも観察される.しかし日本語の挨拶

(13)(14)は,通常呼びかけ語は伴わない(ただ,言うまでもないが,呼びかけ語を用い ても誤りではない).挨拶した後,すでに聞き手は明らかであるのに,話題転換(マイク・

1 西(2012,2015)によると,目上の知人に対しては「呼びかけ型あいさつ」が最も丁寧で多用されるとい う.例えば,“李老师!”(李先生!)“张大夫!”(医者に)張先生!)“刘总!”(劉社長!)等であ る.

ミラーの紹介)のために呼びかけ語を用いている.日本語では冒頭の呼びかけ語が圧倒的に 多く,それは話題転換や前置きとして機能している(3.1.2.3).日本語学習者は挨拶する際に 呼びかけ語を付加するが,日本人(少なくとも規範文法を伝える日本語教科書)は挨拶の折 にではなく,話題を変えるために呼びかけ語を用いようとする.つまり,「いつ,どのよう な発話に伴って呼びかけ語を使うのか」,明示的な伝達がなされていないのである.

確かに呼びかけ語は,明示的教授が主流な文法項目とは解説の必要性が異なり,明示的な 指導・解説の必要性が低く,むしろ無意識に習得される対象と考えられるかもしれない.例 えば,日本語では挨拶(及び呼びかけ)の際に「あ」と言う発話が観察される.日本人の言 語行動と非言語行動を分析した国廣(1977)は,日本人には「出会いの挨拶の発話の前に

『あ』を付ける癖」(22)があり,英語には見られない現象だと述べる.定延(2016)はこ の「あ」について次のように述べる.

(16) 日本語社会で人と挨拶する局面では,「あ」などと言って「相手に気づいてみせ る」ことは,演技的性質を備えてはいるが,それは話し手を落ち着かせなくさせ得 る程度のものでしかない.「相手に気づいてみせる」は逆に,「相手に気づく」に代 用できる程度の実質性も備えている.その程度において,「あ」などと言って「相 手に気づいてみせる」時,話し手は「相手に気づく」と言える.このような「相手 に気づいてみせる」の実質性は,話し手が日本語社会に日々暮らすうちに(中略)

一連の行動の流れのパターンと共に,否応無しに話し手の体に染みこんでいくもの だろう.(中略)「あ」と言って「相手に気づいてみせる」ことは「相手に気づく」

ことの身体化と言うことができる.(139-140,下線引用者)

挨拶に前接する「あ」という発話は,本当に「相手に気づく」場合と「(あからさまに)相 手に気づいてみせる」場合があるが,それらは日本語社会に住むうちに無意識に習得するも のである,という指摘である.「相手の気づき」である「あ」は「無意識に」「自然に」習得 されると考えられている.そして,(作成者が意識的か無意識的かは不明だが)前出の教科 書にはこの点が上手く組み込まれているのである.次の例は,A社部長の松本とB社社員の サントスが久しぶりに公園で会った場面を想定している.

(17) 松 本:あ,サントスさん,久しぶりですね.

サントス:あ,松本さん,お元気ですか.

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