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分析の枠組み

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 86-89)

3.3 対称人称詞の用法―重ね用法2―

3.3.1 分析の枠組み

本節では,まず本研究が考える仮説を提示し,次に仮説の依って立つ根拠を概説する.そ の上で,改めて本研究の主張を確認する.

話し手は呼びかけ語を発して聞き手を同定し,聞き手は聞き手として同定される.それと 同時に,その呼びかけ語は必ず「話し手が聞き手をどういう存在として捉えているのか」

「話し手は聞き手やその場面に対してどんな感情を抱いているのか」という評価性がにじみ 出る.ここで,以下の仮説を検証する.

(59) 仮説

呼びかけ語は「指示」と「評価」を含む.呼びかけ語が一語の場合,それは「指 示」か「評価」のどちらかに傾く.指示的価値に傾く語の使用により評価性明示が

足りない場合,評価をより多く含む語彙を付加することで,つまり重ね用法によっ て評価的価値をも明示することができる.

3.3.1.1 「指示」と「評価」について

本研究では重ね用法を分析するための切り口として「指示」と「評価」という概念を援用 する.ここでまずその概念について解説する.

川口(2015)はフランス語の呼びかけ語を主体間モダリティの観点から論じたが,「呼び かけ表現には基本的に指示機能が優先するものと評価機能が優先するもの」(同上:373)が あるといい,その例として"Salaud!"(Bastard!)を挙げる.この語は明らかに評価表現である が指示機能がないわけではない.呼びかけの指示機能と評価機能は異なる二つの機能ではな く,混淆としたものであり,指示機能の勝る呼びかけ表現(固有名詞でさえ)でも社会的価 値づけが付きまとい,評価機能が入り込んでいるという.そもそも呼びかけには「全体とし ては指示的価値が明らかな,固有名詞(Noémie),職業(soldat(soldier)(兵隊)),階級

(maître(master)(先生))などがあり(中略)他方指示的価値ではなく評価的価値が勝る表 現も良く用いられる.Ami(friend)(友達)は無冠詞でも,定冠詞(l'ami)(*the friend)や 指示形容詞(mon ami)(my friend)を伴っても呼びかけとして用いられるが,語彙的にはプ ラスの価値評価を志向する.これに形容詞を加えてmon cher ami(my dear friend)(我が親愛 なる友),mon adorable amie(my adorable friend)(私の大切な友)のように評価を高めるこ ともできるし,mon détestable ami(my abominable friend)(憎むべき友)のように低めること も可能である」(371).つまり,呼びかけ語は指示的価値/評価的価値という共存可能な要 素があり,評価的価値に関してはプラス/マイナスの価値評価を持つと言えよう.

3.3.1.2 日本語の対称人称詞の評価性について

日本語の対称人称詞の持つ評価性に関しては,様々な先行研究が指摘している.

辞書や日本語の教科書では,「君」は相手に対して距離をおいたやや気取った言い方であ り,「お前」はやや乱暴な言い方で親しい相手に用いられるなどと,おおよそ似たように説 明される.

下谷(2012)は会話分析の手法で二人称代名詞「あなた」について分析した中で,「あな た」には「話し手は判断・評価を下せる優位な立場にある」という認識的態度(epistemic stance)を相手に明示する場合に効果的に使用されると言う.

(60) 山際議員: [あなたがやんなかったら意味ないじゃん.=

山内氏 : =あ, そうですね. (72)

例えば(60)では,山内氏よりも年齢は若いが政治家歴が長い山際議員の「あなた」に,自 分が評価・判断をできる立場にあるという認識的態度が明示化されている.このように,

「あなた」は「客観性」や「中立性」といった認識的な要素が含まれているので,聞き手と の間に心理的距離をもたらし,相手を突き放す効果を持ち,話者の感情が表出されることに なる.また「おまえ」は話者の強い感情を全面的に露呈するとも述べている.

大高(1999)は対称詞の選択基準を分析した中で,人称代名詞の機能として,直示的な指 示機能のほかに「話者の心的態度(敬意や親愛感,軽蔑など)を表現するという付加機能」

(31)を指摘した.敬意から軽蔑まで,話者の実に多様な心的態度が表現可能であるとい う.金井(2003)は二人称指示詞「そちら」を二人称名詞「あなた」と対照した中で,「「き み」「おまえ」「あんた」などが「あなた」よりもあたり...

が強いのは,文体レベルの差異に起 因する」(54,傍点ママ)と述べる.家族内呼称を分析した横谷・長谷川(2010)は,人称 代名詞は使用される文脈に応じてその意味が変わると言う.「「あなたは私をいらいらさせ る」と「あなたは私を安心させてくれる」の場合,前者のあなたが否定的な意味を示すのに 対し,後者のそれは肯定的な意味を示す.言い換えれば,人称代名詞の聞き手への意味はそ れが使用される文脈によって変化している」(276).

以上の先行研究はいずれも,それぞれの対称人称詞自体が持っている評価性について様々 な説明を試みていると言える.対称人称詞は確かに聞き手を指示するのだが,聞き手を単に 同定するだけでは終わらない.この語自体が持っているなんらかのコノテーションから逃れ ることは出来ず,むしろそのコノテーションが前景化してしまい,語の対象指示性を消すこ とはないものの評価性が強い形式である.それに対し固有名詞や定記述である対称名詞

(e.g.田中君,お父さん,社長)は,先に値があり聞き手という役割はその場で付与される

(田窪1997).対称名詞は語それ自体もコノテーションは持ってはいるが,先に何らかの値

(この場合「(自分の)父」)があるため対称人称詞ほど評価性が前景化されず,相対的に指

示性が強くなる8

以上の先行研究を踏まえた上で,日本語の呼びかけ語の二種類―対称名詞と対称人称詞―

の意味を指示的価値と評価的価値という観点で見ると,対称名詞は指示的価値が勝ってお り,対称人称詞は評価的価値が勝る語と考えられる.

以上の議論から,対称名詞と対称人称詞を次のように規定する.

(61) 対称名詞(e.g.田中さん,ひろ子,お父さん,先生,運転手さん)は指示的価値優 位である.それに対し対称人称詞(e.g.あんた,おまえ,あなた,きみ)は評価的 価値優位である.

以下では,二種類のタイプのアンケート及びレジスターの違いにおける使用の観察を通じ て,重ね用法が選択される背景を分析する.アンケート調査を通じて呼びかけ語に関する発 話者の意識を分析し(3.3.2節及び3.3.3節),レジスター別の重ね用法を通じて実際の運用の 背景を考察する(3.3.4節).

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