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対称人称詞の用法―単独特殊用法―

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 98-104)

本節では,重ね用法に続いて,自然談話で見られる興味深い対称人称詞の二つ目の用法を 観察する.以下の例を見られたい.

(67) 16 抱え上げたりコお風呂入れるときにはエおあんたおまえは休んどけやーち ゅうてきのうも行ったきのうおとついですけどね行ったんですよお風呂夜ね (フィラー8,原文ママ)

この例では対称人称詞「あんた」が用いられているが,これらは後続の命題と何ら文法的 関わりを持たない.また,目の前にいる「あんた」そのものに呼びかけているとも言えず,

もはやこの文脈では「あんた」の実質的意味は感じられない.林・水口・小川(2005)はこ のような「あんた」をC型,D型に分類した(2.4.3節).C型は一種の文副詞として文の内 容に対して一種のモダリティー的な「修飾」を行っているタイプで,D型は命題とは関連を 持たない純粋な「呼びかけ」の「完結型」タイプである.(68)の「あんた」は「『音痴であ ること』の程度強調の意味を持つ一種の文副詞のような機能を果たして」おり,(69)では

「強調や驚きの意味は全く感じられず,むしろ,文から完全に切り離された,呼びかけ本来 の『注意喚起』である」(262)という.

(68) A:あ,そんなんわかんねんなあ,わたしらそんなんもうわかれへんけどねえ B:なんでよ,そんなんわかるがな

A:いやわかれへん,わたし音痴やで,あんた B:なんでや (260)

(69) A:お皿とかね,結構かわいいんですよ,ほほ,うはあ B:う,ふん,うん

A:それなんか,それ,あんた,一枚,一口いくらなんとかっていう感じなんでうけ どねえ

B:うん,ふふ

A:十万単位とかですよ (261)

しかし,次の例を見てみよう.

(70) A:そら,歴史が違うからね,そら仕方のないことや B:うん

A:ねえ,他人やねんから,なんちゅうても B:長い人生ね

A:うん,うん,それがあんた,きょうはまたあんた,連れて行ってもろてあんた,

加藤トキ,もうそんな遠い存在の人やおもてたけど,あんなええ B:結構よかったねえ

A:よかったわあ (261)

この例文はC型として例示されたが,これについて林・水口・小川(2005)は次のように述 べる.

(71) Aの三回目の発話は「それがきょうはまた連れて行ってもろてあんた」でもよく,

それだけで「コンサートに連れて行ってもらった」ことの強調を表すことができ る.ところが「あんた」を三回繰り返すことにより,さらなる強調というより,命 題に関する強調から「言表態度」(この場合は「感謝の気持ち」)に関する強調にシ フトしているように思われる.(264,下線引用者)

命題に関する強調から言表態度に関する強調にシフトしているという指摘は,つまり,命 題に関する強調(68)から文から完全に切り離された(69)の間に位置すると言えるだろ う.

(68)から(70)における「あんた」は,命題との関わりにおいて連続的である.このよ うな「あんた」の用法を明確に線引きするのは困難である.次節では,様々な実例からこれ らの用法の背景にある一般性を抽出することを目指す.

3.4.1 分析

まず,具体的な例を観察しよう.なお,本研究では「あんた」に限らず対称人称詞を広く 観察する.

(72) 244 お姉さんまた帰ってきたよー言うて帰ってくる本人はうれしいけど来られ る方はあんた夜も寝不足で料理作ったりいろいろせにゃいかん (フィラー8)

(73) 712 ほいで失語症右の手足がマヒ来たということはアノよっぽどの覚悟をして もらわないかんのん特に動かないようなマヒんなったら

713 これあんた奥さん女の人はねつらいよ (フィラー8)

(74) W050 逢隈はあんた8月2日に何じゃが防衛庁長官がアノ視察に来るんじゃ

V056 えーたどこに来る多摩 (フィラー29)

(75) 男はむりに女を誘う,女はいやといいながら,その実よろこんで誘われる.それが あんた人情の機微てぇもんでしょうが.なのに近ごろの若ぇ奴らときた日にゃ,女 が先に立っ (BCCWJ)

(76) ぽつッと出てきた,雲.『ああえれえ雲が来たような』,みるみるうちに真ッ黒.墨 を流したよう……そのうちに風が変るてえと疾風

は や て

てえやつだァ,ぽつりッと降って きた雨はまるで細引

ほ そ ひ き

だァ.こいつがおめえ盆をひっくる返

け え

したよう,ざあァーッて えとおめえ一寸先ァ闇だァ.一生懸命

い っ し ょ け ん め ン

なって舟を操つってみたが,いくら腕が達者 でもよ,乗ってる奴が大勢で舟が小せえときてるんだ,操りきれるわけのものじゃ ァねえ.横波をひとつ喰

く ら

うてえと(ぽんと手を打って転覆する仕草)舟ァがばりと

……ええ,ひっくる返

か い

った……(声をひそめ)ひっくる返

け え

っちゃッ……あっしゃァ 夢中ンなって板子一枚

い た ご い ち め え

抱ィて,飛込ンだまでは知ってるんだがあとは夢中.我に帰

け え

ってみると知らねえ顔

つ ら

ばっかり並ンでるんだ.12

(72)~(74)は自然談話の例である.(75)は時代小説の会話部分であり,(76)は落語 の例である.

これらの例から分かることは,まず,このような「あんた」の使用は老人の語りに多く見 られる点である.林・水口・小川(2005)の例(68)~(70)は老齢の女性の発話である.

12 『八代目春風亭柳枝全集』(1977)弘文出版,八代目春風亭柳枝による「大山詣り」速記録からの引用.

http://www.asahi-net.or.jp/~ee4y-nsn/rakugo/HRS0104.htm (2016310日確認)

また(72)~(74)も老齢の男女である.対称人称詞は,3.2.1節で見た【条件0】を満たさ なければ使えない.これらの例からは,話し手が聞き手との関係について【条件0】を満た していると見なしていることが分かる.

次に,これらは,「聞き手を呼ぶ」というよりは,むしろ発話のリズムを整えたり,また は自分で自分に合いの手を入れるかのごとく挿入されているように感じられる点である.

また,このような対称人称詞の付加は,話し手の「語り(描写や回想)」のシーンで用い られる傾向がある.落語の例(76)が顕著に示している.空模様の素早い移り変わりと自分 の体験を語っている.そして,雨が盆をひっくり返したように打ち,一寸先が闇である,と いう話のクライマックスで,語り手はプロとして,臨場感を出すために意図的に用いている と考えられる.

これらの例は,当然対称人称詞が使える人間関係【条件0】なのだが,眼前の人間関係に 基づいて純粋に「聞き手」を呼んでいるわけではない.むしろ,ナラティブにおいて,現実 の関係ではなく,【条件0】を満たすような架空の「発話場」を設定したものと考える.話 し手が勝手にそのような「場」を設定することは聞き手を無視した話し手本位の行為と言え るが,しかし一方では,話し手の聞き手に対する強い接近感,つまり,聞き手と「発話場」

を共有したいという話し手の強い気持ちを示すものとも言える.どのような語であれ,相手 を呼ぶという行為は,呼ばないという行為に比べ,話し手の相手に対する強い接近感を言語 的に表示したものだからである.ただしこの用法の対称人称詞は,現在目の前にいる固有名 詞を持った具体的な対象を指しているのではない.この用法は対称人称詞の外延的意味

(denotative meaning)が薄れ,聞き手との一体感を目指している.話し手は場を強制的に設 定し,聞き手をその場に巻き込もうとしている.このような効果は落語の(76)に顕著であ る.

3.2節で見た重ね用法には話し手の発話現場に即した具体的な「想定」が存在したが,そ れに対してこの用法は,具体的な発話現場に関与する事態に注目するのではなく,発話の

「場」全体に聞き手を引き付ける.そしてこのような発話は,話し手の聞き手に対するポジ ティブな態度をもとに成り立っている.ポジティブな態度とは,喜怒哀楽の具体的な感情で はなく,この話をあなたとしたいと強く望む,という聞き手に対する話し手の態度である.

ポジティブな態度でネガティブな内容,たとえば罵倒や非難,叱責を述べることは理論的に は可能かもしれないが,実例は見当たらない.(72)~(76)の発話内容はいずれも,特に ネガティブな内容とは言えない.内容より発話の場全体が重要だと考える.つまりこの用法 では,個人としての具体的な聞き手ではなく漠然とした聞き手を,具体的な事態・内容では

なく発話の「場」全体に巻き込んでいるのである.

この単独特殊用法は,当該のインタラクションに聞き手を強く巻き込み,聞き手へのポジ ティブな発話態度を示すことを目指していると考える.したがって,単独特殊用法は次のよ うにまとめることができる.

(77) ①発話の場全体に聞き手を強く巻き込む.

②聞き手との一体感を得るという,聞き手に対する話し手のポジティブな態度を表 出する.

3.4.2 二つの用法の背景

3.2節から前節まで,二種類の呼びかけ語の用法を観察した.まず重ね用法は,話し手の 持つ想定と現実のずれのもと発話される.そして,この有標な呼びかけ語の使用は有標の感 情,大抵はマイナスの感情を表出する.単独特殊用法は,聞き手を発話の場に強く巻き込 み,それは聞き手に対するポジティブな発話の姿勢を示す.つまり,「おまえ」「あんた」

「あなた」等の語が,ある場面ではマイナスの感情を伝達し,別の場面ではポジティブな発 話姿勢を表出すると言える.

「あんた」「おまえ」等の対称人称詞については,社会言語学的観点から,それらが持つ 使用制限について様々に検討されてきた.例えば大高(1999)は,「あなた」は私的・公的 な関係ともに話し手と聞き手が互いに友好関係にあり親愛表現としてのみ使われるが,互い が敵対関係にある場合は他の人称代名詞(「きさま」「てめえ」「あんた」等)が選択される と述べた.また,これらの語は社会的な下位者から上位者に対しては使用が望ましくない,

という母語話者に共通する規範的意識も存在する.「あんた」「おまえ」等の語はそれぞれが 何らかのコノテーションを持っており,それは実際の使用に反映されている(3.3.1.2参 照).

同じ形式が二つの異なる用法を持つ要因は,これらの語の持つコノテーションが実は動的 であることと関係していると考える.横谷・長谷川(2010)は家族内呼称の選択が家族関係 を表していることを量的調査によって明らかにしている.その過程で,強調されてはいない ものの非常に興味深い指摘がある.

(78) 談話モダリティを人称代名詞は欠いているため,人称代名詞はそれが使用される文 脈に応じてその意味が変わってしまう(中略).例えば,「あなたは私をいらいらさ

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