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新たな定義に基づいた呼びかけ語の分類

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 46-49)

2.5 呼びかけ語の再定義のための議論

2.5.2 新たな定義に基づいた呼びかけ語の分類

助詞が伴わないもの全てとした理由は,呼びかけるという行為が極めて話しことばで特徴 的な発話行為であり,話し言葉においては実は助詞がない形が無標ではないか,といういく つかの先行研究に賛同するからである.例えば山田・中川(1995)は,「無助詞がデフォル トであるという立場から,助詞が用いられる場合について考察した」(38).またハドソン遠 藤・近藤・榊原(2005)は,日常会話に現れる主題,主語及び目的語の助詞の有無について 調査し,「無助詞句は助詞の「省略」や「脱落」によるのではなく,それこそが本来の形で あり,有助詞句は助詞の「付加」によるもの」(25-26)と考え,無助詞を「無標」とする理 由を検討した.2.4節で取り上げた多くの無助詞研究の基本的立場は,始めにハやガありき で,それを前提とした上で無助詞形式が呼びかけ語と解釈される可能性に言及したものであ った.しかし本研究はそのような見方ではなく,当該の形式の出現は「聞き手を呼ぶ」とい う行為がただ具現化されたものであるということを提案したい.「呼ぶ」行為が実際のコミ ュニケーションに顕著であり,また無助詞が話し言葉における特徴であるなら,無助詞で聞 き手を呼ぶ語を「呼びかけ語」として検討することも可能なのではないだろうか.また,こ のような新たな切り口が,逆に無助詞研究に貢献する可能性もあるだろう.

しかし上述の通り,実際の発話における呼びかけ語の認定度は異なるため,便宜的に三種 類に分類する.

(37) I類:統語的,意味的に呼びかけ語と確実に判断できるもの.

II類:述部が命令や依頼,勧誘,禁止等の文型.ハやガの省略と捉えにくいもの.

III類:述部が平叙文や疑問文等.ハやガが挿入されうるとも感じられるもの.

(29)や(30)のように,統語的,意味的に呼びかけ語であると確実に判断できるものをI 類,ハやガの省略と混同する恐れが低い文として,命令・依頼~て(ください),勧誘の形

~しよう(31),禁止の形~するな,等をII類とする.これらの文型では,もし発話者がハ やガで表現されるようなニュアンスを出したい場合,助詞を省略せずに言うはずであろうか らである.同様のことは(32)から(35)でも言えるが,命令や禁止に比べると助詞の省略 の必然性が明らかに異なり,呼びかけ語の認定が揺れるためIII類とする.

け語の語彙は,話し手の聞き手についての面識の有無と対象の具体性という観点から次の三 種類に分類できるだろう20

(38) A:話し手にとって既知の,具体的な聞き手に呼びかける呼びかけ語 B:話し手にとって未知の,具体的な聞き手に呼びかける呼びかけ語

C:話し手にとって未知の,聞き手になりうる人に対して呼びかける呼びかけ語

表 2-5 面識の有無と具体性から見る呼びかけ語の語種 話し手にとって

聞き手は

既知 具体的 分類 例

○ ○ A

田中さん,先生,お兄ちゃん,お ばあちゃん,あなた

× ○ B

社長さん,お客さん,お姉さん,

そこの黒のタートルネックの方,

あなた

× ×

C-1 お近くのみなさん C-2 どなたかお分かりの方

表 2-5は,呼びかけ語を分類し具体例を示したものである.Aは,話し手が実際に知って いる聞き手に対して発話する場合である.呼びかけ語としては,例えば定記述の対称詞「田 中さん」「(田中)先生」「お兄ちゃん」「おばあちゃん」や,直示性を持つ対称人称詞「あん た」「おまえ」が相当する.なお実弟を「おい,弟!」と呼べないので,「弟」は呼びかけ語 には当たらない(鈴木1973:151).

Bは,目の前に存在してはいるが話し手自身と面識のない人間で,つまり,呼び方が不明 な聞き手に対する呼びかけ語である.この場合の最も無難な呼びかけ方の手段は「すみませ ん(が)」であろうが,それ以外の語で呼ぼうとした途端に,いわゆる「名付け」の問題が 生じる(日向1983,長谷川1991).具体的な呼びかけ語としては,「社長さん」「お客さん」

「お姉さん」など,話し手と聞き手の関係性を疑似的に示す語や,「そこ(そちら)の黒の タートルネックの方」に見られるように,ソ系21を用いて聞き手の特徴を記述して一時的な

20 この指摘は,過去の先行研究において管見の限り見られない.

21 聞き手を指す「そこのN」が非丁寧であることについての考察は金井(2011)を参照されたい.

呼びかけ語を作る方法がある.

Cは,特定の条件に該当する人を抽出し聞き手として設定する場合である.この場合,話 し手は聞き手についての情報は持っているが,話し手自身と直接的な面識はない.呼びかけ 語として,次のような語彙的特徴がある.

(39) 呼びかけ語の語彙的特徴

(a)語彙

一人の場合:~方/人/者 等 多数の場合:~皆さま/みなさん 不定人称詞:だれか,どなたか等

普通名詞 :お母さん,お客様 等

決まり文句(語句):お連れ様/心当たりの方 等

(b)修飾語を伴う場合が多い.

例)どなたかお分かりの方,パソコンに詳しい人,ピンクのコートにベージ ュのスカートの女性のお客様,この植物の名前をご存知の方,お近くのみな さん,全国の大衆演劇ファンの皆様 等

C群は更に二種類に分けることができる.「パソコンに詳しい人」や「お近くのみなさ ん」は,この集合に該当する人を指示している(C-1).それに対し「どなたかお分かりの 方」は,対象指示の方法が異なる.金井(2010:22)は「誰か」「どなたか」を「不定個 称」と呼び,「前提集合のうちのあるメンバーを指すもの」22と説明した.「どなたかお分か りの方」という表現では,「お分かりの方」という前提集合の中の「あるメンバー(=どな たか)」を指している(C-2).つまり,前者は集合全体を指し,後者は集合の中の不定の一 部を指す.

本節で指摘したC群は,依頼表現を広く観察する際に大いに関係すると考えられる.述べ 立てや問いかけに比べて,働きかけの文である依頼表現は,未知の人間かつ多数から抽出し た人間に対してなされる場合がしばしば観察されるからである.C群の語彙を確認しておく ことは有意義であろう.なおB群に関連して,未知の人間の「名付け」の方法に関する考察

22 金井(2010:22)はこの概念を奥津(1985:2)から引用した.奥津は「コーヒート紅茶トドッチヲ飲ミ マスカ?」において「コーヒー」「紅茶」から構成される集合を「前提集合」と呼んだ.金井はこの定義 に従い,前提集合を構成する各々を「メンバー」と呼ぶことにした.

は,興味深いが本研究の範囲を超えるので別稿に譲る.

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