第六章 新しい実在論と美術教育
2 新しい実在論
思弁的実在論および新しい実在論の歴史的動向
以上にカントの批判哲学及び、ドゥルーズのカント読解、そして超越論的経験論につい て見てきた。こうした流れを知ることは、今日「思弁的実在論」として知られる動向を理 解するためにも有効な視点であると考える。なぜならば、思弁的実在論が目指す物自体を 直接認識することができるという主張は、カント的超越論を批判する形で生み出されるも のだからである。
思弁的唯物論、新しい実在論についての歴史的な記述を、先行研究をもとにまず追って みよう67。
思弁的実在論についてのムーブメントは、『有限性の後で』に衝撃を受けたグレアム・
ハーマンを中心に、カンタン・メイヤスー、レイ・ブラシエ、イアン・ハミルトン・グラ ントの四人の初期メンバーによって2007年にロンドン大学ゴールドスミス校によって行 われたワークショップをもって開始時点とするのが通例となっている。四人のメンバーの それぞれの理論的背景には、メイヤスーにはバディウ、ブラシエにはセラーズなど、ハー マンにはハイデガー、グラントにはシェリングをそれぞれ念頭に置くことができるとい う。
このイギリスから始まったムーブメントは、多方面に影響を与えたが、1990年台半ばか ら勃興し、2001年にマウリッツォ・フェラーリスが『ニューリアリズム宣言』によって明 確化した、『新しい実在論(新実在論・新唯物論)』との合流も見せている。新しい実在論 の論者としては『世界はなぜ存在しないのか』を書いたマルクス・ガブリエルが主な論者 として挙げられる。これらは、互いに影響を与えながら、しかし異なる展開を見せてい る。
現在、思弁的実在論はブログなども通じて大きな拡大を見せているとされているが、こ れにはハーマンのプロデューサーとしての手腕も関係している68。メイヤスーらはそうし たハーマンらの活発な活動とは距離を置いているようである。思弁的実在論は英語圏でま ず普及したが、そこでは、「フレンチセオリー」におけるデリダ主義(テクスト主義)へ の反発という形で受容されているという。そこで、デリダ派とドゥルーズ派という、テク スト主義―非テクスト主義という構図のもと、思弁的実在論はドゥルーズ派に近いものと して考えられている。その中で思弁的実在論は、文学部におけるポストデリダ的なアップ デートとしてはたらいている。つまり、テクストの外部はないというデリダに対して、そ の外部を思弁的に考えるというあり方である。思弁的実在論には人間の不在を考えるとい
67 参考文献として、千葉・岡崎2015、千葉2018、河野2016、ガブリエル『世界はなぜ存在しないの か』の訳者あとがきを参照。
68 ハーマンの『四方対象』は、ネット上での「ライブ・ブログ」によって公開執筆されことが記されてい る(ハーマン2017:8-9)。それによれば、『四方対象』は限られた時間の中、助成金をみつけ、それか らそれに適した本を書くという形で、6週間にわたって、計86時間と34分で完成されたという。
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う人間疎外への欲望が、新しい実在論には人間と非人間が共にあるという質の違いがあ る。
芸術との関係性については、ニコラ・ブリオーがキュレーターを務めた台北ビエンナー レ(2014)が挙げられる。当時のブリオーはメイヤスーには反対であるという立場を示し ているが、ハーマンのいう「オブジェクト指向存在論」的な立場に同意し、関係性の美学 をモノに拡張して人新世の時代のアートを考えようとしていた69。思弁的実在論とオブジ ェクト指向存在論は同じものではなく、メイヤスーはハーマンを相関主義の変奏であると して批判している。ハーマンはラトゥールの「アクターネットワーク理論(ANT)」を取 り込んで、非人間の哲学の多様化を進めている。
思弁的実在論は2010年代初頭がピークであったとされる。その無関係性というある種 残酷な観点、世界が別様に変わりうるという部分が時代の不安と適合して流行したという 見解があるが、こうした時代の不安を偶然性の哲学に投射することについては、反メイヤ スー的であると指摘されている。思弁的実在論はゲーム文化研究などとも関係しながら、
現代の文化現象ともなっている。思弁的実在論は人間の絶滅という残酷なモチーフがあ り、対して新しい実在論は批判理論における他者の理論の拡張であるとみることができ る。
思弁的実在論は現在、純哲学的な議論をするというよりも社会的応用についての議論が 活発になっている。政治に応用されるのが「加速主義」であり、他にはハーマンのオブジ ェクト指向存在論が応用されている。
加速主義は人間的意味の外部、それ自体ではナンセンスな技術的存在によって人間が左 右されることを引き受ける。加えて、急進的なドゥルーズ主義とつながり、資本主義=脱 領土化のプロセスを加速して欲望を加速せよ、という危険視される思想を含んでいる。
思弁的実在論に代表されるポストポスト構造主義理論は、相関主義の外部、外の外の思 考を現しているが、今日ポスト思弁的実在論においては、思弁的実在論で示された有限性 ということそれ自体を前景化して論じる段階に至っている。
有限性の後で
以上に歴史的な動向を概観したが、ここで、思弁的実在論のバイブルとされている、メ イヤスーの『有限性の後で』をみていこう。
メイヤスーが本書で行おうとしたことは、カント以降の相関主義を批判し、事物それ自体 について思考する可能性があることを証明することである。バディウは序文でこのことを
「批判哲学の批判」と表現している(メイヤスー2016:4)。
69 ブリオーの台北ビエンナーレのステートメントは http://www.seismopolite.com/nicolas-bourriaud-notes-for-the-great-acceleration-taipei-biennial-september-13-january-4で見ることができる。その 後、ブリオーはハーマンよりもメイヤスーに理論的親近性を見出すようになるが、このことは後述する。
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メイヤスーは相関主義、すなわち「私たちは思考と存在の相関にのみアクセスできるの であり、一方の項のみへのアクセスはできない」という立場(同上:15-16)を脱し、
「大いなる外部」、「絶対的な外部」を思考しようとする。相関主義は、先述したカントの
「コペルニクス的転回」によって、物自体と認識する主体を切り分けて、主体は現象する 表象のみを把握できるという立場からなるものであり、独断論、素朴実在論以外の思考は すべて相関主義の強い影響下にある。
相関主義には弱い相関主義と、強い相関主義がある。弱い相関主義とはカントの立場で あり、物自体の存在を認め、物自体は認識不可能であるが思考可能であるという余地を残 している。強い相関主義とは、ハイデガーやウィトゲンシュタインに代表されるものであ り、物自体の存在を認めず、それは認識されないだけでなく、思考不可能であるとする。
こうした相関主義に対して、メイヤスーは「祖先以前的」な出来事をどう説明するのかと いう問いを投げかける。相関主義が人間における現象を前提としているのならば、人間が 存在しない「あらゆる生命の形に先立つあらゆる現実」についてどのように考えたらよい のかというのである(ウィトゲンシュタインならば、「語りえぬものについては沈黙せね ばならない」、というだろう)。「人間のいない世界、現出に相関しない物や出来事で満ち た世界、世界への関係と相関しない世界、こうした世界が数学的言説によって記述可能に なるのはどうしてなのか。」(同上:50)科学的・数学的言明において、地球の誕生は祖先 以前的存在を確かに説明するが、それはなぜ可能なのか。
「祖先以前のものを思考すること、それは思考なき世界を思考するということに帰着す る―思考なき世界とは、すなわち世界の贈与なき世界である。」(同上:53)祖先以前的な ものへとアクセスするには、贈与されずに存在する世界、非―相関的なもの、すなわち
「絶対的なもの」についてアクセスできなければならない。絶対的なものとは思考への結 びつきを解かれているものである。この絶対的なものを再考するためには、独断論の筆頭 であるデカルトの方法を再考しなければならない。
絶対的なものに対するデカルトの推論は以下のようになっている。「1ある絶対者の存 在、すなわち、完全なる神を確立する(これを〈第一絶対者〉と呼ぶことにしよう)。2そ こから、完全なる神は欺きえないということを援用して、数学的なものの絶対的な射程を 派生させる(これを〈派生的絶対者〉と呼ぶことにしよう)。ここでの〈絶対的な射程〉
というのは、物体において数学的に思考可能なもの(算術ないし幾何学によって)は、絶 対的に私の外部に存在しうるということである。」(同上:56)デカルトはこのようにし て、絶対者にアクセスするが、この論証は相対主義の批判に耐えられない。
まず「相関的循環」の論法によって、デカルトの絶対者は「私たちにとっての必然性」
に過ぎないという反論がされることが考えられる。しかし、そうした形式的な批判だけで なく、原理的な批判がさらに考えられる。デカルトの議論の要であるのは、存在しない神 は矛盾した観念であるということである。カントとしてはこのことを認めるわけにはいか ない。弱い相関主義者であるカントは、物自体は認識不可能であるが、同時に思考可能で