第 5 章 褒めの文化差およびジェンダー差
5.3 考察
5.3.2 文化差なのか、ジェンダー差なのか
本節では、談話の相違はジェンダー差によるものなのか、文化差によるものなのかに ついて考察する。5.2 節の分析結果から、褒めの談話に見られる配慮に対して、中国語 母語話者の男性と女性、日本語母語話者の男性と女性の間には明確な違いが現れた。同 時に、女性中国語母語話者および女性日本語母語話者、ならびに男性中国語母語話者お よび男性日本語母語話者には、共通点が確認できた。
従来の研究の多くは、同じ言語・文化を持つ者同士の談話を分析し、談話上に見られ る相違はジェンダー差に起因していると結論づけている(権2004, 劉2007, 原・曹2011 など)。しかし、結論から言えば、本研究が談話例やアンケート調査の結果を考察した 結果、実際のコミュニケーションの現場では文化差とジェンダー差の両方が共存してい ると考える。さらに、文化差を超えたジェンダー差が見られることもある。以下、女性 および男性それぞれの談話例を挙げて説明する。[5-28]は、仲の良い女性同士の談話で ある。友人と買い物しながら話している。
[5-28](談話2の再掲)
3JFA:足何センチ?
3JFB:23。
3JFA:細いね。
3JFB:うん。意外とね。
意外とかわいらしくできとう170 。 3JFA:かわいい、かわいい。
この談話について、4.2 節で示した通り、中国語母語話者で「褒めである」と思う人は
27%であるのに対して、日本語母語話者では62%を占め、その差は2倍以上である。そ
して、半分以上(53%)の中国語母語話者が「褒めではない」と判断した。その理由を 性別ごとに見ると、多くの女性中国語母語話者は「褒めではない」と回答した。しかし、
相づちで「相手に合わせている」171、また、「表情、二人の関係やコンテクストにもよ る」172 という意見も多く見られたことから、女性中国語母語話者は、女性同士の日本
170 九州地方の方言でよく聞かれる表現で、かわいくできているという意味である。
171 CF28、CF27、CF12、CF15、CF18、CF24、CF26など。
172 CF5、CF11、CF13、CF23、CF25、CF33、CF35など。
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語母語話者の談話に対してある程度理解を示していることが読み取れる。それに対して、
男性中国語母語話者と男性日本語母語話者とともに、この褒めの行為は理解しがたかっ た。男性中国語母語話者には、「適当」に流れている173 、「本心ではない」174 というコ メントが圧倒的に多かった。このような理由は男性日本語母語話者も挙げている。例え ば、「違和感を覚える」や「適当に返事している」175 、さらに、「本心ではない」176 、
「皮肉に聞こえる」や「バカにしている」177 という回答である。この結果は、母語によ る差異ではなく、性別による相違だといえる。
男性同士の談話について、女性中国母語話者ならびに女性日本語母語話者はどのよう に捉えたか、以下考察する。[5-29]は、親しい男性同士の談話である。自宅で3CMDの 娘(6歳)について話している。
[5-29](談話7の再掲)
01 3CMD:不能输在起跑线上。
子供の頃から負けてはいけない。
02 3CMC:孩子的梦想必须帮她实现。
子供の夢は必ず実現させなくてはいけない。
03 想干啥就干啥。
自分の考えで生きていけばそれでいい。
04 你看你闺女,这个朗读能力,主持啊,跳舞啊,都没的说。
ほら、娘さんのこの朗読、司会、ダンス、なんでも完璧。
05 比同龄的孩子来说,都强太多呢。
同じ年の子供よりすごいよ。
06 挺稀罕你闺女。
惚れた。
07 特招人稀罕(招人喜欢)。
思わず好きになっちゃう。
08 (现在这个)聪明伶俐,嘴儿还甜。
173 CM4、CM11、CM14 、CM18、CM19、CM25、CM28、CM29、CM35、CM6、CM10など。
174 CM32、CM38 、CM1、CM7など。
175 JM25、JM12、JM13、JM5、JM6、JM28、JM30など。
176 JM24、JM23など。
177 JM29、JM19など。
164 賢いし、とてもお利口さんだし。
09 3CMD:说话唠嗑,也跟上来了呗。
まあ、良くしゃべれるようになった。
10 3CMC:也跟上来了。
良くしゃべるね。
11 她是聪明。
(彼女178 は)賢いよ。
12 这个跟父母,孩子从小的教育离开,离不开父母。
これは親と、子供の教育ね、どんな子供に育つのか親次第。
13 这个跟父母有直接关系。
これは親次第だね。
14 (嗯3CMD)你看这孩子的第一启蒙老师就是父母。
(はい3CMD)子供の最初の先生が親なんだね。
15 你这孩子跟谁一起长大就学谁。
どんな子供に育つのか親次第。
4.2節で示したように、中国語母語話者の8割(77%)が「褒めである」と回答している のに対して、日本語母語話者では4割(41%)に留まっている。一方、日本語母語話者 では「褒めではない」と回答している人が半数(52%)を超え、ネガティブな内容のコ メントが多く見られた。その回答にジェンダー差が文化を超えて存在するかどうか、「褒 めではない」の回答内訳を図で示した。
178 3CMDの娘のことを指す。
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図5- 10 「褒めではない」についての男女別回答比率
図5-10で示されたように、このような男性中国語母語話者の談話に対して、「褒めでは ない」と回答した協力者の中では、中日ともに6割以上が女性である。具体的に褒めて いるから喜ばしいものの、女性にとっては理解し難いものがあり、結果として女性およ び男性の解釈の差が大きく生じたといえる。
コメントにも類似した特徴が見られる。男性日本語母語話者は、「褒めすぎて不自然 に感じる」179 のような意見もあったものの、全般的にはこの談話に理解を示している。
一方、「褒めではない」の回答には、女性中国語母語話者と女性日本語母語話者が圧倒 的に多かった。女性中国語母語話者は、「相手を立てる意味合いがある」(CF26、CF28)、
「社交辞令な感じがする」(CF14、CF31、CF35)、皮肉だ(CF18)と回答している。女 性日本語母語話者は、「大げさに褒めすぎている」180 から、「違和感を覚える」181 とい うコメントのほか、「言う必要があるのか疑問である」(JF8)、「気持ち悪い」(JM23)、
「犯罪の香り」(JF6)、「危険じみている」(JF21)、「自分の娘に「惚れた」と言われた ら、警戒すると思う」(JF32)というネガティブな理由まで挙げている。これらのコメ ントからは、中国語の「好き」の意味として、年長者が年少者に対して自然な愛情から コミュニケーションを図るという意味を含んでいることが日本語母語話者に伝わらな かったと考えられる。このことから、両言語の母語話者の間には、文化による差異とジ ェンダーによる相違は共存しており、文化差を超えるジェンダー差も存在する場合があ ることがわかる。
179 JM3、JM13、JM20がある。
180 JF5、JF7、JF14、JF15、JF18、JF22、JM3など。
181 JF17、JF19、JF29がある。
63%
67%
37%
33%
0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%
日本 中国
女性 男性
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この点は、褒めの談話の特徴も裏付けている。5.2 節で述べたように、女性中国語母 語話者ならびに女性日本語母語話者の談話では、連帯感を強めるために、話が進むにつ れて繰り返し褒める傾向が見られた。それに対して、男性中国語母語話者ならびに男性 日本語母語話者の談話では、相手の主張や出来事を評価することによって褒めを伝えつ つ、自分の立場も大事にしているといった傾向が見られた。つまり、談話例だけではな く、褒めの談話の特徴から女性中国語母語話者および女性日本語母語話者、ならびに男 性中国語母語話者および男性日本語母語話者には、共通点が確認できた。
談話の具体例から褒めの談話の特徴まで、女性および男性それぞれ中国語母語話者な らびに日本語母語話者の間で共通の傾向が見られた結果から、両言語の母語話者の間に は、文化による差異とジェンダーによる相違は共存していると考えられる。そして、場 合によっては文化差を超えるジェンダー差もある。