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ポライトネスの観点から見る褒めの働き

第 5 章 褒めの文化差およびジェンダー差

5.3 考察

5.3.1 ポライトネスの観点から見る褒めの働き

本節は、中国語母語話者ならびに日本語母語話者の褒めに関する傾向について、ポラ イトネスの観点から考察を行なう。

コンテクスト度は、コミュニケーションの性質を決定し、またその後のあらゆる行為 の基盤ともなる(Hall, 1976:92)150。コンテクスト度は高コンテクストと低コンテクス ト151 に大別でき、中国と日本はともに高コンテクスト(high-context)の典型な例とさ れている(Hall, 1976)。高コンテクストとは、言語的メッセージより非言語メッセージ に頼る(わざわざ言葉にしなくとも相手に理解される、あるいは理解したと思われる)

コミュニケーションの方法である。しかし、実際の談話から分析すると、同じ高コンテ クストの中国と日本であっても、そのコンテクスト度は異なることが明らかになった。

例えば、4.2節で述べたように、中国語母語話者は、褒めの表現に具体例/解釈/理由を多 用し、積極的な褒めを行なう。一方、日本語母語話者は、シンプルな褒め表現を多用し、

消極的な褒めを行なう。

同じ高コンテクスト同士にも関わらず、なぜこのような相違が見られたのか?それは、

中国語母語話者ならびに日本語母語話者それぞれの、コミュニケーション場面における

150 ホール・エドワード・T(著)岩田慶治/谷泰(訳)(1993:109)『文化を超えて』から引用。

151 コンテクストの高いコミュニケーションまたはメッセージでは、情報のほとんどが身体的コンテクス トの中にあるか、または個人に内在されており、メッセージのコード化された、明確な、伝達される部 分には、情報が非常に少ない。一方、コンテクスト度が低いコミュニケーションでは、情報の大半は明 白にコード化されている。(Hall, 1976:91)

155

距離感覚の差異から生じている。井上(2013)は、中国語および日本語の距離感覚につ いて、中国語母語話者は「自分と相手は離れている」という感覚を基本とするのに対し て、日本語母語話者は「自分と相手は領域を接している」という感覚を基本とすると指 摘している。この相違は図5-9で示されている。褒めの談話でも同様の傾向が見られた と思われる。つまり、中国語母語話者は、相手にきちんと褒めを伝えるために「相応の 力を加えないといけない」(井上, 2013:124)と考えている。

中国 日本

5- 9 中国語および日本語の距離感覚

(井上, 2013:125) 以下、談話例を挙げて説明する。[5-23]は仲の良い女性同士の談話である。いい就職先 が見つかった先輩たちについて話している。

[5-23](談話3の再掲)

01 A:她们什么样的一些工作啊。

(先輩たちは)どんな仕事見つけた?

02 B:有去那个什么,丰田,哦,哦,松下索尼的那些。

えっと、あの何、トヨタ、そう、そう、パナソニック、ソニーとか。

03 A:啊,那是很强的。

それはすごいね。

04 B:不过不多啊,那种就是,很,很强的,就是学习很好啊什么,然后就。

でも多くないよ、そういう人は。とても優秀で、勉強もすごくできるし、

そして。

05 A:我觉得你就是那种。

Bさんがまさにそんなタイプだと思う。

06 B:哪行啊。然后人家各方面都很强的那些人。

無理無理。何でもできて、すごいよ、先輩たちは。

07 A:哎呀,你真是。

156 そんなに(謙遜しなくてもいいよ)。

08 各方面是指什么?就是,咱们学的除了语言还有什么。

「何でも」ってなに?普通私たちは学んだ言語以外に何があるの。

09 B:怎么说呢,就是看见,就感觉上就很强的那种。

なんというか。すごそう、という感じ。

10 A:你还不强啊?!!(反问的语气)

あなたはすごくないとでも言うの?!!

11 B:我没有吧,我觉得。

私?(すごく)ないと思う。

12 A:你已经很强嘛。

すごいじゃない。

13 学习能力又强。

勉強もできるし。

14 又不光是你那种学,就是,它,就是接受,东西的能力很强。

勉強だけじゃなくて、そう、飲み込みが早い。

15 就是学什么都会很,很。

要は、何を学んでも、とても(手際がいい)。

[5-23]では、相手のことを「あなたはすごくないとでも言うの」、「勉強もできるし」、

「勉強だけじゃなくて、飲み込みが早い」、「要は、何を学んでも、とても(手際がいい)」 と褒めている。この一連の褒めに対して、図4-3 で示したように、8割以上(84%)の 中国語母語話者が「褒めである」と回答した。「具体例や理由を出しているから」152 、「心 より褒めている」153 などの理由で「褒めである」と判断した。中国語母語話者は本質 的に「自分と相手は離れている」と感じている。聞き手に喜んでもらうために、褒め言 葉のほか、具体的な理由や具体例を加えていると考えられる。

「褒めである」と同調したコメントは日本語母語話者にも一部確認できたが、「褒め ではない」理由として、日本語母語話者は「言い過ぎ」154 、「何でもうのみにすると言

152 CM7、CM8、CM10、CM14、CM18、CM19、CM23、CM31、CM35、CM36、CF3、CF11、CF13、CF25、

CF29、CF35、CF39、CM15、CF39など。

153 CM5、CM17、CM25、CM30、CF4、CF6、CF23、CF2など。

154 JF22など。

157

いたそう」155 、「お世辞」や「社交辞令」156 、一気に一人で言っているので、「無理し て褒めているようにも捉えられる」157 などが挙げられた。これは、日本語母語話者は 本質的に「自分と相手は領域を接している」と感じているため、中国語母語話者のよう に肯定的評価表現が並ぶことを大げさな表現として認識し、違和感を覚えていると思わ れる。

このような認識の相違は、日本語の談話例でも確認できた。

[5-24](談話4の再掲)

袴について話している。

01 2JFA:袴いいよね。でも、レンタルせな158 いかんしな。

02 2JFB:袴がいい。

03 2JFA:自分で着物着ようかなと思って。

04 2JFB:着れると?

05 2JFA:着れる。

06 2JFB:すっげえー。

07 2JFA:着せれるよ。

08 2JFB:本当?

09 2JFA:着せてあげられる。

4.2節で述べたように、この談話について 9 割弱(88%)の日本語母語話者が「褒めで ある」と回答した。その理由として、「感心している感じが伝わる」159、「素直に出た褒 めの言葉である」160、「Aの能力を評価しているから」161 などの理由が挙げられた。具 体的には、男性言葉である「すっげー」という表現を女性が用いていることで通常以上 に感心していることが伝わり、相手に親しさや共感を示すだけでなく本心から素直に褒 めていると解釈できる。このような談話は日本語の談話の中でしばしば見られる。つま り、日本語母語話者にとっては自分と相手は領域を接しているため、シンプルな褒め言

155 JM19など。

156 JF11、JM15など。

157 JF6、JF25など。

158 九州地方の方言で多く聞かれる表現で、レンタルしないといけないという意味である。

159 JM15、JM28、JM30など。

160 JF2、JF4、JF6、JF10、JF11、JF24など。

161 JM1、JM15、JM22、JF3、JF30など。

158

葉でも相手の共感を得ることができる。具体例や理由をたくさん挙げると大げさに褒め すぎているように捉えられ、逆効果になる。

自分と相手は離れているという中国語母語話者の距離感覚から見れば、このようなシ ンプルな褒めの表現では物足りず、聞き手に対して褒めの気持ちを十分に伝達すること ができない。この談話について、約4割(37%)の中国語母語話者が「すごい」あるい は「すっげー」の表現だけでは本当に褒めているのか分からず、「社交辞令的な感じが する」162 、「適当に言っている」163 と「褒めではない」と解釈している。以上のよう に、中国語母語話者ならびに日本語母語話者それぞれが感じる「距離感覚」が、褒めの 表現とその解釈に影響を与え、大きく相違する結果を生じているといえる。

中国語母語話者ならびに日本語母語話者は、相手に親しさを伝達しようと行動し褒め を行なっているが、重点の置き方が異なっている。中国語母語話者は、聞き手に自分の 関心や好感情を伝達しようと積極的な褒めを行なう。一方、日本語母語話者は、聞き手 の気持ちや聞き手への負担軽減を配慮しながら消極的な褒めを行なう。

このような配慮をする中国語母語話者について、先行研究は話し手優先、自己本位

(方・高2004 など)と説明し、それに対して日本語母語話者は聞き手優先、聞き手志

向(金2007、松村2010、東出2015など)だと説明する。日本語母語話者が聞き手を配

慮しているという点については賛同するが、中国語母語話者が聞き手を配慮していない といえるのだろうか。このような褒め談話は、一見すると、話し手自身を優先している と思われるが、実際にはそこに褒められる側への配慮が潜んでいると考えられる。

中国語母語話者ならびに日本語母語話者は共通して聞き手を優先して配慮している と考えられる。この点は質問紙調査の結果も裏付けている。[5-25]を挙げて説明する。

[5-25]は、仲の良い男性同士の談話のである。同僚と仕事について話している。

[5-25](談話5の再掲)

01 3CMB:嗯,干事先,做事先做人嘛。

仕事より人柄だね。

02 3CMA:嗯。那可不。

うん。そうだよね。

162 CM35、CM38、CF13など。

163 CF15、CF24、CF34、CF39など。

159 03 这么多年了。

結構(時間が)経ったね。

04 反正你跟我配乐去咯,反正我就觉得很踏实的。

毎回、一緒に音響の調整に行くと、なんか心強いよ。

05 任何大场,也不紧张,也不害怕。

どんな盛大な場面でもさ、緊張もしないし、怖いものなんて何もない。

06 有你在身边我就踏实。

そばにいてくれると、自分も落ち着く。

07 3CMB:反正这么多年也是,也是大哥你这带着我。

まあ、私もここ数年、これもお兄さん164のおかげだよ。

08 也是一步一步见证我慢慢儿长大成熟的。

一人前の大人になるまでずっと見守ってくれたから。

[5-25]では、L04からL06かけて、3CMAが相手に対して、そばにいてくれると「心 強い」、「落ち着く」、「そばにいてくれてありがとう」というメッセージを伝えようと努 力している様子がわかる。その3CMAのメッセージを受け取り、3CMBは3CMAをお 兄さん(L07)と呼び、お兄さんが見守ってくれたおかげで一人前の大人になった(L08)

のだと返答した。これは、3CMB が 3CMA の一連の発話の背後にある自分に対する配 慮、自分のことを認めてくれるという配慮を読み取り、褒め返しをしたと考えられる。

中国語母語話者は、相手に喜んでほしい気持ちから、褒め言葉に加えて具体的な説明を 補うのである。これは、中国語母語話者なりに相手に配慮しているといえる。

Brown & Levinsonのポライトネス理論の中心概念はフェイスである。人間は「ポジテ

ィブ・フェイス」(positive face)と「ネガティブ・フェイス」(negative face)という2種 類のフェイスを持っているとされる。ポジティブ・フェイスは「理解されたい」、「賞賛 されたい」、「好かれたい」という欲求を指しており、ネガティブ・フェイスは「負担・

非難を受けたくない」、「邪魔されたくない」、「自分に対する反感を持たれたくない」と いう欲求を指す。この「フェイス」に褒めの行為を用いると、中国語母語話者は単に「話 し手優先」なのではなく、聞き手のポジティブ・フェイスを配慮して褒めを行なってい るといえる。9割以上(93%)の中国語母語話者は「相手のいいところを具体的に言っ

164 3CMAさんのことを指す。血縁上のお兄さんではなく、年上の仲間のことをお兄さんと呼ぶ。