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富国への貢献

ドキュメント内 著者別名 SHIMAZU Atsuko (ページ 142-148)

第 2 節 生い立ちと経営理念形成過程 (注 186 )

4. 富国への貢献

4-1. 農林畜産業を助長

國司はトロール船に冷蔵・冷凍設備を完備させると、さらに缶詰機械とフィッシュ・

ミール製造機の据え付けを推進した。魚の残滓を肥料や飼料として重宝されたフィッシ ュ・ミール製造に利用し、人々の食糧用に利用された残りまで余すことなく活用しよう

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とする計画であった。

國司はそれを単なる資源の有効利用に終わらせることなく、さらに壮大な考えを抱い ていた。すなわち「魚肥料ガ、米作ハ勿論諸種ノ農作物、果樹、桑園等ニ施シテ卓効ヲ 奏スルノ事實ニ就テハ、農家ハ勿論ノコト一般世人ノ均シク認ムル處デアリ、ソレハ、

独リ之等ノ作物ノ収量ヲ増加スル許リデナク、品質モ亦之レニ由ツテ著シク改良セラレ ルノデアル。卽チ、農作物ヲ生産スル第一ノ要素ハ土地デアルガ、此ノ土地ニ生産能力 ヲ与フルモノハ肥料デアリ、其ノ最良ノモノハ水産肥料デアルト云フモ過言デハアルマ イ。其ノ意味ニ於テ水産業ハ實ニ農家ノ死命ヲ制スル計リデナク、延イテ国家ノ隆替ヲ 支配スル鍵關ヲ握ルモノト言ハナケレバナラヌ」(注244とし、水産業が国家の隆盛にま で影響を及ぼすとの認識を示した。さらには家畜飼料にもフィッシュ・ミールを配合す ることで発育を促し、国民栄養上の重要な動物性たんぱく質の供給源となることから、

「水産業ハ夫レ自身ニ於テ極メテ重要ナ役目ヲ持ツテ居ル計リデナク、更ニ農業、蠶業、

園藝、畜産等ノ如キ我國ノ重大産業ノ根基ヲナスモノ」(注245として水産業の重要性を 主張した。

4-2. 隣保共済の精神の発揮

國司が合理化の一環として実現した総合水産業態の構築は、一大コーポレーション設 立の考えにつながった。共同漁業の無線通信の暗号を他の中小事業者が傍受しようと腐 心している事実をとらえ、全トロール船が一致協力して操業すればその必要がなくなる ばかりでなく、漁獲物の処理販売、漁港の利用、需要品の購入、人事の統制に至るまで 冗費の節約につながるとした。さらに漁場の荒廃をも防ぎ、資源の保持にもつながると 指摘した。そして「其の統制は之を單にトロール漁業丈けに止めず、二隻曳手繰網にも 延長し、共に一大コーポレーションとなつて活動するとき、其の効果は最も偉大なるを 得るのである」(注246と主張した。共同漁業による寡占を同業他社に警戒させるような 言動であるが、國司においてはそのような狭い了見ではなく、水産業を通して日本の発 展に期したいとの純粋な思いしかなかったものと思われる。國司はあくまで私案としな がら「今後大衆向の水産物の配給事業は營利本位ではいけぬのではないかと思ふのであ ります。 私の關係して居ります日本水産會社の取扱高は年三千數百萬圓でありますが、

この會社の事業の如きも營利本位であるものを寧ろ奉仕本位に換へ、奉仕を主とし營利 を從とすることにしたいものであります」(注247と述べ相互組織構築を示唆しているこ とからも、純粋に富国を目的としていたことがうかがわれる。

國司はまた「未ダ未知ノ領域ヲ開拓シタ研究家ヤ新事業ニ先鞭ヲツケタ勇敢ナル企業 家ニ對シテハ、何等ノ保護ガ加ヘラレテ居ナイ」(注248ことが無統制を招いた一因では ないかとしている。利己的な事業者が国家を衰退させることへの嘆きであると同時に、

「より善く生きる」を実践する者こそ称賛されるべきとの考えの表れとも解釈できる。

(注244)國司(1930?、P.P.267-268)

(注245)同上(P.270)

(注246)國司(1930b、P.P.257-258)

(注247)國司(1936、P.997)

(注248)國司(1930?、P.281)

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國司のそうした考えは、国内における当業者同士の無益な競争への警鐘ともなった。

ある事業者が多大な資金と労力をもって新事業を確立したとき、それが有利な事業とみ ると無数の同業者が参入してその利潤を食いつぶし、共倒れの状況を起こしてしまうこ とを不安視し、国家的長期的視点を持たず目先の利益だけで事業を行う事業者に対して は「自己本位ノ根本心理ノ改造ガ目下ノ我國ニ於テ最モ大切デアリ、國家及ビ産業全軆 ノ利害休戚ニ反スルガ如キ行爲ハ、絶對ニ排除膺懲セネバナラヌト思フ」(注249とし、

事業者同士が一致協力してお互いの権益を尊重して事業全体の統制を図るべきことを 提唱した。世界全体がいつ有事に移行してもおかしくはない局面にあった時代の特殊性 の中から発せられた発言とも受け止められるが、単なる一企業の繁栄として事業を捉え ず、隣保共済、共存共栄こそが日本の繁栄に必要な精神であるとする國司の信念から察 すれば、國司の経営理念の一つの根幹を成す考えであったと思われる。

國司は疲弊する農山漁村の現状をとらえ、水産業を貧しい農山漁村の産業振興と若者 の労働力化に役立て、農山漁村の自立に貢献することにも心を砕いた。その姿勢が評価 され、1932(昭和7)年に農林省の農村経済更生中央委員会の委員に任命された。同委 員会には伊谷も名を連ねていた。

國司は農山漁村の産業の不振の一因として、経済界、特に農山漁村における産業の孤 独的分業の弊を挙げ、各種産業相互間、同一産業の中でも異なった事業相互間の連絡・

協力の必要性を説いた。そのために異業種・異事業相互間の互助奉仕の精神、共同気鋭 的精神を醸成することが重要であるとした。國司は水産業において同業者同士の利己的 な利益追求が漁場を荒らし、ひいては水産市場全体の活性化を阻害させることを悲観し ていたが、ここにおいても同業者、ならびに業種を越えた事業者間の相互扶助の精神こ そが国民にとっての利益になるとしている。

國司はさらに論を進め、農山漁村経済更正計画には企業組織と産業組合との協力体制 が不可欠とした。それまでのように企業組織と産業組合組織が没交渉で対立的立場にあ るべきではなく、提携融和しなければならないと指摘したのである。

その際、隣保共済の精神が更正計画の大切な指導精神であり、それは組合間だけでな く、企業組織も同じ精神で臨まなければならないとした。企業組織は利害一辺倒の考え、

他者との利害関係を考慮しないやり方では存在を許されるべきではないとし、隣保共済 に立脚しない企業は決して繁栄しないとした。つまり企業家は従来の経営方針を改め、

自社利益のみならず農山漁村の大衆の自力更正と利益増進のために資本力や事業経営 力を利用し、金融面、製品品質面、新規発明面、事業の合理化面などにおいて支援する ことに努めるべきであると説いたのである。

それには政府当局、特に農林商工両当局が自ら隣保共済、利他自利の精神を示して国 策を遂行し、産業組合と企業組織等の指導に当たることが望ましいとして、行政機関に 対しても利己的な精神の排除と隣保共済の精神の発揮を促した。

4-3. 国家間協調の推進

國司は日本のみならず世界人類の幸福にも目を向けていた。「我國に於ても善き政治

(注249)同上

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とは旨いものを國民の欲する丈け潤澤に食べさすにある。國民生活の安定も、産業の發 展も、國力の伸張も、保健國策の遂行も悉く基調を茲に求めねばならぬ。従つて、我國 の水産國策の狙ひどころも亦實に茲に存し、新鮮美味な水産食料品を國の内外を問はず、

比較的安く潤澤に供給し、一は以て國民の保健榮養に資し、他は以て世界人類全軆の幸 福を增進して、國際貸借の改善に寄與するところがあらねばならぬのであります」(注250 とし、日本の富国の先に世界人類全体の幸福を見通していた。

さらに水産業を推進するにおいては「國際的の擵擦を未然に防止するに努むることが 肝要で、これ永遠に海外の海洋の資源と市場とを獲得する所以であると信ずる」とし、

具体的には「海外の相手國と共存共榮の精神を以て事業を共にし、その事業から來る利 益を分け合ふことを本義とし、これによつて海外の有利な漁場を自由に開發することを 得、又、漁業の根遽地を容易に海外相手國に求め得ると同時に、相手國の市場にもその 生産商品を自由に販賣し得るやうに工作」(注251することを推奨した。すなわち日本が 国際的に優越な地歩を占めるには、外国の同業者と腕ずくで戦って競争に打ち克つこと、

もしくは経済的に提携して親善関係を結んで相互に利害を分かち合うこと、その二つの 道があるとし、かねて日本が水産業の立ち遅れを取り戻すべく汲々と自国の利益確保に 努めてきたやり方を改め、協調主義に転向して共存共栄で発展を続け得るようにすべき との考えを示した(注252。諸外国との協調体制構築に尽力した高碕の思考と重なるもの である。

南洋諸国における事業展開を検討したとき、國司は当時列強国とされていた欧米諸国 との関係に配慮し、欧米諸国の十分な了解を得る必要があるとした。そのために、南洋 諸国との事業計画が政治的干渉を招くことがないように十分に注意をし、南洋諸国と欧 米諸国との経済関係に悪影響を及ぼさないようにすることを前提としなければならな いとした。南洋諸民族のために多大な福祉増進を図りつつ、欧米諸国に何ら不利益を与 えず、かつ日本に甚大な経済的発展をもたらす事業展開でなければならないと考えたの である。

國司が国際協調を主張したのは1934(昭和9)年のことで、時に日本はその2年前に 満州国の建国を宣言し、それが原因となって翌年に国際連盟を脱退している。その矢先 に國司は水産業における国際的協調を強く求め、「国際情勢の頗る儉悪化せんとする今 日、最も有効適切なる日本人の進路でありまして、之れ實に親善裡に我國の産業を世界 各國に伸張せしめ得ると共に、一面外交上にも陰かに何物かを寄與する所以でもあると 信ずるのであります」(注253と結論付けている。臨戦ムードの高まる中、思想や言論の 自由も徐々に狭まりつつあったと思われる当時、何物にも惑わされることなく本質を見 通し、それを明言して憚らなかった。ここに國司の企業家としての姿勢、目標達成のた めに筋を通し、正しいことは正しいと主張する姿勢が表れている。

(注250)國司(1937、P.1026)

(注251)國司(1936、P.1005)

(注252)國司(1934a、P.796)

(注253)同上(P.803)

ドキュメント内 著者別名 SHIMAZU Atsuko (ページ 142-148)