座長:飯嶋 睦
東京女子医科大学脳神経内科木下 彩栄
京都大学大学院医学研究科人間健 康科学系専攻≪ねらい≫
我が国は「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介 護との両立など、働く方のニーズの多様化」などの問題に直 面し、これらの解決のため、昨今「働き方改革を推進するた めの関係法律の整備に関する法律」案が衆院本会議で可決さ れた。本シンポジウムでは、女性医師が働き続けるうえで現 状の様々な問題点を汲み上げ、また歴代活躍した女性医師を 支えた環境を学び、女性医師が意欲・能力を存分に発揮でき、
個々の状況に応じ多様な働き方を選択できるための方策を議 論したい。また、日本神経学会としてどのようなサポートが できるのかを考えたい。
S-36-1 アジアの女性神経内科医
師と本邦の大学女性教員 の現状と問題点
○木下 彩栄
京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻
【略歴】
1989年 京都大学医学部卒業
1989年 京都大学医学部附属病院神経内科研修医 1990年―1992年 天理よろづ相談所病院神経内科 医員 1992年―1994年 都立神経病院神経内科 医員 1994年―1998年 京都大学大学院医学研究科博士課程 1998年 同修了、医学博士取得(京都大学)
1998年―1999年 学術振興会特別研究員
1999年―2002年 生理学研究所 助手 (2000年~2002年 同 休職)
2000年―2003年 ハーバード大学医学部神経内科 マサチューセッツ総合病院 博士研究員
(2002年~instructor)
2003年―2005年 京都大学医学部先端領域融合医学研究機構 アルツハイマー病研究グ ループ 特任助教授
2005年より京都大学医学部人間健康科学科 教授
2013年~2018年3月 京都大学MedicalInnovationCenterSKProject
プロジェクトリーダー 兼務
昨今、女性医師を取り巻く環境は社会的注目を集めている。女子 医学生の急激な増加にもかかわらず、医師の働き方改革は進まず、
診療科の偏在や地域格差などの問題とも相まって、複雑な様相を 呈している。それらの対策を考慮するにあたって、現状を報告す ることは極めて価値があると考え、本講演では以下の3点につい ての調査内容を述べる。
(1)アジアの女性神経内科医の現状:日本、韓国、中国、タイ、
ラオス、パキスタン、インドネシア、マレーシア、ベトナム、ス リランカの女性神経内科医にアンケートを依頼。本邦では女性神 経内科医の割合は20%であるが、29歳以下では35%を占めている。
高齢になるほど率は低く、さらに、大学の教授職での女性の割合 は4%、准教授では11%であった。タイ、韓国では男女比が7:
3であるが、ここ20年で急速に女性医師の割合が増えている。ベ トナムは男女比が半々、パキスタンでは医学生の大半が女性であ るが、文化的に、医師を辞めて家庭に入る女医も多い。中国も女 医の方が多いが、子育ては祖父母に依存している。インドネシア では女医が7割、ミャンマーでは8割を占める。医療費が抑制され ているため、医師の給料が安く、男性医師が減っている現状があ る。いずれの国も、アジアの文化的な背景もあるため、女性医師 が子育てとの両立に苦労している現状が示された。
(2)京都大学の教員(全学部)へのアンケート:近年導入された教 員の任期制が問題として挙げられた。育休を取得しても任期の延 長がなく、育休中は研究費が使用できないことなどが、研究職の 困難な点として存在する。また、院生が出産した場合に保育所に 預けることが難しい点も指摘された。
(3)神経内科医に対してのアンケート:京都大学同門会を通じて アンケートを行った。75%の職場で女性医師がいるが、産休・育 休を容易に取れる職場は約3分の1であった。女性医師が産休・育 休を取得しても、8割強の施設で、その業務を残りのスタッフが カバーしていた。そのため、残りのスタッフの負担が増加すると 答えた割合は9割に上った。女性医師は、産休・育休を取得する ことに際し、他の医師に迷惑をかけると答えた人が100%であり、
自分自身のキャリアにおいては、子育てにより女性医師の研究や 博士号取得が犠牲になっていると多くの女医が答えていた。女性 医師の増加により、急性期疾患(脳卒中など)に携わる医師が減る と答えた人は70%強にのぼった。
25 シ ン ポ ジ ウ ム 日
5月25日(土)8:00 ~ 10:00 第12会場(大阪国際会議場11F 会議室1101-1102)
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S-36-2 女性医師を本気で育てて
活かす方法、教えます
○三澤 園子
千葉大学大学院医学研究院 脳神経内科学
【略歴】
1999年 千葉大学医学部卒業
2006年 医学博士号取得(千葉大学大学院医学研究院)
2008年 千葉大学大学院医学研究院 神経内科学 助教 2014年 千葉大学大学院医学研究院 神経内科学 講師
2017年 千葉大学大学院医学研究院 神経内科学 准教授 現在に至る 平成8年以降、医学部入学者数に占める女性比率は3割強のま ま、20年以上が経過していました。しかし、女性医師数は今 後急激に増加する可能性があります。仮に、女性医師割合が 5割になったら、何が起きるでしょうか。女性医師が生涯に わたり戦力であり続ける医療現場はいまだ実現されていませ ん。このままの状況で何も手を打たなければ、医療は持ちま せん。また当然のことながら、診療体制が維持されなければ、
研究へ割けるマンパワーもエフォートも低下します。
女性医師の成長と活躍の実現のために、学会ができることの 一つは、女性医師を育てる側、活かす側にある医師の意識改 革の促進です。一般的に、女性は男性と比較し、自己評価が 低く、積極的に自らをアピールできにくいと言う特性があり ます。一方で、同じような仕事をしても、女性は男性より評 価されにくい傾向が、評価者の性別を問わずあることが、心 理学的な研究により示されています。その結果、様々なチャ ンスは女性より男性に多くもたらされます。成人の能力開発 の7割は経験に基づくとされます。同等の能力があっても、
機会に恵まれ、経験を積んだ人間が成長します。女性は意識 して挑戦する勇気を持つこと、機会を与える側にいる人間は、
無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)に囚われずに、正 当な評価を心掛け、女性に積極的にチャンスを与えることが、
若手女性の成長につながります。
また、育児中は「楽な」仕事が良いのではないかと言う配慮も、
女性の効果的な活かし方に、必ずしもつながらないことがあ ります。「楽な」仕事は、「やりがいのない」仕事に、時になり えます。育児と仕事の両立が過酷であることは事実です。そ して、やりがいと責任がある仕事であるからこそ、大変な両 立であっても、職業人としての矜持を持って全うできると言 う側面があります。育児中の女性医師が目指す本心はどこか、
活かす側からもコミュニケーションを積極的に取り、やりが いのある仕事を任せることも、いきいきと働ける人材の増加 につながります。
最終的な目標は、性別や育児・介護などのバックグラウンド を問わず、同じように活躍できる医療界の実現です。しかし 過渡期である現在においては、上記のような女性の成長支援 がまず必要です。神経学会が成長し続けるために、女性医師 の成長と活躍の実現は必要不可欠です。他学会に遅れをとら ないよう、私たちには「今」変化が必要です。
S-36-3 女性医師の裏方たち
○岩田 誠
メディカルクリニック柿の木坂 神経内科
【略歴】
1967年東京大学卒。仏、米に留学。1994年東京女子医科大学神経内科主 任教授、2004年同医学部長。2008年同定年退職し名誉教授。2009年より メディカルクリニック柿の木坂院長。中山賞、仏日医学会賞、毎日出版文化 賞、時実利彦記念賞特別賞を受賞。日本神経学会、日本自律神経学会、日本 神経心理学会、日本高次脳機能障害学会、日本認知症学会、日本頭痛学会各 名誉会員。日本内科学会功労会員。米国神経学会外国人フェロー。仏国立医 学アカデミー外国人連絡会員。日仏医学会名誉会長。音楽医療研究会名誉会 長。中山人間科学財団理事。日本脳神経財団理事。臨床音楽協会代表理事。
わが国では、明治7年に医制が布達され、医師資格の国家試 験が行われることが制度化され、翌明治8年から医師開業試 験が行われるようになった。明治15年から16年にかけ、荻野 吟子、生澤クノ、高橋瑞子、長井せい、岡田みす、および本 田詮子の6名の女性が受験を希望したが、いずれも女性であ るという理由で、受験請願が却下された。その後、女性にも 受験の門が開かれることとなり、明治18年に、わが国初の女 性公認医師である荻野吟子が誕生し、次いで生澤クノ、高橋 瑞子、本田詮子も相次いで女性公認医師となった。このこと は、ひとへに彼女たちの熱意と努力のたまものであったが、
そのような彼女たちの強い意志に感じて、彼女たちの闘いを 応援した人々がいたことも忘れてはならない。そのような 人々の中から、石黒忠悳、長谷川 泰、佐藤 進、高木兼寛 の4人を取りあげ、わが国における女性医師の誕生において 彼らが果たした役割を紹介したいと思う。